奪われた煌めきを求めて。

1

 それから僕等は何事もなかったように過ごした。遊星のデータによると、新月の夜は輝族の動きが鈍くなるそうだ。僕の夜の勤めは22時に終わる。そこから急げば計算上、23時の見張りが交代するタイミングに間に合うはずだった。

 1番近いその日まで僕と三門は『席が隣同士なだけのクラスメイト』として接した。最低限の接触に留めることで、輝族の目を向けないようにしようという作戦だ。僕は誰もが持っているようなあの小さくて液晶が大半を占めている不思議な通信機器を持っていなくて、三門には驚かれたし不便だと文句を言われたが、そこは諦めてもらった。いざとなれば遊星を飛ばすと――本人(この場合本星、か?)には相変わらず悪態を吐かれたが――約束した。

 都合の良いことに、僕等の学校は二人一組で机をくっ付けているから、授業中にノートや教科書の下に忍ばせた御門家の設計図を一緒に見ながら、筆談による作戦会議を行うのは割と容易だった。図面を見ると思い出す。かつてあかりと遊んだ広い庭や、こっそり入り込んで共に叱られた台所や、巫山戯倒していた所にあった高級な壺を割ってしまった客間とか、そういう思い出が蘇ってきては涙ぐむ僕を三門は呆れた顔で見ていた。


 10日が経過し、ようやく決戦の日が訪れた。僕は逸る心を抑えるのに苦心しながら、その時を待つ。一日はとても長かった。

 夜。21時から僕は星守の塔に昇り、平静を装って勤めを果たす。その間遊星は僕と御門家の周りの輝族、そして三門の間を行ったり来たりしていた。落ち着かない奴だな、と笑ってやったら、その言葉そっくり返すぜぃ、と笑われた。

 22時。僕は塔から自室へ戻る。いつも通りの順路が何だか心許ない。途中で擦れ違う輝族に見透かされている気がして、いささか饒舌になっているように思えてならない。どうにか辿り着き、息を吐き出そうとした瞬間、背後から声がかかった。


「蒼星」


 びくん、と体が揺れた。一気に汗が吹き出す。この声は、


「なに、かあさん」


 僕は、ちゃんと、笑えている、?


「蒼星。ワタクシはずっとあなたを見てきました。本当の息子のように思っています。蒼星。ワタクシの蒼星。……明日からも立派な星守り人として、努めるのですよ」

「……分かってるよ、かあさん。ありがとう。おやすみなさい」


 ……自室へ入り、ゆっくりと扉を閉める。輝族はお揃いの機械人形に入った星の煌めきだ。『星守り人を見守るかんりする』のが目的だ。あれらに感情などある訳がない。例え星にはそれがあったとしても、機械人形の顔が歪む訳がない。……なのにどうして、『かあさん』の表情が崩れて見えたのだろう。


 僕はあらかじめ用意しておいた縄を、静かに開けた窓からそっと投げ出す。待機していたのか遊星が窓から入ってきた。


『今ならァ近くに何もいないゼィ』


 黙って頷く。念の為に自室の扉には鍵をかけた。僕は縄を伝って慎重に階下を目指す。2階から落ちても怪我はしないだろうけど、動くことに支障を来たすのは遠慮したい。

 庭に降り立つ。茂みに隠れながらある一点を目指す。高い壁で囲まれたこの星守の館から抜け出すなら上は無理だと他の方法を探していたら、何とも絶妙な状態で崩れかけている穴を見つけたので、この日の為に少しだけ、でも僕が通れる大きさまで広げておいたのだった。そこから御門の家へ向かう。


 月明かりはない。星だけが揺れている夜空の下をひた走る。孤独な星を連れて、寂寥感に震える心に蓋をして。

 御門の家の右横にはあずまの家がある。僕が死んだ後、両親はどうなったのだろう。今まで怖くて確かめられずにいたが、横目で見た家からは住人の気配がしなかった。……今はもう空き家なのかもしれない。

 御門家がある方とは逆の東家の角に蹲る姿。三門だ。


「お待たせ」

「そんなに待ってない。遊星がちゃんと事前連絡してくれたから」

『褒めるなヤィ』


 そっと覗き込むと御門の家の門扉の所に輝族が立っているのが見えた。ただ立っているだけではない。ゆったりと周りを見渡している。まるで監視カメラのようだ。ただのカメラでも面倒なのに、奴等はいざとなれば凄い速さで追ってくるだろう。見つかる訳にはいかない。


「……時間は」

「……あと5分」

「遊星」

『お前の言う通りだったぞィ』

「よし、じゃあ作戦通りでいこう」


 昔僕とあかりが遊んでいた抜け道。生垣の中に隠した秘密の入口。それはそのまま地下の廊下に繋がっていて、きっと輝族にも見つけられないはず。どちらにせよ、設計図と記憶の中の屋敷を照らし合わせた結果、座敷牢があるのは地下だろうという結論に至り、その侵入方法は好都合だった。

 ただし、二つの家の間は人が一人辛うじて通れるくらいのもの。ここから走って東の家を通り過ぎ、その隙間に滑り込み、御門の家の生垣の中の入口を開き、中に潜入しなければならない。そして、チャンスはこの一度きりだ。


「蒼星くん。カウントダウン、いくよ」

「頼む」

「10秒前。9。8。7。6」


 三門の声に合わせてそっと門扉を伺い始める。身を乗り出さず、壁に体をくっ付けたまま、片目だけで探る様子は何だかスパイ映画の主人公にでもなったような気分で高揚してしまう。


「5秒前。4。3。2。1」

「いくぞ……!!」


 0のタイミングで機械人形の停止を確認した僕は駆け出す。続いて三門も、遊星も付いてくるのが分かる。間に合え。間に合ってくれ。

 走り抜けるその数秒が物凄く長く感じた。

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