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三門は難しい顔をして黙り込んでしまった。……やはり時期尚早だったか。出会ったその日に告げる話ではなかっただろうことは分かっている。でも僕には、そしてあかりには時間がないんだ。なんとしても、彼女を味方にしなくては。
「あの、三か……」
「あのさ」
ほぼ同時に口を開く。僕が促すまでもなく彼女は主導権を握る。
「あなたの口振りから推理するに、つまりは蒼星くんと遊星が結託しあの大災害を引き起こした、ということなのかな。生まれ変わる前を覚えてるのは大罪人の証なんでしょう?」
「そう言われているね。それが正しいのかはさておき、僕が大災害を引き起こした大罪人であることは否定しないよ」
「じゃあ何故あなたは大罪人でありながら星守り人になんかなっているの。御門あかりは何をしたの。何故御門の家は貶められ、三門として成り下がらなければならなかったの」
それは本当に切実な声だった。泣きそうなほどに震える声は、あの日のあかりのようで、僕はいたたまれなくなってしまう。長年の鬱積を消化できるのではないかという期待と、不信感が抱かせる恐れが彼女を苛ませている。
「全ては20年前に遡るんだ。聴いてくれるかな、僕とあかりの罪の話を」
***
「みそら! 早く!」
「待ってよ、あかり!」
僕等は赤ん坊の時からずっと一緒だった。星守り人の始祖を排出した東家の僕と、偉大な星守り人を排出した御門家のあかり。産まれる前から決められた相手だったが、それ以前に僕等は本当に仲が良かった。そんな家のしがらみがなくともきっと、僕等はいつか未来で結ばれるのだと、そう思うほどに。
「ねぇみそら。もし。もしもね、お星様にお願いが出来るとしたら、何をお願いする?」
「んー。だってそれは有り得ない仮定じゃないか。なんの例え話にもならないよ」
「もう。男の子って皆こんな風に夢のない生き物なのかしら。そこは、君との幸せを願うよ、とか言っておくのよ、普通は。ふ・つ・う・は!」
「そんなこっ恥ずかしいこと言えるか!」
「なんで? どうして? 私は言えるよ?」
あかりはそこが屋根の上であるというのに、平気そうに立ち上がった。星空に向かって手を伸ばし、まるでそこにある星の全てを司っているように、世界を動かす強大な魔法をかけるように。
「私の全身全霊で、みそらの幸せを願います!」
余りにも馬鹿馬鹿しくて、余りにも神々しくて、僕は不覚にも涙が出そうになったりして。
「なーに言ってんだ。ばーか」
「バカって何よ! バカって!」
有難う、嬉しいよ、僕はもう幸せだよ、何も要らないよ、あかり、君がいればいいんだ、なんて言えなくて。
そしてあかりは、その幼い子供の戯言を実現させるんだ。僕が死んでしまった、あの20年前の夜に。
それは不運な事故だった。たまたま通った道のあちらとこちらに僕等は別々に立っていて、その偶然を喜び、合流しようと駆け出したその瞬間に、少し離れた場所で事故を起こした車の連鎖反応で倒れてきた信号機が、あかりに向かって倒れていく様を僕は反対側から見ていて、それはそれはゆっくりと、まるでスローモーションのように倒れるものだから、僕は慌てて走り出し、馬鹿みたいに呆けた顔のあかりを突き飛ばし、そして。
僕の目に入ってきたのは、涙でぐしゃぐしゃになったあかりの顔だった。ああ、良かった、君は無事なんだね、怪我はないかい。そう言おうとしたが声が出なかった。泣き叫ぶあかり。可哀想なあかり。いいんだよ、僕は。君が生きているなら。それが幸せなんだから。
ごめんな、あかり。あの時ちゃんと応えておけばよかったよな。言葉にしておけばよかったよな。
すきだよ、あかり。だいすきだ。
きっと、また、らいせで、あえる。よ。
そして気が付くと僕は、ふわりふわりと浮いていた。見たことのない世界。星に囲まれた世界。きっとこれから僕は星として生まれ変わり、いつか流星になって降り注ぐのを待つんだと悟った。自分の体のそれぞれが輪郭を失くし、浮遊しようとしていく。僕の終わりが近付いているはずだったんだ。
視界を染める烈しい光。僕は無意味にも透けている腕で顔を覆う。その光はゆっくりと人の形に変わり、現れたのは、あかりだった。
三角帽子と屑星を散りばめたローブ、そして美しい輝きのステッキ。見るからに彼女は『魔女』だった。僕等がかつて『なってはいけない』と念押しに念押しされた、星砕きの魔女、そのものだった。
掟を破ったんだと分かった。でもそれが何故かは分からなかった。ゆくゆくは星守り人にも昇格出来ると言われていた彼女が何故、と。
「だって君が死んじゃうからさ」
「掟なんてどうでもいいよ、君にまた逢えたもん」
「君に逢えない方が死活問題だから」
それがあかりの言い分だった。
そうか。僕のせいだったんだと分かった。君がどれほどの覚悟で世界を捨てて、僕に会いに来てくれたのかを思うと、本当に自分が情けなくて、こんなにも愛されていることが痛くて痛くて堪らなかった。
僕はあかりに触れようとした。あかりも僕に触れようとした。けれど僕等の指先はあと15cmのところで届かなかった。
理が僕等の間を阻むように、僕は輪廻のレールに乗せられてしまったんだ。重力か何かに引っ張られるように、僕はあかりから離れていく。たった15cmがどんどん遠ざかっていく。
きっと世界はあかりを許していない。これから先も許さない。それならいっそ、その原因となった僕も許されるべきではない。
僕は、僕を運んでいく流れ星に祈った。いつかのあかりのように。全身全霊をかけて。
その相手が遊星だった、という訳さ。
そしてあかりに次いで僕まで星を独占してしまったお陰で、理の
それが今の僕、星守の蒼星という訳。
僕は今の僕の本当の父母を知らない。数え切れないほどの星を引き連れてきた僕が生まれたその日に、輝族達は僕のことを見つけ出し、星守り人として父母から奪い取った。僕が星の加護を一身に受けた子供だと勘違いしてね。事実は違う。星が付いてきた相手は僕じゃなく、遊星だったんだから。
***
「これが、真相。世界の真実なんだ。君は信じてくれるかい、三門つばさ」
これは賭けだ。彼女が味方になるか否かの。その答えに僕とあかりの運命が託された。あかり。君の血筋を信じたいんだ。
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