主人公になる為に2

『私の物語の主人公は馬鹿なくらいで丁度いい』


 渡瀬はそう言った、呆れ顔で。

 しかしながらその表情は儚げで、また美しい、まるでラノベの清純ヒロイン。


 いや、そんなわけないだろ。俺が主人公なら渡瀬と俺がイチャコラするハメになるだろ。


「だから、そんな私の主人公であるタクヤには二つの選択肢があるわ」


 俺がそんな事を悶々と考えていると渡瀬は手をピースの形にして俺の目の前に突き出した。


「な、何だ?」

「まず一つ、」


 そう言って渡瀬は中指を畳む。


「この物語をラブコメにするか」


 そして一本残った人差し指を畳んで、


「それとも、友情をメインとした学園ものにするか、よ」


 そんな、どちらも捨てがたい選択肢を俺にぶん投げてくれた渡瀬に俺は、


「俺のなりたい主人公は――――」



 ××××××××××



 俺は渡瀬の家を後にし、現在リツカから渡された紙切れの下の住所へと向かっていた。


 しかしながら愛上君の元を訪れて何を言えばいいのかすらまだ思いついていない俺は、恐らくまだ主人公とやらには程遠いのだろう。


「どうしたもんか、渡瀬にあんな啖呵切ったのだから引き返すにも引き返せないしな」


 そう、もう後には引けない。リツカに背中を押され、渡瀬と、ついでにマドカにも勢いよく啖呵を切ったのだ。


 俺はメモに記された住所を目に焼き付け、ギュッと握りしめた、強く握りしめられた手の中には汗が滲んでいた。


「あぁ、汗がメモに……ん? 裏にも何か……」


 広げてみるとそこには何か書かれていた、しかし汗で滲んでしまって全ての文字が分からない。

 メモの裏にはただ一文字、リツカの綺麗な字で、


『す××××』


 す、の後に俺の汗で文字が滲み、結局何が書かれているのか俺には理解できなかった。


「何なんだ?」


 と、そんな事をしている内に住所の場所へと着いた、そこには渡瀬の家と比べると見劣りしてしまうが、それでもここらでは割と目立ちそうな立派な一軒家が立っていた。


「……ここが愛上君の家、か」


 俺は少し躊躇いつつも呼び鈴を強く押し込む。すると中から愛上君の声と、階段を降りる音が聞こえて来た。


「はーい! って、あれ? 赤城君?」


 中から出てきた愛上君は、


「……えと、どちら様でしょうか?」


 訪ねてきた俺がそのセリフを言ってしまうほど別人と化していた。



 ××××××××



 さぁ、ここで一度愛上君の容姿をおさらいしよう。

 彼の容姿は、ザ、モブキャラ。クラスに必ず一人はいる、メガネをかけた地味男君を想像してもらえればそれが愛上君の容姿である。


 しかし今はどうだろう?


 愛上家のリビングに通されて立派なソファーに座った俺の正面にいるのは、メガネを外し、髪をチャラ男風にセットしたイケメンの男。

 しかしそれでいて清潔感に溢れ、その瞳にはある種のオーラすら感じられる。


 だからもう一度言おう、


「……いや、お前誰だ?」

「酷くないかな!?」

「そうは言ってもだな……」


 目の前にいる彼は全くの別人だ、と言うかマジで誰だ、このイケメン。何なんだこの種族。


「俺の愛上君がこんなイケメンなはずが無い!」

「いやそんな長いラノベタイトル的な感じで言われても……」

「やはり俺の愛上君の第一印象は間違っていた?」

「何で疑問形? てか赤城君もすっかりラノベ脳だね」


 クスクス笑う謎のイケメン。笑うとさらにイケメンって何だこいつ、死んでしまえ。


「と、とりあえずお前が愛上君だと認めよう!」

「何で上から目線なのかは置いといて、僕にも事情がね……」


 そう言うと愛上君の表情が陰る、その表情は確かに俺の知る愛上君のものだった。


「僕はさ、両親には自分がオタクである事を隠してるんだ、だから家にいる時はこんな格好して、隠してるんだ」


 それは紛れもない愛上君の本音、初めてあった時から見えかくれしていた愛上君の陰の面。


「ほら、僕の両親ってお医者さんだからさ、結構世間の目ってのを気にしてたりするんだ。自分の、息子がオタクだなんて事がバレちゃったら両親の顔に泥を塗っちゃう」

「それは……」


 違うと言いかけた所で俺の口が閉じる、恐らく今、俺は愛上君に昔の俺を重ねていた。


 だから言い直して忠告する。


「その先に待っているのはただの劣等感だ」


 そう、自分を偽り続けたせいで見失った己の性格がくすみ、別の自分へと変わる。


 つい最近まで俺は偽っている自分すらも己自身だと思い込んでいた。本質は何も変わらないのだと。


 しかし、それは大きな間違いだった。


「自分を偽るという事は、今までの自分を否定するということだ、自分ではそのつもりなど無くてもいずれ気づかないうちに自分が無くなる、……現に俺もそうだ」


 多分俺と愛上君はどこか似ていた。だから俺は無意識の内に彼に惹かれていたのだろう。

 恐らくは自分の中の劣等感を薄めるために。


「赤城君……僕だって嫌だよ、こんな自分。一番最初に赤城君、僕に言ったよね? 『好きなものを好きだと言えないのならそれは本当に好きだとは言えない』って、分かってる、分かってるんだよそんな事……」


 拳を強く握る愛上君に、俺は……


「愛上君、……昔話をしようか」


 渡瀬にも話していないある事を打ち明けた。

 恐らくはただの一人の友人に。

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