主人公になる為に1

 リツカから渡された紙切れを見つめながら俺は街中を人目も気にせず走り出す。


 紙切れに書かれているのは上下二つに書かれた住所、上に記された住所が渡瀬の家で、下が愛上君の住所だ。


「……まずは、渡瀬だな」


 全くもって何を目的にこんなにも息を切らしながら走っているのか不思議になる。

 しかし、『オタク部』の一部にこんなシーンがあった気がした。


 それは友人と本物の友達になる為に主人公が夕空の下を走ると言うシーンだ。


 だが実際今は昼間だし、渡瀬に限っては友達とは言い難い。言うなれば悪友だ。


「……それでも、」


 メモをぎゅっと握りしめ俺は走るスピードを早めた。



 ××××××××



 ある豪邸の前に俺は立ち尽くしていた。

 それは誰がどう見ても金持ちの家だと分かる程の豪邸。


「何だか、自分の家を思い出すな」


 呼び鈴を押すのに少し躊躇う、しかしそんな事も言ってられないので深呼吸をして少し強めに呼び鈴を押した。


『どちら様……ゲッ、貴方はスカートに頭突っ込んだ変態!』


 どうやら相崎マドカ殿の俺の印象は相当悪いらしい。


「すまないが開けてもらえないだろうか?」

『い、嫌ですよ! ……もしや、今度はお嬢様のスカートに頭を突っ込む気ですか!』

「頼まれてもやるか!!」


 誰が渡瀬のスカート何か、アレはリツカだからやった事だ、いや、別に狙ってやった訳では無いが。


「とにかく、渡瀬に用がある、開けてくれ」

『嫌です! 貴方を家に入れるなど渡瀬家が汚れてしまう!』


 そしてそのままスピーカーを俺は睨む、恐らくカメラ越しにあちらから俺の姿は見えているのだろう。


「よし分かった、ならば最後の手段だ」

『な、何を!!』

「お前のエロ画像を捏造してネットにばら撒く!」

『にゃ、ニャンですと!?』


 勿論嘘ではあるが状況が状況だ。手段を選んでられない。


 と、


 カシャ、


「じゃあ私は貴方がストーカーだと画像付きでネットにばら撒くわ」


 後ろを振り向くと呆れ顔でスマホを構える渡瀬片瀬がいた。



 ××××××××



「全く、主人公とはいえあまりにもやり過ぎじゃないかしら」

「心から謝罪申し上げる」


 何とか家に上がらせて貰った俺は渡瀬に連れられてこられ、これまた品のあるリビングへと通された。


「……紅茶です」


 マドカが紅茶をリビングのテーブルの上に二つ置く。

 それを渡瀬と俺はひと口啜った。


「相変わらずマドカの入れる紅茶は美味しいわね」

「……俺のは薄い気がするのだが」

「お嬢様のはしっかりと一から入れた紅茶、貴方のはドリップの二番目の紅茶です」

「地味な嫌がらせだな」


 まぁ、しかし俺は紅茶よりコーヒー派なので別に紅茶の上手い不味い何てよく分からんのだが。


「それで、タクヤは何しにここに来たわけ? 敢えて何故ここが分かったのかは聞かないけれど」

「お嬢様、恐らくコイツはストーカーです。お嬢様のスカートを狙っているに違いありません!」

「……ストーカーとスカートって何か似てるわね」


 別に似てねーよ。


「そうだな、ここに来た理由は後から話そう。まずは俺の話を聞いてくれないか?」


 俺は真剣な表情で渡瀬と、ついでにマドカを交互に見つめる。

 そんな俺の真面目な顔に答えるが如く渡瀬も真剣な表情をする。


 マドカは俺を睨んでいるが。


「そうだな、まずは俺の家庭環境から話そう、知ってはいると思うが、俺の家は金持ちだ、だから幼い頃から不自由何てしなかった」


 ある一つの事以外は、


「父はとても顔が広くてね、どこかの社長や、政治家、挙句の果てには有名ミュージシャンを毎日家に連れてくるんだ、俺はそれが嫌いだった。俺はそんな人たちより何より父に構って欲しかったんだ」


 今にして思えばこれが嫉妬と言うやつなのかも知れない。


「しかし俺だって理解もしていた、父のこの繋がりこそが成功の秘訣だと、だから俺は自分を偽った。出来のいい息子を演じて父の連れてくる友人達を騙したんだ、本当の俺はただのワガママなガキなのに」


「気がつけば俺は愛想笑いが得意な子供になっていた、それは学校に入ってからも変わらず、俺は愛想笑いが癖になっていたんだ、言われればはいと言い、愛想を振りまく、そんな金持ち。……俺に寄ってくる奴は沢山いた、どれもこれもクソばかりだがな」


 言い出すとキリがない、


「結論を言うと、俺は分からないんだ。偽って来た時間が長すぎて本当の自分すら忘れてしまった」


 そして俺は問いかける。目の前の渡瀬に、


「それでも……、それでも、俺は主人公になれるか?」


 それは幼い頃唯一心を開いたリツカに言った唯一の欲。

『主人公になってやる』

 そんな下らない夢。


「はぁ、何かと思えば自分の不幸話ねぇ、主人公になれるか? 馬鹿じゃないの」


 渡瀬は呆れ顔して吐き捨てた。

 そして、


「本当に馬鹿ね、でも……」


 渡瀬は、俺の目を真っ直ぐ見て言った。


「私の物語の主人公は馬鹿な位で丁度いい」





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