タクヤの迷い

 一般的にラノベ、ライトノベルとは表紙に魅力的なイラスト、そして文章の合間に挿絵がある小説と思っていい。

 ラノベに置いて重要なのは文章ももちろんのことだが、イラストもそれと同じぐらいに重要だ。


 しかし、ここで重要なのが文章とイラストとのバランスである。

 文章が良くてイラストが悪いのはまだ良い、しかし、その逆は、


【小説家、坂巻イズルが手掛けるラノベ、『オタク部』がイラストレーターMasaruのイラストに負けている件wwwwwwwww】


 まとめサイトの一番上に表示されたそんな心無い文字が一人の少女の心を抉る。


 しかし、坂巻イズルの書く小説は消してつまらないわけでは無い、それどころか多くの読者から支持される程に評価されている。


 ならばなぜこのような記事が書かれているのか、それは、


「Masaru、……貴方は天才ね」


 そう、イラストレーターMasaruは正真正銘天才だった、それこそ、一人の小説家にトラウマを抱かせる程に。


「ハァ、やはり私には……いや、ダメね、弱音なんか吐いてられない」


 そう一人ゴチると少女は、否、渡瀬片瀬は飲みかけのエナジードリンクを一気に飲み干し、暗い部屋の中で一人自作PCに向かってキーボードを叩き始めた。



 *******



 土曜日の朝、俺は気だるそうにベットから起き上がると、寝巻きのまま部屋から出てキッチンに立つ。

 手にしたフライパンに油を垂らし火にかけて熱くなったフライパンに生卵を二つ落とす、ジュー、と焼ける音と共に俺は人知れずため息を吐いた。


「俺は何をしたいんだ……」


 先日リツカに言われた言葉にモヤモヤを覚えながらも俺は必死に考えた、


「何のために家から離れたこの街に来たと思ってるんだ」


 自分に言い聞かせるように俺は焼きあがった目玉焼きを空いている皿に移して半分に分ける。


 俺がこの街に来たのは自分がお金持ちだと言う事を悟られずに平穏に暮らすためだ、それが今はどうだろう、オタク部と言ういかにも目立ちそうな部に所属し、挙げ句の果てには友達が出来た。


 結局俺は懲りていないのだろう、幼い頃から汚い関係ばかり築いて来たと言うのに、本当は欲しかったのだろう。


 ……何が?


 いつしか俺はキッチンで立ち尽くしたまま自問自答を繰り返していた、起きて来たリツカに止められるまで。



「……タクヤ様、元気が無いようですね」

「そうか?」


 心の中ではお前のせいだ! 何て言いながらも俺はぶっきらぼうに答えを返す。

 リツカはそのあと何も言わなかった。


 昼までまだ時間がある、およそ三時間ほどの暇を持て余した俺は自室に戻り、少し寝る事にした。

 流石に怠けすぎだろうとは自分でも思うが何もする気が起きないので仕方がない。


「……フゥ、」


 ため息をつく、ふと机の上に一冊の本を見つけた。同じクラスの渡瀬片瀬の本だ。

 内容は一人の捻くれた少年がオタク部と言う部活に入部し、いろんな人物達と出会い、変わっていく物語だ。

 愛上君が言うにはこの物語はいわゆる王道と言うジャンルに部類されるらしい。


 しかし王道でも中身を開いてみればその中には確かに人を魅了する何かが詰まっていた。

 正直に言ってしまえば、俺はこの物語が好きだ。


 主人公が少し俺に似ていることもあってか感情移入がしやすく、それでいて憧れてしまう。

 いつか自分もこうなれるだろうか? そんな感情を抱かざるを得なかった。


「……久しぶりに読み返して見るか」


 そう呟き俺は机に座って読み始めた。



 *******



 物語が中盤に差しあたる頃、主人公は迷っていた、それは今の俺のように、他の人から見たら下らない事で。


 そんな主人公に手を差し伸べたのは主人公の幼馴染の少女だった。その少女は一人塞ぎ込む主人公に……、


「……ウジウジしてないで顔あげなよ、タクヤらしくないよ?」

「リツカ? いつからそこに?」


 ついさっきです、と、リツカは微笑みながら答えた。

 微かに揺れる銀色の長い髪が段々と俺に近ずく、


 そして、


「……ねえ覚えてる? 幼い頃タクヤが私をいじめっ子から助けてくれた事」


 リツカのセリフが小説とリンクする、そして幼い頃の俺の記憶とも。


「……助けてくれたけどタクヤは逆にやられてボロボロになった。そのあとタクヤは言った。『かっこ悪くても俺は主人公になってやる』って」


 それは確かにあった幼き日のワンページ、泥臭くて、それでいて輝かしい、まだ汚れを知らない純粋だった頃の俺の。


「おい、そんな昔のこと……」

「……今も昔もタクヤはかっこいいよ」


 そしてリツカは後ろから俺に抱きついた、微かに匂うシャンプーの香りがどこか懐かしくて俺はホッとする。


「なぁリツカ、」

「……なに?」


 俺は上を向いてリツカの瞳を見つめる。リツカも俺を覗き込むように俺の瞳を見つめていた。


「俺は、もう一度信じてもいいのかな?」


 弱々しい俺の言葉にリツカはいつの日か俺が一目惚れした笑顔で語りかけた。


「……もちろん、」


 ――――だってタクヤは主人公だから。



 俺は着替えて家を出る準備をする。もちろん今からやり残した事をしにいくために。


「……タクヤ様、これを」


 いつのまにか口調の戻ったリツカから一枚の紙切れが渡される。俺はそれをズボンのポケットの中に無造作に突っ込み玄関を出て駆け出す。


 そんな光景をリツカは悲しそうに見つめていた。











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