料理の腕前

 自分を偽る、という言葉が俺はまるで理解出来ない、何故なら、人間の本質とは必ず一つだからだ。

 だから俺が誰かの前で別の自分を演じていても、その別の自分という奴も本質は同じなのだ。


 まぁ、それも大分昔の話なのだが、


 随分と堅苦しい話になったが、要するに俺が言いたいことを簡単に言うと、俺はそんな昔の自分が嫌いで仕方なかったという事だ。



 ××××××××××



 妄想女は部員が全員決まった、と言ったが俺の知る限りではまだ四人しか知らない、誰かと聞いても、『それは明日教えるわ』の一点張りで結局最後まで五人目を知ることは無かった。


「ま、別に誰でも良いんだけれど」


 そう呟いてふと隣を見つめる、そこには俺のメイド、もといリツカが俺の隣でぼんやりと歩いている。

 今は学校帰りで夕日が空を茜色染めている、その夕日の綺麗さも相まってリツカの整った顔が何倍にも綺麗に見えた。


「……すいませんタクヤ様、夕飯の買い出しに行ってくるので先に帰ってて下さい」


 はて、彼女は何と?


「少し待てリツカ、俺はリツカに飯を作るなと言ったはずだが?」

「……しかしそれだとメイドの役割が、」

「いい気にするなそんなもん捨ててしまえ!」


 俺は必死にリツカを説得する、そうしなければ我が家の夕食がリツカ特製の暗黒メニューになってしまうからだ。

 そんな俺の説得の甲斐あって何とかリツカは諦めてくれたようで、証拠にぷう、と頰を膨らませていた。

 やれやれ、どうやら今日の夕食は安心出来そう、


 ……だと思っていたのに。


「どうしてこうなった……」


 俺は目の前の光景に愕然としていた、断じて言おう、俺は確かに先日スーパーで買った食材でカレーを作っていた筈だった、なのに……


「どうしてカレーが真っ黒なんだ!!」


 リビングのテーブル向かい側に座るリツカをジト目で睨む。

 しかし当の本人は知らん顔だった。


「……ビックリですね」

「白々しいなリツカ、お前以外に誰がこんな酷い事ができる!」


 皿に盛り付けられた真っ黒カレーを見ながら怒鳴る。恐らくこの料理に使われた食材達は泣いているだろう、本来美味しい料理になる筈だった食材達は今俺の目の前で黒い瘴気を放っている、その瘴気を全身に受ける俺の目からは涙が溢れていた。


「大体いつの間に俺のカレーに劇物を入れた!」

「……タクヤ様がトイレに行っている時です」


 正直だなおい、


「……でも今回のは自信作です」


 エヘンと胸を張るリツカだが考えて欲しい、このカレー元々俺が作っていた物でそこにリツカが劇物を入れただけの物がリツカの自信作と言えるのかを。

 しかしリツカがそこまで言うのなら食べてやろうと半ばヤケクソ気味に真っ黒カレーを口に含む。


「……どうですか?」

「う、美味い、だと!?」


 コクがあり深みが増し、今まで食べたことの無い味わいに感動すら覚える。


「一体何を入れた?」

「……イカスミです、美味しかったようで何よりです」

「言われてみれば微かに生臭い気もする、しかしよくカレーにイカスミを入れようと思ったな」

「……何となくおいしいかと思いまして」


 何となくで俺のカレーにイカスミを入れたのかと思うと少しばかりやるせない気持ちに苛まれるが、素直に美味しいので何も言えない。


「取り敢えず今度から俺の料理に何か入れる時は一言言ってくれ」

「……了解です、と言うかタクヤ様」

「どうした?」

「……明日の放課後もオタク部とやらに?」

「そうだな、取り敢えずあの妄想女が飽きるまで付き合おうと思う」

「……そう、ですか、では私も付き合います」


 そう言ったリツカの声音は少し暗い気がした、その理由は分からずじまいだった。

 とにかく俺は目の前に置かれたイカスミカレーを完食すべくただただ手と口を動かすのだった。

 ちなみに次の日メッチャ胸焼けした事をここに記しておく。



 ********



 朝起きるといつもの様に視界にリツカがいることにため息をつき、うんざりしながらリツカを追い出すことから俺の一日が始まる。

 いくら注意しても治る気配すら無いので最早諦めつつある。


 そんな事を考えながら手早く制服に着替えリツカが居るであろうリビングに向かう、すると……


「……タクヤ様、今日の朝食は上手く出来ました」


 そんな悪魔の声が聞こえてきた。


「……何だって?」

「……今日の朝食は上手く出来ました」


 そんなリツカの言葉の通りテーブルの上には早起きして作ったであろう朝食が置かれていた。

 しかしその朝食はいつもの様な真っ黒料理では無く、


 ……何故か真っ赤だった。


 一見スープにも見えるそれを見つめながら俺はリツカに問う。


「念のため聞いておくが、これは人類が食べられる物なのだろうな?」


 俺がリツカにそう言うとリツカは無表情で、


「……とにかく食べてみて下さい」


 と、そんな冷淡な声で返して来たもので俺は余計目の前の真っ赤なスープに得体の知れない恐怖を覚える。


「……ゴクリ」


 生唾を飲み込み俺は椅子に座って目の前のスープ? を睨む、匂いは少し生臭さを感じる程度で、他には見た目が真っ赤だと言うこと以外何もわからない。


「これ本当に食べなきゃダメか?」

「……どうしても嫌なら大丈夫です」


 リツカが悲しそうな表情をしながらそう言う、ハッキリ言おう。

 それは卑怯だ!


「分かった! 食べればいいんだろう?」

「……いえ、無理をして食べなくても、」

「いや、折角リツカが早起きして作ってくれたんだ、喜んで食べようじゃ無いか!」


 恐怖を振り払うかのように無駄にテンションを高くしてスプーンで真っ赤なスープを掬う、そして深呼吸。


「よし、逝くぞ!」


 因みに何処に逝くのかはまだ決まってはいない。


 そんな意味の分からない覚悟を決めスープを口に含む、そして口内に広がるパラダイスに耐えきれず吐き出した。


「ゲホッゲホ! み、水! 早く水をくれ!」

「……どうぞ」


 リツカはまるでこうなる事が分かっていたかの様に直ぐにどこかから取り出した水を俺に手渡す。

 そしてそれを勢いよく飲み干してから俺はリツカを睨む。


「何だこの味覚障害者もビックリなクソマズスープは!!」


 口に入れて真っ先に来るのは意味不明な辛さ、そして次に生臭さが俺を襲い、最後にトドメだと言わんばかりに吐き気の来る程強烈な酸味。

 こんな兵器のような物が料理だとは到底思えなかった。


「……リツカ特製ゲキまずスープです、味見した時意識が飛びかけました」

「そんな化学兵器を俺に食べさせるな!!」

「……この不味さをタクヤ様に体験して欲しくて」

「お前はアホか!」


 この日の朝、俺は改めてリツカのアホさを思い知った、そして今日と言う日がまだ始まったばかりだと言う事を思い出し、大きなため息をついた。


 ……もう二度と、絶対に、リツカをキッチンに立たせまい。

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