一冊の本

 さて、どうしたものか。


 夕暮れの教室で一人の女がいきなり俺に部活をしようと提案してきた、この展開、今朝愛上君が読んでいたラノベというものの冒頭の展開に似ているな。

 偶然だろうか?


 俺はふと女子が手に持つ本に視線を移す。

 すると驚くことに、女子が手に持つ本は愛上君の持っている本と同じではないか。

 ふむ、これは……


「間違っていたら済まないが、君はその本と同じ事をこの学校でしようというのかい?」

「そ、そそ! そんな理由な訳ないじゃ、ない……」


 ふむ、どうやら図星らしい。

 ならば答えは一つである。


「君のいう部活についての誘いだが、断らさせて頂く」

「な、なんで! あ、いや、何でかしら?」


 君のその露骨なキャラ作りが気に食わないから、というのは理由にならないのだろうか?


「済まないが急いでいるんだ、その話はまた今度にしてくれ」

「ちょ、待ちなさいよ!」


 俺は二人を待たせているので教室から逃げ、ゴホン、失礼、女子から逃げることにした。廊下を走るのは本来であれば良くないことなのだが、状況が状況だ、今回は見逃して欲しい。


 玄関まで来ると、女子の姿は無かった。

 ふむ、どうやら諦めてくれたらしい。

 俺はホッと、一息着いてから外靴に履き替え、校門で待つ二人の所へ向かうことにした。


「……タクヤ様、随分と遅かったですね」

「何かあったの?」


 二人はどうやら俺の帰りが遅いことに心配しているらしかった。

 まぁ、確かに割と時間が経っている。

 腕時計を確認すると、十分ほど経過していた。


「いや、なんだ、変な女子に部活をしないかと誘われてな……」


「……それは災難でしたね」

「もしかして例の目が合う女子?」

「その通りだ、出来ればもう関わりたくないものだ」


 それから三人で学校からほど近い本屋により、ラノベというものを購入してみた。

 購入したのは、愛上君と部活勧誘女が持っていた本だ。


 なに、少し気になったものだからな。


「その本、本当にオススメなんだ! 読み終わったら感想聞かせてよ!」


 どうやら愛上君は、ラノベというものが本当に好きなようだな、しっかりと言葉をハキハキ言えているじゃないか。


「了解だ、家に着いたらスグ読むことにしよう」

「うん! それじゃぁ僕はこっちだから!」


 そう言いながら愛上君は、俺達の行く道と別の道を指さしてその道を歩いていく、そしてお互いに手を振り俺達は別れた。


「……何だか楽しそうですね、タクヤ様」


 家に帰る途中、リツカが急にそんなことを言い出した。


「楽しい? そんな訳ないだろ、まず、俺の平穏な学園生活に楽しいなどと言う言葉は不要だ」


 俺は高校に楽しさなど求めていない、求めているのはただただ平穏な日常、お金持ちの息子であることを悟られずに、ヒッソリと高校生活を暮らしたいだけなのだ。


 それに、俺はそんなものを求めてはいけない人間なのだから。


「……そうですか、その割に今日のタクヤ様はご機嫌のご様子に見えますが?」

「……少しな……さっさと帰るぞ」


 全く、リツカには適わないな、確かに今日は楽しかった。少し、本当にほんの少しだけ。



 ××××××××



 僕に友人が出来た、その友人はちょっと可笑しい。それでも赤城タクヤと言う人物は消して悪い人では無いことだけは分かった。


 自分では恐らく認めないと思うけど、僕は先日彼に救われたのだ。

 根っからの『オタク』であるぼくからすれば、彼はとても輝いて見えた。


 それこそ今読んでいる小説の主人公の様に。


 僕は自分の部屋で絵を書いた、自分が思う青春ラブコメの主人公の絵を。


「うわぁ、やっぱり似てる……」


 出来上がった絵は偶然にも赤城タクヤ君にそっくりのキャラクターだった。

 恐らく僕は彼に憧れている。


 そして……










 ……少し嫉妬している。



 

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