第3話 #include<stdio.h>

 ※動物性愛と動物虐待は全く異なります。動物に無理やり性行為を迫る等の動物虐待はやめましょう。


2017年夏――僕はO県に向かう新幹線の中でため息を漏らしていた。


 しかし何の因果か、ため息を漏らす僕の心情とは裏腹に車窓から見える景色はどこまでも明るく、澄み切っている。そもそも、僕の心情を反映してくれていたのは大学の最寄駅からハブステーションの間までであった。教授に「何でもする」などと言ってしまってからこの新幹線に乗り込むまで、僅か約2時間。その2時間の間、空模様は確かに雨が降り出しそうなほど薄暗かった。加えて若干のカビ臭さと生臭さが鼻に感じられ、周囲の環境が僕の心情を組汲んでいるのではないかと考えてしまった。まあ、会議室で感じた臭いは単にエアコンフィルターの手入れ不足が原因であろうが。

 新幹線に乗り込むまでの間、何度も逡巡し、友人にも相談しようとスマホをフリックしていたが、いくら逡巡しても僕の状況を打開する策は思いつかず、友人からは何の返事もない。正直、新幹線に揺られている今もどうにかして教授から押し付けられた面倒から逃げ出せないか、考えている。

 石川さんと一緒に卒論を書くなんて――。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ん?今何でもするって言ったよね?」


「はい、何でもします!卒業保留が回避できるなら何でも!」


「それじゃあこうしようか。今僕が持っている学生さんで、和久井君同様に卒業が危ない人がいるんだ。その学生さんと同じテーマで卒論を書くのはどうかな?卒論は連名でいいから」


「つまり、共同研究ですか?」


「研究になるかはまだわからないけどね。その学生さんも和久井君も、卒論テーマが不完全だから、二人で合わせて卒論に足るものにするって解釈で頼むよ」

 僕にとっては願ってもない話だ。相手のテーマ次第ではあるけど、二人でなら論文作成の負担が減って得をするかもしれない。おまけに、今のテーマを続けていたら負担していたであろうフィールドワークで発生する諸々の支払い――交通費、食費、宿泊費etc――から解放されれば卒業旅行の選択肢も増える。

 やっぱりこの教授には泣き落としが聞く――。そう合点して教授に答えた。無論、泣き落としが効くことに確信を得た歓喜を表情には出さないように努めて。


「わかりました。では、その学生さんと卒論を書くという事で。その学生さんは誰なんです?」


「経済学部の石川さん、て知ってる?」

 僕の時間が一瞬、凍り付いた。、石川さん?


「経済学部の石川さんですか?教育学部ではなく?」

 僕は若干の期待を含め教授に聞いたが、教育学部の石川さんであるはずはない。教育学部の方の石川さんと言えば、毎年成績優秀で学長賞をもらうほどの人だ。そんな人が卒業保留の瀬戸際に立っているはずはない。

 

「経済学部の石川 果倫さんだよ。教育学部の石川さんならもう卒論のたたき台ができてるって噂だし、何より学長賞を取る人が卒論のテーマでつまずく訳ないでしょ」

 教授は笑ってそう答えたが、僕にはまだ疑問が残っていた。


「ですが、学部が違いますよね?うちの学部って他学部の学生の受け入れに寛容でしたっけ?」


「もちろん寛容だよ。僕のゼミについてはね。とにかく、石川さんには僕が連絡しておくから、和久井君も彼女と会って、テーマについて話し合った方がいいよ。共同で書くとは言っても、時間は少ないからさ」

 なぜか「特に」の言い方に含みを持たせていたが、そんなことを気にする余裕は僕にはなかった。

 経済学部の石川さんは悪い噂が多い、有名な人物だった。僕は真偽の確かめることができるほど石川さんや石川さんに近しい人物と仲が良い訳ではないため、全て噂止まりだが、石川さんにまつわる噂には大体、留年、カンニング、キャバ嬢、風俗のどれかの単語が必ず含まれていた。中には事実に基づかない噂もあるだろうが、こういった噂があってもさもありなん、と思える容姿を彼女がしているので、噂が立ち消えることはないのだろう。僕は彼女についてそのように考えていたので、関わったことはなかった。

 つまり、噂の真偽がどちらであるにしろ、僕が自主的に関わりを持たないように判断した人物なのだ。そんな人物と共同で卒論が書けるだろうか?僕はかなり心配になっていたが、教授はもう石川さんに電話で連絡を取っているようで、


「石川さんのテーマに賛同してくれる人が見つかったから、二人で卒論の相談してみてよ。うん…でいまどこにいるの?アルバイト?え?あぁ…そう、それじゃ相方には伝えとくよ」

 と段取りをつけていた。


「あの……、石川さんと卒論を書けば、卒業させてくれるんですよね?」


「もちろん。まあ、ある程度のクオリティは必要だけど、彼女の頭とテーマなら大丈夫でしょ。石川さんはO県でフィールドワークしてて数日こっちに戻らないみたいだから、O県に行くといい。これ彼女の連絡先ね」

 教授は僕に石川さんの連絡先と、O県のどこかを指す住所が書かれたメモを差し出した。

 早速、フィールドワークにかかる支払いから解放される、という期待が打ち破かれ、僕のO県行きが確定したのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 改めて、車窓から景色を眺めた。O県は晴天、との予報であったが、確かにその通りだ。僕はこの晴天と、大学周辺での曇天、そして、会議室で感じたカビ臭さと生臭さを一緒くたに混合したような感覚を先ほどから味わっている。それは、教授のメモの裏側に、連絡先と住所以外の1行が記載されていることに気づいたからだった。

「石川さんの研究テーマ:サンギョードーブツのセーアイテキ活用方法及びそのカンノーヒョーカ」

 と走り書きされていた。

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