第8話 告白ー由紀sideー②

「そんなの、決まってんだろう」

「!」

いきなり声がして、身体が跳ね上がりそうになる。窓が開いていて風が入ってきているので、ベッドを囲うカーテンに人影が揺らめいている。外に誰かいるようだ。

「だ、誰…です、か」

恐る恐る問いかけると、人影は消えた。

気持ちを落ち着けて考えてみると、声の主がわかった気がする。急いでベッドから降りて窓の外を覗く。体育館に走っていく後ろ姿が丸見えだった。

「ふっ…」

思わず笑顔になったときには、もう自分の気持ちは決まっていた。そうだよな、『そんなの決まってる』。俺は答えを出したのに、どっちも傷つけたくなくて、その答えから逃げていただけだったんだ。たとえ、傷つけることになっても…これが俺の、大切なもの、

信じたい気持ちなんだ。


ガラガラ…

音楽室の扉が開く。呼び出したその人が、一瞬俺の目を見て、すぐ逸らす。嫌われてもいいから自分の気持ちを伝えたい…なんて、自己満足も甚だしいかもしれない。それでも…

「自分の気持ちから絶対に逃げたくなかった」

俺がポツリと言うと、その人は黙って目を逸らしたままだったけど、しっかり聞いてくれているのだと思う。

「その顔は、もう俺が何言うかわかっちゃったかな…?」

「なんとなく、ね…大事な話ってそれ以外に思いつかないし」

「そうか……ごめん…きっと思ってる通りだと思う」

目を伏せたまま辛そうな顔をしている。そうさせたのは…俺だ。

「ごめんなさい!…2人のこと、応援できません…!」

しっかり頭を下げる。まさか許してもらおうだなんて思っていないけど、誠意を見せないのとは話は別だ。

「理由…聞いてもいいかな?まあこっちも、なんとなくわかってはいるんだけどさ…」

「…俺が……桜を好きだから…………それをまだ桜に伝えてないのに、望月さんを応援することはできないし、したくない…だから」

「嘘」

「え…」

「ここまできて嘘はやめてよね…その言い方だと、瀬乃くんが高草木くんに好きって伝えたら、私のこと応援するってことになっちゃうよ?…できないでしょ?」

望月さんは、今にも涙がこぼれそうなほど潤んだ瞳でグッと力強く見てきた。泣きそうな気持ちと絶対に涙を流すまいとしている気持ちがせめぎ合っているかのような、複雑な表情だ。

「そう…だね、できない…」

「でしょ?…ふふっ私ね…不思議と瀬乃くんのこと、嫌いになんてなれないの。短い間だったけど、夢見れて幸せだったの!高草木くんと話すなんて夢のそのまた夢って感じだったから、瀬乃くんがいなきゃ絶対こんな思いできなかったよ。そりゃ悔しいし、すぐには高草木くんのこと諦められないけど……実をいうと高草木くんね、私といるときも瀬乃くんの話ばっかりなの。そのときの高草木くんの顔見て、信じたくなかったけど気づいちゃった。そんで極めつけがこの前瀬乃くんが倒れたとき!絶対勝てないって思った。私は、こんな風に高草木くんに想ってもらえないって…」

望月さんの長い話も、このときだけは苦に感じなかった。泣きそうなのに笑顔をつくって、一生懸命話してくれているのが強く伝わってきた。あえて何も言わずにじっと耳を傾ける。

「悲劇のヒロインぶって身を引くんじゃないよ?悲しくないって言ったら嘘になるけど、それ以上に2人に幸せになってほしいっていうか……もともと誰かが入れるような隙間は、2人の間にはなかったんだよ……。さあ、もう行って!1番伝えなきゃいけないこと、伝えてきて。絶対成功させなきゃ許さないからね!」

望月さんはグイグイ背中を押して、俺を音楽室の外に追い出そうとする。

「傷つけて…ごめん、ありがとう…」

去り際につぶやくと、一瞬だけ俺を押す力が弱まってすぐ戻った。

「……ありがとう」

そう聞こえたかと思うと、廊下に出て、音楽室の扉がピシャリと閉められてしまった。中から声が聞こえ始めるけれど、それは俺が聞いていいものじゃない。

俺は走り出した。苦しい。この前とは違う。そりゃ走っているということもあるけれど、それ以外にも緊張とか興奮とか、いろんな感情が渦巻いている。それでも早く会いたい、伝えたい。

外に出ると、体育館に入っていくバレー部のメンバーらしき人影が見えた。その中に桜の姿を見つけて、そこに向かって走る。すると、桜は俺の姿を見た途端走って逃げた。

「は!?なんで逃げるんだよ!」

急いで後を追う。今までの疲れも蓄積されているので辛いが、このチャンスを逃せばもう二度と伝えられる機会はないはずだ。

「待てよ!」

声をあげるが聞く耳持たず、といった風でこっちを見向きもしてこない。必死に走るが差は開くばかりで全然追いつけない。

「あっ…!」

足がもつれ、自分で自分の足に躓いてそのまま前へと倒れこむ。右頬と両膝がヒリヒリする。痛い……でも、桜の方がきっと何倍も痛かっただろう。

桜は立ち止まってこっちを見ている。他のバレー部員が俺に声をかけようとするのを、納地が止めていた。

「………だ、大丈夫か…?」

桜がゆっくり近寄ってくる。あえて起き上がらずに顔を伏せて、桜がもっと近くまでくるのを待つ。

「おい…起き上がれないくらい痛いのか?」

桜が俺の肩を掴み、起き上がらせようとしてくる。そこで一気に起き上がって、桜に思いっきり抱きついた。

「え…えっ!?」

困惑している桜をよそに、一番伝えたかった言葉を声にしようとする。だけど唇が震えてなかなか声にできない。今言わないでいつ言うんだよ!心の中で自分に喝をいれる。

「好、きだ」

掠れた声はしっかり桜に届いたようで、桜の身体が少しピクリとする。

「好きだ…好きだ、好きだ」

言葉にして、それが伝わったことがどうしようもなく嬉しくて、何度も何度も繰り返す。今までの思いが言葉と涙になって堰を切ったようにとめどなく流れ出す。顔が爆発するんじゃないかってほど熱い。

「ちょ…もうわかったって!」

桜は慌てて俺をなだめ、身体を引き離そうとする。が、俺は離れない。

「…好きだ」

「それはもうわかったって…!どうしたんだよ由紀?」

そっと桜の首にしがみついた手を離す。珍しく顔を赤くした桜と目が合う。

「俺、やっと気づいたんだ。自分の気持ちに…大切にしなきゃいけない気持ちに…。今さらかもしれないけど、もう桜は俺のこと嫌いになったかもしれないけど……それならまた、好きになってもらえるように頑張るから…だから…………もう一度…俺を見てほしい」

桜は目をパチクリさせて俺を見たまま黙っている。処理するのに時間がかかっているのかもしれない。

「由紀……」

右頬を優しく摩られ、思わず身体がピクリとする。すると…

「いっ!?」

思いっきりつねられた。

「何言ってんだバカ。俺の方がずっと好きだったんだよ。簡単に嫌いになれるわけないだろ?」

勢いよく抱きしめ返されてそのまま後ろへ倒れる。背中が痛い。耳元で囁かれて恥ずかしい。首に桜の髪の毛がかかってくすぐったい。でもそのどれもがきっと感じることのできなかったはずのものだ。そう考えると何もかもが愛おしくて仕方ない。

「…すん」

「え……桜、おまえ…泣いてんのか…?」

「どうしたって叶わないと思ってた恋が叶ったんだぜ?泣かずにいられるかよ!」

声色は泣いているけど明るい。嬉し泣きだって…思っていいのかな?

「いっぱい傷つけたよな?…ごめん」

「もういいよ…由紀が自分の気持ち、ちゃんと伝えてくれたことが、どうしようもなく嬉しいからさ…!」

俺も涙がまた零れはじめる。こんなに幸せでいいのだろうか?そう思った途端、

「俺、こんなに幸せでいいのかな?夢じゃないよな?」

思っていた言葉が桜の声に乗って聞こえてきた。『同じこと思ってた』なんて恥ずかしいこと言えるわけがなくて、ただ黙って頷き、桜の肩に顔を埋めた。

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名前のない愛のうた おがりん @sgtoga

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