第7話 デートしよう!ー桜sideー

「デートしよう!」

音楽室に入るや否や、由紀に向かって叫んだ。由紀は肩をビクッとさせて驚き、ピアノを弾く手を止めぽかんとしていたが、すぐに眉をひそめた。

「…何言ってんの?」

「だーかーらー!デートしようって!」

「いや意味わかんないから」

由紀は呆れ顔で、無視することに決めたのか、もう見向きもせずピアノを弾き始めてしまった。

「あーもう!ちょっとくらい聞いてくれよー」

まだ無視してピアノを続ける由紀の隣にしゃがみ、由紀の真剣な顔を下から覗いてやった。

「ばっ…!」

それに気づいた由紀はすぐに顔を赤らめてそっぽを向いた。きっと『バカ!何見てんだよ!』と言いたかったんだろう。かわいいなあ。

「なあ、デートっていってもまずはファミレスに行く程度でいいからさー。もっと仲を深めようよ、俺たち」

「別に仲悪いわけじゃないんだし、いいんじゃない」

仲悪いわけじゃない。俺もそう思うし、むしろ仲良いと思っているけど、由紀から言われると少しくすぐったくて、嬉しい。

「いやいや、だからもーっと仲良くなりたいっていうか」

由紀の顔が気になって立ち上がる。まだ顔を赤くしたまま、必死に拒否する理由を考えているみたいだった。

「納地とも、昔はよく行ったんだぜ?今もたまに部活帰りに行くし…。デートってのが気になるなら、友達同士で行くだけって考えてもいいから!」

顔の前で両手を合わせ、祈るように頭を下げた。しばらく沈黙が流れて、不意に由紀のため息が聞こえた。

「…わかったよ」

「本当!?」

俺は食い気味で叫んで、衝動的に由紀の肩を掴んだ。

「ありがとう!」

「別にいいってそんなの。合唱祭のときのお礼に…ってことで付き合うだけだから」

由紀の中ではどうやらそういうことに落ち着いたらしい。それでも、俺の中では立派なデートだ!よっしゃあ!大声で喜びを叫びたい気持ちになるが、由紀に引かれそうなので必死に抑える。

「じゃあさっそく…」

俺はスマホを取り出してスケジュールを確認する。

「今週の土曜日は?俺、部活ないんだけど」

「いいよ」

即答じゃん!?

「やった!」

由紀はまだほのかに頬を染めていて、しきりに髪の毛に触ったり楽譜をガサガサしたり…。動揺してんのかな?なんでもないみたいに振る舞ってるけど、緊張とかしてくれてるのかな?…かわいいなあチキショウ。


土曜日。

待ち合わせ時間5分前。由紀が改札を出てやってきた。

「あれ?早いな」

「由紀を待ってたかったから早く来た!おはよう!」

サラッと言うと、由紀は顔を赤くして驚いた顔をした後、そっぽを向いて呆れながら馬鹿じゃねーのとつぶやいた。

談笑しながら近くのファミレスに入る。お昼時ということもあって店内は少し混んでいた。注文を終えて、頼んだドリンクバーを持ってこようとする。

「由紀何にする?俺持ってくるけど」

「えっ!…あ、じゃ…オレンジ……」

伏し目がちに由紀が答える。あまりのかわいさについ口元が緩んでしまって、由紀に怒られるまでが最近じゃデフォだ。笑いながら謝り、ドリンクバーを取って戻ってくると、注文したポテトが来ていた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

心なしか、由紀のコップを受け取る手が震えているような気がする。少し気になりつつポテトをつまんでいると、メイン料理が運ばれてきた。俺はハンバーグを、由紀は怒られるから言わないけど女子かと言いたくなるパスタを食べながら、学校のこの授業が面倒だーとか最近見たあのテレビ番組が面白かったーとか当たり障りのない会話をした。

店員が食べ終わった皿を下げた時、少し沈黙が流れてしまった。まずい、何か話さなきゃ!いつもはくだらない話題がわんさか出てくるのに、そう思ったら頭が真っ白になってしまった。どうしよう…由紀、退屈してないかな…。

ズコッ

由紀の様子をみようと目を向けた途端、音がした。

「あ、おかわり持ってこようか?」

俺がそう言うと、ストローに口を付けたまま空っぽのコップを持った由紀が顔を真っ赤にして震えていた。どうしよう。由紀は死ぬほど恥ずかしいのかもしれないけど、死ぬほどかわいい。

「こ…こっち、見んな……」

由紀はコップをテーブルに置き、片手で俺から見えないように顔を隠した。コップをよく見ると、ストローが噛んである。癖なのか、それとも…。俺はいい方にとることにした。

「由紀さ、もしかして…緊張してる?」

「!」

図星だったんだろう。会ってからずっと赤くなりっぱなしだった由紀の顔が、さらにみるみる赤くなっていく。

「顔真っ赤すぎ」

「いっ言うなよ!…わかってるよ」

「かわいすぎ」

「は…はぁ!?何言ってんだよバッカじゃねーの!」

「煽りすぎ」

「あ、あお!?」

気づけば俺は、由紀の頬をなでていた。由紀は顔を赤くしたまま固まっている。

「あ、つい…かわいくて」

慌てて手を引っ込める。由紀は口をパクパクさせているが、何も声になっていない。まあこんなかわいい由紀を目の前にして手を出さずにいられるはずないよな、しょうがない。キスしたいくらいなのに、逆によく我慢したよ俺。そんなことを考えていると、

「バカッ!!!」

叫び声が店中に響き渡り、客も店員も一斉に、立ち上がった由紀を見ていた。さらに居た堪れなくなった由紀は、バッグも持たずに店を飛び出して行ってしまった。ああもう。

バッグを持って急いで会計を済ませ、由紀の後を追う。ひょろひょろの由紀の走りなど、現役バレー部の俺が追いつけないはずがなかった。

「待った」

由紀の肩を掴んで止めさせる。由紀は呼吸が荒く、肩が激しく上下している。

「なんでおまえ……息上がってないんだ…」

「運動部ナメんな?」

笑顔で言うと、由紀は観念したように近くのベンチに座り込んで、胸に手を当てながら呼吸を整えはじめた。俺はその横に座り、ゆっくりと自分の気持ちを口にする。

「いいじゃん、緊張したって。俺だってしてるしさ?嬉しいよ、由紀も同じ気持ちなんだって思うと」

由紀は無言だが、見なくてもちゃんと聞いてくれていることはわかった。

「やっぱ好きな人が自分のことで頭いっぱいにしてくれてるの嬉しいしかわいいし触りたいって思っちゃうんだよ。でも由紀の気持ち考えないで手ぇ出したのはごめん、謝る」

「だっ…から……そういうのを、やめろって…」

まだ呼吸が荒い由紀は、つっかえつっかえ言葉にする。肩を上下させながら右手でおでこと目を押さえていて、指のすき間からぎゅっと目をつぶっているのが見える。走ったからか恥ずかしいからか注目を浴びたからか…きっと全部だろう、顔は真っ赤だ。

だって本当のことだし。そう言ったらさらに怒るんだろうなぁ。俺は、その言葉は自分の胸に仕舞っておくことにした。

そして、今日言うか迷っていたことをもう一度考えて、口を開いた。

「あのさ……俺、中2のとき納地とクラスが別れて、新しい友達作ろうって張り切っていろんな人と話したり遊んだりしてたんだ。でもその中の、一番友達だと思ってた奴らに裏切られたことがあってさ…人と深く付き合うのが怖くなってたっていうか、避けてたのよ」

由紀は心配そうな眼差しで俺を見ている。

「まー…裏切られたって陰で俺は調子乗ってるとか俺といると女子が寄ってくるから付き合ってやってるとか悪口言われてたっていうありきたりなやつなんだけど……今まで悪口とかない世界でのほほんと生きてたからすげえ堪えたんだよね…」

ついに言ってしまった…。こんな暗い話をして、由紀引いたりしないかな?ドキドキして、沈黙に耐えられなくて、どうしていいかわからなくて、嫌われたくなくて…とりあえず笑顔を作る。すると…

「無理に笑わなくていい。そうやって悲しそうに笑うことたまにあるけど、俺の前ではいらないから」

じっと目を見つめて真剣にそう言われてしまった。

そうか俺、無理してたのか。

瞬間、俺の胸につっかえていたものがスルリと落ちていく気がした。心身ともに軽くなった感じがして自然と笑顔になる。

「ありがとう。由紀のおかげでスッキリしたよ」

「えっ…?いや、なんも……」

由紀はまた顔を赤くしてうろたえる。

「…というか、なんでそんなこと俺に…」

「んー、なんていうか…そんな俺でも由紀とは自分から仲良くなりたいって思ったこと、言っておきたくて。まあ納地に言われて気づいたんだけど」

そう言うと、由紀は少し笑った。やっぱり話してよかったな…。気のせいでも、自意識過剰でもいい。また少し、距離が縮まった気がする。

その後、ちょこっと世間話をしてから家に帰ることにした。焦ってもいいことはないだろう。ゆっくり、今よりもっと仲良くなっていけばいいんだ。「帰ろうか」と言うと、由紀はほっとしたように微かに微笑んで頷いた。ほら、傷ついてる場合じゃないっての。男なら「帰りたくない」って言わせてやろうじゃねーの。

……いつになるやら。

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