#04 永遠なる魂の孤独

「チトセさん。周りにいる似たような衣装の人たちはみんな仕事場の同僚ですか?」


 不意をついた質問に、彼女は驚いたような表情をこちらに向け目をしばたたかせる。


「え? あ、あの……。そうですね、同じ場所で仕事をしているという点では”同僚”でしょうか」


 歯切れの悪い返答におれの疑念は確信へと変わりつつある。

 これはもうあれだな。保険の勧誘と同じシステムが転生業界に蔓延はびこっているのだろう。チトセはそのうちのひとつに所属しているわけだ。

 彼女が用意した書類。いまどきあのような面倒くさい手続きを必要とする機関など滅多にない。何より『申請代行』などといった業務が成り立つのは役所への書類申請くらいなものだろう。


「では、ちょっと話を聞いてきますね」


 立ち上がろうとしたおれの腕に、またしても天使のような恰好をした堕天使モドキが両手を絡めてくる。静かに視線を向けると、相手はうっすらと涙で瞳をうるませ、どこか怯えたような表情で自分を見上げていた。


「え? ど、どどどどど、どうした……」


 予想もしていなかったチトセの様子に、つい口調がおかしくなって噛み噛みになる。落ち着いて考えてみれば、こいつは人をまどわすときにいっつもこうやっているのが見え見えだった。

 しかし、この時のおれは美女の泣き顔という漫画かアニメでしか拝見したことのない超レアな光景にあっさりと心を揺さぶられる。


「お願いします。わたしを信じて下さい。決してノボルさんの悪いようにはいたしませんから」


 涙ながらに語る少女の頬を一筋の涙が流星のようにこぼれ落ちた。

 その姿を目の当たりにして、『とりあえず相手の話はちゃんと聞いてあげないとな』などと、カモがネギ背負って鍋を抱えたような考えに至る。


「わ、わかったから! お願いだから涙を拭いてくれ。べ、別に君のことを疑ったわけじゃないんだ……。あの数字の意味を知りたかっただけで」

「申し訳ありません。つい不安になってしまいました。ごめんなさい」


 焦るおれの態度を見て、チトセが微笑むような顔を作った。

 その瞬間、この子となら地獄に落ちてもいいかなとDT特有の青臭い妄想を炸裂させる。SNS上で『さみしい』を連呼する女子ほど、たくさんの用件でスケジュールが埋まっていることくらい、おれは十分に承知していたはずなのに……。


「あそこに表示されている数字は各事業者が申請している転生希望者の総数と、その事務所が一定の期間に割り当てられる転生者の比率を出したものです。で、でも! 現実には0.01%と0.001%程度の差でしかありません。数字上では若干じゃっかんですよ、若干! もう、あんな感じで表示されるからみなさんが勘違いされてしまうんですよ。ご理解いただけましたか? ノボルさん」


 さらりととんでもなく低い確率を言われたわけだが、それはまあいい。

 ここへ来る直前、さんざん聞かされた話だからな。転生がひどい抽選待ちだというのはおれも覚悟の上だ。

 だが、ソシャゲのガチャで人生を踏み外しかけた経験があるおれの考察は一味、違う。

 SレアとSSレアの排出率の差はほんの数%であるが、実際に回してみれば手に入る頻度ひんどはまったく別物だ。

 最近は最低保証などという宝くじの三〇〇円当選みたいなシステムがあるが、それを差っ引いても両者の差は大きい。


「いや、でも期待値が一〇倍違うということは、むしろ確率が低い場合の方が施行回数に大きく影響するから……。やっぱり一度、ほかの人の話を聞いて……」

「いまなら転生特典がつきますから!」

「は? 転生特典……。何それ」


 唐突にチトセがさらなる契約サービスを口にする。

 世の中にタダより高いものはないのと同じく、実質無料で永久無料はそのじつ青天井なのが世間一般の常識だ。それでも人は初回星五サービスという甘い言葉に誘われて、ついつい容量の残り少ないストレージに新たなアプリをDLする。


「弱……中小の事業主である当社だからこそ、お客様の要望にキメ細かく寄り添う形でのサービスをご提供できると我々は自負しております。いまご契約いただけますと、転生時に無料のオプションとしてパーティーに女剣士と女魔法使いと女神官と幼女とバニーガールのいずれかを無条件で加えることが出来ます」


 最後ふたつおかしいよな?

 それでも冒険の始まりから仲間がいてくれるのは心強い限りだろう。べ、別に女の子のメンバーが欲しいからじゃないぞ。

 いかん、チトセがこちらの様子をまじまじとうかがっている。

 おれは決して心の中を見透かされまいと強気の態度に出た。


「いや、でも。転生勇者だったら実力でパーティーの仲間を見つけるくらい簡単じゃないのか? どんな異世界であろうとも力があれば、それを利用しようとして近づいてくるやつはたくさんいるだろ」


 必死の抗弁をこころみるも相手の反応はさしてはかばかしくもない。


「え? ですが現世でぼっちだった人の場合、たとえ転生勇者として異世界に生まれ変わっても大方はぼっちのままで過ごす人が大半ですよ」


 うっそだろ、おい……。


「いや、でも勇者の力を求めて……」

「いえいえいえいえいえ! そもそもコミュニケーションというものは、ひとりでは生きていけない人間が円滑に社会生活を営むための折衝せっしょう能力ですから。勇者でもないのにぼっちで過ごしてきた 人間が、異世界で他者に頭を下げる必要がなくなれば、誰にはばかることなくぼっちを堪能たんのうします。これは何度、生まれ変わろうとも魂に刻みつけられている個人の性質なので永遠にぼっちはぼっちのままですよ」


 おれに親友と呼べるような存在がいなくて、ひとりきりなのはどうやら運命によって決められているらしい。

 絶望で目の前が真っ暗になった。


「なので、当社がおすすめする転生時初期PTメンバー追加オプションはそのような方々にとてもご好評いただいております。素体の魂には地獄に漂う亡……コホン。幼くして命を落とした無垢なる魂を当社が指定いたしました一流の彫刻師によって加工し、冒険に必要なスキルと主人公への好意を魂に刻みつけた状態で生体化しております。なので登場時から高感度はMAXのまま、何があろうとも変動いたしません。ただひたすら主人公へ無償の愛情を傾けてくれる母性の象徴として存在いたします」


 すごく冒涜的なイメージが漂うサービス内容だが、ぼっちの呪いを運命づけられたいまのおれには逆らうことなど不可能だった。

 異世界にあっても母のように自分を愛してくれる女性。

 就活に失敗し、長らくひきこもりとなっていた自分のためにパートの数を増やしてくれたやさしい母親。

 決して美しくはなかったが春の陽光にも似たそのまぶしい笑顔を思い出し、自然と涙した。


「さあ、ノボルさん。こちらの記入欄に希望する転生先を書き込んで下さい。いまでしたら特別に母胎選択のサービス特典もお付けいたします」


 しれっとろくでもないことを言いながら、チトセがおれの前に用紙と羽ペンを差し出す。涙で顔をグシャグシャにしながら、おれは示された箇所に『異世界勇者』と書き記した。 


「ありがとうございます。これで我が社とノボルさんは正式なパートナー契約をかわしたことに成ります。今度ともどうかよろしくお願いしますね。それで特典の方はいかがいたしましょうか?」

「……………………女剣士で」


 ちがうんだ。

 どうせ味方にするなら即戦力のほうがいいと思ったからだ。

 決して部屋の押し入れの片隅にたくさんの薄い本が置いてあるからではない。

 レダとかアテナとかそういうのが好きなわけじゃない。


「了解いたしました。『女剣士希望』と……。それと仲間の登場時の初期装備を選択して頂きたいのですが?」

「初期装備?」

「はい。細やかなカスタマイズを可能としているのが当社のシステムの特徴ですので」


 なんだか至れり尽くせりと言った感じだな。まあいい。自分で決められるというのなら少しでも有利なものを与えてあげよう。


「それでは、身につけている防具の種類を次の中からひとつ選んで下さい。フルプレートアーマー、腕部脚部わんぶきゃくぶのみ鎧で胴体は洋服にミニスカート、スク水の上に急所を護る肩当てや胸当て、真っ赤なビキニ、バニーガールの五つです」


 お前のところの会社、なんでそんなにバニーガール推しなんだよ!

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