#03 白い巨塔

 たどり着いた場所はどこまでも白かった。

 どこからか間接照明らしきものが施設全体を照らしているので、見える範囲はただただ白く明るい。

 ここがチトセの言うサポートセンターであった。

 トラクタービームの威力が次第に弱まり、地面に足をつけた瞬間、おれの虜囚りょしゅうとしての生活が開始する。

 それまで身につけていた死ぬ直前の服装は簡素な白いシャツに変わり、下半身には下着代わりの同じく白いトランクスが履かされていた。

 足元は裸足のまま。他にある装飾品は、手首に巻かれていた十八桁の番号がイニシャライズされた細いブレスレッドだけだ。これが首輪でもタトゥーでもないのは最低限の人権への配慮だろう。

 あるいは単に悪評が流れるのを恐れた結果かもしれない。


「ノボルさん。わたしはほかに済ませておく用事がありますので、申し訳ありませんが先にセンター中央にある登録事務所へ向かっていただけますか」


 チトセはそう伝えてここへ着く早々、どこかに姿を消してしまった。

 しょうがないのでおれはひとり、この辺りで一番目立つ中央の高い塔へと向かっていく。まずはそこで転生希望先を登録する必要があるらしい。

 途中、自分と同じような転生候補者の男性とすれ違う。


「こ、こんにちは……」


 新参者しんざんものとして最低限の礼儀だと思い、こちらから声をかけてみた。

 無論、視線は相手の肩口あたりだ。

 下手に目を合わせると、因縁をつけられるか同じ趣向のオタクかと勘違いされるので慎重に行動する。


「ちっ! また、余計な新入りかよ!」


 声を聞くなり悪態をついて通り過ぎていく。

 なんだなんだ? コミュ障かよ!

 自身の生前の振る舞いはあえてかえりみず、おれはひとりでいきどおった。

 この野郎、ぼっちは他者からの悪意に過剰に敏感なんだぞ。だから友達も少ないんだぞ!

 傷ついた心を慰めるように無言で叫ぶ。

 さはネット上で晴らすのが現代社会のたしなみだ。

 たとえ何があろうとも表面上ではクールでありたい。

 そんな風に自分を偽って怒りを腹に押し込みながら目的地へ進んだ。


「ここか。しかし近くで見ると一層、でかいな」


 多角形の壁で築き上げられた塔を見上げ、感慨深くつぶやく。

 低階層は巨大なドーム状の構築物になっていて、大体ビルの四、五階分の高さがあった。

 そこから上空へとそびえ立つ塔の部分はどこまでも高く続いていて、果ては空の彼方へと消えていた。まるで聖書に出てくる天国への階段である。

 地上に接する部分はすり鉢上に地下へとくり抜かれた空間があり、斜面は階段状の座席スペースとそれを区切るように設けられた何本かの坂道で構成されていた。

 一階の壁面にはいくつか両開きの扉が確認できたが、いまはすべてが閉ざされている。さらに上のスペースは複数の階層を突き抜けた形で壁自体が表示用ディスプレイとなっていた。

 現在、画面には人気の高そうな転生タグが上から順に並び、隣には転生指数というなぞの指標が示されている。


「なるほどな。ここに座ってあの数字を眺めるわけか」


 しかし、それだけだとひどく退屈だろうな。

 率直に感じてしまうわけだが、いつまでもここにいる気はない。

 そういうものだと判断して、いまは目的の遂行を先に果たそう。

 とりあえず塔の本体を目指して通路の坂道を進んでいく。途中で何人もの転生候補者がチトセと同じ服装をした天使たちと隣り合わせで 座っているのを見た。

 まるで恋人同士のような光景に胸の中で舌打ちを繰り返す。

 天使たちはそろいもそろってみんな可愛い。これがお店だったらかなりレベルが高いだろう。なのに男たちは全員が真剣な表情で天使と話し込んでいた。

 どうした、女の子と楽しく会話する余裕すら無くしているのか?

 と、この時のおれは脳天気に構えていたわけなのだが……。


「ノボルさーん!」


 どこからかおれを呼ぶ声がした。しかも女性の声だ。もう、声だけで絶対に可愛い。いまどきのゲームやアニメが大好きな若者たちの『共痛認識』である。

 視線を移すと、こちらに駆け寄ってくる天使姿のチトセが見えた。


「転生希望先のご登録に来ていただけたんですね? ありがとうございます。早速、手続きに入りますので、しばらくご一緒してください」


 息を弾ませ、必然的に胸も弾ませながらおれの前までやってきたチトセが嬉しそうな表情で受付を始めた。

 落ち着け、これは営業スマイルだ。

 わかっていてもまぶしい笑顔はプライスレス。ふたり並んで階段に移動する。

 互いの肩がギリギリ触れない距離を保って腰を下ろした。

 やっべ、なにこの甘酸っぱい青春感。

 大きく息を吸い込めば、彼女が放つ香りで肺がいっぱいになりそうだった。


「では、ノボルさん。さっそくですが転生希望先の世界を教えてください」

「あ、それなんだけど……。あそこに表示されている数字の意味を教えてくれないかな? ずっと気になってたんだ」

 

 おれは壁に表示されている『転生指数』を見上げながら質問した。

 数字は上から小さい順に二〇個ほど並んでいて、一番上でも四桁前半、下の方になると五桁に及ぶものが出てきている。

 問題はそれぞれの数字の横に記された意味不明のアルファベット。多分、頭文字かしらもじか何かだとは思うのだが、まるで意味がわからない。

 さらに数字と頭文字イニシャルの組み合わせは隣の画面へと続いていた。最後の方になると表示される数字は五桁後半となっている。


「あ……。あれはそうですね、天界景品表示法にのっとって表示が義務付けられているものです」

「へえ……」


 と言われたところでおれには理解しようがない。ただ、あんなにデカデカと公開されている以上、重要な数値であるのは確かだろう。


「ノボルさん。あとで変更も可能ですので、ひとまずどのような異世界に転生したいのか申請登録を先に」

「それで、あの数字には一体、なんの意味があるんですか?」


 食い気味で質問をかぶせていく。

 チトセの表情が心なしか固まったように見えた。

 やっぱりか。 あの数字にはかなり重要な意味があるのだろう。けれど、彼女はなんらかの理由があってそれを知られたくないというわけだな。

 少女はバインダーに白い用紙を挟んで片手に持っている。

 紙にはこまごまとした記入欄が設けられていて、一番大きな欄にはおれの名前である『階昇流キザハシノボル』と印字されていた。

 ここに到着して一旦、姿を消した理由はこの書類を作成していたからか。

 それからおれは気がついた。書類の一番下に登録申請代行業者という欄があり、そこには『転生支援協同センター』という業者名とともに『(略称)R・S・C・C』と印刷されている。

 きっとこれが頭文字の正体か!


「RSCC……」


 おれは掲示板にふたたび視線を移し、該当するアルファベットを探した。

 ようやくと見つけ出したのは画面のかなり後方で付けられた数字は結構、デカい。

 先頭との差は単純に言って約一〇倍だった。

 説明を求めてチトセの方を振り返る。


「ちゃ、ちゃうねん……」


 糾弾きゅうだんするこちらの視線からわざとらしく目をそらし、明後日あさっての方角を見つめている少女がつぶやいた。お前、転生前は関西人だったのか。

 だが、早計に相手をやり込めようとするのは悪手だ。

 先程は慣れぬ美少女との邂逅かいこうでついついあちらのペースに乗せられてしまった。

 今度こそ有利に交渉を進めなければならない。

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