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 そんな調子で、女の子の話は始まったんだ。もちろん、誰もこの子が殺人犯なんてこと信じてないんだよ。ヤマザキがいったように、殺人なんてここしばらく起きてないんだから。

 まあ、刑事課のみんなも、結局のところ、ただ単に、このかわいい女子高生が、どういう殺人話をするんだろうって興味津々だったってだけなんだ。まあ、一番ノリノリだったのは、ヤマザキ刑事だったんだけどね。


「それでは、自白しまーす。いいですか? 最初はですね、なんと、女子高生が犠牲になったのです」

「おお、マジ? ちなみにそれって、同級生とか先輩とかそういう系? いじめられてたとか、いじめてたとか、カレシ寝とられたとか、そういうベタな話?」

「いえいえ、ぜんぜん違いますってば。それって怨恨殺人じゃないですか。ヒカルの殺人は、まったく知らない女の子を狙ったからすごいんですよ」

「ほお、怨恨じゃなくて、知らない女の子をか」

「うんうん、これって連続殺人だから。シリアルキラーだから。怨恨とか金じゃあしないんです、殺し」

「んー。わかんないけど。じゃあれだ、リョーキだ。猟奇枠だ。ということは、ヤマザキ、刑事人生初の猟奇枠です。で?」

「ええと、最初の子はですね、めちゃくちゃ可愛い女の子がいいなって思ってて。それで、けっこう探してたんですよ。誰かいい子いないかなって。そしたら、いたんです。2コ上の女の子。都立曼珠南高校の二年。ええと」と、カバンをごそごそして「この子です!」と、彼女は取りだした写真を机に並べた。

「おお、写真があるんだ写真。だったら最初にいってよ。どれどれ」

 ヤマザキとツムラは写真を確認する。たしかに、めちゃくちゃかわいい女の子が写っていた。制服を着ている一枚。笑顔で自転車をひいている。もう一枚は冬っぽい。ファストファッション系の私服。ダッフルコートにミニスカート。短いソックスにコンバース。友だちと一緒に街のショッピングセンターで雑貨をみてる。最後の一枚は、高校生っぽい男子と一緒。カレシかな? 駅前のラクドラルド。テーブルに座って話に夢中だ。どの写真も愛くるしい笑顔がキラキラしてる。

「なーになになに、これ。やだ、この子、めちゃくちゃかわいいじゃん。ヒカルちゃんに雰囲気似てるよね。ヒカルちゃんもずいぶんかわいいけど、この子も、もうアイドルじゃん。二人でセンター争いできるじゃん。俺もこんな娘が欲しかったな。『お父さま』とか呼んで欲しかったな。で、名なんだっけ?」とヤマザキ。


「ハナサワリカちゃんなのだ。殺したのは、彼女が十七歳のとき」とヒカルが答えた。

「うーん……。んー、おーい、おいおいツムラぁ、ちょいと調べてよ。ハナサワリカちゃん」

「はい、了解です」と、ツムラはパソコンに名前を打ち込んだ。

「ああ、出た出た出ましたよ、ハナサワリカちゃん。めっちゃかわいい十七歳。写真と同じですね。確かに2014年の9月に亡くなってますよ、彼女。もったいない、じゃなくてかわいそうに。生きてたら、十九歳ですかねぇ。もーね、泣けてきますわ。こんな子が死んじゃってるなんて。泣いていいっすか、なんか僕、もう、生きる意味の軽く70パーセントは消えてなくなりましたね」

「そうかそうかツムラ。ってかお前の生きてる意味なんて、とっくにねーよ。0パーだよ、むしろ0パー。ツムラ、そのお前に生きる意味を与えているのは、先輩で曼珠署のエースであるところの俺、ヤマザキなんだな。俺と同じ一係にいることが、お前の生きる意味なのかもな。感謝しとけよ」と、ヤマザキがいう。「そうかあ、死んじゃってるのか、俺のムスメ候補が、がっくしだなぁ」

「あ、でも、死因って『心臓麻痺による突然死』になってますね。ふつうに病死ですよ。変死というわけでもなさそうだし、殺人じゃないですね」とツムラがいう。

「おお、本当だ。病死じゃねーか。かわいいのに悲しすぎる。神さまから与えられた寿命だったんだわ。短い人生だからこそ、輝いてたんだね。運命ってのは残酷だね」

「もー。おっさん二人で盛り上がらないでくださいよっ。殺したのは、わたしなんだから」

「まーね。そうなんでしょうけどもね。でも、だってね、お嬢ちゃん。いや、ヒカルちゃん。いやむしろヒカル。この子、病死よ。病死なんだもの。これじゃあ、ヤマザキどうしようもないもの。殺しじゃないもの。これ、わたしが殺しましたっていわれても、ねえ。病死だからね」

「そうですねえ。病死ですからね」と、ツムラが合いの手。

「彼女さ、めちゃくちゃかわいかったんですよ。彼女のことを好きな男子、大勢いたんだよ。この子が死んだら、悲しむ人がたくさんいるんだろうなと思うと、めちゃくちゃ殺すのが楽しみになってきちゃったんですよ」

「いや。ヒカルちゃん。だから、べつに君が殺したわけじゃないから。寿命だから。不幸にも若くして亡くなった女の子のこと、そんな風にいっちゃダメだよう」

「だから、ヒカルが殺したんだってば。最初からそういってるのに、なんでわかんないかなぁ。鈍いおっさんはイヤだな」

「はい、わかりましたー。じゃそれ前提。それ前提で話聞くからさぁ。ヒカルちゃん殺人鬼前提ね。おっさん扱いだけは勘弁してくれないかなぁ」

「わかればいいのよ」

「ヒカルちゃんがそういうんだったら、しょうがないからな。ヤマザキ、ちゃんと聞こうかな」

「ありがとう。ヤマザキ刑事!」

「で、どうやって殺したの? めっちゃかわいい彼女」

「出たな、殺しの手法とか聞きたい星人」

「聞きたいよー。すっごく聞きたい。聞きたいに決まってるじゃん。だって、プロの医者が心臓発作って診断したんだよ。病死で死亡届だしているんじゃん。それが、実は殺人でした、とか、正直、すっごく興味あるわー。な、ツムラ」

「正直、すごく興味あります」

「じゃあ、特別に、教えてあげるけど、それは、にゃんと、毒殺なのです!」

「なのですと? 毒殺? 毒殺って、青酸カリとかのヤツ? 口からアーモンドの香りします系? なんか、ベタな話になってきたな」

「そうよ。毒。山梨県の山奥に群生している植物の根っこをね、グツグツ煮て乾かして粉になったもの。それに、群馬県で採れるキノコをやっぱりグツグツ煮て乾かして粉になったものを混ぜたの。猛毒よ。ヒカルのオリジナルの猛毒ヒカル一号よ」

「ふうん。そうなの? ヒカルブランドなんだ」

「あ、信じてないでしょ。これだからヤマザキさん捜一に行けないのよ。四十過ぎても、ショカツでくすぶってる初老のデカなんかに話すんじゃなかったな」

「初老じゃねーよ。別に捜一とか憧れてねーし、な、ツムラ」

「そうですよ、初老ではないですね。それと、ショカツこそが警視庁の底力なんですよヒカルちゃん」とツムラ。

「だいたい、毒物なんてさ、医者が気づかないわけないじゃん。なんでなんで? 医者だよ。医大でてんだよ。ちょー優秀。医大むつかしいよ。そんな優秀なお医者さんが気づかないって、ないない。ちょっとでもおかしいと思ったらさ、警察に連絡くるもの。『もしもし、ちょっとホトケさんの状態が怪しいんですけど』って電話きちゃうもの。検死官がいって検死だもの。鑑識とかでちゃうよ。ヒカルちゃんの好きなドラマでもそうでしょ。そうなってはじめて『これは、事件の線もあるな』ってショーワのデカがいうんじゃん。でも、そういう記録がないもの。毒って。毒とか、ないから」

「あ、バカにしてるでしょ。そんなんじゃいいですよ。話はここまでってことで、帰りますから」

「ヤマザキさん、もう、ウケすぎですよ。怒らせちゃったじゃないですか」とツムラ。

「いやいや、ごめんごめん。あんまりベタな話だったんで。なんか、土曜ワイド系? そういうの大好きなんで、つい。その。毒? 毒ね、それでどうやって殺したの?」

「バカにしません? ちゃんと聞きます?」

「聞く聞く。もちろん、ちゃんと聞く。ヤマザキは、これまでの人生で一番真剣なくらいにちゃんと集中して聞きますってば。ですから、どうか先を聞かせてください。ほら、ツムラお前もお願いしろよ」

「僕からも、よろしくお願いします」

「オッケー。わかった」

「で、なんの毒だっけ、植物の根っこってのは、トリカブトとか? キノコてのはベニテングダケとか、そういうの?」

「ヤマザキ刑事、意外に無能なのかなあ。トリカブトもテングダケもフグもお医者さんがちゃんと気づいちゃいますよ。チアノーゼとか瞳孔拡大とか中毒症状が出るんだから、単なる心臓麻痺なんて診断はしないでしょ。そういうメジャーな毒はダメよ。ヒ素とかもすぐに見つかっちゃうし」

「あ、ああ、そんなことは知ってるよ。知ってるに決まってるじゃない。な。知ってるよな、ツムラ」

「はい、知ってますよ。そんなこと」

「で、なんて植物なん?」

「ポワポワ草とクルリン茸」

「ん? 聞いたことないな。ツムラ、ちょっと調べてくれ。インターネットで調べてくれ」

「はい……。んー。んー、んー? 見つからないですね」

「そりゃ、見つからないよ。ヒカルが名づけたんだから」

「えっ」

「自分で探し出して、勝手に名づけたんだよー。もう、大変だったんだから、毒性のある植物で、なんの特徴も残らないのを探すのって。ネットで調べたって、似たようなのしか出てこないから。図書館で、『毒草百科』とか『毒草図鑑』的な本を片っ端から調べたりしたんですよ。そうすると、だいたい傾向が掴めてきたんです。毒を持つ植物の。それで、家族と旅行したときとかに、山のなかとかで、そういう草を探して持ち帰ったんです。持ち帰った草とかキノコとかからエキスを抽出して、ネズミとか鳥とかの小動物で実験して、死ぬまでの経過とか、死に方とか、死体に影響が出ないかとかを、よく観察したんだよ。すっごく時間かけて。もうホントに大変だったんだから」

「え? 本当にそこまでやったの。マジで?」

「はい! マジですよ。ぜんぶマジ。それで、死後、特に目立つ特徴が残らなくて、普通に病死って診断されるだろうな、みたいな毒をね、作っちゃったのです」

「ヒカルちゃんが、自分で勝手に新しい毒物を作っちゃったの?」

「はい。作っちゃったんです。しかも、遅効性で、三回の投与で確実に心臓を止める猛毒」

「へ? 遅効性なの? それ、バレないじゃん。バレにくいじゃん。普通にわかんないじゃん」

「そうなんですよ。よく、ドラマとかで、青酸カリとかトリカブトとかヒ素とかで殺っちゃうじゃないですか。アレって『殺人だってわかってもいいや、めんどくさいし』っていうような犯人がやることなんだよね。猛毒ヒカル一号の場合は、お医者さんが、『アレ? 変だな』って思わないんです。だから、そのまま病死になるの。余裕で完全犯罪成立なんですよ。ヒカルは、そういう、美しい殺人やりたかったんです」

「んー。まあ、いろいろ突っ込みどころはありそうなんだけど。ま、いいや。ヒカルちゃんがそういうんだったら、そうなんでしょう。な、ツムラ」

「はい、そうですね。ヒカルちゃんがそういうんだったら、そうですね」とツムラ。

「そうなんですってば。で、毒が完成したから、いよいよ、ヒカルの大好きなかわいいハナサワリカちゃんに、投与しちゃったんだ」

「ああ、それ、それよそれ。どうやったの? 毒があってもね。なかなか本人に飲ませるまではできないよね。一緒に住んでるってわけでもないし、同じ学校じゃないし」

「ヤマザキさんさ。さっき写真みたでしょ。わたし、リカちゃんに決めてから、ずーっと、彼女を観察してたんだよ。学校の行き帰りとか、バイト先のカフェとか、あと、お休みの日のお出かけとか。もう、それも大変だったんだから」

「あ、ああ、なるほどね。年がら年中ハナサワリカちゃんをつけてて、チャンスをうかがっていたわけなのね。なるほど。え? でもさ、ヒカルちゃんだって学校とか塾とかあるよね。忙しいのに、そんなことできちゃうの?」

「あ、だいじょぶだいじょぶ。ヒカルは塾とか行かなくても成績トップだし、時間はたくさんあるし。あ、ショートスリーパーなんで」

「ショートストップ? えっ、川相とか池山とか、えっ古い? じゃあ、松井稼頭央? あ、井端? ショートは名選手ばっかだな。な、ツムラ」

「あ、ヤマザキさん、寝なくても大丈夫な人のことです。ショートスリーパー」

「へ? ヒカルちゃん、寝なくていいの?」

「そうなのです。ヒカルは1日に二時間も寝れば完全復活なのです」

「マジか。オジサンなんか一日中寝れる自信あるもの。一日に二十時間は余裕でいけるね。猫だな。猫と同じくらい寝られるな。むしろ寝るのが仕事ってくらいだわ。なんか、羨ましくないな、それ。特殊能力っぽいけど、まったく羨ましくないわ」

「いや、べつに自慢してるってわけじゃないんですけど」

「あ、失礼しました。それで、どう盛ったの? 毒」

「ええとですね。まず一回目は、彼女がバイトしてたカフェ。地元ナンバーワン人気のちょいオシャレカフェ。っても、自由が丘とか中目黒とかのとんがってて流行ってるカフェのパクリなだけのとこなんだけどね。知ってる?」

「ヤマザキわかんないや。な、ツムラ」

「はい、ヤマザキ刑事は、スナックとキャバクラと熟女ラウンジしか興味ないんで、無理です」

「そうなんだ。さすがです。勉強になります! カバカバ堂ってカフェなんだけど、そこで、金曜日と土曜日の三時から九時までハナサワリカちゃんがバイトしてたんだ。リカちゃん、めちやくちゃかわいいからさ。リカちゃん目当てのお客さんたくさんいたんだよ」

「そーなんだ。そのカバ? カバカバに行けば、リカちゃんに会えたのか。なんだ、もっと早く教えてくれればよかったのに。ヤマザキ、是非もんでリカちゃんに会いたかったな。な、ツムラ」

「はい、そうですね。リカちゃんがバイトしているんなら、むしろ毎週末カバカバ堂に通っちゃいますよね」

「おっさんたち、自分の娘みたいな歳なんだよ。警察がそんなことでいいんですか」

「まあね。でも、男ってのは永遠の少年だからね」

「うわーキモいです。女の子の前でそういうこというの、やめたほうがいいですよ」

「わん。『キモ』いただきました。ヤマザキ、女子高生から『キモ』いわれました」

「もういいですよ。それでですね、リカちゃんはいつも五時くらいに二階の席でまかないを食べるのです。一人で。まかないのカフェ飯プレートを持って二階に上がるんだけど、そのあと飲み物を取りに一度席を離れるんですよね。ずっと観察してたけど、毎回そうなんです」

「へー。毎回そうなのかー。飲み物も一緒にもって上がればいいのにね。まあ、まさか毒盛られるとか思ってないもんな」

「そうそう、毒入れてくださいっていってるような状況なんですよ。かわいそうになりましたよ。この子、命を狙われてるなんて夢にも思ってないんだなって」

「いやいや、普通、命狙われないから。ここ日本。トイレ行くとき席に荷物置いといてオッケーな国。そういうとこだから」

「ですよね。みんなふつうに不用心なんですよね。ですので、九月の二週目、金曜日の四時半に毒を持って行ったんですよ、カバカバ堂。五時になったら、彼女、まかないプレートを持って二階席の空いてるテーブルに来たんです。その日のまかないは、タイ風カレーと白身魚のフリット。わたしは隣のテーブル。で、いつものように、彼女、飲み物を取りに一階に降りて行ったんです」

「それで、リカちゃんがいない間に、その毒を食い物に混ぜたと」

「そうなんです。タイカレーにまぜまぜちゃいました」

「まぜまぜしちゃいました、って。こええよ、こええなー、なあツムラ、怖えー」

「はい、本当だったらですね、相当怖いですね」

「えーっ。さっきから本当の話しかしてないよー。ヒカル嘘つきじゃないもん」

「はいはい。ヒカルちゃん、こわいっす。むしろヤマザキはヒカルちゃんがこわいっす」

「それで、二回目は、その次の日。土曜日のバイト入る前に、カレシと駅前のラクドラルドで待ち合わせしてたんですよ、彼女。で、ヒカルがこそっとついていったら、カレシきてなくて。リカちゃん一人。これは神様がヒカルにくれたチャンスだと思って。トイレに立ったすきに、コーラにまぜまぜしちゃいました。まぜまぜ終わってすぐカレシ登場でめちゃくちゃびっくりしたけど」

「おお。セーフか。セーフだったんだ、セーフ。ツイてるね、ヒカルちゃん。誰にも怪しまれず。へー。いっぱい人いるでしょ、ラクドラルド」

「うん、いっぱい。満席だったよ。だって土曜の午後だもん」

「土曜の午後だもんね。いっぱいだよね。セーフかぁ。ツイてるよね。持ってるよね。ヒカルちゃん」

「で、三回目はねぇ。ほら、隣のK区にあるハラカワ自然公園なのです」

「よく晴れた気持ちいい秋の日。ハナサワリカちゃんはですね、ご家族とピクニックに出かけたんですよ。もう、ここしかないじゃないですか。最高のシチュエーションなのです。最後の毒薬投与は、ここに決めたんです」

「おや? 野外だねー野外。また、公園なんて難易度高いよね。ここにきて、ハードルあげてきたねー、ヒカルちゃん。ヤマザキすごく楽しみになってきちゃいました」

「でしょ。ハナサワリカちゃんんとこは、パパとママとリカちゃんの三人家族なのです。で、秋分の日のお休みに、パパの車で出かけたの。ヒカルは、前にラクドラルドでカレシと話しているのを聞いてて、この日の予定をしってたのです。それで、なななんと、毒入りチョコレートクッキーを焼いて、ヒカルもハラカワ自然公園まで行ったのです」

「毒入りチョコレートクッキーか。そうきたか」

「いい天気でよかったよ。だって、雨とかだったら中止になるじゃない、ピクニック」

「そーね。中止になったら、またやり直しだものね。ヒカルちゃんは天気も味方につけてんだね。さすがだね。な、ツムラ」

「はい、さすがですね」

「狙いは、ハナサワリカちゃんが一人でいるとき。だってパパとかママとかが食べちゃったら意味ないじゃない。毒ももったいないし。三回目の投与が終われば、あとは、五時間もすれば、急性心臓麻痺で死ぬんだから」

「なんか、こええよー。ヒカルパイセン怖いっす」

「そしたらね、チャンスはきたの。パパが喫煙所に行ってママがトイレに行って、彼女ひとりで荷物を見てたのね。ここで、ヒカルは、ちょっと仲良くなった小学生の男の子に頼んだの『あのおねーさんに、このチョコレートクッキーあげてきて』ってね」

「おおー。ドローンだな。ある意味ドローン、な、ツムラ」

「ドローンっていいたいだけじゃないですか、ヤマザキさん。子どもを使うとは考えましたね。子どもなら断りにくいし、食べてって言われれば『まあ、ありがとう』っていいながら食べますもんね」とツムラ。

「さっすがツムラくん。そうなんですよ。そういう状況ではですね、子どもの力はすごいんです。ハナサワリカちゃんは、男の子からチョコレートクッキーもらって、ニコっと笑いながらそれを口にしたの。これで、致死量の毒の投与は終了。あとは五時間待つだけ」

「いやー。完璧、完璧じゃん、ヒカルちゃん。それで、リカちゃんが亡くなるのを、確認しに行ったんだよね」

「ううん、行かなかった。だって、結果はわかってるからね。次の日にゆっくりリカちゃん家まで行けばわかることだからさ」

「へー、死ぬ瞬間とか興味ないんだ」

「うん、ぜんぜん。だって、わかってるもん。お家に帰って、夕ごはんたべてる最中かな、そのくらいの時間に、リカちゃんの心臓がおかしくなっちゃうんだ。ドクドクドクって脈が異常に早くなって、止まらなくなるの。それから、全身が痙攣して、心臓のあたりが苦しくなってキリキリ痛くて、かわいそうに気絶しちゃうかも。パパとママが救急車呼んで、運ばれる車内でAED使って心室細動を抑えようとして。それでもムリで。病院について三十分くらいかな。ハナサワリカちゃんの心臓はストップするんだよ。ピーって」

「おおお、ヤマザキちょっとゾゾッとしたわ。それ、わかるんだ」

「そう、だから確認とかしないよ。満点なのがわかってるテストは、答え合わせしないじゃん」

「んー、わかったようなわからないような。んでも、この話って真実だとしてもさ、殺人ってことにするの大変だよなぁ。ご遺体もう焼かれてるし。あ、嘘だっていってるんじゃないよ。ヒカルちゃんがいうんだから真実なんだろうけどね。一応、いろいろ調べてはみるけどね」

「そうですか。よろしくおねがいします。とりあえず一件目はこんな感じなのでしたー」

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