15:サイプレス島の魔導具商店

※下品な人(発言)が出てくるので苦手な方はご注意ください。

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 朝一番に〈ファムシール〉の神殿に立ち寄った慧介はその足でサイプレス島へとやって来ていた。


 サイプレス島は慧介が拠点にしているホーソーン島の一つ北にある。装備品や素材の売買などの商売が盛んな島である。


 浮遊船フロート・シップが行き交う港に降り立った慧介は、真っ直ぐに商店が軒を連ねるエリアを訪ねた。


 ここで、昨日手に入れたゴブリン・シャーマンの杖を売るつもりだった。


 朝一で鑑定した結果は以下の通りである。



[ 魔名まな:火葬の骨杖クレマティオン|種別:短杖|ランク:4|

生きながらに焼かれた獣の怨みが宿った特別な骨を材料に作られた杖。その怨念は自らの身を焦がしたのと同じ業火で命あるもの全てを焼き尽くす。火属性魔法を強化する効果があるが、代わりに制御が難しくなる。また、水・土属性魔法は弱体化してしまう ]



 効果だけを鑑みれば火属性魔法が得意だというメラニーに打って付けの杖なのだが、彼女ははっきり要らないと言っていたし、恐らくティティスも使わないだろう。そもそもエルフは火の魔法をあまり好まないらしい。絶対に使わないというわけでもないらしいが。

 何よりティティスにこの杖は似合わないし、あんまり持って欲しくもないというのが慧介の個人的な思いだった。


 その理由は鑑定したデータにある。

 先ほど開示した鑑定データからさらに深く情報を読み出したところ、以下のような一文が出てきたのである。



[ 邪神を崇めるゴブリン・シャーマン達は、生命に対する怨念を強くするという目的のために、敢えて『生命』というイメージに強い結びつきのあるを主材料に使用している ]



 昨日メラニーが触れようともしなかった理由がなんとなくわかったような気がする。

 多分本能的に忌避感を持ったのではないだろうか。


(しかしまぁ、なんともエグい作り方をしたもんだよなぁ……。ほぼ呪いのアイテムだよこれ)


 火属性に絞った使い方をするなら決して悪くはない、というよりもランクの割りにはかなり強力な効果を有しているのだが、見た目と出自が思い切り足を引っ張っている。

 果たしてどれくらいの値で捌けるものだろうか。


 慧介は大きな質屋や魔導具商店を通り過ぎ、裏通りから店も疎らな外れの方へと進んでいった。


 商店街の端っこ、というよりもその横にポツンと建っているような小さな店の扉を開くと、店主のちょっと気の抜けた声が奥から響いてくる。


「いらっしゃ~い……」


 様々な品が雑多に天井まで積み上げられた壁際の棚。フロアの中央にも方形に組まれた四つの棚があり、そこも同じく天井まで物が積み上げられていた。

 上から見たらちょうど漢字の『回』みたいな形に棚が配置されている。

 床の上には棚に収まりきれなかった物を適当に詰め込んだ木箱が幾つも放り出してあった。

 木箱に足を取られないように『ロ』の字型の通路を慎重に進むと奥にカウンターが見えてくる。


 カウンターテーブルに片肘を突いて頬を支え、逆の手で魔導具マジック・アイテムを手持ちぶさたに弄んでいるハーフエルフの女性が、ここの店主アルヴェティカだ。

 ボリュームのある亜麻色の髪からひょっこりと尖った耳が突き出ており、緑褐色の瞳は眠そうに落ちたまぶたによって常に半分隠れている。


「どうも、おはようございます」


 アルヴェティカは慧介の顔を見ると眠そうな目をちょっと見開いた。


「ん? あーっ! あ~~…………誰だっけ? 確か……キアの愛人?」

「違います!」

「じゃぁ若いツバメだ! だよね?」

「いや、それ意味一緒じゃないですか!」

「んー、そうだっけ?」

「俺は居候というか、仲間というか……まぁなんかそんな感じです。愛人でもツバメでもありませんよ」

「居候のぉ、仲間のぉ、愛人になるつもりはないの?」

「だからなんでそうなるんですかっ!?」

「だってさぁ、キアが男を家に引っ張り込んだって聞いたらなんかそう思っちゃうじゃん?」

「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。俺は助けてもらって厄介になってるだけなんですから」


 アルヴェティカはだらしなくカウンターに突っ伏した。その表情と相まっていかにも気怠げな様子である。


「ん~~、あの子の人助けは今に始まったことじゃないけどねぇ。わざわざ家に住まわせるなんてよっぽど入れ込んでるって思ってもおかしくないでしょ? 仲間って言うけどさ、はっきり言って君弱そうだし、キアからしたら足手まといじゃん? それでも手元に置いておきたいって言われると、やっぱそういうことなのかなぁって考えるのが普通だと思わない? ねぇ?」


 カウンターに頭をもたせかけたまま、アルヴェティカはちょっと意地の悪そうな笑みを向けてくる。


 慧介は質問には答えずに、カウンターの上、アルヴェティカの目の前に火葬の骨杖クレマティオンを置いた。


「買い取りをお願いしたいんですけど」


 するとアルヴェティカは杖をちらと見て、


「こらこら、少年よ。まだ未婚の乙女の目と鼻の先にいきなりチ○コを晒すのはよさないか。迸る若いパトスをぶちまけたい気持ちはまぁわからんでもないが」


 平然と言ってのける。


「なっ!? いきなりなんてことを言うんですかっ!?」


 不意の一言に思わず慧介のほうが赤面してしまう。


「いきなりチ○コを置いたのは君の方だろう?」

「だっ、だからその……そんな何度もはっきり言うのやめてもらえます!?」

「はっきり言うな、とは?」

「いやだから……」

「何を言ってはいけないのか教えてもらわないことにはこちらも気をつけようがない。さぁ、言ってみたまえ。遠慮は要らない」


 アルヴェティカは大仰に手を広げた格好で慧介を見ながらニヤニヤ笑っている。


「……わかりました。もういいです」


 慧介は杖を袋に戻して踵を返した。


「あぁ! ちょい待ち! 軽い冗談だってば!」


 アルヴェティカが慌てて慧介を呼び止める。


 慧介は胡乱げな目つきでアルヴェティカを見つつもカウンターへと戻って行き、


「全く、最近の若者はこらえ性がなくていかんね。我慢して我慢して我慢したほうがもっと快楽が増すと――」


 再び踵を返す。


「――わぁ、ごめんごめん! お姉さんが悪かった! ほら、戻っておいでよ、ハニー! ちゃんと査定するからさ!」

「査定云々の前にまずセクハラをやめてもらえませんかね!」


 慧介は乱暴に杖をカウンターに置いた。


 アルヴェティカは唇を尖らせて杖を引き寄せる。


「半分は君のせいだと思うけどなぁ。だってリアクションが面白いんだもん」

「百パーセント、アルヴェティカさんの性格のせいだと思いますけど」

「ウハッ! 君もなかなか言うじゃないか。こないだ来たときは借りてきた猫のように大人しくしてたというのに」

「そ、それは……」


 慧介が冒険者になるにあたって、装備を調える軍資金を得るためここを訪れたのはちょうど一週間前のことだっただろうか。

 キアの顔見知りということで、鑑定した不要なマジック・アイテムをここで売ったのである。

 その時慧介は大して話もしなかったのだが……。


 アルヴェティカは眠たげな半眼のままに杖をためつすがめつ眺めている。


「そもそも先にセクハラを仕掛けたのは君のほうじゃないか。こんなものを目の前に出されたら思わず興奮して口が滑っても仕方がないよね? ねぇ?」

「し、知りませんよ、そんなこと! そもそも一目見てそんなすぐわかるもんなんですか?」


 アルヴェティカは杖を構成する骨を一つひとつ指さしながら、


「なめてもらっちゃぁ困るね。これは海獣と狼の陰茎骨だよ。これでも古今東西様々な事物に精通しているんだよ、私は。まぁ、残念ながらアレな意味での精通はしてないけどさ」

「……いい加減にしてください。キアの知り合いだからって終いには怒りますよ?」


 慧介の頬がピクピクと引きつる。


「えぇ~~。堅苦しいなぁ。こんなもん軽く笑い流せばそれでいいじゃん。それで? 鑑定書はないの?」


 アルヴェティカがおざなりに手をヒラヒラと振ってみせる。


「あぁ、これです」


 慧介は一枚の紙片をアルヴェティカに渡す。

 慧介が自分で書いた鑑定書である。

 都市の商会が発行した正式なものとは違うために信用度は今ひとつになる。大手の商店では取り扱ってくれないところも多い。


「ふんふん。そんじゃちょっと試してみますかね」


 アルヴェティカはうきうきしながらカウンターの奥にある扉を開いた。


 その先はすぐに庭になっている。

 茶色い土が剥き出しの地面に、ところどころ芝生の緑が斑模様に生えている。


「良かったら君もおいでよ」


 アルヴェティカに誘われるまま、慧介も庭に入っていく。


 庭の一角に、同心円が複数描かれた人形がある。見た目は足のないデッサン人形を棒に突き刺しただけみたいな代物だが、これもマジック・アイテムの一種らしい。


「そんじゃぁ行くよ~、”クレマティオン”ちゃん」


 アルヴェティカが杖を振りかざすと、杖先から生み出された炎の槍が的の中心に正確に突き刺さった。

 ひゅうと口笛を吹くアルヴェティカ。


「こりゃすごいね。なかなかの強化効果だよ。しかし制御が難しくなるってのは……?」


 アルヴェティカは続けて数発【ファイア・ジャベリン】を放ち、「なるほど」と言った。


「加減ができない。威力を抑えるのが無理なんだ。こりゃ少々使い方を選ぶかねぇ……」


 その後、水と土属性の魔法も試しうちしてから満足そうな笑みを浮かべる。


「うん! それじゃぁ戻ろうか? それとも、他にも何かあったりする?」

「いえ、今日はこれ一つだけです」

「大荷物を抱えてたみたいだけど、あっちの中身は?」

「あぁ、あっちは普通の装備品です。傷んじゃったんで修理するか買い換えるかしないといけないんで持って来てるだけで」

「なるほどそうかい。そんじゃレッツゴーだ」


 ぐいぐいと肩を押すアルヴェティカに促されて慧介は店内に戻った。




「非礼のお詫びに少し色をつけてあげよう。こんなもんでどうだい?」


 アルヴェティカはカウンターの上に硬貨が詰まった革袋を置いた。


「あぁ、どうも。ありがとうございます」

「ま、ここいらでそれより高い値をつける店はないと思うよ」


 相場がわからないので慧介にはなんとも判断がつかないが、悪くない値段だと思う。少なくともギルドで初心者向けクエストをこなしてもらえる報酬とは比較にならないほど高額だ。

 これだけあれば装備をある程度新調できるだろう。


「それじゃぁ、今日はこれで失礼します」

「あぁ、ちょい待ち。そんなに慌てて出て行くことないだろう。もうちょっとお姉さんと話していかないかな? お茶くらい出すよ? なんなら別のモノも出したっていいんだよ? ボロンってね」

「……すいません。他にも用事あるんでほんと帰っていいすか?」

「ニヒヒ! ほんとに君ってば冗談通じないんだからなぁ~。あんまり真面目すぎるのも考え物だと思うよ?」

「俺もそんなに自分が真面目な人間だとは思っていませんでしたけどね。アルヴェティカさんと話しているとそんなことはないかもしれないと思えてくるから不思議ですよ」

「う~~ん、いいねぇ、その蔑んだような瞳。ぞくぞくしてくるよ。……ま、それはそれとしてだ。ちょっと話し相手になってくれないかなぁ。うちもなかなかどうして暇を持てあましていてね」

「すいません。さっきも言いましたけど、俺、今日はいろいろやることあるんですよ」

「ん~~、そんなに長い話にはならないと思うよ? 例えばこれ!」


 アルヴェティカは慧介が書いた鑑定書を指に挟んでヒラヒラと振ってみせる。


「商会を通してないこの鑑定書、いったいどこから手に入れてきたんだい? キアがわざわざ裏社会の鑑定士に鑑定を依頼するとも思えないんだけどねぇ。私としては、是非ともこいつの出所が知りたいんだけどなぁ……」

「さ、さぁ? 俺にはちょっと、わかりませんけど……」

「そうかい。それじゃぁもう一つ質問だ。君さ、この杖が獣の陰茎の骨をベースに作られているってことちゃぁんと知ってたよね? さっきの君の口ぶりだと、骨に関して特別造詣が深いってわけでもなさそうだ。じゃぁ、なんで君はそれがわかっていたんだろうね? この鑑定書にはそんなこと一言も書かれていないにも関わらず、ね」

「!?」


 アルヴェティカの目がすっと細められる。

 相変わらずその顔はニヤニヤと笑っているが、瞳の奥から刺すような視線を感じて、慧介の背筋に悪寒が走る。


 鑑定書にその事実を書かなかったのは単に必要ないと思ったからと、知られてしまったら値が下がるのではないかと危惧したからだった。まさか骨を見ただけであっさり見抜かれてしまうなどとは予想だにしていなかった。


「そ、それは…………」


 自分に【鑑定】能力があることは当面は秘密である。誰にも教えるつもりはない。世の中にはこのスキルを狙っている悪人もいるからだ。

 キアの知り合いなら大丈夫かと思わないでもないが、キアはお人好し過ぎて騙されやすそうにも見えるので、知人だからといって一概に信用するわけにもいかない。


 自分でも不自然だと感じるくらいに思い切り目をそらしてしまった慧介。

 上手い言い訳も思いつかず、しばらく重い沈黙が辺りを支配した。


「――ま、いいや」


 アルヴェティカはテーブルに両肘をつくと、組んだ手の上に顎を乗せていつも通りのニヤニヤ笑いを浮かべた。


 緊張から解放された慧介は密かに安堵の息をついた。


「悪かったね、困らせちゃったみたいで。最後に一つ、伝言を頼まれてくれないかな?」

「な、なんですか?」

「キアに言っといておくれよ。私達は友達だと思っていたけど、私の独りよがりだったのかなぁ。一人蚊帳の外に締め出されてとっても寂しいよってね」


 そう言うアルヴェティカは平素と違ってちょっぴり愁いを帯びた顔をしている。そういう風にしていると普通に綺麗な人なんだけどなぁと、慧介は少しだけ残念に思った。


「……わかりました。伝えておきます」

「うんうん! それじゃぁよろしくね! また掘り出し物をみっけたら懲りずに来てちょうだいよ。サービスするからさ。いろいろと、ね」

「はぁ。それはどうも。それじゃ、今日はありがとうございました」

「あぁ! ちょっと待った!」


 踵を返した慧介の背中にアルヴェティカが声を掛ける。


「まだ何か?」

「いや、君の名前、何だっけね? 忘れちゃったんでもう一回教えてくれないかな?」

「……赤司慧介あかしけいすけです」

「あぁ、そうそう! そういや”ケイ”って呼ばれてたねぇ。そうだそうだ。覚えておくよ。呼び止めて悪かったね」

「いえ、それじゃ」

「うん。またおいでよ、ケイ」


 店を後にした慧介は、再び表通りに向かって歩いて行った。




 アルヴェティカは未だ幼さの抜けきれない少年の背中が去って行くのをじっと見送っていた。

 その姿が扉の向こうに消えて完全に気配がなくなった後も、まだその姿を追い求めているかのように一点を見つめていた。


 少年が置いていった杖を手にとってそっと撫でる。


 赤い舌が桜色の唇を這うようになめ回した。


 安物の紙片に慣れない筆致で書き記された文字を見ていると、いつにも増して笑みがこぼれてくる。


「……興味深いねぇ、君は実に興味深いよ、ケイ――」

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