16:装備の修繕と亀裂の先
「はっ! こりゃまた随分派手にやられたもんだな」
半ば溶けてしまったカイトシールドを見るなり、鍛冶屋のドワーフ親父ギラールはそう言った。
ごつい腕を組んで慧介を見上げる。
身長は立っても慧介の胸の高さほど、彫りが深い顔は半ば以上がもじゃもじゃの髭に覆われており、顎下に伸びた髭はお下げのように二つに束ねて縛ってある。
「直すより新しいのを買った方が手っ取り早いぞ。修理するには時間がかかるからな」
親父は壁際の陳列棚を顎でしゃくった。
「ほれ、下から二番目の段にあるのがだいたい同じくらいの値段だ」
慧介は棚に並べられた盾をちらと見たが、すぐに首を振った。
「いえ。できれば修理をお願いしたいんです」
「ああん? ……あそこの青みがかった盾があるだろう? ありゃ俺の弟子が作った盾だ。素材はたいしたことないが良くできてる。こいつを直すのと同じぐらいの値段だが、質はあっちの方がだいぶいい。魔法にも多少耐性があるぞ」
慧介は親父が示した盾を手に取ってみた。
やや青みのあるシルバーの盾だ。慧介のカイトシールドより金属の比率が高いのだろう。少々重くなるが、確かにこちらの方がより強固に見える。
慧介は盾を元の位置にそっと戻した。
「すみません。確かにいいものだとは思うんですけど、今はそっちを使いたいんです。直してもらえませんか?」
親父はしばらく慧介の顔をじっと見ていたが、やがてニヤリと笑った。
「……ふん! 良かろう! 金さえちゃんと払ってもらえりゃぁ、こっちとしては文句はない。だが、うちも今ちょっと忙しくてな。仕上がりは三日後になるがそれで構わんか?」
「えぇ。問題ありません。ありがとうございます」
「それじゃ、後のことはそこの弟子にでも聞いてくれ」
親父はそれきりもう興味をなくしたように、別の作業に没頭しだした。
慧介は盾の受け渡しに関する手続きを済ませ、新しい鎧を物色することにした。
立派な金属の鎧からいかにも薄っぺらい革の鎧、虫の甲殻を利用した独特の光を放つ鎧、さらにはとても鎧とは思えないようなものまで様々なものが並んでいる。
金属鎧を一式買うほどの金はないので、多少魔法に耐性があるという特殊な加工を施された革の鎧を購入した。全体的な色合いは焦げ茶に近い黒。要所が金属の板や鎖で補強されており、鈍い銀色の輝きを放っている。
以前の厚ぼったい鎧よりもスマートに見えるため見た目は申し分ない。おまけに防御力も前のものより優れているというのだから最早言うことはない。
おかげで先ほどゴブリン・シャーマンの杖を売って得たお金は半分以上が消えてしまったが。
(そうだ。予備の盾を買っておかないと、このままじゃ三日間ダンジョンに行けなくなっちまうな……)
例の青い盾を買うような余裕はないし、どうせ間に合わせだから、とにかく安い盾を探してみる。
【フリング・シールド】の練習に使うことを考えて、金属製の小さなラウンドシールドと、周囲を金属で補強した大きな木製のラウンドシールドを一つ、さらには甲虫の素材を使った非常に軽くて丈夫な盾も、興味本位で一つ購入した。
(調子に乗って買いすぎたかな……)
慧介が若干の後悔を感じながら、寂しくなった財布を覗き込んだまま店を出ようとすると、入れ違いに入ってきた客と正面からぶつかってしまい尻餅をついた。
『おっと! これはすまぬ! ――おや? 貴公は』
差し出された手を取って、慧介は立ち上がった。
そこに立っていたのは、つい二日前に一緒にクエストを受けた全身鎧姿の冒険者、〈シールダー〉のフランジールだった。フルフェイスの兜をかぶったフランジールの声は相変わらず独特の響きを伴って聞こえてくる。
「あぁ、フランさん。奇遇ですね。フランさんも買い物ですか?」
『いや、私は以前頼んでいたものを受け取りにな。すまなかったな、ケイ』
「いえ、俺の方こそ。ちょっとよそ見していたもので……」
『おぉ、そうだ。ちょうど良かった。この後時間はあるか? 少々話したいことがあるのだが』
「俺にですか? えぇと、構いませんよ。ちょうど俺もフランさんに聞きたいことがあったんですよ。夜にはちょっと用がありますけど、それまでは暇ですから」
『では少し待っていてくれ。用事を済ませてくる』
フランジールは円形に近い六角形の金属盾を八つほど受け取って戻ってきた。
『待たせたな』
「いえ別に。それ、盾ですよね? また鎧にくっつけるんですか?」
『うむ。少々今までのとは違うものにしようと思ってな。無理を言って親父に加工してもらったのだ』
「へぇ~。そうなんですか」
『では行こうか。どこか休めるところに腰を落ち着けよう』
慧介はフランジールに連れられて一軒の居酒屋に入った。
『少し早いが食事にするか』
「そうですね。それじゃ俺は――」
店員を呼び止めて適当に料理を注文する。
すぐに飲み物が運ばれてきた。
フランジールは慧介が見守る中、懐から金属製のストローを取り出して飲み物を飲み出した。フルフェイスの兜の口に近い部分に、ストローを接続できる小さな開口部があった。
(脱がないんだ……兜……)
食事と聞いて素顔を見るチャンスかと思ったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
(もしかして、食事もこのまま食べるつもりなのか……?)
フランジールは一息にグラスを半分ほどあけ、ふうと息をついた。
『実は、例の亀裂のことなんだがな』
唐突に話を切り出してくる。
「え? あ、あぁ……あの亀裂ですか?」
『うむ。貴公と一緒に虫退治をしたあの亀裂だ。ギルドがあれの調査をしたのだが、ダンジョンの別のフィールドに繋がっていたらしくてな。今、ギルド職員の間ではちょっとした騒ぎになっているようだ』
「へぇ! そうなんですか」
『あぁ。グラウス草原は八百年の昔からほとんど変化がない、ダンジョン内部でも最も安定したフィールドの一つと言われていたのだが、ここ最近頻発していた地震の影響で随分と古いフィールドと繋がってしまったらしい』
「古いフィールド……ですか?」
『そうだ。貴公はディスガルタ大空洞を知っているか? 恐らく二~三千年ほど前には地上、いや、地下に存在していたと言われている巨大な地下空洞だ。邪神を崇める灰色オークやゴブリン達が根城にしていた常闇の地下帝国も存在していたらしいな。調査に降りた人間の話では、その大空洞でよく目にする壁画やオブジェを亀裂の中で発見したらしい。どの辺りに繋がっているのかはまだこれからの調査だが、まず間違いないようだ』
「あの亀裂が、そんな古い時代のフィールドに繋がってたんですか……。なんか怖いですね」
ダンジョン内部を奥に進むほど、古い世界へと時代をさかのぼっていくことになる。
そして、奥へ進めば進むほどに、そこに生息する魔物はより強力になっていくというのがダンジョンの常識だ。
『うむ。実際ギルドもかなり危険視している。早急に調査を済まさねば、グラウス草原に立ち入り制限を設けねばならなくなるからな。万が一あの先からディスガルタ大空洞の魔物があふれ出てくれば、駆け出しの冒険者などひとたまりもなく蹂躙されてしまうだろう』
フランジールの言葉に慧介は思わずゴクリと喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。
急に喉が渇いてきたような気がして、一気に飲み物を呷る。
『近々大規模な調査隊が組まれる。今のところは亀裂の出入り口近辺の監視にとどまっているが、この先どうなるかは不透明だ。貴公もあの亀裂の側には迂闊に近寄らないよう気をつけることだ』
「は、はい。わざわざありがとうございます」
『うむ……。あぁ、そうだ。実はこの話なのだが、余計な心配を掛けるまいという配慮から一般の冒険者にはまだ情報が開示されていないのだ。悪いがあまり話を広めないようにしてくれるか?』
「えっ!? いや、それは勿論そうしますけど、そんな話、俺なんかが聞いても良かったんですか?」
『貴公は亀裂の存在を知っているからな。誤ってあそこに近づかぬよう、真実を伝えておいたほうがいいと判断したのだ。それに、遅かれ早かれ噂は広まるもの。そう遠くないうちに真実は知れ渡るだろう』
「…………」
「お待たせしました! こちら狩人ランチでございます!」
やや重い沈黙を突き破って、店員が注文の品を手際よくテーブルに並べていった。
二人分の食事を運び終えると笑顔を残して足早に去って行く。
『では頂こうか』
そう言ってフランジールは肩から二つの金属の半球を取り外した。
自分の料理をその片方に全て流し込み、次いでもう一方を合わせて蓋をする。
魔法円が描かれたスイッチのようなところに指先で触れると、数秒間、ギュィィィィンと何かを引っかき回すような音が鳴り響いた。
やがて音が収まると、フランジールは半球の蓋を取り外した。
器になっていた半球の中では見事にシェイクされた料理がドロドロのスープ状になっていた。
ストローを刺してシェイクされた料理をゴクゴクと飲んでいく。
(えぇぇぇぇぇぇぇっ!? そ、そこまでやるかっ!? どんだけ兜脱ぎたくないんだよこの人!? なんかそういう誓いでも立ててるのか? それとも、もしかして呪いで脱げないとか?)
『どうした、ケイ。食べないのか?』
「えっ!? あぁ、いや……ハハ、い、いただきます」
頑なに鎧を脱がない連れの行動に驚嘆しながらも、慧介は少し早めの昼食に手をつけるのだった。
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