14:神殿での雑談

 慧介は神殿で跪いて祈りを捧げていた。


 別に特別信心深い人間というわけではない。

 だが、こうやって祈りを捧げるだけでもわずかに敬虔値が入手できる。魔物を倒すことでしか経験値を得られないようなゲームとは違って、この世界では信奉する神様が喜ぶ行いをすれば敬虔値が入る。

 求められるのはひとえに”敬虔さ”だからだ。


 最も、それだけでレベルを上げようと思ったら、魔物を倒して供物として捧げるのに比べてとてつもない時間が必要になるだろうが。


 慧介の目の前には高さ十メートルを超える巨大な〈ファムシール〉の像がその威容を示していた。


〈シールダー〉の神〈ファムシール〉は常に全身鎧に身を包んだ姿で描かれるため、今以てその性別さえ定かではない。かつてこの地を統べた神々の中でもちょっとミステリアスな神様だ。


 床をコツコツと叩く足音が近づいてきて、慧介は立ち上がった。


「うんうん。感心なことじゃな。祈りを捧げることはとても良いことじゃぞ。赤司慧介よ」


 振り向けば大神官ジョナスが立っていた。

 日焼けした肌に真っ白な髭、頭には麦わら帽子を被っており、簡素な作業服は土で汚れている。ついさっきまで表の畑で農作業をしていたのである。


「お邪魔してます」

「うむ。今日は何用があって訪ねてきたのかね?」

「いえ、特には……。強いて言うなら、スキルに関して相談したかったからですかね」

「ほう、ほう。まぁ、座りなさい」

「はい」


 慧介とジョナスは拝殿に並ぶ長椅子の一つに揃って腰を下ろした。


「レベルは順調に上がっておるのかね?」

「まぁ、それなりに。ちょうど昨日、6になりました」

「ほう! それはめでたい! お主がここに来てからまだたったの一週間じゃろう。大したもんじゃよ。〈シールダー〉は他の職業クラスと比べるとレベルを上げにくいからのう。驚異的な速さじゃ」

「えぇ……それはいいんですけど、もう少し攻撃力を上げることはできないかなと思って……」


 昨日のホブゴブリン戦でも攻撃力のなさが祟ってもう一歩のところで相手にとどめを刺すことができなかった。あれはレベル差やホブゴブリンが所持していた【ハード・スキン】という特殊なスキルのせいもあったが、慧介とさほどレベル差のないアレックスはたったの一撃でホブゴブリンを仕留めてしまった。

 これが攻撃力の高い〈ファイター〉と、防御に特化した〈シールダー〉の決定的な違いなのだろう。


「例えばですけど、【クリティカル】のスキルとかって覚えられないものでしょうか?」


 もしも慧介が【クリティカル】を習得していれば、ホブゴブリンの首筋に剣をたたき込んだときにそのままとどめを刺すことができたかもしれない。


「ふぅむ……。それはちと難しい相談じゃなぁ。【クリティカル】というスキルはあらゆる攻撃に会心の力を与える特別なスキルじゃ。一応誰でも習得できる可能性があるが、しかし、これは天賦の才に近いスキルでなぁ。覚えられる者はあっさり覚えてしまうが、そうでない者は生涯覚えられないものなのじゃよ。こうすれば覚えられるという手法も確立されておらんし、神殿で教えることもできん。以前お主に継承した【ソリッド・スタンス】のようにはいかんのじゃ」

「そうですか……」

「……ふむ。〈シールダー〉のクラス特性でクリティカル耐性があることは教えておったかのう?」

「あぁ、その……聞いたことはあります」


 そのことならジョナスではなくティティスから教わっていた。


「それと同じでな、クラス特性で、特定の武器を使用したときのみクリティカル率が上がるクラスもある。〈アサシン〉や〈スナイパー〉のような上位職じゃ。他にも、【クリティカル】を習得しやすいと言われているクラスも一応あるかのう。どちらにせよ今のお前さんにはちと縁のない話じゃがな」

「う~~ん、それは……確かに厳しいですね。転職するつもりは今のところないですし」


 転職などしようものなら全てが振りだしである。今以上にレベル上げは厳しいものになるだろう。


「そうさなぁ……。であれば、あとは武器そのものの威力を上げることかのう。魔導具マジック・アイテムの中には【クリティカル】を持っている物もあるにはあるが……」

「でもそれって……やっぱり高価なんでしょうね?」

「うむ。値の張る代物じゃよ。しかしのう……そもそも、未だレベル6のひよっこが魔剣を持っておるというだけで相当贅沢な話じゃぞ。普通そんなもの、金持ちの子女でもなけりゃ手に入らんわい。儂も若い頃はいろいろと苦労をしたもんじゃがのぅ……。魔剣は持っておるわ、質のいい盾も持っておるわ、おまけにあれだけの美人二人とパーティーを組んでおるわ……、その上でもっと攻撃力を高めたいなどと、お主ちと贅沢が過ぎるのではないか? もしもお主と同年代の頃の儂がこの話を聞いておったら、間違いなく取っ組み合いのけんかになっておるぞ?」

「う……それは……」


 言われてみれば確かにその通りだった。

 そもそもレベルが低いのだから弱くて当たり前なのだ。

 武器にしろ防具にしろ、同レベル帯の冒険者に比べたら遥かにいいものを用立ててもらっているし、防御が固い上に側に強い仲間がいるという安心感から初期のレベル上げは非常に容易かった。


 一般的な初心者はこんなふうに上手くは行かない。

 グラウス草原に生息するグラスウルフは初心者殺しと言ってもいいくらいの強さがある。常に群れで襲いかかってくるために、少なくともレベル1の冒険者が四~五人集まっても無事に倒すのは相当難しい。というより、間違いなく二、三人は重傷を負うか死んでしまうだろう。一歩間違えれば死ぬ危険性があるというリスクを背負ってまで最初に狼狩りをする者はほとんどいない。


 だいたいの冒険者は狼を避けて草原の岩場まで赴き、そこに生息している、一部に固い皮膚を持つロックラビットや、昆虫型の魔物であるディアストランなどを倒して地道に敬虔値を稼ぐのだ。


 晴れてレベルが3~5まで上がればようやくグラスウルフと真っ向から勝負してもいい頃合いとなる。


 慧介はキアとティティスの協力の下、あっという間にレベルを4まで上げてなお効率が悪いと判断していたが、実は支援者がいない初心者からするとここが一番危険で時間がかかるレベル帯なのである。そう言う意味では、レベル1でもグラスウルフの前に出られる〈シールダー〉という職業を選んだことも間違いではなかった。


 キアもティティスも生まれからして並の人間とは規格が違うためにこのような考え違いが起こってしまったのだろう。


 今はギルドの指導もあって無茶をやらかす冒険者もほぼいないが、かつては冒険者で一番死亡率が高かったのは間違いなくレベル1とか2の初心者だった。


 ジョナスが不満そうな顔でこちらを見ているので、慧介は話題を変えることにした。


「そ、そう言えば、【フリング・シールド】っていう、盾を投げるスキルがあるじゃないですか。あれってどうなんですか? けっこう有用なものなんですかね?」

「むぅ? あんなスキル誰も使わんぞ? だいたい〈シールダー〉が盾を放り出してどうするんじゃ? 盾こそが我らが生命線じゃぞ。盾を持っていないと使えないスキルも多いしのう」

「あぁ、やっぱそうなんですね。でも、【フリング・シールド】しか使わないのになんかすごい強い人がいたんで、ちょっと気になって」

「ほっほっほっ! そりゃすごい! 世の中には酔狂な人間もおるもんじゃな! どれだけ用をなさないスキルと言えども、極めれば役に立つこともあるということかのう」

「一応攻撃スキルだし、覚えてみてもいいのかなぁって考えたんですけど……」

「そうさなぁ……。あのスキルを使った結果窮地を脱する確率よりも、使った結果どつぼに嵌まる確率の方が高いからオススメはできんがのう。ただ、上位スキルである【シールド・ブーメラン】を覚えようと思ったら必須のスキルじゃからなぁ。試しに習得するのも悪くはないかもしれんがのう……」

「なるほど……」


 使うか使わないかは別として、覚えてみるのもいいかもしれない。


 ついでにランク2のスキルに関していろいろと質問してみた。レベル5以上になればランク2のスキルが習得可能になるからだ。自力習得が困難かつ有用なスキルがあるなら買うことも考えねばならないかもしれない。


 必要な情報を得た慧介は、適当に雑談を交わしたのち、ジョナスに丁寧に礼を言って神殿を辞した。


 自分のクラスを守護している神様の神殿だからなのか、それとも大神官ジョナスの人となりが為せる業なのか、ここはとても居心地がいい。

 また何かあったら訪ねようと考えながら、慧介は次なる目的のために、ホーソーン島を離れてサイプレス島へ向かった。

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