13:ヴルガの二人
ゴーム大森林の北西にヴィン渓谷という広大な谷間がある。
そこはゼメシス=グラウスの都市群や
ヴィン渓谷では霧が煙る奥地から谷の出口に向かって常に風が吹き続けている。
その谷の出口に当たるところにあるのが風の遺跡ヴルガ――およそ八百年ほど前に、ゴーム大森林やグラウス草原共々、地上から姿を消した古代都市国家群の一つである。
巨石を切り出して作られた灰色のピラミッドを中心にして、森の中に石造りの街が広がっている。
そのピラミッドの中心部に、地下迷宮へと続く入り口がある。
地上の街よりもさらに巨大なこの迷宮は、恐らくこの都市がダンジョンに飲み込まれた際に、地上の街並みが歪に変異してできたもの――つまり、本来地上にこの街があった頃には存在しなかったもの――だと言われている。廃墟と化した灰色の建物の群れが、迷路のように複雑に絡み合い、訪れる者が先へ進むことを拒み続けている。
下に向かうほどに段々面積が狭くなっていく迷宮の形は、まるで逆さまにひっくり返したピラミッドのようだった。
そんな迷宮の地下一層、ちょうど中心に位置する場所に一つの聖域がある。
ピラミッドが地上から取り込んだ光がその部屋の中にまで届いているために、およそ三十メートル四方の空間には地下だというのに様々な植物が群生しており、高さ五メートルを超える木まで生えている。
ダンジョンの中にはこういった聖域が点在している。
神の力に守られたこれらの場所は魔物を寄せ付けず、冒険者にとって数少ない安全地帯になっている。
既に日は暮れており、昼間は光が溢れるこの空間も真っ暗闇に包まれていた。
そこへ、柔らかな白い光を発する小さな球が二つ、ふわふわゆらゆらと互いにじゃれ合うように飛びながら入ってきた。
続いて姿を現したのはキアとティティスだ。
地下一層の探索をあらかた終えた二人は、本日の拠点と定めたこの場所に戻ってきていた。
光の精霊ウィル・オ・ウィスプがぼんやりと照らし出す草の絨毯の上に大きな革袋を置く。
その中には回収した
袋の横に腰を下ろした二人は適当に取り出したマジック・アイテムを所在なげに眺めだした。
「相変わらずダミーが多いね。魔力の強弱で真贋を見抜くこともできないし、困ったものだ」
ティティスは苦笑しつつも小さなナイフを袋にしまい込んだ。
キアは小型のバックラーを両手で掲げ持つようにして熱心に眺めている。
「……なるべくたくさん持って帰るしかない。後は、勘……」
「そうだね……。ケイがいてくれれば、そんな雑な作戦でも損だけはせずに済む。本当にありがたい話さ」
ここ、風の遺跡ヴルガには数多くのマジック・アイテムがそこら中にたくさん落ちているが、そのほとんどは魔力反応を持っているだけのダミー、言わば複製の失敗品である。これらは街で鑑定してもらえばもらうだけ赤字になる。鑑定額が売却額を上回るからだ。
都市がダンジョンに飲み込まれた際に生み出された複製、山ほどのガラクタの中に、ごく少数の本物が眠っている。
バックラーに続いて木製のラウンドシールドを眺めだしたキアを見て、ティティスの顔に自然と笑みがこぼれた。
「ケイへのお土産か……。掘り出し物が見つかればいいんだがね」
二人は今までに何度かこの遺跡を訪れているが、盾を持ち帰ることはほぼなかった。
二人は盾を使わないし、そもそもヴルガにはあまりいい盾がない。元々盾をそんなに使うことのない文化だったからだ。
支配者階級はほとんどが風の魔法を操る魔法使いで盾を持たず、槍を持って前線に立ったであろう軽装歩兵の盾は明らかに粗雑な代物ばかりだ。
名のある戦士の盾でも見つけることができれば、あるいは質のいいものを持ち帰れるかもしれないのだが、確率が低いためにどうしても敬遠しがちになる。
ラウンドシールドを袋に戻したキアは小さなため息をついた。
「……あまり良さそうな感じはしない」
「仕方がないよ。元々ここで見つけるのは難しい。魔法王国ラーバ、メディエラ帝国、せめてディスガルタ大空洞まで行ければ、それなりにいいものが見つかる可能性も高いんだが……」
「……どこも危険過ぎる。今の私達じゃラーバにはとても行けない。大空洞でも、せめて四人パーティーを組まないと厳しい」
「そうだね。せめて〈クレリック〉と〈シーフ〉が欲しいところだ。ケイを数に入れるとしたら、最低レベル20、できれば25は欲しいかな」
「……まだだいぶ先の話」
「うむ。まずはここの攻略からだ。ケイを連れてくることができるようになれば、その場で当たりを見分けることもできる」
「けど、数が多すぎるからちょっと心配」
「確かに、その懸念はあるね……。精神力がすぐに尽きてしまうかもしれない。だが、ダミーはだいたいアイテムランクが低い。その場では詳細な鑑定をせずにランクだけ先に見ておく方法なら、そこそこ数はいけるんじゃないかな。後は……精神力を高めるマジック・アイテムでも装備してもらうとか」
「精神力アップの装備はあまり出回らないし、効果が小さくても高額。先に稼がないと買えない」
「買うのは現実的じゃないかもしれないが、水の遺跡ゼバキに行けば見つけられるかもしれないよ。あそこにはそういうマジック・アイテムがわずかにあるからね」
ゴーム大森林には複数の都市国家が存在していたが、その中でも規模が大きかった都市が三つある。それが、風の遺跡ヴルガ、水の遺跡ゼバキ、太陽と大地の遺跡グヴィジの三つだ。
「……ゼバキは毒が多い」
キアが顔をしかめる。
「あぁ、だから敬遠してきた」
ゼバキは水路が街中を駆け巡る美しい都市だったが、ダンジョンに取り込まれた現在、そこに棲息する魔物は毒持ちが非常に多い。
ダンジョン入り口から進んだとき、ヴルガよりも近い位置にあるこの遺跡には行かず、二人がこちらへやって来ているのはそういう理由からだった。
「しかしまぁ、この際だ。臨時で〈クレリック〉か〈プリースト〉を雇ってもいいかもしれないよ。一見回り道のように思えるが、案外その方が先へ進むのが早いかもしれない」
「うん……」
「今回の探索が終わったら検討してみよう。どこか他所のパーティーと組むのもいいかもしれない」
「……うん。そうかもしれない…………」
キアは袋の中のラウンドシールドを再び取り出した。
鏡を覗き込むようにじっと眺めている様子に見えたが、その目は盾を見てはいなかった。
どこか遠くに思いを馳せている顔だ。
「ケイのことが気になるのかい?」
「……ケイ、一人で大丈夫かな」
「心配性だな、キアは。大丈夫だよ、昨日も上手くやってたじゃないか」
キアは胸元に盾を抱き寄せた。
うつむいた瞳が微かに揺らいでいる。
「……ケイを見てると、なんだか無性に不安になる」
「それは…………昔のことを思い出すからじゃないのかい?」
不思議そうにティティスが尋ねると、キアはゆるゆると首を振った。
「多分違う。上手く言えないけど、ケイはすごく不安定に見える。ほんの少し目を離しただけで、そのままいなくなっちゃうみたいな……とても儚い存在…………」
「ふむ。儚い、か……」
ティティスは後ろに手を突いて光の精霊達が仄かに照らす天井を見上げた。
しばらくそうして考えていたが、やがてゆっくり立ち上がると服についた草や砂埃を丁寧に払った。
「それは多分、彼が”まれびと”だからだろう。元々この世界に根ざした存在じゃないから、そんなふうに見えるのかもしれないね。私にはむしろ、可能性の塊みたいに見えるけどね」
「可能性……?」
「あぁ、ケイを見ているとね、何故かなんでもできるような気がしてくるんだ」
ティティスは微笑を浮かべて手を差し出した。
「そろそろ食事にしよう。実のところ、私はもうお腹がぺこぺこでね」
端正な見かけによらず食が太いティティスを見上げて、キアも微笑んだ。
差し出された手をしっかり握って立ち上がる。
「……うん。すぐに準備する」
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