10:地下空洞の死闘 4/4
炎の槍がゴブリン・シャーマンの炎球に飲み込まれた。
瞬間、大爆発が起こる。
ゴブリン・シャーマンは炎に飲み込まれて背後に吹っ飛び、その前にいたホブゴブリン達も爆風にあおられて横に吹っ飛んで行った。
「なんだぁっ!?」
爆風から身を守りながらも上を仰ぎ見ると、天井にあいた穴の縁に杖を突き出したメラニーが立っているのが見えた。
あそこから彼女が魔法を放ったのだ。
「……はっ……ハハハハハハハッ! すげーっ! あんなところから、あんな小さい的に当てたってのかっ!?」
思わぬ助っ人にはしゃぐ慧介。
絶体絶命のピンチにタイミング良く現れた救世主。
今すぐにでも駆け寄って抱きしめたい気分だった。
もっとも、実際にそんなことをするわけにはいかないのだが……。
「ケイっ! まだだっ!」
マルセイエフの鋭い叫び声に慧介は我に返った。
先ほど吹っ飛ばされたホブゴブリンが斜めから慧介目がけて突進してきている。
ホブゴブリンの体にはほとんどダメージは見当たらない。
「グルァァァァァァァァァァァッ!!」
鉈の一撃を盾で受け止める。
全身の骨が軋む。
もう限界が近い。
慧介は血がにじむほど口を噛みしめた。
精神力も残り少ないはずだ。
だが、攻めに転じようにも方法がない。
攻撃を受け止めるだけでせいいっぱいだった。
この状態から振るう剣撃は完全に相手に見切られている。
剣の攻撃が空振りに終わりまた間合いを取られてしまったら、もう【ソリッド・スタンス】を発動することはできないだろう。
それに、仮に当たったとしても自分の力では敵を斬れる気がしない。
ホブゴブリンは【ハード・スキン】というスキル持ちだ。
剣を素手で受け止めたことからも、その効果は嫌と言うほどにわかっている。
(何か……何か策を考えつかなきゃ、このままじゃやられる――!!)
「ガァァッ!!」
慧介が逡巡している間に、ホブゴブリンは左腕を振り上げた。
固く握った拳が顔を目がけて迫る。
「――っ!」
体をひねりながらホブゴブリンの拳をギリギリで躱す。
無理な体勢から振った剣は相手の脇腹を捉えた。が、そもそも全く力が入っていなかったせいもあって、皮膚を傷つけることすらできずに跳ね返された。
バランスを崩した慧介は鉈に押されて斜め後ろに倒れ込んだ。
続いて繰り出された一撃をなんとか盾で防ぐが、ホブゴブリンはそのまま力任せに慧介を蹴り飛ばしてきた。
数メートルも地を転がった慧介が必死に起き上がる。
「――――!!」
ホブゴブリンはアシュリーの横に立っていた。
アシュリーは炎球の爆発の影響でモーニングスターさえ失っている。
完全に丸腰だった。
「てめぇの相手はこっちだって言ってんだろうがぁぁぁぁっ!」
慧介は【ソリッド・スタンス】を解除して走った。
今の位置からでは【
ホブゴブリンが鉈を振り上げた。
振り下ろす寸前に、慧介は【
ホブゴブリンの体がビクリと震えた。
振り向いたホブゴブリンは目を血走らせ、咆吼を上げて走り出した。
慧介も盾を構えてそのまま走り続ける。
これまでの戦いから、大上段に振り上げられた鉈が描く軌道を予測する。
盾で受け止めると見せかけて、慧介は寸前でスライディング、ホブゴブリンの横をすり抜けた。
勢いそのままに立ち上がった慧介の足がふらつく。
つんのめるように二、三歩たたらを踏んだ。
振り返った慧介の眼前に怒り狂ったホブゴブリンが迫っていた。
最早攻撃を受けることはできない。
回避もできそうにない。
(だったら――――)
先ほどの攻撃でも鉈の軌道は予想通りだった。
頑丈な体を武器にして、全てを力任せにねじ伏せてきたのだろう。
目の前にいるホブゴブリンの攻撃にはおよそ剣技と呼べるような器用さや繊細さがなかった。
もう十分に目は慣れた。
まるでデジャヴを見るような鉈の一撃。
慧介は左足を後ろに引いて体をひねりながら、正面右寄りに構えていた盾を鉈にピッタリ合わせるようにして左に打ち払った。
カァンと小気味の良い音が響き、鉈はその軌道をあっけなく逸らされた。
予想だにしない反撃に、ホブゴブリンが大きく態勢を崩す。
驚愕に目を瞠るホブゴブリン。
その目に映ったのは、中空から落ちてきた光を頭上に浴びる慧介が剣を振り上げている姿。
緑色に輝く刀身が無防備になったホブゴブリンの首筋にたたき込まれ、風の刃が連続して皮膚を切り裂く。
しかし――――――。
「――浅いっ!?」
ホブゴブリンの頑強さが、慧介の攻撃力を上回った。
分厚い筋肉が盛り上がる首筋に食い込んだ剣は、ギリギリのところで頸動脈を切るまでには至らなかった。
ホブゴブリンの左腕から放たれた裏拳が慧介の腹部にめり込み、慧介は後ろに吹っ飛ばされた。
「がはっ――」
口中に錆びた鉄のような味が広がる。
なんとか肘をついて立ち上がろうとするが、もう力が入らなかった。
仰向けに倒れ込んだ慧介の上にのしかかるように立ったホブゴブリンが、今度こそ一刀両断にしてくれようと、馬鹿の一つ覚えみたいに巨大な鉈を振り上げた。
全身の力が抜けていく。
(キア……ティティス……みんな……ゴメン……)
真っ先に脳裏にひらめいたのは、正体不明の自分を優しく受け入れてくれた二人の冒険者の笑顔だった。
今朝別れたばかりだというのに、自分がクエストの最中に死んだと知ったら、どれだけ彼女たちが悲しむだろう。
慧介を一人にするべきではないと頑なに主張していたキアの様々な表情が、まるで走馬燈のように駆け巡っていく。
ティティスに頬を引っ張られて涙目になっているキアの顔がよぎり、うっすらと笑みを浮かべながら、慧介は力なく目を閉じた。
一瞬の後、ボトボトと温かな液体が自分の体に降り注いできた。
(なんだ……? 俺の血……じゃない?)
しばらく待っても鉈が振り下ろされる気配はなかった。
慧介は重いまぶたを無理矢理開いた。
そこで目にしたのは、鉈を振り上げたまま、胸から剣を生やして立ち尽くしているホブゴブリンの姿だった。
赤く血濡れた刃から、慧介の上にホブゴブリンの血が垂れ落ちてきている。
「え――?」
あっけにとられて間抜けな声が漏れた。
その言葉が引き金になったかのように、ホブゴブリンは後ろに傾いで倒れた。
その向こうから現れたのは、くすんだ赤い色の髪をした戦士だった。
「アレク――――!!」
思わず目頭が熱くなった。
こらえようとしても涙が溢れてくる。
アレックスはよろよろとふらつきながら、剣を地に立てて体を支えた。
「あ~~~~……すまん! ケイ! 遅くなっちまった。マジですまん!」
「ほんとに遅いんだよ! 下に降りてくるだけでどんだけ時間かかってるんだよ?」
「はぁ~~~~、それを言ってくれるな。ちっとタイミングが悪くてよぉ。降りようとした途端に吹っ飛ばされちまって…………あぁ~~っ、くそっ! 鬱陶しい!」
アレックスがゴシゴシと目を手の甲で擦る。
逆光になってアレックスの顔がよく見えていなかった慧介は最後の力を振り絞って半身を起こした。
角度を変えてアレックスの顔をよくよく見てみると、髪どころか顔全体が赤く染まっていた。額の辺りには同じく真っ赤に染まった布も巻かれている。
「――んなっ!? な……どうしたんだ、その顔!? 大丈夫かよ!?」
「あぁ? お前に比べりゃ全然大したことねぇよ。ちょっと着地に失敗してな。頭が派手に切れちまってこのざまさ。おかげで前が全然見えやしねぇ……」
「おいおい、まじかよ……よくそれでホブゴブリンを倒せたな」
「まぁな、俺の勘も大したもんだろ?」
「はぁぁっ!? 勘っ!? 勘で当てたのっ!? お、お前メチャクチャだなっ!?」
「ハッハッハッハッハッハッ! ば~か、冗談に決まってんだろ? 勘であんなもんが当たってたまるかよ! 必死こいて目ぇ開いて、なんとかぶっ刺してやったんだよ。ほれ! 立てるか?」
アレックスが手を差し出す。
未だ目はしっかりと開いていないが、その視線は真っ直ぐ慧介を捉えていた。
「あぁ……」
慧介はその手を掴んで立ち上がる。
互いに互いの肩を預けて並び立ったとき、ホブゴブリンが光の柱を立ち上らせて消えた。
それと同時に、慧介とアレックスの頭上に光が降り注いだ。
まるで二人を祝福するかのように、天上からの歌声が頭の中に響き渡る。
アレックスが笑みを浮かべて慧介の肩を叩いた。
「さぁて! こんな辛気くせぇとこ、さっさとおさらばしようぜ!」
「あぁ……そうだな!」
天井を見上げると、穴の縁にたくさんの人影が見えた。
アイアン冒険者である〈メイジ〉のルーが、サンディ、メラニー、マルセイエフの三人と一緒に、【
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