10:地下空洞の死闘 2/4

「ケイーーーーーーーーっ!!」


 アレックスは力の限りに叫んだ。

 彼の腕を掴もうと伸ばした手は虚しく宙を切り、慧介は穴の下へと飛び降りていった。


 そのまま倒れ込むようにしてに穴の縁から下を覗き込む。


「――!?」


 慧介は無事だった。


 地下空洞の床へと降り立った慧介がゴブリンに向けて【挑発トーント】を放つのが見えた。

 剣閃が閃き、ゴブリンが一匹、派手に血をまき散らして倒れる。


「はっ……ハハハハハ! あの野郎っ! やりやがった!」


 思わず口元が緩む。


 背後でマルセイエフとメラニーがこちらに駆け寄ろうとしていることを察して叫んだ。


「来るなっ! そのままそこにいろっ! ケイは無事だっ! 俺も降りる!」

「無事って――! あの高さから生身で降りて無事だってっ!?」

「悠長に話してる場合じゃねぇっ! そのまま支えてくれっ! メラニー! 俺が降りたらお前は上から魔法で援護を頼むっ!」

「わ、わかった!」

「そんじゃ頼むぞ二人とも! 気張れよ!」


 言うが早いかアレックスはロープを手に持って穴の縁に腰掛けた。


 急激に負荷をかけないよう注意しなければ、二人のどちらかが足を滑らせただけで真っ逆さまに落っこちてしまうだろう。


 ピンとロープが張っていることを確認し、向こうにいる二人に一瞬だけ目線を送ると、アレックスは穴の下へと降りていった。


 二人にかかる力を予想しながら、なるべく体を揺らさないように、しかしできるだけ素早く降りていく。


 ちらと下を見れば、ホブゴブリンとつばぜり合いを演じる慧介の姿が見えた。

 そこに三体のゴブリンが群がるように攻撃を繰り返しているが、見たところ慧介にダメージはない。


(本当に頼りになる奴だぜ! ケイ!)


 アレックスは心が熱く燃えるような感覚を感じていた。

 今朝出会ったばかりの仲間がとても頼もしく思える。


(あと少し――!)


 もう少し降りれば、安全に飛び降りることができる高さになる。


 だがその時、ゴブリン・シャーマンがアシュリー目がけて炎の弾を放った。


 慧介がホブゴブリンをはじき飛ばして走り、アシュリーを庇うように炎球の前に身を晒す。


「やべぇっ――!!」


 アレックスの位置はアシュリーのほぼ真上にあたる。


 アレックスは迷わなかった。

 腰から抜いたナイフで自分に巻き付けていたロープを断ち切る。

 そしてロープから手を離し、体を丸めるようにして飛び降りた。


 次の瞬間、爆発した炎球が生みだした衝撃波がアレックスを襲った。


 吹っ飛ばされたアレックスは、上でロープを支えてくれている仲間のことを考えていた。


 もしもあのまま自分がロープを握りしめていたならば、爆風によって自分は大きく揺さぶられ、マルセイエフとメラニーの二人は急激にかかった負荷に耐えきれず、足を滑らせてしまっただろう。


 彼らがロープを放すのならそれでいい。

 ロープから手を離しさえすれば、彼らが落ちることはない。


 だが、アレックスは確信していた。

 二人がロープを手放すことはないと。


 だから自分から手を離したのだ。

 仲間を危険にさらさないために。


(とはいえ、ちっとやべぇかもな――)


 爆風に煽られて地上数メートルの高さから横に吹き飛ばされたアレックスは、緩やかな放物線を描くようにして地下空洞の固い床に落ちていった。

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