8:洞窟の奥へ 2/2

 小休憩も終わり、ジェイドから作戦内容の説明がなされた。


 いよいよ洞窟内の調査が始まろうとしている。


 今、慧介が所属するアレックス組の前にはジェイドが立っている。

 これからジェイドと共に洞窟内へ潜入するのだ。


 もう一組、五人組のブロンズパーティに〈メイジ〉のルーを加えたパーティーが後に続く。


 残りのブロンズパーティー一組とアイアン冒険者であるところの〈プリースト〉マリカは、洞窟前に残って現場を確保する役目を担う。


「では、行くぞ! 洞窟内では無闇に物に触るなよ! 罠が仕掛けられているかもしれないからな」

「「はいっ!!」」


 ジェイドを先頭にして、慧介達は洞窟内へと慎重に足を踏み入れた。


 やや圧迫感のある、土壁をくりぬいただけの通路はすぐに終わり、その先には横幅五メートル、高さ三メートルはある洞窟がずっと奥まで続いていた。


 しばらくは壁に十分な数の松明があって足元もよく見えていたのだが、少し進むとごく疎らにしか松明がなくなってしまった。松明と松明の間には深い闇が落ちている。


「灯りを頼む」


 ジェイドの指示でルーとメラニーが【ライト・オーブ】の魔法を唱える。

 光り輝く球が二人の指示に従って前方へとゆっくり進んでいく。


 さらに二人は【ライト】を発動。

 杖の先に光を灯して自らの周辺一帯を照らし出す。


 暗闇の中で自分だけが灯りをともしていたら、敵に「どうぞ狙ってください」と言っているようなものだ。

 だから先行させたライト・オーブで前方の索敵を、杖のライトで自分達の足元を照らす。


 一行は慎重に、しかし素早く奥へと進んでいった。


〈ハンター〉には【センス・エネミー】という敵性反応を感知するスキルがある。

 先頭を進むジェイドには、近辺に敵がいないということがわかっているのだ。


 だが、敵を感知するスキルがあるように、敵の目を欺き姿を隠すスキルも存在する。

 周囲の物陰に敵が潜んでいないか、ジェイドは極限まで集中して警戒にあたっていた。


 しばらく進むと、道は二手に分かれていた。


 ライト・オーブを先行させるが、どちらの通路もカーブしながら先の方へ続いている。


「分岐ですね」


 ルーが落ち着いた声音でジェイドに呼びかける。


「あぁ。ひとまず二手に分かれよう。通信機は大丈夫か?」

「動作はしていますよ。問題は洞窟の中でどれだけ通じるか、ですが……」

「実証実験では障害物があると上手くいかないという報告が上がっていたか……。恐らく別々の通路からもう片方への通信は、どこかで横穴でも通じていない限り届かないだろう。何かあったらこの分岐点まで戻ってくるしかあるまい」

「えぇ。そうですね」

「よし! それじゃ、ルーは右手を頼む。アレク! 俺達は左に進むぞ!」

「はい!」


◆◇◆


 ジェイドを先頭にして慧介達は洞窟の奥へ向かってさらに進んでいった。


 洞窟の入り口近辺は地面がある程度整地されていたのだが、この辺りは天然の洞窟そのままらしく大小様々な石がゴロゴロしていて非常に歩きにくい。


 程なく、再び通路が分岐しているのを見つけてジェイドが足を止めた。


 風の魔法を利用して遠くの人と会話ができるという通信機を口元に寄せる。


「ルー、聞こえるか? ルー……」


 しばらく通信を試みるが、返事はなかった。

 ジェイドは舌打ちして通信機を睨み付けた。


「やはりダメか。開けた場所ならもっと役に立つんだがな……」


 ジェイドは前方の分岐と後方の通路を交互に見て何事か悩んでいる様子だった。

 ややあって、アレックスに向き直る。


「アレク、ここでまた二手に分かれる。お前達は左に行け」

「は、はい。何人ですか?」

「いや、お前ら全員だ。俺は一人で行く」

「えっ!? でもそれじゃ……」

「大丈夫だ。言ったろう? これはただの調査だと。もしこの先に敵がいるようなら、なるべく気づかれないようにしてすぐに引き返せ。まぁ、さすがにそれは難しいとは思うがな。……で、ここまで戻ってきたらこいつで知らせてくれ」


 そう言ってジェイドはもう一つの通信機をアレックスに放って寄越した。

 アレックスは慌ててそれを受け取る。

 ギルドが貸し出している試作品とは言え貴重な品だ。落っことして壊したなんてことになったら目も当てられない。


「その通信機は精神力の消耗が少々激しい。できればサンディからメラニーのどちらかに持たせておけ。〈ファイター〉は精神力が多くないからな」

「はい。わかりました、ジェイドさん」


「俺の方は心配するな。敵がいても俺の方が先に気づく。なるべく早く進んで、行き止まりか分岐に当たったら戻って報告する。分岐が見つかったらその時点で探索は終了だ。安全に進めるにはもっと人を増やす必要があるからな」

「えっと……俺達も行き止まりか分岐か、それとも敵を見つけるまで進んで、どれかに当たった時点でここまで戻ればいいんすね?」

「そうだ。俺はなるべく急いで探索を進めるが、お前達はゆっくり慎重に進め。何か不審に思うことがあったらしっかり安全を確認するかここまで戻って来い。くれぐれも無茶はするなよ」

「はい。了解です」

「ではそちらは任せた。また後で会おう」


 そう言うとジェイドは闇に溶け込むように右手の通路の奥へと消えていった。

 やや不安な面持ちでジェイドを見送るパーティーの面々。


 メラニーは側にいるマルセイエフの手をギュッと握りしめた。


 慧介もゴブリン砦に突撃する前と同じかそれ以上の緊張を感じていた。狭い洞窟の中、先の見通せない暗闇が神経を圧迫する。

 思わず頬を叩こうと手を挙げて、派手な音を立てるのはまずいと思いとどまる。


 アレックスが一同に順に視線を向けて、「大丈夫だ」と笑ってみせる。


「俺とケイが先行する。マルスは念のためしんがりを、は真ん中でサポートを頼む」

「あ、アレックス君!? 僕は男だって言ってるじゃないですか!?」


 アシュリーはアレックスの言い間違いをすかさず訂正する。


「おっと、悪い悪い。まぁ細かいことは気にすんな」

「細かくなんかありません! とても大事なことなんです!」

「ハハハハハ、悪かったって。そんなに怒るなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」

「なっ!? 何を言っているんですかっ!? もうっ!?」


 やや頬を赤らめたアシュリーはそっぽを向いてしまう。

 アシュリーには申し訳ないが、このやりとりでパーティーに漂う重い緊張感が和らいだ。


「よぉ~し。そんじゃぁ行くぜ、野郎共!」

「だから野郎共はやめてったら!」

「そうだよぉ、アレク~」

「ぼ、僕は野郎共でも別に……」


 パーティーの綺麗どころ三名が三者三様の答えを返す。


「行くぜ――」


 アレックスが慧介の前にすっと拳を突き出した。

 一度もそんなことをやってはいないが、求めんとしていることははっきりわかる。

 慧介は笑みを浮かべ、アレックスと拳を打ち合わせた。


「あぁ!」

「頼りにしてるぜ、ケイ!」


 慧介達は、闇がぽっかりと口を開けたような不気味な洞窟の奥へ向けて、ゆっくりと進んでいった。


◆◇◆


 竜が住む洞窟へ入っていくような覚悟で慎重に歩みを進めた慧介達。


 通路は緩やかに下へと傾斜しており、壁の隙間からしみ出てきた水が通路の端に細い流れを作っていた。


 人一人がようやく通れるような狭い通路をくぐり抜け、右に急勾配を描く洞窟を慎重に進んで行くと、やがてドーム状に開けた空間へとたどり着いた。


 ライト・オーブを先行させ、天井に向けて上昇させる。


 魔法の青白い光が照らしだした空間に、生き物の気配はなかった。

 ただ、壁に寄せるようにして様々なガラクタのような物が乱雑に置かれている。

 まるで倉庫のような佇まいである。


「見たところ何もいねぇみたいだな……」


 アレックスが周囲に目を光らせながら囁く。


「そうだな……」


 慧介の目から見ても、特にゴブリンなどの姿は見当たらない。

 物が多いせいで死角が多いが、何か潜んでいるような気配はない。


 慧介はアレックスと示し合わせて慎重にドームの中へと入って行った。

 真ん中辺りまで進むも、特に何ら反応はない。


「とりあえずは大丈夫か」

「あぁ」


 二人は警戒しながら周囲を見回した。


「……よし。見たとこ行き止まりみたいだが、他に通路がないかどうかだけ確認しとくか。何もなければさっきの分岐点まで戻ってジェイドさんに報告だ」

「了解。それじゃ俺はあっちの方を見てみる」

「頼む。――あぁ! ケイ! できる限り物には触るなよ! 罠があるかもしれねぇからな!」

「わかってる!」

「お~い! 全員来てくれ!」


 アレックスの呼び声によってドーム手前の通路近くに残っていた他のメンバーも探索に移る。


 慧介は一人でドームの左壁面へと向かった。


 木の棒に赤いぼろきれを旗のように結びつけ、何かの動物の頭骨らしきものを飾り付けた妖しいオブジェが複数立てかけてある。

 その下にはオブジェの材料らしき骨や布、棒が散らばっていた。

 他には特に気になるところもない。


 ドームの出入り口に近いほうはマルセイエフとメラニーが調べているため、慧介は奥へ向かって探索を続けた。


 動物の骨や毛皮を利用して作られた物が無造作に置かれている。

 いずれも妖しげな儀式に利用されるようなマントや杖、装飾品のように見える。恐らくはゴブリン・シャーマンが使うのだろうと考えられた。


(妖しい物はいろいろあるけど……先に続く通路はなさそうだな。やっぱり行き止まりか……)


 ドームの奥の空間には一際目立つオブジェが作られていた。


 丸太を組み合わせて作られた高さ五メートル近い櫓のようなもの。

 横に渡された支柱には赤黒いぼろ布が垂れ幕のようにいくつも下がっていた。

 要所要所には大きな獣の頭骨が飾られている。

 櫓の周囲にめちゃくちゃに張り巡らせたロープには獣のものと思われる骨や牙がたくさん括り付けられており、ロープの端は櫓から周囲に向けて放射状に広がり、床の上にとぐろを巻くように落っこちている。

 よくよく見てみれば床には何かの魔法円らしきものが描かれており、ところどころに紋様が刻まれた石や骨などが配置されていた。


「おいおい、何だよこりゃ。気っ色悪いなぁ」

「何かの儀式に使う祭壇かしら?」


 いつの間にか慧介のすぐ近くまで来ていたアレックスとサンディが交互に言う。

 その後ろにはアシュリーもいた。


「ケイスケ君、何か見つかりましたか?」

「妖しげな物はいっぱいあったけど、通路とかは特に見当たらなかったな」


 慧介が答えると、アレックスが笑みを浮かべて胸の前で手を打ち合わせた。


「おし! そんじゃぁ、後はこの先だけだな! ぱっと見は何もなさそうだけどよ」

「あぁ、そうだな」


 一行は祭壇を左右から回り込むように二手に分かれた。

 慎重に歩みを進める。


「きゃっ!? ――とっ、とぉ!」


 祭壇右手側に向かっていたサンディが短い悲鳴を上げた。

 どうやら落ちていたロープに足を引っかけたようだった。

 祭壇から伸びたロープの端がサンディの足元まで伸びていたらしい。

 ロープに括り付けられたたくさんの骨がカラカラと乾いた音を立てた。

 立て付けが悪いのか祭壇までもがぐらぐらと揺れている。

 転びそうになって片足でステップを踏むサンディをアレックスが支えた。


「おいおい、大丈夫かよ?」

「ご、ごめん――」


 アレックスとサンディが照れくさそうに笑い合う。


(相変わらず仲がよろしいことで……)


 慧介はアシュリーと二人、祭壇の左手側へと進む。


 回り込むようにして奥を見るが、そこは行き止まりで特に道が通じている様子もなかった。

 慧介は念のためにと一番奥まで歩いて行き、壁に手を触れてみた。

 固い石壁の感触。

 特に不審なところはない。


「う~~ん……これは完全にどん詰まりかな」

「そうみたいですね……」


 アシュリーは慧介から少し離れた位置、祭壇の裏側から上の方を見上げていた。

 そこに、右側から回り込んだアレックスとサンディがアシュリーの元に合流する。


「よっしゃ! ゴブリンはいねぇし通路もねぇ。こっちの調査は終了だな。戻ってジェイドさんに報告――」


 アレックスが調査の終了を告げようとしていたその時、突然、洞窟全体が震動し始めた。

 木組みの祭壇がグラグラと激しく揺れる。


「――なっ!? なんだぁっ!?」

「落ち着け、ケイ! ただの地震だ! すぐに収まる!」


 慧介は壁に手をついて足を踏ん張った。


 アレックスとサンディは互いに身を寄せて支え合っており、アシュリーは一人わたわたと手を振ってなんとかバランスを保っていた。


 天井から細かい石片や砂のようなものがパラパラと舞い落ちてくる。


 アレックスの言った通り、地震はすぐに収まった。


 慧介は壁に背を預けて安堵の息を吐いた。


(びびった……。そういやここは地震が多いってティティスさんが言ってたっけ……)


「……何日か前にもあったばっかりなのに、最近地震多いわね……」

「そうだなぁ。……けどまぁ、前例がないってわけじゃねぇだろ? 今そういう時期なんだよきっと」


 不安げなサンディにアレックスが軽く答える。


「さぁ! こんな辛気くさいとこさっさと出ちまおうぜ!」

「そうね」


 アレックスが踵を返し、他の面々もそれに続いて引き返そうとした。


 そこに、祭壇の向こうからマルセイエフの鋭い声が飛ぶ。


「みんな危ない! そこを離れてっ!」

「――!?」


 祭壇が、アレックス達目がけて倒れかかってきていた。


「やべぇっ!? 逃げろっ!」


 のしかかってくる祭壇から逃げるように、アレックスとサンディが左手に、アシュリーは右手に走った。


 三人とは離れた位置にいた慧介も頭上に盾を掲げながらアレックスと同じ左方向に逃げた。

 祭壇は慧介から見てやや右手側に倒れてきていたからだ。


 アレックスとサンディは間に合う。


 だが、アシュリーは――――?


「アシュリーー!!」


 慧介が叫んだのと同時、アシュリーが前方に向かって飛び込んだ。

 崩れた祭壇に阻まれてアシュリーの姿が見えなくなる。


「アシュリー!? 無事かっ!? アシュリーーーー!!」


 祭壇からもうもうと舞い上がる埃に咳き込みながら慧介はアシュリーのいる方角へ呼びかける。


 そちらへ歩み寄ろうとした時、ピシッと不吉な音が聞こえて慧介は胸騒ぎを覚えた。


「お、おいっ! アシュリー!?」

「だ、大丈夫――――」


 土煙の合間に、立ち上がったアシュリーの姿が見えた。


 しかし、地震と祭壇がもたらした負荷によって地面には大きな亀裂が走っていた。

 まるで雷が落ちるようにアシュリーのいる方向へと亀裂が凄まじい勢いで広がっていく。


「逃げろっ! アシュリーーっ!!」

「え――――」


 その時、石が砕ける鋭い音が一挙に響き渡り、アシュリーの立つ床が崩落した。

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