8:洞窟の奥へ 1/2

 ゴブリン討伐隊の一同は砦の奥に暗い穴を晒した洞窟の前に集まっていた。


 地下に向かって緩やかに傾斜する洞窟の入り口は高さも幅もせいぜい二メートル弱、崖のような斜面を手掘りで掘り進めた小規模な洞穴だと思われていた。


 しかし、討伐隊の面々を見るジェイドの表情は固い。


「残念な報せだ。この洞窟、一見するとゴブリン共が手掘りで掘り進めた小さな穴蔵に見える。だが、中に入ると自然の洞窟に繋がっていた。正直想定していたものよりかなり広い。ところどころに松明が掲げられていることから考えてもゴブリン共が普段から中を利用していることは間違いない」


 ジェイドは険しい顔で洞窟の奥を睨み付けた。


「とりあえず、付近に敵の気配はない。もしゴブリンがいるとしたらさらに奥の方だ。我々はこれより洞窟の調査に入る。いいか。間違えるなよ。これより行うのは討伐作戦ではなく調査だ。洞窟の中がどうなっているのか、中に魔物が生息しているのか、それを全員で調べる。可能性は低いが、中にいるのがゴブリンばかりとは限らない。最悪、他の魔物が根城にしている可能性もある」


 未だ駆けだしのブロンズ冒険者パーティーは一様に緊張した面持ちで静かに話を聞いていた。

 ジェイドがそんな若者達を見てニヤリと笑う。


「――とは言え、そんな危険な魔物が住んでいるところにゴブリンが砦を築く可能性は低い。あるとしたらオークなどにゴブリンが支配されていた場合だが、表にはゴブリンしかいなかった。まずそれもないだろう。表で戦闘が起こっているのに穴から出てきたゴブリンはほんの数匹だった。元々数が少なかったのか、それとも音に気づかないほど中が広いのか。我々はそれを調べてギルドに報告する。仮に敵の規模が大きければすぐに撤退するし、少なければ今のうちにつぶしておく。説明は以上だ。準備が整い次第、三組に別れて、うち二組が洞窟内に入る。残り一組はここで現場を保全する。全員装備をよく確認しておけよ」


 ジェイドは仲間二人と話し合いを始める。


 慧介達はそれぞれのパーティーに別れて装備に不備がないかのチェックを開始した。


「はぁ~~、やだなぁ~。私狭いところ苦手なのに……」


 肩を落としたメラニーが憂鬱そうに洞穴の先を見ている。

 すかさずマルセイエフがメラニーの肩をそっと抱き寄せ、囁くように「僕がついているよ」などと言うにつけ、二人はそっと互いに寄り添うようにしていちゃいちゃし出した。


「…………」


 もはやこれが当たり前の光景のように思えてきた慧介はそんなバカップルのことは無視して自分の装備を一応確認する。

 とは言っても完全に流れ作業である。何しろほとんど使うことがなかったのだから。

 盾はそれなりに使ったが、剣に関しては一度も振っていない。盾以外の部分に敵の攻撃をもらうこともなかった。まさしく完全勝利である。


 しかし、慧介の気分はあまり晴れやかとは言えなかった。


(……全然活躍できなかったな。こっちのチームが強すぎて一方的な展開だった。まぁ、それは悪い事じゃないんだけど)


 敬虔値稼ぎのためにクエストに参加している身としては、今回の仕事は実入りが少ない。本来〈シールダー〉がやるべき役割をこなせているため、パーティーにちゃんと貢献できているという充実感もないではないのだが、それにしても少々物足りない。


「ケイスケ君。どうかしたんですか? なんだか浮かない顔をしてますけど」


 慧介の隣に腰掛けたアシュリーが尋ねる。


「ん……あぁ、別に。大したことじゃないんだ。なんかあんまりやることなかったなぁって思ってさ」

「え~~。ケイスケ君はまだいいほうでしょ! 僕なんてほんとにやることなかったもの。攻撃は〈ファイター〉の人達が先行してたし、怪我をする人もほとんどいないから回復魔法を使うこともないし……。――あっ! 怪我がないのは何よりなことなんですけどね」

「そうだな……。これで不満に思うなんてやっぱ贅沢だよなぁ」

「そうですよ。それに、まだ今日の仕事は終わってませんから。気を抜いたらダメですよ、ケイスケ君?」

「あぁ。わかってるって」


 ふと気がつくとサンディと談笑していたらしきアレックスがこちらをにやけた顔で見ていた。


 慧介の頬がひくりと引きつる。


(これだから恋愛脳は……)


 ため息をつきたい気持ちをグッとこらえて慧介は立ち上がった。

 気合いを入れ直すように頬を叩く。


「ぃよしっ! もう一仕事頑張るか!」

「おー、その意気だ、ケイ。頼りにしてるぜ!」

「うん。ケイがいてくれるおかげで安心して前に出られるよ」


 歩み寄って来たアレックスとマルセイエフが笑顔で慧介の肩を叩く。


「そう言ってもらえると、こっちもやりがいがあるってもんだな」


 サンディとメラニーも慧介の元へ来て、改めて礼を言ってきた。


 今朝組んだばかりの即席パーティーも、それなりに結束が強まってきているようである。


(あのいちゃいちゃさえやめてくれれば、ほんとに気のいい奴らなんだけどなぁ……)


 爽やかな笑顔を見せるパーティーの面々を見るにつけ、慧介はその無念さをいっそう強く感じるのだった。


 天は人に二物を与えずとはこういうことなのだろうか。

 公私をきっちり分けろとは、そんなに贅沢な願いではない気がするのだが……。

 頼もしいけれどちょっと残念な仲間と肩を組んで、慧介は人知れず苦笑を浮かべるのだった。

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