5:ゴブリン討伐隊への参戦 2/2
「いやぁ~~、にしても助かったぜ。何しろちょっと前に、仲間の〈シールダー〉がいきなり抜けちまったばかりでな! このままじゃ、折角決まってたゴブリン討伐クエストもダメになっちまうとこだったんだよ」
「えっ? そうなんだ? じゃぁ、その穴埋めで募集してたって感じなの?」
慧介が尋ねると、アレックスの顔が次第に浮かない表情に変わっていく。
「ま、そんなとこだ。元々俺らは男三人で同じ村から出てきたんだけどな、こっちで同じく冒険者になったばかりの〈メイジ〉二人とパーティー組んで、それからずっと五人で頑張って来たんだよ。けど、そいつとはけんか別れしちまってな。あの野郎、そのままどこに行ったんだか、連絡も取れなくなっちまってよ……」
「急に怒って飛び出してっちゃったもんね。やっぱり僕ら悪いことをしちゃったのかな……」
「まぁ、そうなんだろうな。あいつは今まで何も言わなかったけど、結局はずっと我慢してたってことだろ。もう二度と、同じ轍は踏まないようにしねぇとな……」
「そうだね……」
アレックスとマルセイエフは少ししんみりとした雰囲気で遠くを見つめている。
慧介は彼らの仲間の〈シールダー〉が何故パーティーをやめたのかがとても気になった。
何しろこれから自分が一緒に行動を共にするパーティーで起こった問題である。
慧介にとっても他人事ではない。
しかし、思いがけず醸し出された深刻な雰囲気に、理由を尋ねることは憚られた。
同郷の仲だったというのなら、自分のような部外者が立ち入ってはいけない領域の話なのかもしれない。つきあいが長かった分、それなりに苦悩や葛藤もあったのだろう。
慧介が理由を尋ねるべきか悩んでいると、その横でアレックスとマルセイエフが真剣な顔で何事か相談を始める。
「しかしあれだな。これで防御は固まったからなんとか討伐隊には参加できるが……問題はあと一人だな」
「そうだね……。やっぱりあと一人いたほうがいいよね……」
「あぁ、女があと一人。できれば神官系、いや、これ以上防御がないのがいちゃぁケイが危ねぇから、ここは〈クレリック〉だな。女の〈クレリック〉を探そう」
「うん! それがいいよ!」
よくわからないがもう一人仲間を募るらしい。
慧介は二人に尋ねる。
「まだ仲間を募集するんだ?」
「あぁ。やっぱ五人じゃ数が合わないからな」
「そうだよねぇ~」
「は? 数?」
慧介は首を傾げた。
数が合わないとはどういう意味だろうか?
しかも二人の口ぶりでは、残る一人は女性でなければいけないらしい。
しかしまぁ、言っている意味はよくわからないのだが、〈クレリック〉をパーティーに招き入れるというのであれば慧介もやぶさかでない。
一番怪我をする可能性が高いのは攻撃を受け止める〈シールダー〉、すなわち自分だからだ。
回復役がいるのといないのとでは安心感が全く違うだろう。
「よし! マルス! とりあえず俺はメンバーが揃ったことをジェイドさんに報告してくる。さっさと言っとかないと別のパーティーを募集しちまうからな。お前は出発までになんとか〈クレリック〉を探してくれ! 〈プリースト〉はダメだぞ。ケイ一人じゃ三人は守りきれねぇからな!」
「わかったよ。任せといて!」
「おう! そんじゃ頼む。ケイも、良かったらマルスを手伝ってくれねぇか」
「え? あ、あぁ。わかった」
アレックスはカウンターのギルド職員に話しかけると、ギルドの奥の方にある部屋へと入って行った。
「よし、それじゃ行こうか、ケイ。急いで〈クレリック〉の女性を一人探そう!」
「お、おう……?」
マルセイエフは仲間を募集する掲示板のほうへさっさと歩いて行く。
慧介もそれを追いかけた。
辺りをキョロキョロと見回すマルセイエフに尋ねる。
「あのさ……〈クレリック〉が欲しいってのはパーティーのバランスから考えてもわかるんだけど、なんで女の人じゃないとダメなわけ?」
マルセイエフは一瞬キョトンとするが、すぐに爽やかな微笑みを浮かべて答える。
「ハハハ、何を言っているんだい? それもバランスだよ」
「バランス?」
「そう! バランス! ……あっ! そうか! そう言えばケイには言ってなかったね。今ちょっと外に出ているんだけど、実は僕らのパーティーの〈メイジ〉二人は女の子なんだよ。もしも女性の〈クレリック〉が入ってくれたら男女がちょうど3:3になるでしょ? その方がバランスいいよね!」
「えっ!? バランスってそういうの!? ……いやいや、別に男でもよくない? そんなんどうでもいいでしょ! あぁ、ほら! ちょうどそこにいる人とか、あの人多分〈クレリック〉じゃないの?」
慧介が指し示したのは仲間募集掲示板に目を通している一人の〈クレリック〉だ。神官系のクラスは服装や装備がわかりやすいので一目で見分けがつく。
だいたいロングスタッフを持っているのが回復魔法に特化した〈プリースト〉で、メイスを持っているのが近接戦闘もこなす〈クレリック〉である。
「ダメだよ、ケイ。彼はどう見ても男じゃないか!」
「いやいやいや! だから別にいいじゃん! なんでそんなこだわるの!?」
慧介はなんだか雲行きが妖しくなってきたように感じ始めていた。
(なんで男女半々にしなきゃいけないんだよ!? 合コンじゃねぇんだぞ!)
不審に思いながら内心で突っ込みを入れる。
そんなやりとりをしている間にも、件の〈クレリック〉は他のパーティーに声を掛けられてどこかへ連れて行かれてしまった。
「あぁ、行っちゃったよ。もったいない……」
神官系のクラスは人気がある。あっという間に勧誘されてしまうのだ。
「構わないよ、ケイ! 僕らは頑張って女の子の〈クレリック〉を探そう!」
「…………」
意気揚々とギルド内を見回すマルセイエフに慧介は呆れた視線を投げかけていた。
あれか。
もしかしてチャラ男とかそういう連中だったのだろうか。
見た目爽やかだからそんな風には全然見えないのだが……。
これはひょっとすると加入するパーティーを間違えてしまったのかもしれない。
慧介はとんとん拍子にパーティーに加入できたことに、却って不安を感じ出していた。
元々いた〈シールダー〉が怒ってパーティーを脱退した理由も俄然気になってくる。
いや、もういっそのこと、やっぱりやめますとか…………さすがに今さらそれは言えそうにない。
慧介が腕組みしてうんうん悩んでいると、突然、マルセイエフが「あっ!」と大きな声をあげた。
ずかずかと早足でギルドの出入り口に歩いていき、今ちょうど入ってきたばかりの小柄な〈クレリック〉に声を掛けている
慧介はトラブルにならなければいいのだが、と思いながらその場から様子を窺った。
マルセイエフは勢いよくその〈クレリック〉に話しかけていた。
前のめりに話すマルセイエフに気圧されて体が後ろにのけぞっている。
明るい茶色の髪を肩口まで伸ばした可愛らしい子だった。
年は慧介と同じか少し下だろうか。
神官服の上から鉄の胸当てを装備し、腰にはモーニングスター――棘付きの鉄球がついたメイス――を、背中にラウンドシールドを提げていた。
顔つきはあどけなさを感じさせるようでとても可愛らしい。
今はしつこいキャッチに捕まってしまった大人しい女性さながらに困惑の表情を浮かべているが。
(助けに入ったほうがいいかな……)
慧介がそう思ったとき、マルセイエフはその〈クレリック〉の手をがっしりと握ってブンブンと振りだした。
その後笑顔で振り向いて、その子の手を引いて慧介のところへ勢いよく歩いてくる。
引きずられるようにしている〈クレリック〉は困惑した表情でマルセイエフに何かを言おうとしているが、彼は全く話を聞いていない。本当に、優しげな見かけによらず押しが強い青年だった。
「ケイ! やったよ! 彼女が僕らのパーティーに入ってもいいって!」
「えっ!? ほんとに!?」
あっという間に〈クレリック〉――しかも可愛い――を捕まえた手際の良さに慧介は内心舌を巻いていた。
さすがイケメン。コミュ力も高いし俺とは全然違うな、と。
しかしそれはそれとして、無理矢理誘い入れてしまったのではないかと若干心配になる。
ここはちゃんと確認しておいたほうがいいだろう。
慧介がそう考えてその子に声を掛けようとすると、顔を真っ赤にした〈クレリック〉がマルセイエフの手を振り払う。
これはやはり勧誘が強引すぎたかと思ったのだが、次に発せられた叫び声は慧介の予想外のものだった。
「あの! ご、誤解してます! 僕は男です! 女の子じゃありませんっ!」
「「えっ!?」」
その悲痛な叫びはギルド内の隅々まで響き渡り、周囲にいた冒険者達までシーンと静まりかえっては驚愕の表情で〈クレリック〉を見つめている。
それに気づいた〈クレリック〉はますます顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
やがてざわざわとギルド内にいつもの喧噪が戻る。
マルセイエフは苦悩に満ちた表情で額に手を当てると、苦しげに声を絞り出した。
「そうだったのか……。ごめんよ、アシュリー。実は、僕らは女の子の〈クレリック〉を探していてね。申し訳ないがこの話はなかったことにしてもらえるかな?」
「――はぁぁっ!?」
アシュリーが返事をするために口を開くよりも早く、慧介の叫び声が響き渡り、アシュリーは驚いてビクッと肩を震わせた。
自分から勧誘した上での突然の解雇宣言に慧介は異議を唱える。
「いや、いいだろ別に! もうその、かの……彼でいいじゃんっ! 時間もないんだろっ!? 男とか女とかそんなことどうでもいいって!」
マルセイエフは慧介を見てからハッと何かに気づいたような顔をした。
「そうか! ……そうだよね! 男か女かなんて関係なかったんだ! 君がいいというのなら、それでいいんだろう。僕が間違っていたよ、ケイ!」
がっしりと慧介の手を握りしめるマルセイエフ。
「ん? あ、あぁ……わかってもらえたみたいで良かったよ……」
慧介はマルセイエフの口ぶりが若干気になったが、敢えて突っ込まずに捨て置いた。
アシュリーはわけがわからない様子で、慧介とマルセイエフの間でオロオロしていた。
「あ、あの……それで、僕はどうすればいいんでしょう?」
「あぁ、いろいろとごめんね、アシュリー。良ければ僕らのパーティーに入ってくれるかい?」
「……僕、男ですけど、それでもいいんですね?」
「あぁ、構わないよ。ケイはとても懐が深いようだからね!」
「わかりました。それじゃぁよろしくお願いしますね」
「――い、いや、ちょっと待ってくれ、マルス。なんか俺のこと誤解してないか!?」
慧介はマルセイエフの真意を聞き出そうとするが、マルセイエフはろくに話も聞かず再びギルドの入り口へと走って行ってしまう。本当に忙しない男である。
「お、おい! ちょっと――!?」
マルセイエフは今度は二人の女の子と笑顔で話していた。
すぐにその二人を連れて戻ってくる。
「ケイ! 紹介しよう! 僕らの仲間の〈メイジ〉二人だ。こっちがサンディ、こっちがメラニーだよ! そして彼は〈シールダー〉のケイ。そこにいるのが〈クレリック〉のアシュリー。今日パーティーを組むことになった僕らの新しい仲間さ!」
慧介はマルセイエフの勢いに押されて「あぁ、どうも」と二人と挨拶を交わす。
アシュリーも同様に軽く自己紹介をしていると、ギルドの奥に行っていたアレックスが戻ってきた。
「おっ! やるじゃねぇか! ばっちり女の〈クレリック〉見つけたんだな! 俺らのパーティー完璧じゃねぇか!」
嬉しそうに笑うアレックスの誤解を居並ぶ面々が正そうとする。
だが、そこにアレックスと同じくギルドの奥から出てきた一人の青年が大音声で告げる。
「よぉしっ! ゴブリン討伐に参加するパーティーは全員こっちに集まってくれ!」
「おっと、お呼びだぜ! そんじゃ行くぞ、野郎共!」
「ちょっと! 野郎共はないでしょ、野郎共は!」
「そうだよ~、アレクぅ」
さっさと踵を返すアレックスにサンディとメラニーが追随していく。
「さ! 僕らも行こう!」
マルセイエフも言うが早いか集合場所へ向かっていく。
慧介は半ば呆然とした状態でその後ろ姿を見送っていた。
ドタバタと慌ただしく進展していく事態に全くついていけない。
晴れてメンバーが揃ったパーティーはバランスだけ見ればとてもいい。
だが、まるで合コンのようなノリで男女3:3のグループを作ろうとするイケメン二人に不信感が急上昇中である。
果たしてこのまま彼らについていって大丈夫なのだろうか。
もうパーティーを組んでしまった以上、今さら逃げ出すわけにもいかないのだが……。
「あの、僕らも早く行った方がいいんじゃないですか?」
アシュリーが遠慮がちに慧介の目を覗きこんでくる。
「あ、あぁ、そうだな。そんじゃ行こうか……」
先行き不安な状況に、慧介は人知れず深いため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます