6:討伐隊、森を行く
慧介は今、ダンジョン内に潜入してゴーム大森林の中を進んでいた。
アレックスを筆頭とする若手の冒険者パーティーに参加して、ゴブリン討伐に向かっている最中であった。
冒険者ギルドではその実力に応じて冒険者をランク分けしている。
慧介のような駆け出し冒険者はまずブロンズから始まり、次いで、アイアン、シルバー、ゴールド、プラチナと順に高くなっていく。
討伐隊はアイアンランク冒険者三人組のパーティーがブロンズランク冒険者パーティー三つを率いる形となっていた。
慧介が参加しているパーティーは六人組。他二つがそれぞれ四人組と五人組で、合計人数は十八人とそこそこの規模の集団になっていた。
おかげでグラウス草原を根城にするグラスウルフ達も遠巻きに見るばかりでちっとも襲いかかってこない。
ほとんど戦闘らしい戦闘もなく、一行は非常にリラックスした雰囲気で森の中を歩いていた。
自然とパーティー同士での会話も弾んでいる。
そんな中、慧介は無言のまま、前を歩く四人の仲間を白い目で見つめていた。
ちなみにその仲間とは、〈ファイター〉のアレックスとマルセイエフ、〈メイジ〉のサンディとメラニーの四人である。
彼らには元々あと一人、〈シールダー〉の仲間がいたらしいのだが、ごく最近その〈シールダー〉が突然パーティーを抜けてしまった。そのため急遽代理を探すことになり、そこへたまたま応募してきたのが慧介だったというわけである。
何故その〈シールダー〉が辞めてしまったのか、その理由を聞けないままゴブリン討伐クエストに出発した慧介だったが、今、その理由がはっきりとわかったような気がしていた。
というか、多分間違いないだろう。
目の前で繰り広げられている光景を目の当たりにすれば、恐らく誰もが同じ結論に達するはずである。
まず慧介の右前方、アレックスとサンディが歩いている。
「おい、サンディ! そこ、根っこが飛び出てるぜ。足を引っかけないように気をつけろよ!」
「なっ、何よっ! そんなこといちいち言われなくたってわかってるってば! 馬鹿にしないでよねっ!」
「ばっ……ちげーって。俺はただ、お前のことが心配でだな……」
「――なっ!? ちょ、ちょっと、やめてよこんなとこで! 恥ずかしいじゃない、もう!」
「わ、わりぃわりぃ」
二人はばつが悪そうにそっぽを向いたまま、でもお互いのことを強く意識して歩いている。
そして慧介の左前方、そちらにはマルセイエフとメラニーがいた。
「あ! 見てご覧、メラニー! あそこに綺麗な花が咲いているよ!」
「わぁ! ほんと、綺麗!」
「――そうだ!」
マルセイエフがさっと花を摘んで戻ってくる。
微笑を浮かべたままその花をメラニーの髪にそっと差し込んだ。
「とてもよく似合ってるよ、メラニー」
「………そ、そうかな?」
「うん! すごく綺麗だ!」
「えへへ……」
メラニーはちょっとはにかんで頬を赤らめている。
慧介の口から自然と長いため息が漏れ出た。
冒険者ギルドを出発してからこれまで、この二組のカップルはそれはもうずぅーーっといちゃいちゃいちゃいちゃしていた。
慧介は名前も顔も知らない〈シールダー〉に想いを馳せる。
……うん、そりゃやめるよね。
こんなん四六時中見せられてたら誰だって嫌になるわ。
いつもいつも一生懸命体を張って守っていた女の子二人がそれぞれ他の男と付き合って、自分一人だけがぼっちとか悲しすぎる。
今までどんな想いでこの光景を見続けてきたのか、考えるだけで泣けてくるというものだ。
慧介が人知れず哀れな〈シールダー〉に同情を寄せていると、隣からのんびりとした声が聞こえてきた。
「みんな仲がいいですねぇ~」
ニコニコと笑顔でそう言うのは〈クレリック〉のアシュリー。
今回、慧介が参加したアレックスのパーティーに同じく名を連ねる臨時メンバーである。
年は十五歳で慧介の一つ下だが、レベルは6で慧介の一つ上である。
その容姿は先を歩くサンディとメラニーに負けず劣らずの美少女である……と言いたいところなのだが、本人曰く男性であるらしい。
にわかには信じがたい事実だが、本人が言うのならそうなのだろう。
キアのように『容姿は子供なのに実は大人』なんて
いわゆる
ぼんやりととりとめのないことを考えながら、慧介は気のない返事を返した。
「……あぁ、そうだな……。なんか、ちょっと良すぎる気もするけどな……」
慧介の若干棘のある発言にアシュリーが不思議そうに首を傾げる。
「それっていけないことでしょうか?」
「ん~? いや、別に悪くはないんだけどさ。でもやっぱり、TPOをわきまえるべきって意見もあるんじゃないのかな……」
「てぃーぴーおー? ……って、何ですか?」
「あぁ、悪い。”時と所と場合”のことだよ」
「へぇ~、そんな言葉、初めて聞きました。ケイスケ君は物知りなんですね」
「いや、別にそんな大したもんじゃないけど……」
見た目美少女なアシュリーに笑顔でそう言われるとまんざらでもない慧介であった。
俺ってチョロすぎだなと気づき、慌てて緩んでいた顔を引き締める。
ふと気がつくと、アレックスがこちらをじっと見ていた。
慧介と目が合うと笑顔で近づいてくる。
「よう! 二人とも仲良くやってるみたいだな。安心したぜ!」
アレックスは訳知り顔でうんうん頷いている。
「しかしこうやって見てみると、違いが一目でわかるもんだな……。ダニーはいっつもムスッとした顔で俺らの後ろを歩いててよ。昔から愛想のない奴だったからいまいちわからなかったんだが、ありゃ不満に思ってたんだなって、あいつが出て行っちまって初めて気がついたぜ……」
「そ、そうか。そりゃ大変だったな、アレク」
いちいちアレックスの意見を否定しても仕方がないので、慧介は適当に話を合わせることにした。
本当のところは「いやもっと早く気づけよ」と言ってやりたかったのだが。
「あぁ、だがもう大丈夫だ。二度と同じ過ちは繰り返さねぇ。そのためにこうやって六人パーティーにしたんだからな。やっぱこのほうがバランスもいいしな」
「そ、そうだな。バランスは大事かもしれないな。ハハ……」
慧介の口から乾いた笑い声が漏れる。
いや、そういう問題じゃねぇよ。
そもそもクエスト途中で堂々といちゃいちゃするのをやめればよかっただろうに。
「ま、そういうことだな。あぁ、そうだ! なんか思うことがあったら遠慮なく言ってくれ。臨時とはいえお前らもれっきとしたパーティーメンバーだからな。俺らもできる限り対処するからよ」
「そ、そうか? それは助かるな。何か気づいたら、そのときは是非言わせてもらうよ」
慧介が笑顔を引きつらせながらもなんとか答えると、アレックスはアシュリーに目を向けた。
「……しっかしアシュリーが男だって聞いたときは驚いたぜ。お前、男と女をなんか勘違いしてんじゃねぇのか?」
「じ、自分の性別を勘違いなんてしませんよ! 生まれたときからずっと僕は男です!」
頬を赤らめたシュリーが拳を振り上げてみせる。
アレックスは冗談だよと笑ってサンディの所へ戻って行った。
二人で楽しそうに話し始める。
「はぁ~……。でもほんとに仲がいい人達ですねぇ。なんだか羨ましいなぁ」
アシュリーが物寂しげにため息をつく。
「羨ましい……か? あれが?」
慧介は信じられない思いで隣のアシュリーを見た。はっきり言って趣味が悪いと思った。
「えぇ。ケイスケ君はそうは思いませんか?」
「いやぁ、悪いけど俺は全然……。それじゃアシュリーは恋人とかいないわけ?」
「いえそんな、彼氏なんていませんよ、全然……」
「――――ん? 彼氏?」
「――っ!? あっ……ちが…………す、すいません! 忘れてくださいっ!!」
「あっ――ちょっ……」
アシュリーは顔を真っ赤にさせて走って行ってしまった。
走り方は完全に女の子走りである。
慧介は呆然とそれを見送った。
アシュリーがパーティーから離れて先に行くのを見て他の四人が集まってくる。
「おい、ケイ、なんかあったのか?」
「アシュリーとけんかでもした?」
アレックスとマルセイエフが代わる代わる尋ねる。
「いや、すまん。別に大したことじゃないよ。すぐに戻ってくると思う」
慧介がそう言うも、二人はいまいち納得いかないような顔をしている。
「なんか顔真っ赤だったけど……」
サンディがぽつりと言う。
「うん。ほんとに……。――あっ! もしかしてケイ君が告白したとか!?」
メラニーがとんでもないことを言い出した。
「えーーっ! 嘘ぉっ!? ほんとぉっ!?」
サンディとメラニーは慧介のことなどおかまいなしに二人だけで盛り上がっている。
「……おいおい、まじかよ、ケイ。いくらなんでもそれはちょっと早すぎるんじゃねぇのか?」
「いや、それはわからないよ、アレク。一目惚れだったのかもしれないじゃないか。僕はなんとなく気がついていたよ。ケイがアシュリーをパーティーに入れることを強く主張したときからね」
「おぉ! そうなのか? ケイ?」
「いや違う違う! 全然そんなんじゃないっ!」
慧介が慌てて否定するも四人は勝手な妄想を膨らませるばかりでちっとも話を聞いてくれない。
慧介は頭が痛くなってきた。
(あぁ……やっぱりこのパーティーは失敗だったかな……。初日から続けていくらなんでも話がうまく運びすぎてるとは思ったんだ。ほんとにもう勘弁してくれよ……)
ゴブリンの巣に到着する前から、慧介の精神力は大きく削られる結果となってしまった。
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