4:心配性な追跡者

 朝。

 これは、慧介がフランジールという名の〈シールダー〉と出会うより少し前のこと。


 キア、ティティス、慧介が一緒に暮らしている家の中、暖炉室にあるテーブルを囲んで、三人が席に着いている。


 ティティスは慧介を送り出すに当たって、様々な注意事項をレクチャーしていた。

 端から見ると少々過保護な雰囲気もあるが、それもまだこの世界に慣れていない慧介を慮ってのことである。

 一瞬の油断、一度の判断ミスが命に関わる冒険者という職業を思えば、決して大げさなことではない。


「いいかい、ケイ? 繰り返しになるが、ダンジョンには絶対に一人で行ってはいけないよ。君はまだ初心者だし、職業クラスも一人で活動するのには向いていないからね」

「はい。わかっています」

「うん。まぁ、気の合う仲間を見つけるのはそう簡単なことではないからね。あまり焦らないでじっくり構えておくといいだろう。それと、幾つか注意しておきたいことがある。よく聞いて覚えておいて欲しい」


 そう言ってティティスは自分のギルド証を取り出した。

 冒険者ギルドが発行しているライセンスである。持ち主の魂に刻まれた情報を読み取って表示する機能がある魔導具マジック・アイテムの一種だ。


「一つはギルド証だ。これは複製や誤魔化しが非常に難しい、高度な技術で作られたマジック・アイテムだ。持ち主の魂の記憶を参照するから、誰にもバレていないような犯罪歴も自動的に記録される。つまり、それだけ信用の証になる。特に初対面の相手なら必ずギルド証を確認すること。冒険者ギルドの中にいる人間が必ずしもライセンスを持った冒険者とは限らないからね」

「はい」

「うむ。ではもう一つ。君の特別なスキルについて注意しておこう」


 ギルド証をしまったティティスは慧介の目を覗き込んだ。


「ケイの【鑑定】スキルが非常に希有なものであることは以前話した通りだ。だからこそ気をつけねばならないことが出てくる。まず、【鑑定】スキルを所持していることを、人に気取られないように注意すること。できることなら誰にも教えないほうがいい」

「誰にも……ですか?」

「そうだ。とても有用であるが故に、ときに予期せぬトラブルに巻き込まれることがある。少なくとも君がいっぱしの冒険者になるまでは隠しておいたほうが賢明だ。スキルを欲しがっている人間の中にはよくない連中もいるからね」

「はい。まぁ、使わなければ特にどうということもないとは思いますし、きっと大丈夫ですよ」

「うん。確かにそうなんだが、全く使わないのもやはりよくない。上手く使えば危険を回避できるからね。少なくとも魔物に関してはある程度鑑定したほうがいいだろう。初めて見る敵、あるいは今まで見たのより大きいとか、ちょっと様子が違うとか、気になることがあったら迷わず鑑定すべきだ。戦う前に敵の情報を入手できるというのはかなりの強みだよ」

「なるほど、わかりました。敵の情報は事前にチェックすればいいんですね」

「あぁ。それでいい。そして、もう一つ注意すべきことがある。人間やマジック・アイテムの鑑定を安易に行ってはいけないということだ。これらの鑑定はときに非常に多くの精神力を消費することがある。残念ながら君の精神力は少ない。精神力切れで昏倒した場合、周りにいる人間が助けてくれなかったら非常に危険なことになる」

「はい。わかりました」

「うむ。今言っておくべきことはそれぐらいかな。初心者向けのクエストであれば特に心配はいらないだろう。クエストの適性レベルはよく確認して、自分に合ったクエストを選ぶようにね」

「はい。それじゃ、俺、そろそろ行きますね」

「……ちょっと待って欲しい!」


 慧介が席を立とうとすると、それまでじっと話を聞いていたキアが右手をビシッと挙げて呼び止めた。


 上げかけた腰を再び下ろす慧介。


「どうしたの、キア?」


 慧介が不思議そうに尋ねる。


 キアは真剣な表情で対面に座る慧介の顔を見ていた。


「……私も、言いたいことがある」

「うん。何?」


 キアは何か考えこむように、少しの間うつむいた。その後、キアが再び顔を上げたとき、彼女は何かを決意したようなとても凜々しい表情をしていた。


「…………やっぱり、ケイが一人で行くよりも私が一人でクエストをう~~~~~~~~」


 横合いから伸びてきたティティスの手が、キアの頬をぎゅ~っと引っ張る。


「あうぅぅ~、ひゃめてティティフ~~」

「君がわからないことを言うからだろう。いい加減諦めたまえ」


 キアは涙目で抗議するが、ティティスは呆れた様子でため息をついた。


 慧介は他の仲間を募って別行動でレベル上げをし、ティティスとキアは二人でお金を稼ぐ。

 これが散々話し合った――というか、一人で無茶をしたキアを一方的に叱りつけた――末に出した結論である。それが最も効率がいいと思われたからだ。


 一度はキアも諦めたものと思っていたが、この娘の強情さには全く呆れ果てると、ティティスは半ば感心してしまう。


「これ以上その話を蒸し返すなら、そのうち君のほっぺたが取れてしまうかもしれないね。さぁ、ケイ。あまり遅くなってはいけないよ。君はもう出た方がいいだろう。こっちのことはいいから」

「え……あ、あぁ、はい。それじゃ、行ってきます」

「――あぁ、そうだ! ちょっといいかい?」

「?」


 ティティスは今まさに外に出ようとしていた慧介を呼び止めた。

 耳元に顔を近づけて、キアに聞こえないよう小声で囁きかける。


「いいかい、ケイ。この間のコボルトみたいにレベル差がある敵には絶対に挑んではいけないよ。あれは危険だ。一歩間違えれば取り返しのつかないことになる。特に、初心者だけのパーティーではリスクが高すぎるからね」

「は、はい。わかってます」

「うん。それと、このことはしばらくキアには内緒だ。危ない目にあっていたかもしれないと知られたら、また、自分が一人で行くとだだをこね出すからね」


 ティティスと慧介は互いの顔を見合わせながら苦笑した。


「はい。それじゃ」

「あぁ、気をつけて」

「あ! ケイ!」


 外に出た慧介の元にキアが駆け寄る。


「……気をつけて。絶対に無茶したらダメ」

「わかってるよ。大丈夫。じゃぁ、行ってくる!」


 慧介がそのまま上へと階段を上っていくのを少し見送った後、キアは慌てて階下に降りていった。

 ティティスが不審に思いながらもそのまま扉の前に立っていると、フード付きのローブを身に纏ったキアがすぐに戻ってきた。

 ティティスは深いため息をついた。


「……何をするつもりなんだい、キア?」

「……ケイが心配だから見に行く」

「君が心配するのもわからなくはないが、少々やり過ぎではないかね? もっと自由にさせたほうがいいし、ひいては彼のことを信用してあげるべきだと思うよ?」

「……邪魔をするつもりはない。見るだけ。ケイが悪い人に騙されるかもしれないし、もしかしたら一人でダンジョンに行っちゃうかもしれない」

「約束したんだ。大丈夫だよ。一人で行くわけがない。君みたいな無茶はしないさ」

「……ほんとに? 絶対?」


 キアは半眼でじーっとティティスを見上げている。

 キアの挑戦的な視線に根負けしたティティスはやれやれと首を振ってみせた。


「……わかったよ。少し様子を見るだけだ。絶対に手助けしたり、邪魔をしてはいけないよ。それでいいね?」

「うん!」


 弾けるような笑顔を見せる小さな仲間に、ティティスは微苦笑を浮かべた。

 暖炉室に掛けてあった自分のローブを羽織ると、キアと一緒に慧介の後を追うのだった。


◆◇◆


 冒険者ギルドの中の一角。


 ティティスとキアは隅っこの方の席に座って、こっそり慧介の様子を眺めていた。

 先だって仲間を募集する掲示を出したようだが、一向に声がかかる気配がない。

 かなり暇そうに、外へ出て行く冒険者達の背中を目線で追いかけていた。


「……ケイ……」


 キアが心配そうに呟く。


「まぁ、こうなることも多少は予想済みだよ。今、〈シールダー〉はあまり人気がないからね。しかし、〈シールダー〉を必要とする人がいないというわけでもない。きっと、そのうちなんとかなるさ」


 ティティスがそう言ってキアを慰めていると、ギルドの受付嬢がふらりと慧介の側にやって来た。あめ玉を渡して去って行く。


 それからすぐのことである。

 口中にあめ玉を転がしながら、慧介がふらふらとクエストボードの前に歩いて行くのを目撃して、キアが思わず「あっ!」と叫びそうになった。


 その気配にいち早く感づいたティティスは慌ててキアの口を封じる。

 ジタバタと暴れるキアをしっかりと抱きとめて、「バレてしまうだろう。落ち着くんだ」と小声で耳打ちする。


 すぐ側に立っていた冒険者が何事かとこちらを見ている。


 そんなことをしている間に、慧介はキョロキョロと落ち着きなく辺りを見回してから再び元の席へと戻っていった。


「……ほら、ご覧。大丈夫だっただろう? ケイはキアみたいな無茶はしないよ。彼はあれでけっこう落ち着きがあるからね」


 ティティスがホッと胸をなで下ろす。

 キアは頬を膨らませてそっぽを向き、


「ちっ」


 と、舌打ちするのではなく、小声で無念そうに呟いた。


「君も本当にあきらめが悪いな……。そもそも、単にどんなクエストがあるかを確認しに行っただけかもしれないだろう?」

「……あれは一人で行っちゃおうかなって考えてる目だった。絶対に……」

「その自信の根拠がどこから来ているのかは、敢えて聞かないでおくよ」


 その後二時間ほど、何の進展もないまま時が流れた。


 ティティスが少しうとうとしていたところ、唐突にローブを引っ張られて意識が覚醒する。


「……誰か来た」


 キアに言われて見てみると、慧介の前に全身鎧に身を包んだ大柄な人物が立っている。


「おや? あれは確か――」


〈ファムシール〉の神殿ですれ違った人物であることをすぐに思い出すティティス。あれだけ特徴的な鎧も珍しい。


 二人はしばし話し合った後、何かのクエストを受注してギルドを後にした。


 当然のごとく、ティティスとキアもその後を追っていった。


◆◇◆


「何のクエストを受けたのか、確認しておいたほうが良かったかな……。キア、何か心当たりはあるかい?」

「……」


 ティティスの問いに、キアは無言で首を振った。


 慧介達の後を追ってきた二人は、グラウス草原の緩やかな丘に生えた常緑樹の上に身を潜めていた。


 ここからだと慧介達の様子がよく見えるし、こちらの姿はわかりにくい。


 しかし、慧介達がどんなクエストを受けたのかさっぱりわからなかった。

 この近辺には魔物が少ないし、特に有用な薬草などが生えているわけでもない。はっきり言ってやることがないので、普段は誰も近づかないような場所だ。


 ティティスとキアが見守っていると、慧介達は丘の麓の辺りでたき火を始めた。


「……?」

「いったい何を始めるつもりなんだ?」


 少しして、慧介達が慌てて走り出した。

 丘を離れて平原の方へと猛スピードで駆けて行く。


「あれ!」

「――!?」


 キアが指さしたところ、灌木の茂みの中から大量の虫が飛び出してきた。


「あれは……ディアストラン! あんなところに巣があったのか!」


 慧介は懸命に走っていたが、その速度はディアストランの平均速度を若干上回る程度だった。足の速い一匹が今にも追いつきそうになっている。

 やがて、その一匹が慧介の背中目がけて決死の体当たりを仕掛けようと、後ろ足にぐっと力をこめる。


「――っ!!」

「待つんだ、キア! あれくらいなら大したことはない!」


 キアが殺気を放って小型の投げ斧に手を掛けたのを見てとって、ティティスが慌てて制止する。


 慧介に体当たりを仕掛けたディアストランは、慧介の背中に届く直前、盾の一撃によって粉砕されて吹っ飛んだ。


「【フリング・シールド】!? すごいっ! あんなマイナースキルを使っている人間初めて見たぞ! 見てみろ、キア! あの鎧、無数の盾がそこら中に貼り付けてあるんだ。考えたな! あれなら盾を放り投げても最後の一つになるまでは全く問題ない!」


 滅多に見ないマイナースキルの連発にティティスは若干興奮していた。


 ティティスが言うように、【フリング・シールド】とは〈シールダー〉にとって最も重要と言える盾を放り投げて敵を攻撃するという荒技だ。〈シールダー〉の存在意義そのものを投げ捨てるような技なので使うものはごく少ない。


 だが、今慧介とタッグを組んで戦っている人間は、『とにかく盾をたくさん持つ』という至極単純だけど馬鹿馬鹿しい方法で【フリング・シールド】の弱点を克服してしまったのである。


 思いがけず珍しいものを見たティティスは柄にもなく興奮し、その横で静かに亀甲鎧の活躍を見ていたキアは、


「……できる」


 と、感心したように頷いていた。


 それから程なく。

 ディアストランの群れを退治して、地面に落ちていた盾を回収した直後のことである。

 全身鎧がティティスとキアの潜む木をじっと見つめていた。


「――おっと、少しはしゃぎすぎたかな」

「……斧を投げようとした時に、もう勘づかれていたかもしれない」

「なるほど。一瞬とはいえ殺気を放ってしまったからね。そんな素振りは見せていなかったが、そうかもしれないな」


 しかし、全身鎧は特に何をするでもなく、ケイと会話を交わして再び灌木の茂みへと戻って行く。


 その後も同じ作業を二回繰り返す様子を、二人は木の上から静かに見守っていた。

 特に危険が感じられるようなこともない。


 やがて全てを終えて帰って行く慧介達。


 その姿が小さくなってから、二人は木の上から舞い降りた。


「低レベルの雑魚魔物とはいえ、あれだけの数を倒せば敬虔値の入りも悪くはない。あれはかなり効率が良さそうだ。初日からこんなクエストを引き当てるなんて、ケイはかなりの強運だね」

「……うん」


 二人がいた木の上からでも、慧介がレベルアップするところはよく見えていた。


「さて、それでは私達も帰ろうか。ケイ達もこのまま帰還するつもりのようだしね」

「……うん」


◆◇◆


 そのまま帰っても良かったのだが、どうせついでだからとティティス達は慧介の様子を最後まで見守ることにした。


 しかし、特に何が起こるでもなく、淡々と事後処理を済ませていく。

 報酬の配分で揉めるなんてこともない。


 ホーソーン島のギルド支部から亀甲鎧が出てきた。


 ギルド支部の外からこっそり慧介の様子を見ていたティティスとキアの横でピタリと静止して、


「心配性なことだな。だが、あまり甘やかし過ぎぬことだ。その優しさが裏目に出ることもあるだろう。余計な世話かもしれんが、一言忠告しておこう」


 そう言い残して去って行った。


 路地の向こうに去って行く後ろ姿を見送って、ティティスがポツリとつぶやく。


「……やはり勘づかれていたか」

「……うん。ただ者じゃない」


 まじめくさってそう言うキアに、ティティスは思わず噴き出してしまった。


「ハハハ。確かにあれはただ者じゃない。あんな無茶苦茶な人間、滅多に見ることはないからね。【フリング・シールド】だけで魔物と戦うなんて驚嘆に値するよ」

「……真面目に話してる」


 責めるようにこちらを見上げるキアに、ティティスはちょっと困ったように笑う。


「わかっているよ。何にせよ、無事にクエストが終了して良かった。怪我どころかまともにもらった攻撃もほとんどない。にも関わらず、大量の敬虔値を短時間で入手できた。実に幸先がいい。――おっと、ケイが出てくるようだ」


 ティティスとキアに気づくことなく、慧介は路地をのんびりと歩いて行く。

 その姿が街角に消えるのを待って、二人は目深に被っていたフードを取り払った。


「さて! それじゃぁ我々も帰るとしようか。先に帰って、ケイが帰ってきたときに出迎えてあげよう。明日からは二、三日家を空けることになるだろうしね」

「うん!」


 午後の陽光が燦々と降り注ぐホーソーン島の通りの上を、二人は散歩でもするかのように、我が家目指して歩いて行った。


 やがて日が暮れかけた頃、お土産を持って帰ってきた慧介を笑顔で出迎える。


 慧介がその日に起きた出来事を楽しそうに報告するのを、二人は何も知らないような顔で相づちを打ちながら聞いていた。


 そして明くる日、キアとティティスは当初の予定通り、グラウス草原の先に広がる広大なゴーム大森林に点在する遺跡の一つを目指して旅立っていくことになるのである。

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