3:”乱投”のフランジール 2/2

 慧介とフランジールは先ほどと同じ作業を二回繰り返し、合計で一○二匹のディアストランを狩った。討伐の記録はギルド証を見ればわかる。


 ちなみに内訳としては、慧介が三十五匹でフランジールが六十七匹だった。


 倍近い差をつけられたわけだが、慧介本人は、意外とたくさん倒せたと心中で自画自賛していた。少なくともこれだけたくさんの魔物を倒したことなど今までにない。


 おまけに、レベルが一つ上がって5になった。


 フランジールとの共闘において慧介はちゃんと戦闘に貢献できていた。

 全体の三分の一近くを慧介が仕留めていることからもそれは明らかだ。

 いてもいなくても一緒で、ほとんど戦闘に貢献できていなかった今までとは明らかに違う。


(そうか。動きがわかりやすいから俺でも攻撃が当てやすいんだな。一度跳んだら軌道を変えられないし……。グラスウルフは素早かったからなぁ……バックステップで散々攻撃をすかされてた)


 過去の戦闘と現状を比較して考察すると、与しやすい敵とそうでない敵とがいることに改めて気がつく。


(う~~ん、自分でいろいろと考えなきゃな……)


 ぼんやりとこれからの展望に思いを馳せていると、後ろからフランジールがやって来た。


『とりあえずはこれで終いだな。さすがに数が多いと戦利品もかさばる』


 そう言ってフランジールが持ち上げて見せた袋には、ディアストランの硬殻や触覚などのドロップ品がぎっしり詰まっていた。同じ物を慧介も持っている。


 慧介はダンジョンの中に広がる偽りの空を見上げた。

 太陽はいまだ空の高いところで煌々と輝いている。


「もう終わりですか? まだ夕方にもなってないですけど」

『そうは言ってもこれ以上は奴らを相手にすることもできん。スクロールも香草も使い果たしてしまったからな。それでもどうしても続けるというのなら、夜まで待たねばならんぞ』

「う……確かに。それはちょっと面倒ですね」

『うむ。ギルドに行って報告を済ませよう。その際、亀裂の巣穴を報告すれば情報料も手に入る』

「はい。わかりました」


 慧介達はダンジョンを出るために歩き出した。


 途中、リザード・ホースの牧場を通り過ぎ、そのままグラウス草原から灰色迷宮へと移動する。


 灰色迷宮とはその名の通り、灰色の石壁がずっと続く迷宮である。高さも幅も八メートルはある通路がずっと続いている。かつて地上にあった城壁が、ダンジョンという名の大穴に飲み込まれて歪な変貌を遂げたなれの果てである。


 灰色迷宮はそれなりの広さを持っているが、グラウス草原に繋がる出入り口と地上へ繋がる出入り口はかなり近い距離にある。そしてこの灰色迷宮にはめぼしい宝物や敬虔値稼ぎに良い魔物がほとんどいない。よってほとんどの冒険者がただ最短距離を通り過ぎていくだけのフィールドとなっている。


 慧介とフランジールも多分に漏れず、灰色迷宮を最短ルートで進み、あっという間にダンジョンから脱出した。


 赤茶けた土が剥き出しの荒野を歩き、上空にある冒険者ギルド所有の巨大浮遊船フロート・シップエンデバー号へと魔導昇降機リフトで上昇していく。


 エンデバー号は浮遊都市ゼメシス=グラウスよりも低空に浮かんでいる。

 その大きさは郊外にある大型ショッピングモールに匹敵するほどで、あるいは空飛ぶ豪華客船とも言える。


 慧介とフランジールはエンデバー号の中の素材売却カウンターに並んでいた。


 魔物からとれた素材を浮遊都市まで持って行くのはいろいろと面倒があるので、ダンジョンから出てすぐのエンデバー号で大規模な素材の回収が行われているのである。その後、素材が必要とされるところに向かって、また各所へ輸送されていくのだ。


 ディアストランが落とした素材はたいして価値のあるものではなかったが、まとまった数が手に入ったためにそれなりの金額になった。


 クエストの報告は受けたギルド支部で済ませねばならないので、そのまま渡し船を利用してホーソーン島へと帰還する。


『そう言えば、ケイ。貴公、あの亀裂を使うつもりはあるか?』


 ホーソーン島の路地をギルドに向かって歩いていたら、フランジールが唐突に尋ねてきた。


「亀裂を使う……ですか?」

『あぁ。あそこは貴公の修行には打って付けであろう。貴公があの場所で修練を積むつもりなら、情報を売るのは控えてもいい。売ればギルドがすぐに潰してしまうからな』

「なるほど。修行ですか……」


 慧介は腕を組んでしかつめらしい顔をして考え込み始めた。

 確かにあそこはレベル上げにはもってこいの場所だ。

 自分でも比較的簡単に倒せるレベルの敵が大量に沸いてくる。

 一匹一匹の敬虔値は少ないが、数でそれをカバーできてしまう。

 しかし……。


『私はもうあそこには用もないのでな。やはり奴らの動きは単調過ぎて、的としては物足りぬ。どこかで別の相手を探すつもりだ。恐らく一両日中には他の誰かがあの亀裂の存在に気がつくであろうが、それまでは一人で使うことができよう』

「う~~ん、大変ありがたい申し出なんですけど――」


 慧介はこれを断った。

 理由は単純。

 一人で行くわけにはいかないからだ。


 口ぶりから言ってもフランジールはもうあそこに行くつもりはないのだろう。頼めばついてきてくれるかもしれないが、それは相手に申し訳ない。現に「もう飽きた」とたった今言っていたわけだし。


 かと言って、誰か適当な仲間をすぐに見つける自信もないし、キアやティティスにお守りを頼むのも気が引ける。


 それに、他の誰かが亀裂を発見して報告してしまえば、フランジールに入るはずだった情報料が消えてなくなってしまう。


 慧介がそれを引き合いに出して遠慮すると、


「あの程度、たいして価値のある情報でもない。貴公は律儀な男だな」


 フランジールはそう言って愉快そうに笑うのだった。


 その後、ギルドに到着した二人はクエストの報告を済ませて報酬を受け取った。


 フランジールは亀裂に関して職員に詳しい話を求められたため、慧介はギルド内の酒場に一人で座っていた。


 まだ夕方にもならない時間ということもあり、人の姿も疎らである。

 冷たい飲み物で喉を潤しながら、フランジールの姿をぼけっと見ている。


 と、慧介の顔の前に、すっと拳が差し出される。

 一瞬驚いてそちらを見ると、午前中に見たギルドの受付嬢が横に立っていた。


「……飴、あげる」

「あ……どうも」


 開かれた手のひらの中にあったあめ玉を受け取ると、受付嬢は慧介の顔をじっと見て微笑んだ。


「クエスト、うまくいって良かったね。これから頑張ってね、新人君」

「え――? は、はい! ありがとうございます……」

「ん」


 受付嬢はそのままカウンターの向こうへと去って行った。


 慧介はなんとも言えない気分でぽりぽりと頭をかいた


(もしかして……俺、心配されてたんだろうか……)


 午前中、しょぼくれた顔で、なかなか来てくれない仲間をずっと待ち続けていた慧介である。

 パーティーを組んでギルドを出て行く冒険者の背中を、それはもう羨ましそうに見送っていた。


 ちらと見れば、あの受付嬢はクールな眼差しで淡々と業務をこなしている。


(嬉しいような、恥ずかしいような……)


 人の優しさに触れたことは素直に嬉しいが、初日から見知らぬ女性に心配されていたのだとしたらちょっと悲しい。


『待たせたな、ケイ』


 悶々と考え事をしていると、いつの間にかフランジールが戻ってきていた。


「あ。フランさん。どうでした?」

『巣穴の情報のことなら、確認でき次第報酬が入る。恐らく明日のうちには全て片付いているだろう』

「あ、そっか。確認いりますよね。じゃ、今日はこれで終了ですね。あぁ、そうそう――」


 ここで慧介はスクロールや香草などの必要経費の折半を申し出たのだが、フランジールには大したことはないと断られてしまった。


『うむ。今日は世話になった。なかなか有意義な一日であったよ。機会があったらまた会おう』

「いえ、こちらこそ。今日はありがとうございました。いろいろ勉強になりました。」


 慧介は丁寧に礼を述べて、ギルドを出て行くフランジールを見送った。


(さてと、それじゃどうしよっかな……)


 時間がひどく中途半端だった。まだ午後三時を回ったばかりである。


(って言っても今からダンジョン行くのも無理だよな。すぐ日が暮れちまうし、仲間もいないし……)


 慧介はグラスの飲み物を飲み干して立ち上がった。


「ちょっと市場のほうをのぞいてみるか」


 初めてキアとティティスに頼ることなく手に入れた報酬で、何かおいしいものでも買って帰ろうかと考えた。

 何しろ二人の家に転がりこんでからなし崩しに厄介になっている身である。

 無論、一応自分なりの役割も果たしているし、一方的に世話になっているというわけではない。

 だが、感謝の気持ちをこめてささやかなお礼をするのも別に悪くはないだろう。

 そう考えた慧介は、ホーソーン島の生鮮市場へ向かってぶらぶらと歩いていった。

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