3:”乱投”のフランジール 1/2

 大量の煙が地下に広がる亀裂に吸い込まれて行くに従って、亀裂の壁に張り付いていた虫型魔物、ディアストランに変化が現れた。

 それまでじっと動かずにいたものが、細い足を動かしてガサガサとざわつき始めたのだ。

 そして、ディアストランの群れは煙から逃れるように、奥へ逃げることなく、勢いよく亀裂の外へ向かって一斉に行進してきた。


「うぇっ!?」


 体長一メートル近くある巨大昆虫が地上にわらわら向かってくる様に、慧介は思わず悲鳴を上げた。やはり気持ち悪いものは気持ち悪い。


 その様子を確認したフランジールが叫ぶ。


『ケイ! もう良いぞ! 早く向こうへ!』

「は、はい!」


 事前の打ち合わせ通り、慧介とフランジールは亀裂から離れて後退していく。


 そんな二人を、ディアストランの群れが凄まじい勢いで追撃してきた。


「うぉぉぉぉっ! めっちゃ怒ってる!?」

『当然だ。安眠を妨害されたばかりだからな。それに、彼奴きゃつらは魔物。人間を見れば自然と襲いかかってくるものよ』


 フランジールはその大きな体躯に見合わず足が速かった。

 レベル差なのか何なのかわからないが、慧介よりも圧倒的に速い。一瞬で距離が開いてしまう。


「わわわわわっ!? これやばいかもっ!?」


 ピョンピョンと跳びはねるディアストランは慧介のすぐ後ろまで迫っていた。


 本来はある程度逃亡した上で敵の隊列を伸ばし、やって来るものから片っ端にやっつけるという作戦だった。だが、ディアストランの移動速度が思ったよりも速く、慧介の足ではほとんど距離を離すことができそうにない。


 そんな中、一匹のディアストランが慧介の真後ろに迫っていた。


 群れの中でも一番太い後ろ足を誇るそのディアストランは、バネを利かせた足に渾身の力をこめて、慧介の背中目がけて超低空ジャンプからの体当たりを狙う。


『むっ!? いかんっ! ケイ、伏せるのだっ!』


 慧介がついてこられないことを悟ってペースを落としていたフランジール。

 体当たりを狙うディアストランを見て鋭く警告の声を発する。


「だぁぁぁぁっ!?」


 慧介は野球のヘッドスライディングよろしく前方に向かって飛び込んだ。


 しかし、それだけではディアストランの体当たりの射程から逃れることはできない。翅を持たないディアストランは空中では姿勢を制御できないため、本来慧介は斜めに飛ぶべきであった。そうすればディアストランは慧介の少し横を行き過ぎていっただろう。


 逃げるのに必死だったために思考停止してしまったが故の失敗である。やはり冒険者になってまだ数日の慧介には、そういう心構え、経験が圧倒的に不足している。


 だが、ディアストランが慧介の背中を捕らえようと足を伸ばしたその時、フランジールが裂帛の気合いと共に、己が鎧の亀甲の一つを引きはがした。

 手の中に収まるのは白銀に輝く六角形の金属板。


 ――すなわち、盾である。


『【フリング・シーーーーーーーールド】!!』


 ごうっと唸りをあげた白銀の盾が飛来する。


「――――んなっ!?」


 慧介の頭上すれすれを通過した盾は凄まじい勢いをもって、慧介の背中を今まさに捉えようとしていたディアストランを直撃する。バキバキと外骨格をたたき割る音を響かせながら半ばまで食い込み、ディアストランを彼方へ向けて吹っ飛ばした。地に落ちたディアストランは光の柱を立ち上らせて消失する。


(なんだぁっ!? 鎧のパーツ、いや、盾を投げ飛ばしたのかっ!?)


 一瞬遅れて慧介が地面を滑り、ゴロゴロと転がりながら起き上がる。


『ケイっ! ここで迎え撃つぞ! 貴公は【ソリッド・スタンス】を使うのだ!』

「はっ、はいっ!」


 慌てて振り向いた慧介は指示通りに【ソリッド・スタンス】を発動。

 身体の奥底から力が溢れてきて自らを包み込む。全身が鋼になったような感覚が慧介の精神を落ち着かせる。


 最初の一匹に遅れて、他のディアストランが続々やって来る。合計三十匹はいそうだ。


「よぉし! やってやる!!」


 慧介は魔剣グアダーナを引き抜きながら、そのまま居合い切りの要領で先頭の敵目がけて風の刃をたたき込む。


 ティティスの教えの通り、今回はしっかりと狙いを定めて、刃を小さく絞っている。威力の底上げに関しては敢えてやらずにおく。こんなところで精神力切れを起こして気絶でもしようものならフランジールに大きな迷惑をかけてしまうし、最悪死んでしまうかもしれない。


 慧介が放った風の刃は狙い違わずディアストランの真っ直ぐに伸びた後ろ足を、他の四本の足と共に切断した。


『ほう! 魔剣か! 狙いもいい。やるではないか、ケイ!』

「ありがとう! ございます!」


 慧介は笑って答えながらも立て続けに剣を振るう。


 生み出された風の刃が次々と迫り来るディアストランの足を狙い撃ちにしていく。

 足を失ったディアストランは身動き取れずに地面の上をのたうち回っている。

 これは後でとどめを刺せばいい。


『ふっ……。これは負けてはおられぬな! ゆくぞ、虫けら共! 【フリング・シールド】!!』


 フランジールは鎧から亀甲盾を次々と剥がしては敵に向けて投げつけていく。

 狙い違わず敵の中心を捉えた盾は一撃でディアストランを粉砕する。


(おいおい……すごいなこの人!? 盾ぶん投げまくってんじゃねぇか!? これでほんとに〈シールダー〉なのか? 変わった鎧だなとは思ってたけど、まさかあれ全部が盾だったとは……)


 慧介は半ば呆れ、半ば感心しながら傍らのフランジールを横目で見ていた。


 その間にも、数が多いために捌ききれなかった連中が慧介とフランジールの体に群がってくる。だが、二人ともその攻撃を寄せ付けない。


【シールド・バッシュ】や、スキルを使用しない盾の一撃を併用しつつ、取りついた敵をたたき落としてはとどめを刺していく。


 最も注意すべきは低空から跳躍してくる体当たり攻撃だった。

 こればっかりは威力が高いため、慧介は盾で受け止めなければまずい。顔や急所にまともに喰らえば相応のダメージを負うだろう。【ソリッド・スタンス】発動中の今でさえ、受けた盾がビリビリと震える。


 だが、フランジールにはこの体当たり攻撃さえ欠片も通用しないらしい。頭に当たろうが後ろから当たろうが全く微動だにしない。


『【フリング・シールド】!!』


 ひたすら盾をぶん投げまくっている。


 そんな頼もしい味方を見ながら、慧介はフランジールの自己紹介を思い出していた。


 ――〈シールダー〉のレベルは11――

 ――最近転職したばかりで――


 フランジールはそう言っていた。


(これ前職のレベルが相当高いんじゃないの? 実はこの人メチャクチャ強いだろ……)


 この世界において、冒険者のレベルはその職毎に設定される。複数の職を経験していればその職それぞれにレベルがあるのだが、過去に経験した職業でもらったステータス上昇補正は新しい職に転職しても一部が有効である。


 故に、フランジールは純粋なレベル11〈シールダー〉とは訳が違う。


 慧介のレベルが今、仮に11だったとしても、フランジールとの間には大きな壁があることになる。


(残念ながら、これじゃパーティー組むには不向きみたいだな……)


 そもそも慧介が元のパーティーを一時的に離れようと思ったのはパーティーメンバーであるキアとティティスとのレベル差が大きすぎたせいだ。


 実力差が大きい人とパーティーを組んだ場合、レベルが低い人間は戦闘での貢献度が低くなってしまうため、敬虔値がほとんど入らずレベルが上がりづらいのである。


 魔物を倒すに際してどれだけ貢献できたかで獲得できる敬虔値が変わるというシステムになっているからだ。


 つまり、フランジールが強ければ強いほど慧介に入る敬虔値も少なくなってしまい、本来標榜している短期間での効率的レベル上げという目的から遠ざかる結果になってしまうのだ。


(う~~ん、残念だな。先輩〈シールダー〉だし、かなり面白そうな人なんだけど……)


 ディアストランの数はだいぶ減っていた。


 フランジールが言った通り、動きは至極単調で、慧介にもいろんなことを考えながら戦う程度の余裕があった。


 特に何らの問題もなく、ディアストランの一群を殲滅する。


『……ふむ。終わったか。見事な戦いぶりであったぞ、ケイ』

「いえ、俺なんてまだまだです。フランさんこそ、すごく強くて驚きましたよ」

『なに、私とて修行中の身。いかほどのものでもない。……それはそれとして、一つ頼みがあるのだが、頼まれてくれるか?』

「え? えぇ、俺にできることなら……」

『うむ。すまぬが、落ちている盾を拾うのを手伝ってはくれまいか? なにしろ数が多くてな』

「え……、あぁ~……。はい、わかりました。お手伝いします」


 慧介は苦笑しつつも改めて周囲を見渡してみた。

 丈の短い草が斑に生えた草原の上に、点々と白銀に輝く盾が落ちている。


(……なんかすごいシュールな光景だな、これ)


 フランジールは拾った盾を一つ一つ鎧に装着していく。


 二人で協力した結果、程なく盾の回収を終えた。

 最後の盾を渡し終えた慧介は、ついでに自分の装備の状態を確認しておいた。


(うん……。どれも問題なさそうだな)


 フランジールに声をかけようとすると、フランジールは少し離れた丘の上に生えた一本の樹をじっと見上げていた。


「あの……フランさん? どうかしましたか?」

『――ん? あぁ、いや。なんでもない』


 不思議に思った慧介が尋ねるも、フランジールは適当に首を振るだけだった。

 気を取り直して今後の予定を訊く。


「えっと、それじゃどうしましょうか? 虫はまだいっぱいいたと思いますけど……」

『うむ。実はスクロールはまだ持って来ていてな……』


 そう言ってフランジールは先ほどのと同じようなスクロールを二つ取り出した。


『香草もまだある故、あと二回は同じ事ができるだろう。貴公の体力と精神力次第だが、どうする?』

「それなら大丈夫です。行けますよ」


 慧介は笑みを浮かべて拳を打ち合わせた。


『……ふ。では、第二ラウンドと参ろうか?』

「はい!」

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