2:〈シールダー〉×〈シールダー〉 = ?

 慧介はフランジールという冒険者とダンジョンに潜入していた。


 フランジールは亀甲模様のついた特徴的な全身鎧を着込んでいる。

 職業クラスは慧介と同じ〈シールダー〉で、レベルは11である。


 他に仲間が見つかりそうになかったし、初めて声をかけてくれた人でもあったのでこうしてパーティーを組んだものの、慧介の胸中は不安でいっぱいだった。


(う~ん、〈シールダー〉二人で無事にクエストを達成できるんだろうか……。フランさん、よりによって討伐クエストを受けちゃうし……)


 冒険者ギルドでパーティー結成後、二人でどんなクエストを受けるか話し合った。

 慧介はそもそもクエスト自体を受けたことがなかったため、正直に話してアドバイスを求めたところ、フランジールが薦めてきたのが現在受注している討伐系のクエストだった。


 クエスト内容は『草原に大量発生しているディアストランを討伐せよ』というものである。


 ディアストランは昆虫型の魔物で見た目は巨大なカマドウマといった感じである。その体長はおよそ八十~百センチ程度。強靱な後ろ足で飛び跳ねて体当たりをしてくる。

 雑食性で草だろうと肉だろうとなんでも食べるのだが、その中でも家畜の血肉をすするというところが厄介なポイントだ。


 実は、グラウス草原には冒険者ギルドが管理している牧場があり、そこにいる騎乗蜥蜴リザードホースが、最近、夜な夜なこのディアストランの被害に遭っているのだという。

 リザードホースはそこそこ頑強だし、食い殺されるなどということはない。だが、牧場の中では自慢の脚力を十全に発揮することもできず、一方的に血を吸われ続けているらしい。

 現状は大した被害ではないが、このまま放置すれば徐々に弱って衰弱死してしまうなんてこともありうるとのことだった。


 そういうわけでギルドから討伐の依頼が出たのである。


 慧介はフランジールと肩を並べてグラウス草原を歩いていく。


 すると、ほどなく件の牧場へとたどり着いた。


「へぇ~。こんな近くに牧場なんてあったんだなぁ。あ、あれがリザードホース? 別に馬っぽさはないんだ……」


 初めて見る牧場と生物をキョロキョロと見回す慧介。


 リザードホースは後ろ足で二足歩行する大きな蜥蜴である。顔の周りには襟巻きのような飾りがあり、そこから触手のような、あるいは髭のような突起が左右に二本突き出ている。


 全体的なフォルムは馬よりもダチョウ、もっと言うなら恐竜のオルニトミムスに似ている。


 リザードホースという名前は単に騎乗に適している蜥蜴だからそう呼ばれているに過ぎないとフランジールが説明してくれた。


「特に虫っぽいのは見当たりませんね。えっとディア……ディア……なんでしたっけ?」


『ディアストランだ。見ればすぐにわかるが、ここにはいないだろう。奴らは夜行性で、昼間は狭く暗いところに隠れている』

「えっ! そうなんですか? それじゃもしかして、これって夜に受けるクエストだったんですか?」

『いいや、ディアストランを討伐さえできればそれで問題ない。夜ならば待っているだけで奴らがやって来るが、昼なら昼で奴らの巣穴を叩けばいいというだけのこと』

「なるほど。それじゃ、今からその巣穴を探せばいいんですね?」

『その必要はない。私は最近このクエストを二回ほど受けていてな。既に見つけてあるのだ』

「えっ!? ほんとですか!? それじゃ、後はそこに行ってやっつけるだけ!?」

『左様。まぁ、騙されたと思ってついて来るがいい』


 慧介は言われるがままにフランジールの後を追う。


「……でも、巣穴のことなんてギルドにも出ていない情報ですよね。俺が教えてもらっちゃってもいいんですか?」


 冒険者にとって情報はとても重要なものだ。ダンジョンの中で入手した情報はギルドに高額で売ることもできる。おいそれと他人に教えるものではない。


 しかしフランジールは気安げに答える。


『別に構わぬよ。もうそろそろこのクエストも終わりにしようかと思っていたところだ。奴らの相手をするのも少々飽きてきたのでな。どうも動きが単調で面白くない』

「はぁ……そうなんですか……」


 その後、しばらく歩いて行くと、フランジールは緩やかな丘の麓をぐるりと回り込んでいった。

 向こう側までたどり着くと、そこには灌木の茂みがずっと向こうまで細く伸びていた。


『ここだ。実はそこの茂みの下に亀裂があるのだ。恐らく数日前の地震の折にできたのだろう。中はどこぞの洞窟と繋がっておるらしい。落ちないよう、足元には十分気をつけられよ』


 フランジールが言った通り、茂みに隠れてわかりにくいが、そこには確かに亀裂があった。

 奥まで光が届かないためによくわからないが、けっこう深い。落ちたら大変なことになりそうだ。


 慧介は盾で日の光を反射させながら、そっと亀裂を覗き込んでみた。

 映し出された光景に短く悲鳴を上げる。

 亀裂の側壁に、巨大な昆虫がびっしりと張り付いているのだ。


「うぇっ! 気色悪っ!」


 とは言いつつも適当に選んだ数体に軽く【鑑定】スキルを発動する。

 平均的なレベルを確かめるためだ。


 これもティティスに言われていた。なるべく敵のレベルを確かめて、自分よりレベルが高い場合は決して挑むな、と。


 実際問題、以前戦ったレベル8のコボルトみたいに危険な相手と与するのは避けたい。今ここには、絶対に自分を助けてくれるだろうと信じられる頼もしい二人、キアもティティスもいないのだから。


 調べた結果ディアストランの平均レベルはせいぜい2だった。これなら問題はないだろうと判断する。


『うん? 虫は苦手だったかね? それなら悪いことをしてしまったかな』


 地面に置いた鞄をごそごそと探っていたフランジールがさして悪びれた様子もなく言ってくる。


「あぁ、いや。いっぱいいたからちょっと……。そんな苦手ってことはないですよ」

『そうか。ならば良い』

「あの、何をしてるんですか?」

『討伐の準備だ。さっきも言ったが、奴らは昼間はここを出てこない。で、あれば、強制的に追い出す必要がある』

「追い出す? どうやってですか?」

『これだ』


 振り向いたフランジールが手に持っていたのは、一枚の薄っぺらい巻紙と、小さな枕ほどの大きさがある麻袋だった。


「なんですか? それ?」

『うむ。一つずつ説明しようか。まずこちらの巻物、これはスクロールだ。スクロールは知っているな?』

「あ、はい。一応」


 スクロール――正式にはマジック・スクロール――とは、その名の通り、魔法の力を封じ込めた巻物のことである。


 例えば小さな火の玉を飛ばす【ファイア・ボルト】とか、傷を癒やす【ヒール】とか、本来なら魔法使いや神官でなければ使えない魔法を、一回限りではあるが、誰でも使えるようにした魔導具マジック・アイテムの一種だ。


 ごくわずかな魔力さえあればスクロールを起動して魔法を使うことができる。

 このとき、魔法の威力はスクロールの質によってのみ決まり、使用者の魔力は一切影響しない。

 あらゆる魔法を使いこなすような大魔法使いだろうと、欠片も魔法を使えない子供だろうと、同じスクロールを使えば同じ結果が起こるのである。


 フランジールはスクロールを広げて見せた。


『このスクロールには【送風】の魔法がこめられている。一定時間、風を起こすだけの至極単純な魔法だ』

「風を起こす? 虫を落っことしちゃうんですか?」

『いや、それでは意味がない。落としたところで恐らく奴らは死なんだろう。それに、この風には奴らを壁から引きはがすほどの力はない』

「それじゃ、何のために……?」

『これ一つではさして役に立たぬ。もう一つ、これを使う』


 フランジールは麻の袋を開いて中を見せる。

 中に入っていたのは草だった。干し草のような、乾燥させた草が大量に入っている。ハーブのような、独特の匂いがする。


「……風と草……?」

『あぁ、いやすまぬ。正確にはもう一つ、たき火をせねばならん。三つ揃って初めて意味を成す』

「風と草とたき火? あ! それじゃぁ――」

『うむ。勘づいたか。そうだ。この香草を燃やした煙で奴らを燻してやるのだ。この草には虫が大変嫌がる成分が含まれているのでな』

「へぇ~」

『つまり、これをたき火にくべて燃やしてやると、煙と草の成分とで虫どもが大変に嫌がる』

「なるほど……。それで、その煙を風で?」

『左様。何もしなければたき火の煙は上に上っていくばかり。穴は地下に広がっている故、煙を下にやらねばならん。そのために、【送風】のスクロールを使う』

「なるほど!」


 慧介はフランジールの準備の良さに感心していた。

 全身鎧に身を包んだ姿は中世のいかつい騎士みたいだが、中身は意外と理知的な人なのかもしれない。


『さて、それではケイよ。たき火をするための木切れを集めるのを手伝ってくれるか?』

「あ、はい! 了解です!」


 慧介達は付近の灌木の下に溜まっていた枝や枯れ草などを集めてたき火をする準備を始めた。


 その後、虫が出てきた後の二人の動きを確認して、薪に火をつける。


 火は次第に勢いを増し、もくもくと太い煙を上げ始めた。


『準備は良いか?』

「はい! いつでもどうぞ!」

『うむ。では始めるぞ、ケイ!』


 フランジールは合図と共に、火の中に香草を放り込んだ。


 同時に、慧介も【送風】のスクロールを捧げ持つようにして、煙を下に追いやるように発動させる。


 虫が嫌がる成分が含まれた大量の煙が、亀裂に吸い込まれるように流れていった。

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