第四章:駆け出し冒険者の奮闘
1:求む、新たなる仲間
幾つもの空に浮く島からなる浮遊都市にして群島都市、ゼメシス=グラウス。
数ある島の中でもダンジョンに最も近い場所にある小島、ホーソーン島。
その冒険者ギルドに、今、一人の若者が緊張した様子で入って行った。
赤司慧介。
つい数日前にこの都市にやって来たばかりの新米冒険者である。
ギルドに入った慧介は周囲を見回した。
中は多くの冒険者で賑わっている。そのほとんどが慧介と同じような駆け出しである。
ここ、ホーソーン島は駆け出しの冒険者が多く住む街なのだ。
(仲間、見つかるといいんだけどな……。うぅ、なんか緊張してきた……)
慧介は今日から新たな仲間を募ってダンジョンに潜るつもりだった。
故あって、ここ数日組んでいたパーティーを一時的に離れることになったからだ。
(とりあえず、仲間募集の掲示板を見てみるか)
掲示板をチェックする慧介。
一通り目を通してみたが、これだと思うようなものはない。
というか、自分が応募できそうなものが全然見当たらない。
〈シールダー〉というマイナー職のせいである。
〈シールダー〉は防御偏重で攻撃力に乏しい。
固定パーティーであれば採用しているところもあるが、短期契約のパーティーではあまり必要とされることがない。
特にまずいのが防御もそこそこいけて攻撃力は〈シールダー〉より高いという〈ナイト〉の存在だ。どちらを選ぶかと問われれば、やはりほとんどの冒険者が〈ナイト〉を選ぶだろう。
案の定、掲示板で求められているのは、〈ファイター〉、〈ナイト〉、〈クレリック〉、〈メイジ〉のような人気のある
(参ったな。どうしよ……)
ついさっき、玄関まで自分を見送ってくれたキアとティティスに、二人がついていなくても大丈夫だと言ってきたばかりである。
まさか、このまま何もできずに家に戻って、仲間を見つけられませんでしたと報告するわけにもいかない。
それは余りにも情けなさ過ぎる。
(自分で募集するしかない……か)
掲示板に自分に合う募集がない以上、自分が募集する側に立つしかない。
一人でダンジョンに行くのは絶対にダメだと固く言いつけられている。
自分自身、そんなことをするほど無鉄砲な人間じゃない。
こうして慧介は仲間を募集する掲示を出すことにした。
所定の用紙に見本を参考にしながら書き記す。
必要なのは主に攻撃役である。
自分には攻撃力が不足している。
攻撃力のあるクラスはいろいろあるけれど、相性がいいのは多分〈メイジ〉だ。
自分で自分の身を守れる〈ファイター〉と違って、〈メイジ〉は防御力が全くない。基本的に敵に接近されてしまうとアウトである。
敵の注意を引きつけたり、魔法詠唱中の〈メイジ〉を守ったり、〈シールダー〉にも一定の役割があるだろう。
ただ、贅沢を言えるような立場ではないため、「クラスは何でも可」としておいた。
〈シールダー〉の募集ゼロという現実を目の当たりにした直後のことである。
弱気になるのも仕方がないことだろう。
攻撃役の他にも、できれば回復魔法が使えるクラスの人がいるとありがたい。
怪我の治療はポーションでもできるが、ポーションはけっこう値が張る代物である。
初心者が挑む簡単なクエストは実入りも少ないため、あまりポーションを使うと採算が合わなくなってしまう。
その点、魔法で回復ができるなら金が一切かからない。
故に回復魔法を使える神官系のクラスはとても人気が高い。募集してもなかなか見つからないというのが現状である。
ちょうど今も、仲間募集掲示板の前に立ったばかりの〈プリースト〉に、早速、複数の冒険者パーティーが声をかけている。
「うらやましいなぁ……」
慧介はその様子を椅子に座ってぼんやりと眺めていた。
と、そんな慧介の顔の横に、すっと拳が差し出される。
突然のことに驚いてそちらを見ると、ギルドの職員が無表情なままに慧介を見ていた。
「……飴、食べる?」
見れば差し出された手のひらの上に、水玉模様の紙でラッピングされたあめ玉が乗っかっている。
「は、はぁ……どうも……?」
あっけにとられた慧介がなんとはなしに飴を受け取ると、ギルド職員は「ん」と短く声を発して自分の業務に戻っていく。カウンター向こうの席に着く。どうやら受付嬢らしい。
(なんか、変わった人だな……)
慧介は包みを開いてあめ玉を口の中に放り込んだ。
コロコロと転がすとほどよい酸味と甘味が広がっていく。
(う~~ん、最悪、一人で超簡単そうなクエストを受けるしかないかもしれないなぁ……)
何もできずに帰るのは嫌だと考えた慧介はふらふらとクエストを張り出してある掲示板へと歩いて行く。
何か自分一人でもできそうなクエストはないものか。
漠然とクエストボードを眺めていると、突然背筋に悪寒が走った。
(――!?)
慌てて周囲を確認する。
だが、大勢の冒険者がわいわいがやがやとそれぞれの用事に夢中になっているだけで、慧介のほうを見ている者など見当たらない。
(なんか見られてたような気がしたけど……気のせいか。緊張しすぎなんかなー。やれやれだぜ……)
慧介はキアとティティスの二人と交わした約束を思い起こして、クエストボードの前を去った。
(暇だ…………)
あれから二時間ほど待ってみたが、募集に応募してくる冒険者はゼロだった。
その間にも、次々とパーティーを組んでは意気揚々と外へ飛び出していく冒険者達を何組も見送っていた。
(これはまずいな。もしもこのまま何もできずに帰ることにでもなったら……)
慧介の脳内に暗い未来が
……――夕方、とぼとぼと家に帰る慧介。
とうとうパーティーは組めなかった。
「……ただいま」
「……おかえり。無事でよかった」
「やぁ、ケイ。どうだい? いい仲間は見つかったかね?」
笑顔で出迎えてくれるキアとティティス。
優しい言葉が胸に痛い。
「あ……あぁ、勿論。それなりになんとかやっていけそうだよ。ハハハ……」
明日になればきっとなんとかなる。
そう信じて誤魔化す慧介。
「……そう。良かった」
「そうか。では早速話を聞かせてくれないか? 今日はどこでどんなクエストをやってきたんだい?」
「え……あ、あぁ! そうだな、今日はまず――」
嘘に嘘を重ねて、適当に話をでっち上げる慧介。
底なしの泥沼へとどんどん沈んでいくような感覚――……
そこまで想像して、慧介は思わず頭をブンブンと振って髪をかきむしった。
(だぁーーーーっ! ダメだダメだ! これじゃぁまるで、リストラされたことを家族に話せず嘘ついて誤魔化してる中年親父じゃねぇかっ! こんなことになるくらいならもう家に帰りたくねぇよぉっ!)
テーブルに頭を叩きつけたくなる衝動に慧介が身震いしていると、ふっと周囲が暗くなった。
不思議に思って顔を上げると、恰幅のいい全身鎧を着込んだ何者かがすぐ側に立っている。そいつの巨体が光を遮っていたのだ。
上を見上げる。
フルフェイスの兜の奥から、こちらが睨まれているような気がした。
そこから「コー、ホー」と呼吸音らしき音も聞こえてくる。
熊のような巨体が醸し出す迫力に慧介の身体が硬直する。
――もしかしてここにいると邪魔なのだろうか?
まさかけんかを売られているなんてことはあるまいが……。
慧介がなんとか言葉を振り絞ろうと口をパクパクさせていると、全身鎧が一枚の紙片をテーブルの上にバンッと叩きつけてきた。
「ひぃっ!? ご、ごめんなさいっ!?」
『貴公、仲間を募集しておるのか?』
「えっ――?」
『む? この掲示は貴公が出したものではないのか?』
全身鎧はその兜のせいなのか、声がくぐもっていた。
しかし、何と喋っているのかはちゃんとわかる。
慧介は全身鎧が指でトントンと叩いている紙片を確認する。
間違いなく、自分が出した募集用紙だった。
「あ、あぁ……そうですそうです。確かに、それは俺が出した募集ですけど、それに何か問題でもあったんでしょうか?」
『いいや、問題などありはせん。応募したいからこうしてやって来たのだ』
「えっ!? ほ、ほんとですかっ!?」
『嘘などつかぬ。この用紙には特にどのクラスを希望するとは書かれておらん。私でも別に構わんのだろう?』
思わぬところで幸運が舞い込んできた。
緊張から口の中がカラカラになってしまい、慧介は飲み物のグラスに手を伸ばしながら答える。
「え、えぇ、勿論! …………えぇっと、それで、あなたのクラスは?」
『〈シールダー〉だ』
「ぶふぅっ――!?」
予想外の答えに慧介は思わず飲み込もうとしていた水を噴き出した。
――〈シールダー〉に〈シールダー〉を足すだとっ!?
いやいや、正気かこの人?
攻撃力なしで守りだけガチガチに固めてどうしようって言うんだ?
募集用紙には自分のクラスが〈シールダー〉であるとちゃんと明記しておいたはずだが。
だがしかし、ようやく来てくれた応募者。
ここで追い返したらあの暗い未来が現実になってしまうかもしれない。
それは嫌だ。絶対に。
『どうした? やはり何か問題でも?』
目の前に立つ全身鎧は器用に首をかしげている。意外と可動性能が高い。
「い、いえいえそんな。何も問題ありませんよ。大歓迎で……あれ? あなたは――」
慧介は目の前の全身鎧に見覚えがあることにようやく気がついた。
亀の甲羅のような六角形の凸凹があるかなり特徴的な鎧。
先ほどまでは余裕がなかったために気が回らなかったのだが、三日程前にちらっと見たことがある。
〈ファムシール〉の神殿にスキルを習得しに行ったときのことだ。
『む? どうかしたのか?』
「あぁ、いえ。一度お見かけしたことがあったような気がしまして」
『ほう、左様か。……しかしすまぬ。私にはとんと見覚えがない』
「あぁ、いいんですいいんです。無理もありません。それよりも、レベルを教えてもらえますか?」
『〈シールダー〉のレベルは11だ』
「なるほど。一応ギルド証を見せてもらえますか?」
そう言って慧介は自身のギルド証を提示した。
一人でギルドへ行くに当たって、キアとティティスからいろいろと注意を受けた。
ギルド証の確認もその一つだ。
ギルドに加入していない人間は信用するなときつく言われている。
『うむ。私のギルド証はこれだ。申し遅れた。私はフランジールという。ごく最近、〈シールダー〉に転職したばかりでな。まだ修行中の身だ。今日はよろしく頼む』
「あ、どうも。俺は赤司慧介です。呼びにくかったらケイでいいですよ。仲間からはそう呼ばれていますから」
『ではそうさせてもらおう、ケイ。私のことは好きに呼んでもらって構わない。知り合いはフランと呼ぶ者とジールと呼ぶ者が半々だな。別にどちらでも構わんよ』
「えぇ~っと、それじゃ……フラン……さん? こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
『うむ。では、早速クエストの話をしようではないか』
慧介は自分と同じく〈シールダー〉のフランジールと、二人でパーティーを組むことになった。
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