7:一時の離脱と新たな決意 1/2
「……?」
慧介は唐突に目を覚ました。
頭はまだぼんやりとしている。
目を開いているはずなのに周りがよく見えなかった。
そして、辺りからはなんだかとてもいい匂いがしている。
どこかで嗅いだことのある匂い。
しかし、うまく記憶が引き出せない。
それよりも、自分はいったい、いつの間に眠ってしまったのだろうか。
前後の記憶がひどく曖昧だった。
まさか、またあの時のように、見知らぬ森で目を覚ましていたなんてことはないだろうが。
「ん――!?」
ぼやけていた視界がはっきりしてくると、周りがよく見えないのは、目の前に何かがあるせいだと気づいた。
逆光に照らされて影になっているためよくわからないが、寝転んでいる自分の目と鼻の先に、一定のリズムでわずかに動く何かがある。
慧介は未だに寝ぼけた頭のまま、目の前のそれを手で押しのけようとした。
――邪魔で前が見えない。
単純にそう思った。
両手で持ち上げようとすると、柔らかな重みがずっしりと手のひらに乗っかる。
そのとき、慧介の記憶に何か引っかかるものがあった。
以前にもこの感触を感じたことがあるような気がする。
もう少しで思い出せそうだ。
それでも構わず手を上に持ち上げると、両手がその何かに埋没していく。
「んん……、あぁ、起きたのかい、ケイ?」
何かの向こうからここ最近よく聞いた声が降ってきて、慧介は全身を硬直させた。
大粒の冷や汗が一気に湧き上がってくる。
「てぃっ、てぃっ、てぃてぃちちち……!?」
「ん? ケイ? 寝ぼけているのかね?」
後頭部に感じる温かい感触。
目の前にある重質量を持った柔らかな凶器。
その上から聞こえる凛とした声。
どこかで嗅いだことのあった匂い。
そしてこの感触。
間違いない。
今、全てが繋がった。
慧介は、いつの間にかティティスに膝枕されていたという事実に、ようやく気がついた。
「――ケイ? 具合が悪いのか?」
ティティスの再三の質問にやっと硬直が解けた慧介は身をよじらせて素早く起き上がった。
己の不埒な両手を地面にピッタリとくっつけた後、思い切り額を地面に叩きつける。
「も、ももも申し訳ありませんでしたーーーーっ!!」
「ん? なに、そう気にすることはないさ。あれは私の注意不足でもあったよ。もっとちゃんと説明しておくべきだったかもしれないね」
「――えっ?」
「ん?」
慧介は、知らぬ事とはいえ、数秒に渡ってティティスの胸を揉んでしまったことを謝ったのだが、ティティスの口ぶりはどうにもおかしかった。話がかみ合っていない気がする。
慧介は平伏したまま少しだけ頭を上げた。
不思議そうな顔をしているティティスと、わけがわからないという困惑顔の慧介の目が合った。
すると、ティティスが眉根を寄せて気遣わしげな声を出す。
「ケイ、大丈夫かね? もしや倒れたときに強く頭を打ったのではないか? 怪我をしているようには見えなかったが……」
「はっ? いや、えっと…………。え? 俺、なんで寝てたんでしたっけ?」
「覚えていないのか?」
慧介は未だに惰眠を貪ろうとしている脳細胞をフル回転させて、必死に記憶の糸を手繰り寄せた。
「えぇっと、確か……コボルトをメチャクチャ苦労してやっつけて、それから――――あっ!」
フラッシュバックする記憶の断片。その奔流が一気に脳内を駆け巡る。
慧介は、ようやく全てを思い出した。
◆◇◆
死闘の末にレベル8のコボルトを辛くも倒した慧介。
地面に身体を投げ出して感慨にふけっていると、ティティスが歩み寄って来た。
「やぁ、驚いたよ、ケイ。すごい気迫だったね。剣を放り投げたときはどうするつもりなのかと思ったが……。なるほど、確かに〈シールダー〉にとっては盾こそが武器であるとも言える」
「あぁ、いえ、もう無我夢中だったんで、あんなに上手くいくとも思ってなかったですし……」
「謙遜することはない。私も勉強になったよ。……どれ、それはさておき、傷の治療をしておこうか。頭の怪我はたいしたことはなさそうだが、足の具合はどうだね?」
慧介は言われるがままにレザー・グリーヴを外した。
分厚い革を貫通した牙は慧介の皮膚を軽く抉っていた。ひどい怪我というほどではないが、グラスウルフに比べれば貧弱に見えるコボルトの牙が、あっさりと自分の防御を突破してしまったことに戦慄する。
「ふむ……。時折、致命の一撃、クリティカルと呼ばれる強力な攻撃が発生することがある。恐らくはそれだろう」
ティティスが慧介の傷にヒールポーションを振り注ぐ。
「あぁ、そう言えば! コボルトを【鑑定】したら、スキルに【クリティカル】って、確かにありました!」
「なんだって! 奴はスキル持ちだったのか!? まさか……いや、道理で……。本来〈シールダー〉にはクリティカル攻撃が効きにくいはずなんだ。クラス特性でクリティカルには耐性がつくからね」
「クラス特性? へぇ、そんなものがあったんですね」
「ん。すまない。そう言えば説明していなかったか……」
「あぁ、いえ。いいんですいいんです。知らなくても別に困らなかったと思いますし。むしろちょっと慢心しそうですしね」
「ハハ、確かにそうかもしれないね。――さて、それじゃ、次は頭のほうを見せてくれ。……うん。やはりこれは擦過傷程度だ。頭に違和感はないかい? 目眩や吐き気は?」
「いえ、特には」
「そうか。それは良かった」
ポーションの効果で頭の傷はすぐにふさがった。
しばらく待っている間に足の痛みも消えている。
「よっし!」
慧介は軽くジャンプして足の具合を確かめた。何の違和感もない。
「調子はどうだい?」
「バッチリです! 次はどうしましょうか?」
強敵を倒した充実感から慧介はやる気満々だ。
「うん。巣穴にもう一匹から二匹はいると思うから、それを片付けてしまおうか。放っておくと巣が大きくなるかもしれないしね」
「了解です!」
丘に向かって歩き出そうとしていたところ、ティティスに突然呼び止められた。
「あぁ! そうだ。待ってくれ、ケイ。一つ、君に言っておきたいことがあったんだ」
「はい? 何ですか?」
「魔剣の使い方に関してだ。どうも君の使い方は大ざっぱすぎるように思う。精神を研ぎ澄まして剣を振るえばもっと繊細なコントロールができるし、威力や速度を上げることだってできるはずなんだよ。無論、魔剣のランクがそれほど高くはないから、ポテンシャルは低いけれどね」
「精神集中、ってことですか?」
「あぁ。魔法を使うときに重要な要素だ。スキルに関しても影響するものが多い」
「へぇ~、そうなんですか……」
慧介は魔剣グアダーナを抜いて刀身を眺めてみる。
が、どうすればいいのか判然としない。
「ものは試しだ。ちょっと向こうの木を斬ってみてくれないか? 今まで通りでいい」
「わかりました。それじゃ、やってみますね」
慧介はこれまでやってきたのと同様にグアダーナを振る。
「切り裂け! ”グアダーナ”!」
剣の軌跡から風の刃が生み出されて真っ直ぐ飛んでいく。
目標の樹皮を横一文字に斬り裂いて魔法の刃は消失した。
「うん。だいたいそんなものだね。では、次に少し力をこめてみてくれないか?」
「力を……ですか?」
「うん。より固いものを斬りつけようと思った場合、君は腕にいつもよりも力をこめるだろう? 基本はそれと一緒だよ。自分の精神力を剣に伝えて流し込むんだ。慣れない内はしっかり溜めをつくるといい。構えたまま集中してごらん」
「はい」
ティティスに教えられた通りに剣を構えた状態でピタリと静止する。
(力をこめる、力をこめる……違う、筋力じゃない、精神力をなんとなくイメージして……)
「――行けぇっ! ”グアダーナ”!」
数秒待ってから慧介は剣を振るった。
狙いは先ほどの木。斬りつけたところより少し上だ。
二回斬りつけたところで木の側に寄って傷を確認してみる。
「あ! こっちのほうが傷が深い!」
「うん。悪くない。やればできるじゃないか。ケイはなかなか器用だね」
「そ、そうですか? いやぁ、なんか照れますね」
「ハハハ、この分なら練習すればもっと使いこなせるようになるだろう。さっきも言ったように、グアダーナは魔剣としてはランクが低い。草刈り剣の二つ名が示すように、コボルトを真っ二つにする程の威力は恐らく出ないだろう。これは使い手の技量の問題ではなく魔剣の限界だ。だが、うまく使いこなせば威力やスピードを調整することはできる。小刻みに複数の刃を生み出したり、力を一点に集中させて敵の首筋や急所を切り裂くようなこともできなくはないはずだよ。今度から使うときには少し意識してみるといい。いずれ自然に使い方が身につくと思う」
「はい」
魔剣に関するレクチャーを受けた慧介は、その後、巣穴から出てきたもう一匹のコボルトでこれを試してみようとした。
キョロキョロと辺りを見回しながら丘を降るコボルト。
念のために先に鑑定しておくと、レベルは3で特にスキルも所持していなかった。
――森に入る直前、木が邪魔になる前に風の刃で先制攻撃を仕掛ける。
慧介は森に潜んだまま剣を構えて精神を集中し続けた。
コボルトがこちらに気づく様子はない。
慧介はいつしか魔剣と自分が一体化するような錯覚を抱いていた。
まるで剣が自分の腕の延長になったような気がする。
(――行ける!)
そう確信した慧介は気合いを込めて剣を振った。
「行っけぇぇっ!!」
普段よりも大きな風の刃がコボルトに向かって飛んでいく。
瞬間、身体から力が抜けていくのがなんとなくわかった。
叫び声に気づいてこちらを振り向いたコボルトの顔を見たのを最後に、慧介の意識はプッツリと消失した――。
精神力を魔剣に根こそぎ注いでしまい、昏倒したのである。
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