6:森の中のはぐれコボルト 3/3
しばらくの間、にらみ合いが続いた。
互いに互いを牽制し合っている。
(このままじゃダメだ……)
慧介は剣を持つ手に力を入れた。
初手から相手に先制を許している。
このままずっと後手に回り続ければ精神的に追い詰められてしまう気がする。
いかに〈シールダー〉が防御を主眼においた
「いっくぞぉぉぉっ!」
慧介は己を鼓舞するように叫んで、コボルト目がけて真っ直ぐに突っ込んでいった。
それを見たコボルトは慧介の側面を突くように斜めに駆けだした。慧介から見て右側、剣を持っているほうだ。盾の防御を破ることは難しいと判断したのかもしれない。
左に溜めた剣を右方向に横薙ぎに払う。
コボルトはそれを屈んで躱しながら、通り抜けざまに慧介の右足に棍棒の一撃をたたき込んだ。
「つっ――!」
先ほど噛みつかれた部位への再攻撃。
ズキリと足が痛んだ。
すぐさま振り返って敵を確認する。コボルトは先ほど相対していたときと同じ間合いまで離れていた。
(くそっ! 狙ってやってんのか……? いや、相手の頭が悪いなんて考えちゃダメだ。それこそなんでもやってくると思ってないと反応が遅れちまう!)
慧介は再び自ら飛び出していく。
今度は姿勢をなるべく低くして、盾で自分の身体を広範囲カバーできるようにしながらの突進だ。
敵の動きは素早い。
今の自分では初撃を剣に頼るのは難しい。実際、剣による攻撃は相手にかすってもいない。
当てるとしたらまずは盾、【シールド・バッシュ】だ。
これさえ当てることができれば相手に大きな隙ができる。
この戦いの勝敗がほぼこれ一つにかかっていると言ってもいいだろう。
そのためには相手にできる限り近づく必要がある。
コボルトは正面から勢いよく突っ込んできた。
慧介は剣を腰だめにして突き出すように構えた。
剣の間合いに入る直前、コボルトは勢いを殺さぬままにサイドステップを踏んだ。
突然目標がぶれて慧介に迷いが生じる。
その隙をついたコボルトは、慧介から見て左斜め方向から、盾を目がけて飛びかかってきた。
自ら盾に突っ込んできたコボルトは、慧介が盾を動かすよりも早く盾にしがみついた。
「なっ!?」
盾にしがみついたコボルトが、棍棒を振り上げている。固い毛に覆われた前腕は、慧介の予想よりも遥かに筋肉がついていた。体毛のせいで目立たないが、小柄な体躯に見合わず筋骨隆々としているようだ。
「――やっべっ!?」
コボルトが棍棒を振り下ろしたのとほぼ同時、慧介は後ろに身体を反らせるようにして、コボルトをくっつけたままの盾を持ち上げて背後に叩きつけた。かなり無理矢理なジャーマンスープレックスもどきである。
棍棒が頭をかすめたが、かろうじてクリーンヒットは防げた。
さすがのコボルトもこれには上手く対応できなかったらしく、勢いそのままに慧介の背後に投げ飛ばされ、そのまま数回、地面を転がっていく。
慧介はすぐさま起き上がる。
「切り裂け! ”グアダーナ”!」
裂帛の気合いを込めた一振りが地面を転がっていたコボルトに追い打ちをかける。
風の刃がコボルトの背中を真一文字に切りつけた。
「ぎゃぅっ!!」
短い悲鳴を上げて、コボルトが四つ足で距離を取った。
どうやら傷は浅いらしい。
「さすがは”草刈り剣グアダーナ”、毛は刈れても骨まで切ることはできないみたいだな……」
慧介は笑みを浮かべながら自らの武器に皮肉を言う。
と、立ち上がったコボルトが目を血走らせて咆吼を上げた
「グガアァァァァァァァァァァァァァッ!!」
空気を震わせるような叫びが、質量を伴って慧介に叩きつけられる。
だが、対する慧介もこれに怯むことなく真正面から受け止めた。
「はっ! お怒りかよっ! 散々人のことをこけにしやがって! 悔しかったらかかってこいよっ!!」
慧介がコボルトを挑発するように叫んだ瞬間、慧介の頭上に光が降り注いだ。慧介の頭の中に厳かな鐘の音が鳴り響く。
眼前のコボルトに極限まで意識を集中していた慧介はこれに気がつかない。
目に見えて激昂したコボルトは、これまでの中でも最速の動きで猛然と慧介に襲いかかってきた。
これを迎え撃つ慧介は剣を横薙ぎに払う。
「喰らえぇっ!」
地を這うように放たれた風の刃はコボルトの膝の高さ程度。下をくぐって回避することはできない。
そして、怒りに我を忘れているコボルトは、これを大きく横に躱してしまうことを良しとしなかった。一刻も早く目の前にいる小生意気な人間を棍棒で叩きのめすことだけを考えていた。
慧介の狙い通り、コボルトは短くジャンプして、風の刃の上を飛び越えようとする。
慧介にしても、そこまで成功率が高いと思っていたわけではない。
だが、結果として、一瞬だけ敵を宙に浮かせることに成功した。
そして、空中では姿勢を制御することは難しい。
慧介は右側に振り抜いていた剣に力をこめ、返す刀をそのままコボルト目がけて投げつけた。
「グガッ!?」
低空を飛ぶコボルトはその剣を回避することができない。
棍棒で受け止めるのがせいいっぱいだ。
弾かれた剣がくるくると宙を舞い、背後の地面に突き立った。
爪も牙も持たないくせに武器を投げ捨てた間抜けな人間に、コボルトは笑みを浮かべていた。
だが、そのまま着地したコボルトの眼前に、既に、慧介は到達していたのだ。
渾身の力をこめた【シールド・バッシュ】が、唖然とするコボルトにクリーンヒットする。
コボルトは盾の一撃を受けて背後に吹っ飛ばされた。
仰向けに倒れたまま、呆然と緑の木々の隙間から見える空を見つめるコボルト。
身体が動かない。
スタンしているのだ。
しかし、これは一時的なものだ。
あの人間は武器を放り捨てた。
それを拾いに行っている間に、自分は動けるようになるはずであった。
だが、土を踏みしめる足音はすぐ横から聞こえた。
人間が、真横に立っていた。
「――剣なんかなくったってなぁ、こっちにゃ盾があるんだよっ! これが――、〈シールダー〉の武器だぁぁっ!!」
振り下ろされた鋼鉄の盾。地面と盾の間で頭を押しつぶされて、コボルトは完全に意識を失った。
拾い上げた剣を持って悠然と歩みを進める慧介。
魔剣グアダーナが、地に突き立てられる。
光の柱を立ち上らせてコボルトは消えた。
後に残されたのは粗末な棍棒のみ。
「はぁ~~っ……」
慧介は大きく息をついてその場に座り込んだ。
途端に右足がズキズキと痛んでくる。
それでも、満足そうに空を見上げる。
「あーーーーっ! やった! やってやったぜ! ちくしょーーっ!」
大粒の汗と少量の血が混じり合って流れ落ちる慧介の顔には、会心の笑みが浮かんでいた。
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