4:協力プレイの代償
「【ソリッド・スタンス】!」
スキルを発動した瞬間、慧介は身体の奥底から力が溢れてきて自らを包み込むのを感じた。
全身が鋼になったかのような錯覚。
大して筋肉もついていない細身の肉体がとても頼もしく思える。
しかし、それはそれ、これはこれである。
四匹からなるグラスウルフがあちこちからガウガウと喚き散らしながら全身に噛みついてきては、いつスキルの効果が切れて噛みちぎられてしまうのかと気が気でない。
しかし、それをおろおろと心配そうに眺めるキアを目の当たりとしては、男として情けない姿は見せられない。
「ハハハハハ! 効かねぇなぁっ! どっからでも好きなだけかかってこいやぁっ!!」
慧介が精一杯の虚勢を張ると、キアの表情も幾分か和らいだように思える。
内心は冷や汗だらだらである。殺気を伴って襲いかかってくる狼の群れは本能的な恐怖を呼び覚ます。
しかし、慧介は当初の予定通り、狼を挑発しながら盾をガンガンとぶち当て続けた。
「よし! 行くぞ、ケイ!」
「はいっ!」
少し遠間からその様子を窺っていたティティスが、かけ声と共に風の刃を四本解き放つ。
【ウィンドカッター】という割と初歩的な風の魔法である。
高速で飛来した風の刃はグラスウルフに回避の暇すら与えることなく、四匹全てを一刀両断にしてしまった。
基本的には慧介の持つ魔剣”グアダーナ”が放つ風の刃もこれと同一のものなのだが、使い手の違いだろうか、その威力も速さもまさしく桁違いであった。
四匹のグラスウルフが光の柱となって消える。
慧介はその場にぽつんと残されたグラスウルフの牙や毛皮を拾って大きな革袋に放り込んだ。
と、そこにキアが駆け寄ってくる。
「……ケイ、怪我してない? 大丈夫?」
「お、おう! 全然! すごいな、このスキル。全身カッチカチに固まったみたいだし、盾を動かす速さも速くなるし。ほんと、防御だけなら何でもできるような気がしてくるよ」
慧介が笑顔で答えると、キアもほっと胸をなで下ろした。
【ソリッド・スタンス】とは、移動を犠牲にすることで大幅に防御力をアップするスキルである。その能力上昇効果は単純な防御だけでなく、各種耐性やその他の防御系スキルにまで及び、ひとたび使えばどんな攻撃も受け付けない難攻不落の牙城となる。
しかし、先に述べた通り移動は一切できなくなる。敵に囲まれたらアウトである。そのため使いどころが難しい。
本来は【ソリッド・スタンス】と、【
実際、今の慧介とティティスがそれにあたる。
【
「うむ。今のはなかなか良かったように思うが……。ケイ、調子の方はどうだね?」
「う~ん、そうですね……。あと二、三回ならいけそうな気がします」
スキルを使うには精神力というエネルギーが必要である。そして、【ソリッド・スタンス】はスキルの強力な効果もあって、それなりの精神力を必要とする。
慧介は今日、ティティスの進言によって、自分自身を鑑定できることに気がついた。今まで人に対して使ったことは一度もなかったし、自分を鑑定できるとも全く考えていなかった。
しかし、鑑定によって、力や体力、精神力などの数値を見ることはできなかった。元々曖昧なものを無理矢理数値化することはどうもできないらしい。今のところはっきりわかるのは、自分のクラスとかそのレベル、そして重要なのがもう一つ――。
「敬虔値のほうはどうだい?」
ティティスに問われて慧介は自分とティティスを軽く鑑定してみる。敬虔値ははっきりと数値化されて見えるのだ。
先ほどは昨日と同じくキアとタッグを組んで、慧介が一旦敵を引きつけて、キアがその隙を突いてやっつけるというやり方を試していた。
「さっきよりは俺の方にちょっと多く入ってるみたいですけど、そこまで変わらない……かなぁ?」
「なるほどね。これはどうもまずい感じだな……」
ティティスは厳しい表情で腕を組み、草原の遙か向こうを睨みつけるかのように見ている。
「まずい……ですか?」
「あぁ。どうやらそうそう上手く事は運ばないようだね。この先どうすべきかよく考える必要がありそうだ」
「あの、何がいけないんでしょうか?」
「うん。予想よりもケイに入る敬虔値が少ないんだよ。先ほどよりも多くの攻撃を受けているはずなのに、残念ながら、その分だけ戦闘に貢献したとはみなされていないようだね。これは恐らく我々のレベル差が大きすぎることが問題なのだと思う」
「レベル差、ですか?」
「あぁ。そもそも私もキアも、ケイが敵の注意を引きつけるまでもなく、一人でグラスウルフの群れを殲滅することが可能だ。要するにケイの役割は見せかけだけのもので必要がない。どうもそれが神様にバレてしまっているようだね」
「えっ!? 神様!? 空の上から俺達を見てるってことですか?」
「いや。神は数千年より以前に、皆どこかに消えてしまったよ。その後どこへ行ったのかはわかっていない。それでも神が作り上げたシステムは未だに世界に残っている。そのおかげで我々は加護を得て魔法やスキルを使うこともできるわけだ」
「はい」
「だがこのシステムというものがどういう代物なのかはよくわかっていない。何しろ目には見えないから詳しく調べようがない。敬虔値に関することもそうだ。多人数での戦闘の場合、戦闘への貢献度が高い者ほど多くの敬虔値を得られる。それは、これまでの経験則から類推されている事実だ」
「つまり、俺の入手敬虔値が少ないということは、戦闘貢献度が低いってことですよね」
「うん。受けた攻撃の量が全く違うにも関わらず、敬虔値の差がほとんどないということは、単純に、その行為に意味がないということだと考えられる。まぁ、ものは試しだ。もう少し検証してみよう」
そう言ってティティスは歩き出した。
慧介とキアも後を追う。
グラウス草原を横切って森林地帯に入る。
慧介が、キアとティティスと出会ったあの森である。
「どこまで行くんですか?」
「あぁ、スライムを探しているんだ。この森にはけっこういるからね」
「なんでまたスライムなんです?」
「ん……。スライムは狼と違ってあまり群れることがない。単体で出てくるならケイ一人でも倒すことが可能だと思う。狼は一匹になると逃げてしまうしね。だからスライムをケイに一人で倒してもらって、敬虔値がどれくらい入るかを検証してみる。現在の敬虔値がいくらかは覚えているね?」
「はい。勿論」
「うん。では、あとはスライムを発見するだけなのだが……」
「……精霊に訊いてみたら?」
黙々と歩いていたキアが、唐突に声を上げた。
「おっと! 自分が〈エレメンタラー〉であることをすっかり失念していたよ。最近はすっかり〈メイジ〉気取りだったからね」
言うが早いか、ティティスが森に向かって囁きかける。
「ふむ……。どうもここは精霊の力が弱いね。やはりダンジョンの中は不安定だな」
「……わからない?」
「いや、見つけた。向こうに小さな泉がある。そこでボールスライムが水浴びを始めて、水の精霊達がちょっと怒っているそうだ」
「泉を勝手に使ったら、それだけで怒られちゃうんですか?」
慧介が尋ねる。相手が人間だろうと精霊だろうと、できることなら叱られたくはないものである。
「うん? あぁ、ケイが気にする必要はないよ。泉の水を飲んだり、手を洗ったり、それくらいどうってことはないさ。単純な話、精霊達は魔物が嫌いなんだよ。精霊は好き嫌いが激しいからね」
「へぇ、そうなんですね」
三人は黙々と森の中を歩いて行った。
程なく、先頭を行くティティスが立ち止まる。
「さて、お目当てのスライムを見つけたよ。それじゃぁケイ、一人であれを倒してくれるかな?」
振り返ったティティスが微笑みながら慧介に告げる。
森の中、灌木の茂みの向こうに小さな泉があった。そこだけ緑の天井にぽっかりと丸い穴があいている。穴の向こうに見えるのは青く澄み切った偽りの空だ。
直径がせいぜい四~五メートル程度の泉の縁で、緑色のボールがバチャバチャと水をまき散らしている。
[ エラスティックスライム:LV3:スライムの亜種。弾力性があり、オリジナルよりも機動力に長けるが、そのために物理攻撃が通用するようになってしまった。通称ボールスライム ]
鑑定の結果、慧介が初めて出会ったスライムよりもレベルが一つ上であることが判明した。
レベルだけ見れば今の慧介と同じである。
未だに水際をバチャバチャと転がる無邪気な(?)スライムを睨み付ける。
思えばあの時はこいつにさんざんな目にあわされたものだ。
突然の状況にわけもわからず、神の加護も持たない貧弱な自分をボコボコにしてくれたのがこのボールスライムだった。
実際のところ、多分、個体違いだとは思う。思うのだけど……。
(あの時の借り、悪いが返させてもらうぜ)
慧介は腰に提げたロングソードを、決意と共に、静かに抜きはなった。
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