3:慧介、スキルを買う
「少々新しい作戦を考えてみたのだが」
居酒屋で祝宴をあげた翌日のことである。
朝食を終えたところで、ティティスが唐突に言いだした。
「作戦……ですか?」
慧介が尋ねる。
「うむ。昨日のレベル上げは順調と言えば順調だったのだが、実のところ頑張ればレベル四ぐらいはいけたかもしれないと思っている。レベルが低いうちはまだ上がりやすいからね」
「そうなんですか……。それは、なんかすみません」
努力不足を指摘されたようで慧介が謝ると、ティティスが首を振った。
「いや、違うよ、ケイ。問題があるのは君じゃなくてキアのほうだ」
「キアが?」
「……」
慧介は傍らに座っているキアを見た。押し黙ったままちょっとうつむいている。
昨日は慧介が危ないときなどに、素早くグラスウルフをやっつけてくれていた。特に問題があったとは思えない。
「問題なんてありましたっけ? すごく頼りになりましたけど」
ティティスは柳眉をわずかにしかめて小さく息を吐いた。
「つまり、それが問題なんだよ」
「え?」
「ケイのレベルを上げるには、ケイ自身が魔物を倒すのに貢献することが大切だ。なるべく長い間敵の注意を引きつけたり、できることなら自分で攻撃して倒すことが重要なんだ。しかし、キアは君が少しでも危ないと思ったらすぐに敵を仕留めてしまっていた。これではケイにほとんど敬虔値が入らない」
「あ、なるほど……」
ティティスの説明に納得した慧介が再びキアに視線を向ける。
キアは相変わらずうつむいたまま、ちょっと不満げに頬を膨らませている。膝の上に握り拳を乗せた格好で、落ち着きなく足をぶらぶらさせている。慧介の目には拗ねているように見えた。
「キア? 何か言いたいことでも?」
「……」
ティティスが尋ねるもキアは答えない。
ティティスは先ほどより少し大きなため息をついた。
「事前にどういう風に行動するかは打ち合わせしておいたはずだろう? 〈シールダー〉は防御が固い。相手がグラスウルフであれば、多少攻撃を受けたところで問題はない。我々はなるべく手出しせず、基本的にはケイに相手をさせるようにと、そう決めたじゃないか?」
「…………でも、ケイが大怪我するといけないから」
「急所を狙った攻撃は万一のことがあるから避けた方が無難だが、腕や足を狙った攻撃まで阻止する必要はなかっただろう?」
「……でも……噛まれたら痛いし、血もいっぱい出るから……」
キアの態度は頑なだった。
再三にわたってティティスがたしなめるが、一向に頷く気配がない。
「……まぁ、そういうわけでだよ。作戦というほど大したものではないんだが、ちょっと考えてみたわけさ。どうしたらキアが心配せずに済むかをね」
「そんな方法があるんですか?」
「あぁ。もう一度神殿に行って、ケイにスキルを覚えてもらおうかと思ってね。レベル一から覚えられるいいスキルがあるんだ。スキルは戦っていれば自然に覚えられるものが大半だが、この調子では恐らく覚えることはできないだろうしね」
「へぇ……それってどんなスキルなんですか?」
「うん。【ソリッド・スタンス】というスキルだよ」
◆◇◆
慧介達はホーソーン島を出て、浮遊都市ゼメシス=グラウスの中心に位置する大きな島、セントラル島へとやって来ていた。
慧介がここを訪れるのはこれで二度目である。
以前来たのは二日前。慧介が〈シールダー〉になるために〈ファムシール〉の神殿を訪れたときだ。
セントラル島に上陸後、神殿までは
地上数十センチに浮いたまま、滑るように進むフロート・バスは騒音もなければ振動もない。地球の自動車や電車よりも乗り心地は余程いい。スピードが余り出ないことだけは少々難ありだが。
およそ十数分を要して、すぐに〈ファムシール〉の神殿にたどり着いた。
だだっ広い敷地の中に白亜の神殿がこぢんまりと鎮座している。
神殿前の広場には、畑が点在している。〈ファムシール〉の神殿を預かる大神官であるジョナスが、趣味で様々な薬草や香草、野菜などを育てているのだ。すぐ近くの常緑樹の下では紐で木に繋がれた山羊がムシャムシャとのんびり草を食んでいた。
慧介達は神殿入り口へ向かった。
神殿の外観はギリシャのパルテノン神殿を思わせる造りである。外周が巨大な柱に囲まれている。
『おっと、これは失礼』
ティティスを先頭にして神殿内部に入ろうとしたその時、入れ違いに全身鎧に身を包んだ何者かが出てきた。
恰幅のいい白銀の鎧には、全体的に亀の甲羅のような六角形の凸凹があった。フルフェイスの兜をかぶっているために年齢や種族など何もわからない。おまけにその兜が影響しているのか、声がくぐもっていて性別すら判然としない。
「あぁ、これはどうも」
ティティスが笑顔で道を譲ると、亀甲鎧の何者かはズシンズシンと地響きを立てながら去って行った。
横を通り過ぎるときに「コーホー」という呼吸音までもがわずかに聞こえてきて慧介は面食らった。
(すごい人がいるな……)
ゼメシス=グラウスでは鎧姿の戦士や騎士などは珍しくもないが、あそこまで巨大で風変わりな鎧は見たことがない。初めて目の当たりにする異様な姿に呆然としてしまう。
「――ケイ?」
既に先を行くティティスに呼ばれて、慧介は慌てて前へ進んだ。
神殿内部、拝殿に目を向けると、通路の両脇にはずらりと長椅子が並んでいる。端々に目を向ければいろいろと違いはあるのだが、大ざっぱに言えば外はギリシャの神殿のようで、中はキリスト教の教会に似た佇まいであった。
拝殿の最奥には〈ファムシール〉を象った巨大な彫像が、天井を突き破るような威容を誇っており、その手前に、キアに負けないほどの褐色の肌をした白髪の老人、大神官ジョナスが立っていた。
「おや? お祈りでもしに来たのかね? 赤司慧介よ」
ジョナスは気さくに声をかけてきた。二日前に一度会ったきりだが名前もはっきりと覚えていたらしい。
「いえ、そういうわけでは。ちょっと別の用事がありまして」
「ほう。一体何の用かの?」
「実は、スキルを幾つか習得したいんです」
「なんじゃ、まだ加護を得てから二日しか経っておらんぞ。一昨日言ったじゃろ? スキルは努力すればいずれ閃きを得るときが来る。地道に努力することこそ肝要なのじゃと。せめてもう何日かぐらい頑張ってみたらどうじゃ? スキルを買うにはそれなりに高い金も必要じゃぞ?」
こらえ性のない若者を辛抱強く諭すように語るジョナス。
慧介がたじたじとなっているところ、ティティスが助け船を出した。
「まぁ、そう言わずに、ご老体。実はこちらの都合でどうしても早めに覚えておいて欲しいスキルがあるのですよ。彼はやむなくそれに従ってここまで来ただけなのです」
「ほう、ほう、ほう! あんたらの頼みか。なるほどのぅ~。そりゃイヤとは言えんじゃろうなぁ。こんな綺麗どころにお願いされてはひとたまりもないわい。全くうらやましい少年じゃよ。えぇ、このこの!」
「い、いや、俺は別にそんな……」
ジョナスが肘で慧介を小突き回す。
仮にも神殿を預かる大神官とは思えないジョナスの軽い行動に、慧介は結局たじたじとなった。
「……あの、ご老体。それで、早速【継承の儀】をお願いしたいのですが……。今日も修行のため、ダンジョンに入る予定ですので」
「んむ。そうかそうか。まぁ、そう言うのなら仕方がない。しかし、スキル継承の儀式は都市条例で価格が一律に決まっておる。一切負けられんが金は持ってきとるかの?」
「えぇ、勿論」
「うむ。では行こうか。儀式は本殿で執り行う。ほれ、ちゃっちゃとついて来い。赤司慧介よ」
「は、はい!」
老神官ジョナスはさっさと拝殿奥の本殿へと歩いて行く。
慧介は慌ててその後を追った。
本殿に入ると飄々としたジョナスの態度が一転して厳かな雰囲気に一変する。
ジョナスの指示に従って、慧介に対するスキル継承の儀式が執り行われた。
特に不都合もなく儀式は無事に終了し、慧介は何の苦労もなく二つのスキルを習得した。まぁ正確に言えば金がかかっているし、その金を稼ぐためにはいろいろな苦労があるわけだが。
ちなみに習得した二つのスキルとは、【ソリッド・スタンス】と【スタン抵抗】である。
慧介は丁寧に腰を折って礼を言う。
「どうも、ありがとうございました」
「うむ。スキルは覚えたらそれで終わりではない。使えば使うほどに洗練されて鋭さを増すものじゃ。今後の修練を怠らんようにな」
「はい。わかっています」
「うむ。困ったことがあったらまたいつでも来なさい。金の無心以外なら相談に乗ろう。では、またの。赤司慧介よ」
慧介達は滞りなく神殿を後にした。
「さて。それじゃぁ早速ダンジョンに向かうとしようか。ここからだとホーソーン島に一度戻るよりも定期船を使った方が早いかな」
ティティスの提案によって、セントラル島からダンジョンの灰色迷宮前ゲートへと向かう
慧介が再びダンジョンのグラウス草原フィールドに到着したそのとき、時刻はまだ午前十時を少し過ぎたばかりだった。
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