5:閃き、リベンジ

「おぉぉぉぉぉぉっ!」


 裂帛の気合いと共に振り下ろされた斬撃は、しかしいとも容易く躱されてしまった。


 慧介の背後に回り込んだボールスライムが背中に強烈な体当たりをたたき込む。


「ぅぐっ!」


 瞬間、バランスを崩しそうになるも、なんとか足を踏ん張って踏みとどまる。

 盾を構え直して振り向くと、ちょうど顔面目がけてスライムが飛びかかってくる瞬間であった。


「――!」


 盾によってはじき飛ばされたスライムはその軌道を上に曲げて、慧介の頭上をくるくると舞う。


「そこだっ! ”グアダーナ”!」


 慧介は振り向きざまに、空中のスライムに向けて魔剣グアダーナを振る。


 刀身から生じた風の刃がスライム目がけて飛翔、真っ二つに斬った――と思った瞬間、スライムはその身体を器用に縮めることでぎりぎり回避に成功。そのままスタッと地面に着地する。


「あぁっ!? こんの野郎っ!」


 スライムは勝ち誇ったようにスターンスターンと軽くステップを踏んでいる。


(ば、馬鹿にされている……たかがレベル3のスライム如きに……ぐぬぬぬぬ)


 歯がみしながらじりじりスライムとの間合いを計る慧介を、森の茂みの向こうからキアとティティスが静観していた。


「ふむ……。〈シールダー〉の素早さの無さが如実に出てしまっているな。やはり相性が悪い」

「……あのスライム……動きにキレがある」


 二人は暢気に語らっていた。


 慧介の攻撃はことごとく躱されて戦いは膠着状態に陥っている。


 しかし、これは元々負けることのない戦いだった。


 この世界に存在する全職業の中でも一、二を争うほど固い防御を誇る〈シールダー〉となった慧介にとって、ボールスライムの攻撃などほぼ通用しないのである。

 蚊に刺された程度と言うとさすがに言い過ぎだが、体当たりを喰らったところでバレーボールをぶつけられたくらいの衝撃であった。


 そんなわけで、心配性のキアも慧介が悪戦苦闘する様子をのんびり観戦していた。

 いや、むしろちょっと楽しんでいた。


〈ファイター〉であるキアは両者の力が拮抗した戦いを好む。それが一番白熱した試合になるからだ。これは〈ファイター〉の神、〈ソリオン〉の掲げる信条でもある。


 慧介にとっては非常に残念なことに、地球人としてはかなり強くなったはずの慧介と、眼前で華麗なステップを見せるスライムは、ほぼ互角と言っていい存在だった。


 派手さこそないが、両者の見せる戦いは熱を帯びている。


 キアは自然と身体がうずくのを感じていた。そわそわと落ち着きがなくなっていく。


「キア? わかっていると思うが、邪魔をしちゃいけないよ?」

「……大丈夫。わかってる」


 キアが飛び出していけば一瞬で片がついてしまう。初撃でスライムが真っ二つである。それは、キアが望む戦いではない。戦いとすら言えない。


「いい加減に! 当たれぇぇっ!」


 慧介は半ばやけくそでスライムに斬りかかっていった。

 これで何度目になるのかわからない。

 数十回?

 さすがに百は超えていないはずだが……。

 気力、体力ともにまだ十分ある。

 しかし、こうも攻撃が空振りし続けると、いい加減、感じるストレスも半端じゃない。


 スライムはサイドステップで難なく攻撃を躱すと慧介の足目がけて体当たりを仕掛けてきた。


「うぉっとぉっ!?」


 膝下を狙った攻撃に盾が間に合わず、身体をひねって躱す。

 バランスを崩してたたらを踏んだところに、素早く着地したスライムの第二撃が襲い来る。


「あぶねっ!」


 こちらはなんとか盾でしのいだものの、衝撃によって態勢を大きく崩されてしまい、地面に向かって倒れ込んでいく。


 視界の端に、次の攻撃へ向けて身体をぐっと圧縮しているスライムの姿が見えた。


「――ふっ!!」


 慧介は自ら身体を倒し、剣を持った右手を地についた。地面を拳で叩くようにして、勢いに任せて身体を回転させる。華麗な側転を決めた慧介のすぐ横を、スライムが高速で行き過ぎていった。


 キアは思わず胸の前で拳をぐっと握り締めた。

 心なしか鼻息も荒い。


 そんな仲間をティティスは微笑ましく見ていた。

 楽しそうだな、と素直に思った。


 ティティスが慧介から目を離していたちょうどそのとき、事態はようやく動きを見せた。


 慧介がグアダーナによる魔法攻撃を盛大にすかした瞬間、スライムはその隙をついて襲いかかった。


 無駄に大ぶりをかました慧介はそのとき隙だらけだった。


 真正面から慧介目がけて迫るボールスライム。

 回避も防御も間に合わない。


 正面からの体当たりなどさしてダメージにはならないが、このとき慧介は無意識のうちに、覚えたばかりのスキル【ソリッド・スタンス】を発動していた。

 瞬間、飛躍的に慧介の防御能力が上昇する。


「なめるなっ!」


 先ほどまでとは段違いの速度で、盾がスライムの軌道を塞ぐ。


 そのままスライムを盾ではじき飛ばした瞬間、細い光が天空から慧介を射貫き、慧介の頭の中に鐘の音が鳴り響いた。


「ケイっ! 今っ!!」


 キアが叫んだ。


 慧介にも何が起こったのか自然に理解できていた。

 流れるような動作で剣を振りおろす。

 盾に弾かれて地に落ちたスライムは、動きを止めたままピクピクと身体を震わせていた。

 その日、一番の気合いが込められた一振りは、憎きボールスライムを真っ二つに切り裂いた。


 スライムから光の柱が立ち上ってかき消える。


「――いよっしゃぁぁぁぁっ!!」


 一拍間を置いて歓喜の声を上げる慧介の元に、キアとティティスがゆっくりと歩み寄る。


「……ケイ、よく頑張った」

「うむ。おめでとう、ケイ」

「あぁ、ありがとう、二人とも。メチャクチャ時間かかっちゃったけどね……」


 慧介は苦笑しつつ、乱れた息を軽く整える。


「ケイ。早速で済まないが、自分のステータスを確認してみてくれるかな?」

「……スキルを覚えてるはず」

「は、はい」


 慧介は自分の手のひらを見つめながら【鑑定】を発動。

 手のひらの上に、半透明のウィンドウが現れる。


[ 赤司慧介|職業:シールダー|レベル:3

 スキル:スタン抵抗、ソリッド・スタンス、シールド・バッシュ ]


「おぉ、やった! 【シールド・バッシュ】、自力で覚えた!」


【シールド・バッシュ】とは、敵に盾をぶつけることで、相手をスタン状態、つまり一時的に行動不能な状態にするスキルである。ただし、必ずしもスタン状態にできるとは限らない。


 これまで慧介は、できる限り敵に盾をぶつけるように動かし続けてきたのだが、それはこのスキルを覚えるために必要な反復練習でもあった。


 ちなみに、敵に向かってやたらと強気で叫んでいるのも【挑発トーント】を習得するためである。決して慧介が調子に乗って軽口を叩いてしまうような性格だからではない。


 そして、【ソリッド・スタンス】を自力習得するのは難しいとティティスが言ったのは、このスキルを覚えるためには、敵の攻撃、それもある程度ダメージが大きいものを、身体で何度も何度も受け止めなければいけないからだ。キアがそんな状況を静観しているはずがなかったし、実際自力で習得するのは相当ないばらの道である。


「うむ。努力が報われたね。初歩的なスキルではあるが、二日で覚えられたのは実に喜ばしい。それで、敬虔値はどれくらい入っているかな?」

「あぁ、はい……えっと……」


 慧介は現在の累積敬虔値を確認して先ほどまでの数値を差っ引く。


「あ……、グラスウルフ四匹倒したときよりちょっと多い」


 慧介の言葉を受けてティティスが「そうか」と呟いた。


「……やはり間違いない。私やキアがケイに協力すると、ケイの入手敬虔値は相当に少なくなってしまう。戦闘においてケイの役目が評価されないせいだ。当初の予想より、レベル上げは厳しいな……。こうなってくると〈ファイター〉を選んだほうがまだ良かったかもしれない。レベルは25まで上げなければならないが、自分で敵を倒しやすい分、こちらのほうが早く目標レベルに到達できる可能性がある」

「……でも、レベル25でも、〈ファイター〉では危険」

「確かに。〈ファイター〉の場合、不意に一撃をもらえばそれが致命傷になるリスクは高くなる。そこが〈シールダー〉との決定的な違いだが……」


 ティティスとキアは黙り込んだまま考えを巡らせている。

 あちらを立てればこちらが立たず。

 なかなかにもどかしい状況だった。


 慧介は今の状況に、あるゲーム用語を思い出していた。


 ――寄生プレイ。


 高レベルパーティーに低レベルキャラクターで参加して、本来自分では倒せないような強敵と戦い、パーティーに貢献することなく多くの経験値だけを得る手法のことである。


 今の自分がちょうどその低レベルキャラに当たる。


 そして、この世界において、神は寄生プレイを許容していないということらしい。

 戦闘貢献度という評価指標が、明確に寄生を阻害しているのだ。


「あの……、ということは、俺一人でレベル上げしたほうがいいんじゃないですか?」


 慧介が何気なく提案すると、途端にキアとティティスが色めき立った。


「一人は無茶!」

「そうだよ、ケイ。いくらなんでもそれは――」

「あ! あぁ、すいません! そうじゃなくてですね。要するに、俺と同レベルぐらいの仲間と行動した方がいいってことでしょう? ギルドで仲間を募って地道にやったほうがいいのかなって、ちょっと思ったんですけど」

「う~む、確かに、それはそうかもしれないが……」

「……レベルが低い冒険者に、ケイを任せるのは心配」


 ティティスは少し考えている様子だが、心配性なキアははっきりと難色を示した。


 ティティスが仕切り直すように提言する。


「ふむ……。ひとまず、今日のところは予定通りに頑張ってみよう。明日からのことは、また街に戻ってから考えようじゃないか」


 結局、その日も夕方近くまで慧介のレベル上げ作業が行われた。


【シールド・バッシュ】という新たなスキルを得たことで、慧介の戦闘貢献度もそれなりに上がるのではないかと思われたが、残念ながらその期待は叶わなかった。

 入手できる敬虔値はごくわずかしか上がらなかったのだ。

 キアもティティスも、慧介が敵をスタンさせなくても敵を一瞬で倒すことができる。先にスタンさせる意味がないのだ。


 慧介が【シールド・バッシュ】でスタンさせた敵に自らとどめを刺した場合のみ、得られる敬虔値は爆発的に増加する。


 数体の魔物を自分の手で倒すことにより、ぎりぎりのところでレベル4にはなれた。しかし、次のレベルまでの必要敬虔値を考えると、先はかなり長いようである。


 昨日とはうってかわって、前途は多難であるように思われた。

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