5:パーティー結成……?
階段を上って暖炉室へと入った慧介はティティスの姿を探してキッチンを覗き込んだ。
気配に気づいたティティスが振り返る。
「やぁ、早かったね、ケイ。悪いが今から調理を始めるところでね。まだ時間がかかりそうだよ」
「あぁ、いえ……その、俺、何か手伝いましょうか?」
「ん? いや、気を遣う必要はない。ゆっくりしてもらって構わないよ」
「そうですか? ……けど、手持ちぶさただしな……。――あ! そうだ! 昨日の魔導具の鑑定の続き! あれやっちゃってもいいですか? まだ少し残ってましたよね」
「あぁ、あれかい? ……う~~ん、そうだな……あれぐらいなら別に……いや、やはり……」
ティティスはぶつぶつと呟きながら真剣に考え込んでいる。
暇つぶしにちょうどいいし、キアとティティスの役にも立つだろうからと思って軽い気持ちで提案したのだが、思いの外ティティスを悩ませる結果になってしまった。
「あの……なんかまずいんだったらやめときますけど……」
「――ん? あぁ、すまない! そうだね。今はちょっとやめておいてもらえるかな。少々不安もあるのでね」
「精神力切れのことですか? それなら数が少ないから大丈夫かなって思ったんですけど」
慧介が昨夜鑑定した魔導具の数は十二個。残りの魔導具はせいぜいが五,六個である。数が半分なら問題ないと、慧介は安易に考えていた。
「いや、そう単純なものではないんだよ。魔導具にはランクが定められている。それは実際に鑑定した君ならわかっていると思うが、実はランクが高い魔導具ほど鑑定するのにより大きな力が必要になるんだよ。だから、数だけで測れるようなものじゃぁないんだ。それに、他の懸念もある」
「他にも、ですか?」
「うん。まぁね。そういうわけだから、退屈かもしれないがしばらく我慢してくれないかな? なるべく早めに支度をするから」
「あ、はい……。それじゃ……」
「悪いね、ケイ」
慧介は暖炉室に戻って椅子に座ったまま、床の上に並べられた魔導具をぼんやりと見ていた。特に何も考えずに見ているだけだと【鑑定】スキルが発動することもないらしい。そこにあのウィンドウは現れない。あるいはティティスに鑑定するなと釘を刺されたことが影響しているのかもしれない。
キッチンからは包丁で食材を切る音がリズム良く鳴り響いている。
ついでに鼻歌も聞こえてきていた。耳慣れない独特の旋律。ティティスの故郷の歌だろうか。それともこの世界での流行歌だろうか。
目をつぶって聞き入っていると、階下から足音がする。
キアが眠そうに目を擦りながら暖炉室に入ってきた。
「……ん~~、おふぁよう……」
「おはよう、キア。まだ眠そうだね。昨夜は心配掛けちゃったみたいで、ごめん」
慧介が謝ると眠そうにしていたキアの目が大きく見開かれた。
「――!? そうだった! ケイ、具合はどうっ!?」
「うん。見ての通り、何も問題ないよ。よく眠れたし気分爽快ってとこかな」
「…………そう、よかった……。ごめんなさい、ケイ。あなたにひどいことをしてしまった」
「えぇっ!? そんな大げさな! 大丈夫だよ。ちょっと気を失っただけなんだから。それに、別にキアのせいじゃないだろ? あれは、俺が調子に乗って浮かれてただけだよ」
「……でも……」
キアは見るからに意気消沈していた。
慧介がどう慰めればいいのかわからずにおたおたしていると、いいタイミングでキッチンからティティスが顔を覗かせた。
「やぁ! おはよう、キア。悪いが暇ならちょっとこっちを手伝ってくれるかな?」
「……ん。わかった」
「ではよろしく頼む」
パタパタとキッチンに向かうキアの後ろ姿を見送りながら、慧介は困ったように頭をかいた。
「参ったなぁ……」
女の子一人、満足に慰めることもできやしない。
こんなことだから、今までちっとも女の子にもてなかったんだろうなぁと、身にしみて思うのだった。
◆◇◆
食事を終えた慧介達は三人でそのままテーブルを囲んでいた。
「――え? 必要ない?」
「あぁ。もうその必要はないだろう。君がそういった仕事を敢えて望むのでない限りはね」
昨日の予定ではどこかにバイト口でもないか、ついでに教会や修道院に入ることができないかどうかを調べるつもりだった。だが、改めてそれを口に出すとティティスは明確に否定した。
「そもそも【鑑定】スキルは狙って習得することが非常に難しいレアなユニークスキルだ。半分ぐらいが生まれつきのスキル持ちで、後半分は膨大な知識を得た末に、たまたまスキルを授かったような人が占めている。それだけ鑑定士は少ないんだ。仕事に困るなんてことはあり得ない。商会に雇ってもらえばすぐに高給取りになれるだろう」
「そんなに……。なんかすごいですね」
「ははは。まるで他人ごとのようだね」
「あぁ、いや……ちょっと実感が湧かなくて」
「ふむ。その事実を踏まえた上で、だ。実は我々から君にお願いがあるんだが、話を聞いてもらえるだろうか?」
「え? えぇ、もちろん!」
「それはありがたい。では単刀直入に言うが、我々とパーティーを組んでみるつもりはないかね?」
「パ、パーティーですか!? 俺が? ティティスさん達と?」
「うん。我々としてももっとダンジョンの奥まで行ってみたいという気持ちがあってね。そのためにはお金もいるし、いい装備も必要だ。手前勝手な理由で申し訳ないんだが、君が協力してくれたらそのどちらにも手が届くかもしれない」
「なるほど……。ダンジョンで魔導具を探して、自分が使える物はそのまま使って、他の要らないやつを売ってお金に換えるってことですか? 今ちょうどそういう風にしてるんですよね?」
「あぁ。その通りだよ。しかし、昨日持ち帰った魔導具にしても、やはり掘り出し物と言えるほどたいしたものはなくてね。だいたいが魔導具であるかどうかだけを判断して適当に拾って持ち帰ってくるんだが、このやり方では効率が悪い。もっと古い時代のフィールドまで行けたらいいものも手に入るんだが、そのためにはもっといい装備が先に必要というジレンマでね。今の状況では一発大当たりを引くのを待つしかないんだ」
「……えぇっと、それじゃぁ、俺が一緒にダンジョンに行って、その場で鑑定してランクが高い物だけ持ち帰るとかすればいい……のかな?」
「ふむ。わがままなことを言えばそうなるかな。しかし、君をそこまで危険なことに巻き込むわけにもいかないからね。だから、私達が次のステップに到達するまでの間だけ、商会に雇われるのをちょっと待って欲しいというところかな」
「つまり、鑑定料だけ浮かせられたらそれでいいって感じですか? 俺は家で待ってて、持ち帰ったものを鑑定するだけみたいな?」
「うん。そういうことだね。勿論、その間の衣食住はちゃんと保証するし、正規の鑑定士がもらうのと比べると安くなってしまうのだが、鑑定料もちゃんと払う。もしもその後、私達がダンジョンの奥に到達して体よくお金を稼ぐことができたら、本来君が受け取るはずだった鑑定料金の倍額を払ってもいい。まぁ、とどのつまりは出世払いということだね。本当に、厚かましいことを言ってしまって申し訳ないのだが……」
ティティスは苦笑交じりにそう説明した。
しかし慧介の気持ちは既に決まっていた。
商会のことや鑑定士になれば高給取りといった事実がどうなのか知らないが、ダンジョンの中で一人途方に暮れている自分を、異世界からやってきたらしいなどと胡散臭いことを言っている見ず知らずの人間を、笑顔で助けてくれた二人に何か恩返しがしたいと思っていた。
それに、自分には、どうしてもやりたいことがある。
だから慧介は、特に悩むこともなくあっさりとこの話を承諾した。
「いいですよ。引き受けました。むしろ、俺からお願いしたいぐらいですし」
「本当かね!? いや、それはこちらとしては願ったり叶ったりなんだが……。しかし本当にいいのかい? 商会に務めた方が収入は間違いなく安定するんだよ? 我々につくというのは、むしろ我々に賭けると言った方が正しい。失敗すれば貴重な時間とお金を無駄にすることになる」
「いえ。いいんですよ。俺、もう決めましたから」
「……ほんとにいいの? 後悔しない?」
キアの大きな赤い瞳が慧介をじっと見つめている。
そこにはどことなく慧介の身を案じているような雰囲気が感じられた。
こういうところを見ると、キアはやっぱり年上のお姉さんなんだな、と素直に思えたりもする。
「うん。ちゃんと理由があるんだ。昨日言ったよね? このご恩はいつか必ずお返ししますって。まさかこんなに早く恩返しできるとは思ってなかったけどさ」
慧介がそう言うとティティスが慌てだした。
「いやいや! ちょっと待ちたまえ、ケイ! 恩なら既に十分返してもらっているよ! 昨日魔導具を鑑定してもらっただろう? あれだけでも十分だ。仮に街で鑑定してもらっていたらけっこうな金額になっているはずだよ。我々に恩を感じてこの話を引き受けようと言っているのなら、それはお門違いというものだ。君にはもう何も、我々に対して背負うようなところはない!」
「……うん」
ティティスの言葉にキアも追随する。
だが、慧介の決意は変わらなかった。
「多分、そんなことはないですよ。だって、二人は俺の命の恩人なんですから。昨日鑑定した魔導具の鑑定料がいくらぐらいか知りませんけど、別に一生遊んで暮らせるってほどの額じゃぁないんでしょう?」
「いや、それは確かにその通りだが……しかし……――」
慧介はなおも言いつのろうとするティティスを手で制した。
「ほんとにいいんです。もう決めたことです。何より、二人への恩はまだ全然返せていません。――なんたって、俺の命はそんなに安くはないですからね!」
慧介はどや顔でそう言い切った。なんかいい感じに決まったのではないかと本人は思った。十六歳というお年頃である。ちょっとかっこつけてみたいときもあるのだ。
しかし、慧介がそう言い放った瞬間、暖炉室にはこれまで感じたことのないような静寂が降りてきた。
(あ、やべ……。なんか滑った……?)
慧介の顔が瞬時に赤く染まる。いたたまれない気持ちで俯くと、途端にティティスの笑い声が静寂を打ち破った。
「はっはっはっはっはっはっ! そうか! まだ返せていないか! それはまたなんとも……ははははは――。……ん? あぁ、すまない、ケイ。別に君を馬鹿にしているわけではないんだ。ちょっと驚いただけさ。面食らって言葉もなかったんだ。私はどうやら君のことを少々誤解していたらしい。ケイ、君は将来きっと大物になるよ。間違いない。私が保証しよう!」
ティティスはそう言いながらも未だにおかしそうに笑いをかみ殺していた。
そんな相方を見てキアは可愛らしい眉をしかめている。
「ティティス! 笑っちゃダメ! ケイに失礼!」
「いや……違うんだ。本当にこれは――ははは。なんと言えばいいのか、すごく楽しい気分なんだよ。君にはわからないかな。これから先が楽しみで仕方がないのさ。こんなに楽しい気分になったのは、いつぶりかわからないぐらいだよ」
「……でも、やっぱり、それ以上笑っちゃダメ」
「あぁ、わかった。わかっているよ。……あぁ、すまない、ケイ。顔を上げてくれ。私にできることであればなんでもする。この非礼はいつか必ずお詫びしよう」
「い、いえ……いいんです。いいんですよ、別に全然気にしてませんから…………」
真っ赤な顔でそう言いながら、もう二度と調子に乗って妙なことを口走るようなことはするまいと、心に固く誓う慧介。
「うむ! では気を取り直してもう一度聞こう! もし……もしも君の気が気が変わっていなければ、我々とパーティーを組んでくれるかい、ケイ?」
慧介は顔を上げた。
ティティスは平素と同じ真面目な顔で慧介の瞳を真っ直ぐに覗き込んでいた。
隣に座るキアも同じく真摯な表情で慧介を見ていた。
軽く息を吐いて気持ちを整えると、自然と笑みがこぼれてきた。
何故だろう。とてもわくわくしている自分がいる。
「あれくらいで気が変わるほど、俺は器の小さい男じゃありませんよ。答えは変わりません。その話、お引き受けします」
「そうか……」
「……ありがとう、ケイ」
だがここで、慧介はちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「――ただし、一つだけ条件があります」
「……条件?」
キアは不思議そうに大きな目をパチクリ瞬かせた。
「ほう……。それは何かな?」
ティティスが微笑を浮かべたまま問いかける。
慧介は決意を込めた表情で二人に告げる。
「俺も、ダンジョンに連れて行ってください。どうして俺がこの世界にやって来たのか、帰る術はあるのか、そして、ダンジョンって一体何なのか……。自分のこの目で、確かめてやりたいんです!」
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