4:一夜明けて
昨晩、魔導具の鑑定途中に突然気絶してしまった慧介。そんな彼が目を覚ましたのは、昼をとうに過ぎた頃だった。
突然の異世界に突然の魔物。そんな極限状況から来る極度の緊張と疲労も影響したのだろう。都合十数時間もの間、慧介は眠り続けたのである。
「う…………んん…………ん~~?」
段々意識がはっきりしてくるに連れて、慧介は自分の腕の中に何か柔らかなものがあることに気づいた。
温かくて、柔らかくて、花のようなとてもいい香りがする。
「む~~……」
無意識のうちにさらに抱き寄せたところ、その手がぷにぷにと弾力のあるものに触れた。
「……ん?」
疑問とともに急速に覚醒する意識。
目を開くとそこに、銀髪に覆われた頭部が見えた。
「――――!?」
慧介は今までの人生で最速と自負できるスピードで毛布をはね飛ばした。ベッドの上で尻餅をついた格好のまま、ズザザと後ろに移動。だが、すぐに壁に阻まれる。
眠気など毛布と一緒にどこかに吹っ飛んでしまっていた。
「なっ……なんで――?」
そこに寝ているのは、さっきまで自分の横で寝ていたのは、間違いなくキア・カルタクアという、昨日出会ったばかりの女の子だった。背中の三つ編みはほどかれており、緩くウェーブがかった長い銀髪がベッドの上に広がっている。着ているのはチューブトップにショートパンツのみとかなりラフな格好である。布地がとても少ないために彼女の健康的な褐色の肌がとてもよく見えた。
キアはスヤスヤと小さな寝息をたてながら気持ちよさそうに眠っている。
「む…………? ふぁ~~あ。やぁ、起きたのか、ケイ。どうだね気分は?」
「ふぁっ――!?」
突然声を掛けられて慧介は見るからに動揺した。他人に見られたくないところを見られてしまったような、そんな後ろめたい気分である。
よくよく見てみると、ベッドの脇には椅子が二脚並んでいて、その一つに腰掛けたティティスが口元を手で押さえながらあくびをしていた。
「やっ、あのっ……えっ!? 何でっ!? 何で俺、キアと一緒に寝てるのっ!?」
「ん? あぁ、ちょっと落ち着きたまえ、ケイ。別段どうということもないさ。昨夜のことはどこまで覚えてるかな?」
「昨夜……?」
慧介の脳裏に昨夜の記憶が蘇る。
キアに差し出されるままに魔導具の鑑定をしていたら、突然気分が悪くなってきて、そして――。
「あれ……? 俺、鑑定中にいきなり寝ちゃったんですか?」
「いや、違うよ。寝たのではなく、気を失ったんだ。精神力が切れてしまったんだろう」
ティティスが言うには、魔法やスキルを使うには精神力というものが必要で、それがゼロになってしまうと気絶してしまうのだという。
「つまり、君は【鑑定】スキルを連続で使いすぎた結果、精神力切れを起こして気絶してしまったというわけだね」
「はぁ。なるほど……」
疑問は一つ解消した。だが、現在最も大きな問題は、今も自分の足元で安らかな寝顔を見せているキアのことである。
「あの……それで、なんで俺とキアが同じベッドで寝ることになっちゃったんですか?」
「うん? いや、それはたまたまだよ。昨晩、キアは、自分が調子に乗って【鑑定】スキルを使わせ過ぎたせいで君が気絶したと責任を感じていてね。目を覚ますまでずっと看ていると言ってきかないんだ。それで、ひとまずキアの部屋に君を寝かせることにした。しかしそうなってくると、私も一人だけのんびり寝るわけにもいかないから、二人でこうして椅子を並べて様子を見守ることにしたわけなんだが、キアは元々夜になるとすぐに寝てしまうタチだったからね、朝方に限界を迎えて眠ってしまったんだ。私は眠ってしまったキアに毛布を掛けて、後は一人で君を看ておくつもりだったんだが、残念ながら私も知らぬ間に居眠りしていたらしい。気がついたらキアはベッドの中で君と一緒に寝ていたというわけさ」
「はぁ……? あの、それじゃぁキアが俺と一緒に寝てたのは……?」
「うん。つまり、ここは元々キアの部屋で、それは元々キアのベッドだから、寝ぼけた彼女が無意識に自分のベッドに潜り込んだんだろう。そこにたまたま君という先客がいたというだけのことで、特に他意はない、ということだよ。最初に言ったとおり、たまたまだね」
「はぁ~……なんだ。びっくりした~~」
よもや自分でもわからないうちに良からぬことをしてしまったのか、なんてことも一瞬考えたものの、全ては杞憂だったらしい。まぁ冷静に考えればそんなことがあるわけない。自慢じゃないがそんな度胸などはなから持ち合わせていないのだ。
安心したら急に余裕が出てきた。体を丸めて子供のようなあどけない寝顔を見せるキアに目を細める。心配してずっと見守っていてくれたのかと思うと、なんだかとても温かな気持ちになった。
「それでケイ、体調はどうだね? 気分が悪いなんてことはないかな?」
「えっ――!? あぁ、いや、全然。何も。むしろよく寝たから清々しい気分です」
「それはよかった。ならば私は早速食事の支度でも始めるとしようか。もう昼をだいぶ過ぎてしまっているしね」
ティティスはそう言って立ち上がると大きく伸びをして、これまた大きなあくびをかみ殺した。
「あぁ、そうだ。君のズボンのことなんだが、余り寝るのにふさわしいものではなさそうだったから勝手に替えさせてもらったよ。そこに畳んで置いてあるから、着替えてから上の暖炉室に来てくれるかな? 私のもので申し訳ないが、シャツも一緒に置いてあるから」
言うべきことだけさっさと言って、ティティスは部屋を出て行った。
「…………」
慧介は無言のまま視線を下に向け、自分の体を今日初めて確認した。
丈の長いワンピースのようなものを着ていた。
色は白で生地は薄めだが透けるほどではない。恐らく素材は綿だろう。特別セクシーな夜着というわけでもないが、あからさまに女物であった。
慧介はキアを起こさないようにそっとベッドから降りた。
「ふ……ふふふふふ…………」
乾いた笑い声が漏れる。
スカート部分がふわりと翻るのを見ると、自分が女性ものの衣服を着ているという感覚がことさらに強く感じられた。
慧介はがっくりと手をついてくずおれた。
(うぉぉぉぉぉぉぉぃっ!! どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 異世界まで来て何着てんの俺ぇぇぇぇぇぇぇぁっ!?)
慧介は一人おぞましい自分の姿に寒気を感じながら、寝ているキアを起こさないように、心の中で静かに、しかし激しく叫び続けた。
やがてキアがムニャムニャと寝言を言いながら寝返りをうった瞬間、ビクリと痙攣して正気に戻り、急いで着替えを開始した。ちなみにパンツだけはちゃんと自前のものを履いていた。最後の砦はなんとか守られたようである。
ティティスが用意したシャツは大きくてだぼだぼのものだった。
最初からこれと自分のジーパンで良かったのに。
慧介は泣きたい思いで、ジーパンのファスナーを上げる。
昨日、キアの小さな手が、これをつまんで降ろしたことを思い出し、思わず赤面する。
ひったくるようにベルトを掴むと、ちらとキアが寝ていることを確かめて、慌てて、けれど音を立てないよう慎重に部屋を出て行くのだった。
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