3:魔導具と鑑定スキル
治療を終えて無事にズボンをはいた慧介はようやく人心地ついていた。
そこに、キアが戻ってくる。
「……終わった? 足の調子はどう?」
「すごくいいよ。おかげで明日筋肉痛に悩まされずに済みそうだ。どうもありがとう」
「……そう。ならよかった」
キアは入り口近くに置きっ放しにしていたリュックを部屋の真ん中へと運んだ。簡易で作った背負子を解体してパーツとなった武器や防具を一つ一つ床に並べ、さらに、リュックの中身を丁寧に横に並べていく。
そうして綺麗に武器や防具を並べ終わると一つ一つそれを吟味しだした。ためつすがめつ眺めては、何事かをメモ用紙に書き付けている。
「あれは何をしてるんですか?」
気になった慧介はティティスに尋ねてみた。
「あぁ。ダンジョンから持ってきた戦利品をチェックしているんだよ。
ダンジョンの中には魔導具と呼ばれる、魔法の力がこめられた品があちこちに落ちていてね、ほとんどはガラクタみたいなものなんだが、中にはとても有用なものもあって、そういう魔導具は高く売れるんだよ。
私達は最近そういう魔導具の回収を中心に稼ごうとしているんだが、これがなかなか、そうそう上手くはいかなくてね」
「うまくいかない? その……つまり、本当にガラクタばっかりってことですか?」
「まぁ、そんなところかな……。
本来、正規で流通している魔導具には鑑定書がついているものなのだが、ダンジョンで発見できるようなものは当然鑑定書などないのが普通でね。
これがないと魔導具はまともに使えないから自分では使いこなせないし、売りさばくにしても未鑑定だと安値で買いたたかれてしまうから先に鑑定しなければならないんだ。
だが、鑑定するにもけっこうな金額が要求されてしまうんだよこれが。
下手をすると売却額が鑑定額を下回ることもままある。
骨折り損のくたびれもうけというわけだ。
だからああやって、高く売れそうなものを見繕っているんだよ。
明らかにダメそうなものは鑑定するだけ損になるからね。
そういうものは鑑定せずにジャンクショップに流してしまうのさ」
「へぇ~~、なんか大変なんですね……」
「まぁね。実際楽な商売なんてそうそうないものだよ」
慧介は熱心に作業を進めるキアの元まで歩み寄ってメモを覗き込んでみた。装飾の雰囲気から時代がどうこうとか、全体的な保存状態の善し悪しなどが丁寧に書き連ねてある。
キアが吟味し終わったロングソードを何気なく手に取る。ダンジョンから脱出する際に、背負子のパーツとして慧介をずっと支えてくれた、ある意味頼りになった相棒である。
しばらく表裏とひっくり返しながらじっと眺めていると、久しぶりにアレが現れた。ダンジョンの中で目を覚ました当初、エラスティックスライムやヘッジホッグスパイダーという魔物、そしてミアリーフという薬草のデータを教えてくれた、あのウィンドウである。
[
微弱ながらも風の精霊の力を刀身に封じ込めた長剣。持ち主の魔力を吸って風の刃を飛ばすことができる。ただし、その名が示す通り威力は草を刈る程度。古代都市国家ヴルガで生まれた一品 ]
「はぁ~~、なるほどねぇ。………………んん!? あれっ!? えっ!? もしかしてこれ――!?」
「……どうかしたの?」
突然素っ頓狂な声を上げた慧介を不審に思ってキアが振り返った。
慧介は隠しきれない興奮を必死に抑えながらも手に持ったロングソードをキアに差し出した。
「こっ、こっ、これっ! 魔名が〈グアダーナ〉って! キアには見えてるのっ!? もしかして、見えてないのっ!?」
「――なんだとっ! ケイ! 君はその剣の魔名がわかるのかっ!?」
慧介の声に応えたのは背後で椅子にのんびり座っていたティティスだった。
勢いよく立ち上がった反動で椅子がけたたましい音を立てて倒れた。
「やっ……あの、それが……」
「ケイ! 答えてくれ! 君にはその剣の魔名が見えるんだなっ!?」
ティティスに肩を掴まれガクガクと揺さぶられる。
「あっ、あのっ、だからっ――お、落ち着いてっ! ちょっとおひゃっ!?」
揺さぶられながら無理に喋ろうとしたために舌を噛んでしまった。
ティティスは慌てて慧介から手を離すと謝罪した。
「あぁ、すまない! 思わず取り乱してしまって……。しかし、【鑑定】スキルを持っている人間なんて滅多にいないぞ。まさか神の存在も不確かな異界からやって来たという君が、そんなレアスキルを持っているとは――!!」
慧介が口元を抑えて噛んだ舌の痛みに耐えていると、キアが床から取り上げた木の杖を慧介に差し出してくる。普段あまり表情を動かさないキアだが、このときは少し興奮しているように見えた。
「……これ! 見える?」
「ん……。ちょっと待って。そのまま。見えてくるまでちょっと時間がかかるんだ」
慧介は眼前の杖に意識を集中する。
恐らく大切なのは「これは何だ?」という疑問だと思われた。
今までウィンドウが出てきたタイミングは、程度の差こそあれ、そういう不可解なものに対する好奇心が触発されたときだったように思う。
しばらくじっと見ていると、やがて杖の横にウィンドウが現れる。
[ 魔名:風遊びの杖ヴィンフガール | 種別:ロングスタッフ | ランク:4 |
常に風が吹き続ける谷間に生えていたオークの木からつくり出したこの杖は風の精霊ととても相性が良い。軽く振るうだけで風を巻き起こし、風の精霊シルフを操る精霊魔法の威力を上昇させる効果を持つ。〈メイジ〉が操る風魔法にもわずかながら威力上昇の効果を発揮する。古代都市国家ヴルガの一品 ]
慧介が読み取った情報をそのまま伝えると、
「ちょっと貸してくれるかい?」
ティティスが杖を手に取った。
しばし手の中の杖を眺めたあと、慧介とキアに背を向ける。
「……風よ吹け! ”ヴィンフガール”」
ティティスが杖を振るいながら囁くようにそう唱えた瞬間、窓も扉も閉め切ってある部屋の中に、突然、風が巻き起こった。
つむじを巻くように吹いた風は三人の衣服をパタパタとはためかせ、床に置いてあったキアのメモ用紙の束を天井まで紙吹雪のように舞い上げる。
慧介はそれをただ呆然と眺めていた。
小さな紙切れがヒラヒラと床の上に降り積もるのを待って、静かに慧介を振り向いたティティスは満面の笑みを浮かべていた。
「間違いない……。ケイには魔名が見えている。これは――――実に素晴らしいことだ!」
「……すごいっ! ケイはすごいっ!」
キアも子供のようにピョンピョンと跳びはねて喜んでいる。
突然の拍手喝采に慧介は照れくさくなって頭をかいた。
今までの人生でこんなにもてはやされたことが果たして一度でもあっただろうか。いや、断じてない。慧介の人生は良くも悪くも平凡だった。浮き沈みのない平坦な日常をこれまでずっと繰り返してきたのだ。
「これっ! これはっ!?」
「お、おうっ! 任せとけっ!」
はしゃぐキアに急かされるように、慧介は次々と差し出された魔導具を鑑定していく。
その数が十個を超えた頃、慧介はなんとも言えない虚脱感を強く感じ始めていたが、昼間の疲労が蓄積した結果だろうと特に気にもしなかった。
結果、十三個目の品を鑑定しようとしたとき、慧介の意識は突然プツリと途切れ、糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んでしまった。
「――!? ケイっ!?」
「しまった! これはっ――!!」
慌てたキアとティティスが慧介の体を支えて抱き起こす。
だが、慧介はぐったりとしたまま、全く目を覚ます気配がなかった。
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