2:逃走の果てに
一体どれくらい歩いただろう。
歩けど歩けど変わらず木々がずっと先まで続いている。
体感的には随分歩いているような気がする。
だが慧介は思っているほどは歩いていないはずだと自分に言い聞かせた。
焦燥や不安がそう錯覚させているだけなのだと。
「落ち着け俺。まだ焦るような時間じゃない……」
一人呟きながら歩いていると、突然視界に妙なものが入り込んできた。
慌てて木の陰から様子を窺う。
それはいがぐりのようなトゲトゲがついた扁平な球状の物体だった。
高さは自分の背丈より低いようだが、両手を広げて抱きかかえようとしても足りないぐらいの大きさがある。
放射状に飛び出している棘の長さだけでも一メートル弱はありそうだ。
よくよく見ると棘のそこかしこに何かが突き刺さっている。
骨だった。黄ばんだ獣の骨らしきものが串刺しにされて枯れ果てている。
「わけのわからないことが次々と……。今度はいったい何なんだ?」
慧介は目をこらして巨大なハリネズミ、あるいはいがぐりのような物体を注視する。
すると毎度おなじみのウィンドウが現れた。
[ ヘッジホッグスパイダー:LV8:背中や脚にハリネズミのような棘を生やした蜘蛛の魔物。地上で活動するタイプで糸は吐くが巣は作らない。串刺しにした獲物に口が届かず食べられないので間抜けな魔物だと思われがちだが、実際には鳥の肉を好み、体当たりで地上の獲物を串刺しにしてじっと待ち、死肉を漁りに来る鳥類を糸を吐いて捕食するという生態を持つ ]
「なんかやばそうなの来たな。触らぬ神に祟りなし。ここは迂回して――」
慧介がそっと引き返そうとしたときだった。
「――っ!?」
不意の衝撃。
背中に何かがぶつかって慧介は正面、ヘッジホッグスパイダーがいるほうへと吹っ飛ばされた。倒れ込みながら肩越しに後ろを見ればそこには緑色のボールのような物、エラスティックスライムの姿があった。
いつの間にか追いつかれていたのか。まさか執念深くこんな遠くまで追いかけては来るまいという慢心があった。
もしかしたら先ほど絡まれたのとは別の個体だという可能性もないではないが、今問題になるのはそんなことではない。
「キシャァァァァァァァッ!!」
つんのめるように地を滑り接近してきた慧介に反応してヘッジホッグスパイダーが立ち上がって臨戦態勢に入っていた。
「やっべっ! ――っとぉぉっ!?」
背後から襲い来るスライムの追撃を間一髪で躱して慧介は横に向けて走り出した。
ヘッジホッグスパイダーが地を這うように低空を跳躍しているのが横目に確認できた。
先ほどまで慧介がいたところを通り過ぎ、地面に脚を突き刺して止まったヘッジホッグスパイダーの棘にスライムが見事に串刺しになっていた。
「ざまぁっ! ――とか言ってる場合じゃねぇぇっ!」
スライム一匹をやっつけたところで満足することはなく、ヘッジホッグスパイダーは確実に慧介をターゲットに定めたらしかった。
八本の脚を高速で動かして走り、ときに飛び跳ねながら慧介の後ろを追いかけてくる。
対する慧介は足をもつれさせ、転ぶようにしながらも立ち止まることなく懸命に走り続ける。木々を盾にするようにすれすれのところを走ることで辛うじて敵の攻撃を退けていた。
土を
「あぁぁぁぁぁっ! ちくしょぉぉぉぉっ!」
奇跡的に敵の追撃を躱しながらひた走る慧介だったが、その幸運も長くは続かなかった。
「!?」
後ろに気を取られ過ぎていたのが悪かったのだろう。
気がついたときにはもう、地を蹴った脚が着地するところを失っていた。
「おおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
慧介は、突然森の途切れた先、急に現れた崖から真っ逆さまに落っこちていた。
その下にも先ほどまでと同じような木々の絨毯が広がっている。
頭が真っ白になった瞬間、自分の体に何かが当たる感触がして、ガクッとシャツが引っ張られた。
ヘッジホッグスパイダーの吐いた糸が背中にべったりと張り付いていた。
頭の中を駆け巡る希望と絶望。
一瞬助かったと思ってしまったが、このまま引き上げられたところで待っているのは蜘蛛に捕食されるという最悪の結末。
それなら落下して墜落死したほうがまだましだと思える。
が、慧介を待っていた結末はそのどちらでもなかった。
勢いよく走りながら糸を吐いたヘッジホッグスパイダーは脚を地面に突き刺す余裕がなかった。予想以上の力で引っ張られてバランスを崩し、慧介の後を追うようにヘッジホッグスパイダーの体が宙を舞う。
――――終わった。人生終わった。
風を切り地上に向けて落下しながら、慧介は己の死を覚悟した。
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