ユーレイと絵描き
壁新聞を貼ってからはや数日、梅雨に差し掛かって夏が近づいてきた頃。
オカルト新聞は多少の話題にはなったものの、特に入部希望者は現れる様子はなかった。
特にこれといったオカルト情報もなく、一同はなんとなく学園生活を過ごしていた。
さらに、この日は急に暑くなり佑真たちは完全にダレていた。
「最近暑くなってきたねえ……」
「そうだな……」
「夏と言えば幽霊!怪談、オカルトの季節だよ!!」
「ああ……」
「……うぅー」
恵梨香は暑さと湿気をなんとかテンションで誤魔化そうとしたが、それも出来ずにうなだれた。
佑真も暑いのはかなり苦手なほうであり、すっかりやる気をなくしてしまっている。
図書室には冷房があるが、そちらにはいかずに教室で風にあたっていた。
「……二人とも、ずいぶんとだらけているわね?」
そこへ藍がやってくる。
さすがというべきか、少し汗をかいてはいるものの藍は平常通りと言っても差し支えない状態であった。
「藍ちゃんー……だって暑いんだもん……」
「まあわかるけどね……」
藍は少しだけ微笑んだあと、表情をいつもの笑顔に変えてわざとらしく二人に問う。
「ところで二人とも、そろそろ期末テストの時期となりますが、準備の方はいかがでしょうか」
「う」
「うぇ」
佑真と恵梨香はまるでつぶされたかのような声をあげる。
二人とも特に成績に問題がある方ではないが、それはそれとして期末テストはやはり嬉しいものでもない。
図書室にいなかったのもこの為で、図書室は今現在試験のための勉強をする生徒が優先なのである。
「私としてもね、同じオカルト研究会の面々の成績が悪かった、なんてことになると少し困ってしまうわけなのよ。わかるわね?」
「うぃ」
「む」
「二人とも、人間の言葉を話してくれないかしら」
藍が呆れたように二人の体たらくを指摘する。
なんとか佑真が人としての形を取り戻し、藍を見る。
「まあ、藍さんの言うこともわかるけどさ……」
藍の成績は流石というべきか、トップクラスである。
普段からオカルト研究会の活動やゲームセンター通いをしているにも関わらず何故勉強ができるのかと前にあきらが聞いた際には「授業をしっかり受けているだけよ」となんの参考にもならない答えが返ってきたとぼやいていた。
「正直、この暑さで勉強のこととか考えたくないっていうか……」
「もう、これからどんどん暑くなるわよ。このくらいでへばってたら勉強なんてできないでしょうし、オカルト研究会もしばらくは休止して、勉強を優先させましょう」
「うぅうぅぅぅうー……」
その言葉にとどめをさされたかのように、恵梨香が断末魔のような呻き声をあげた。
藍が子供を見るような目で恵梨香を見た。
「……あら、ところで……レイコさんはどこに?」
藍は他に人がいないことを確認してこっそりと聞く。
「あいつなら図書室にいるよ」
「図書室?なんでまた?彼女、暑さは感じないのよね?」
「どうも試験勉強に興味があるみたいでさ、他人の勉強を覗き見してるらしい」
レイコはやたらと勉強に対して熱心である。
いくらレイコキネシスで本が読めると言っても人前では読めないため、そうやって覗き見ているのかもしれない。
「あら、レイコさんが試験勉強に興味があるならいいことじゃない。佑真くんと恵梨香さんも試験勉強をすれば、レイコさんもわざわざ勉強の覗き見なんてしなくてもいいじゃない」
「しまった、藪蛇だったか……!」
佑真は苦虫を噛み潰したような顔をする。
藍は笑顔で、佑真と恵梨香の手をとった。
「さ、レイコさんに会いに行きましょう。図書室のほうが涼しいし、試験勉強もできる。レイコさんも知識欲が満たせる。あら、一石三鳥じゃない。これはもう迷うことはないわね。行きましょう」
「ひ、ひっぱらないでーーー」
「なんか、藍さんテンションおかしくない……!?」
ひょっとしたら、やはり藍も暑さのせいで若干変になっていたのかもしれない。
そのまま藍は二人を連れて、図書室へと向かってずんずんと歩き出した。
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「さて、レイコさんがまだいるといいんだけど」
「まあ、なんだかんだレイコは行先はちゃんと告げていくから……」
「ふふ、割と信頼しているのね」
藍からの予想外の言葉に思わず佑真は顔をそらして自分の頭をさする。
その様子を見た恵梨香が少しだけ羨ましそうな顔をした。
「いいなあ、佑真くん。レイコちゃんと心が通じ合ってるんだ……」
「そ、そういうんじゃないから……」
照れる佑真を見て、恵梨香はまた微笑む。
佑真は逃げるように一足先に図書室に向かい、扉を開けた。
「あ……」
「わっ……!」
と、その時。
ちょうど図書室から出ようとしていた少女と佑真が鉢合わせとなった。
佑真と比べても頭半分程度は身長が高く、無表情……というよりは眠そうな顔が特徴的であった。
少女は持っていた本を数冊取り落としてしまった。
「あ、その、すみません……!」
「……別に平気……特にぶつかられたわけでもないし……私、勝手に本を落としてしまったというか……むしろ本が……落ちたかったのかも」
「は、はあ」
佑真は少女の言葉にやや困惑しつつ、本を拾い上げる。
どうやら試験勉強というわけではないらしく、いくつかの絵画に関する本が床に散らばっていた。
「わざわざ拾ってくれてありがとう……私はやはり……肉体労働が得意なほうじゃないから……落ちた本を拾うという作業が重労働になりつつある年頃というか……まあまだ高校生なんだけど……」
「あ、はい……」
変人だ、という印象であった。
なんせこのような妙な言い回しを表情ひとつ動かさずに言っている。
なんとなく、無表情というか、眠そうな顔のままで。
その時、後ろから藍と恵梨香が追いついてきた。
「もう、気を付けないとだめじゃない佑真くん」
「ごめん」
「いえいえ……条件としては私もほとんど同じ……むしろ本を拾っていただいた分……そちらのほうにプラスポイントが多いのではないかと……思う次第……というわけでごめんなさい……マイナスポイントが……多くて……」
「え、あ、はい……」
ぺこりと頭を下げたその少女に藍もやや困惑した様子で返した。
少女はそのまま一礼すると去っていこうとする。
と、思った矢先にくるりとUターンして再び佑真達の前に立つ。
そして佑真達の顔をまじまじと見始めた。
「……ええと、その、何か……?」
「……もしかして……オカルト研究会の人たち……?」
「えっ、あ、はい、そうです……!」
困惑する佑真の代わりに、恵梨香が答える。
するとその少女は無表情のまま目を輝かせて恵梨香の手を握った。
「……」
「……あ、あの、えっと、なんでしょうか……?」
「……私……あの壁新聞……見て……感動した……UFO……宇宙人……ケサランパサラン……とても……よかった……」
「えっ、ほ、本当ですか……!?」
壁新聞を褒められて、恵梨香が思わずくりんとした目を輝かせた。
彼女も無表情のまま、目を輝かせている、ような気がする。
「あの……よければ……お話を聞かせてほしいんだけど……いい……?」
「え、ええと……」
恵梨香はちらりと藍の方を見る。
先程、しばらくオカルト研究会の活動は休止と言われたことを気にしているのだろう。
藍はしばらく考えていたようだったが、恵梨香の心配そうな表情を見てやむなく首を縦に振った。
「はい!是非聞いてください!」
「……ありがとう……私……二年の……
「えっ」
「……ジョーク」
菜々子は全ての言葉を顔色ひとつ変えず言い切った。
そんな時、扉の方からレイコがふいと現れた。
「あれっ、佑真さん達、こんなとこで何を……むむむっ」
レイコは菜々子を見るなり非常に興味深そうな表情であたりをくるくると回って彼女を見渡した。
佑真は嫌な予感がして、自分の頭をさすった。
「いいですね……身長が高い!髪の毛もふわっとしたボブスタイルでとてもかわいらしい!スタイルもいいですよ佑真さん……これはまた逸材を見つけましたね……!!なによりついに先輩キャラですよ!これは落とさない手はありませんぜ!」
「……」
佑真は努めてレイコを無視する。
藍がレイコに笑顔を向けると、レイコはひるみ少しだけ大人しくなった。
「……じゃあ……ちょっと……ついてきて……」
「え、どこへ……ひゃあ!」
「……邪魔されずに話せる……ところ……」
菜々子はそう言って恵梨香の手をひいていく。
今日の恵梨香はどこかに連れていかれてばかりである。
仕方なく佑真と藍、そしてレイコもそれに続いていった。
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「屋上か……初めて来たな……」
「私も……」
佑真と恵梨香は、菜々子に連れられてやってきた屋上にてそうつぶやく。
この学校の屋上は解放されており、いくつかのベンチや人工芝などが佑真達を迎えた。
屋上は日差しが強くて暑いものだと佑真達は思っていたが、意外と日陰の部分は風通しがよく涼しい場所であった。
「私はたまに来たわ。いくら屋上が開かれているとはいっても危ない使い方をする人も多かったから」
藍はそう言いながら周りを確認する。
もしかして今もそういう使い方をしている人がいないか目を光らせているのだろうか。
菜々子は、日陰のベンチに三人を左から恵梨香、佑真、藍の順番に誘導して座らせる。
そして自分はスケッチブックを持って、立ったまま三人を鉛筆越しに見つめる。
「……え、えっと、話があるんじゃ……?」
「……ん……その前に、ちょっとアタリとらせて……」
「あ、あたり?」
「絵の下書きのことですよね?一体どういうことですか?」
恵梨香の疑問に藍がさっと答え、さらに菜々子に疑問を呈する。
菜々子はささっと鉛筆を走らせた後、再び三人を見る。
「……いいモデルだと思ったから……つい癖で……ダメだった……?」
「その、ダメといいますか……目的がわからなくて……」
「……ごめん、説明……忘れてた」
藍の質問に、菜々子はとにかく無表情のままで説明に入る。
今度こそはちゃんとした説明であった。
「私は絵を書くのが好き……この間のUFOにも……興味があって……UFOの絵……描こうと……頑張ってたけど……上手くいかなかった」
菜々子は、無表情でありながらも多少がっかりした様子でそう言った。
しかし今度は無表情ながら、なんとなくわくわくしているように見える顔で言う。
「……UFOの正体……ケサランパサラン……ものすごい興味がある……描いてみたい……から……とりあえず……オカルト研究会のあなたたちを……描く」
「なんで!?」
佑真は思わず立ち上がりツッコんだ。
菜々子は真剣な表情……といっても、やはり無表情だが……そんな表情をして、佑真に座るように指示する。
「……あなた達にはきっと……ケサランパサランの残光がある……描いていれば……それが見えてくる……はず」
「そ、そういうものなんですか?」
「……そういうもの」
恵梨香の質問になんのためらいもなく、菜々子ははっきりとそう返した。
そこまで言い切られては誰も反論ができなかった。
「……だから……とりあえず……アタリだけ、取らせて……あんまり大きく動かなければ話とかしててもいいし……」
「ど、どうしよう佑真くん……絵のモデルなんて初めてだから緊張してきたよ……」
「とりあえず、描かれること自体はやぶさかではないんだな……」
恵梨香のその様子を見て、佑真と藍もしぶしぶ描かれることにした。
菜々子は集中をしはじめたらしく、少し声をかけた程度では全く反応をしなくなっていた。
ふわりとレイコが佑真の隣に舞い降りて耳打ちする。
「佑真さん、これ私もじっとしておいたほうがいいんですかね」
「いや……流石に見えないだろうから……」
「ですよね……ということは……」
「藍さんが見ている中で何かをする勇気があるんならやればいいんじゃないか」
「あう……」
佑真に考えを完全に見透かされ、レイコは呻いた。
仕方なくレイコは大人しく佑真と恵梨香の間におとなしく浮いておくことにした。
「それにしても絵のモデルですか……昔は憧れたなあ、そういうの。いつか何かの記念に自分の絵を描いてもらう、とか夢見たりして」
「レイコちゃん……」
レイコの発言に、恵梨香が悲しそうな顔をする。
それを見てレイコは慌てて笑顔を見せた。
「いやいや、別にいいんですよ、今は!皆さんで撮ったプリだってありますし!……それに、ほら。描いてくれたじゃないですか。壁新聞に幽霊ちゃん」
「えへへ、あれは実はね、佑真くんが……」
「あー、あー、でもやっぱり今日は暑いな!」
「誤魔化し方へたくそですね佑真さん」
「ねー」
恵梨香とレイコは顔を見合わせて笑う。
佑真が顔を背けると、隣の藍まで笑っている。
「別に照れるようなことじゃないのに。私佑真くんのそういうところ結構……」
「……?」
「ん、まあ、そうね。気に入ってるのよ、実は」
藍は少しだけ言葉を濁しつつも、笑顔でそう答える。
佑真は恥ずかしさでいたたまれなくなりながら、早くアタリを書き終わることを望んだ。
「……んむ、描けた」
その言葉と共に佑真は弾けるようにその場から立ち上がった。
恵梨香はその様子に微笑みながらも、菜々子のスケッチブックに興味を示す。
「気になります……!見せてください!」
「……アタリだから、面白くないよ……汚いし……」
「一応モデルやったんですから、見せてもらう権利はあるんじゃないでしょうか?」
「……確かに」
藍の言葉に菜々子は無表情のまま、納得した!といったような顔をして恵梨香にスケッチブックを手渡した。
恵梨香はそれを開き、藍と佑真にも見せに行く。
そこには、恵梨香と佑真と藍をざっくりと形にしたものが描かれている。
そして恵梨香と佑真の間には、謎の人型が描かれている。
佑真達はそれを見てぎょっとした。
「……何か問題あったかな……?」
「あの、これは……?」
佑真はその人型を指差した。
菜々子がそれを覗き込み、しばらく考えるようなしぐさを見せる。
そして自分の手のひらをぽんと叩いた。
「……幽霊……?……描いてる途中で見えるようになってきたから……描いてみた」
「えぇ……!?じゃ、じゃあ今も見えるんですか……!?」
恵梨香が思わずそう聞いた。
菜々子はレイコと目をあわせると無表情のままこう言った。
「……ああ……見えるね、うん」
今までレイコが見えるようになった少女の中で、一番驚きのない反応が返ってきたのだった。
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