ユーレイとUFO・星空の章

 ようやくルシールの騒動から落ち着き、オカルト研究会一行は再びUFOを探す作業に戻った。

 しかし、一向にUFOは現れずただただ星を見るだけの時間が過ぎていき、次第に疲れも見えはじめる。


「UFO、出ないねえ」

「そうね……」


 実際あきらなどはかなり飽きてきており、先程からその場で走りこんだりスクワットをしたりして、藍に危ないからやめなさいとたしなめられるのを繰り返している。


「まあ、やっぱりそうそう出るもんじゃないか……」

「ふーむ……」


 レイコはふわりと恵梨香の元に飛んでいく。

 流石の恵梨香も、なんの兆候もない状況にやきもきしているようであった。


「恵梨香さん恵梨香さん、UFOってどういう状況で出る、とかそういう情報はなかったんですか?」

「うーん、それがなんだかバラバラでねえ、全然共通点がないんだ」


 恵梨香はポケットからメモを取り出してぺらぺらとめくる。

 レイコがそれをのぞき込むとなるほど、場所も時刻もバラバラである。

 かろうじて夜の出現が共通点のように見えるが、単純に太陽が出ている時間帯には見つけづらいだけである可能性もある。


「時系列に並べてみてもあちこち行っちゃって、全然予測つけられないし」

「んー、これじゃあ毎日調べるしかないですねぇ」

「今夜は会えないかもね、UFO」


 二人の会話を聞いていた藍が肩をすくめる。

 恵梨香は残念そうにうなだれた。


「まあ、そういう日もあるでござるよ。仕方ないでござる」

「あっ、ルシールがござるに戻ってるッス」

「なんのことだか拙者わからないでござるなぁー、拙者いつもこうでござるしぃー」


 ルシールは口を尖らせて知らん顔をする。

 どうやらルシールのござる口調は彼女の余裕のバロメーターのようであった。


「まあいいじゃない。星は星で結構綺麗よ、ほら……」


 藍がデジカメで写真を撮った後、適当な星を指差して眺める。

 恵梨香も改めて携帯で星空を写真に撮った。

 その星は非常に綺麗で、確かにこれだけでも十分価値があるように見えた。


「……そろそろ時間も遅くなってきたでござるな」

「確かに。帰りのことも考えるとそろそろ引き上げ時かな……恵梨香さん」

「ちょっと残念でござるけど、今日はそろそろ……」

「うん……そうだね……あの、私ね……」


 恵梨香が佑真やルシールに何かを言いかけた時のことだった。

 突然、少し離れたところにいたあきらが叫んだ。


「あーっ!!!」

「あきらさん、今度はどうしたの」


 藍がまたか、といった様子であきらの元へ向かう。

 あきらは案の定、空を見ておらず茂みの中に視線を向けていた。


「飲み物でもこぼした?」

「そんなことしてねーッスよ!!……じゃなくて、ちょっと、これ、見て!」


 藍はそっと言われた通り茂みの中を覗き込む。

 しばらく怪訝な顔をしていた藍は、驚いたように目を丸くした。


「みんな、ちょっと来て!」

「なんでしょうね」

「どうしたんでござるか?」

「なんでウチの時には誰も来ないのに藍の時には来るッスか……」


 ぞろぞろと全員集まっていく様を見たあきらが少しだけいじけたように呟く。

 それをレイコがよしよしとなでるようなそぶりをしてやっていた。


「で、いったい何があったんだ?」


 佑真が茂みの中を覗き込む。

 そこには、白く光る何かがいた。

 いうなればたんぽぽの綿毛がいくつか集まり光り輝いているような、そんな存在であった。


「なんだこれ……!」


 佑真は目を丸くした。

 その不思議な光るなにかは、決しておもちゃなどではなく明確に生きているような、そんな気にさせられた。


「……これっ……!」


 佑真の隣でそれを見た恵梨香は、そのくりんとした目をきらきらと輝かせた。

 しばらくその姿に見入っていた恵梨香だったが、ばっと顔をあげる。


「もしかして、ケサランパサランかもしれない……!」

「けさ……?ゆ、幽霊じゃないでしょうね……?」


 ルシールが少しこわばった表情で恵梨香に問う。

 恵梨香は待っていたとばかりに光る何かから少し離れ、勢いあまってくるりと回り全員を見た。


「ケサランパサランっていうのはこういう風に白い毛玉の存在で、幽霊じゃないけど、これのひとつひとつが力を持った妖怪だっていう説が有名かな。幸せを運ぶって言われてるんだけどその正体はわかってなくて、UMAの一種とされることも多いんだよ。名前の由来もいろいろあってね……」

「あ、えーっと、わかったでござる」

「わかってないでしょ!!それにこんな風にケサランパサランが光るなんて話聞いたことないし……もしかして、これ本当に本物なのかも……!!」


 恵梨香は興奮した様子で再びその光を見る。

 一同、それをしばらく眺めていたが、やがてあきらが飽き始めた。


「……」


 なにげなくあきらが光に手を伸ばす。

 そして指がそっと触れた瞬間、光はぱっと空に舞った。


「うひゃあっ!」

「あっ……!!」


 恵梨香は飛んでいった光を追いかけていくが、やがて山の柵にたどり着いてしまう。

 それは光を発しながらふわふわと空高く飛んでいく。

 柵から身を乗り出しかねないほど、恵梨香はまじまじとその様子を見つめていた。


「ご、ごめんッス……まさか飛んでいっちゃうなんて思わなくて……」


 あきらは恵梨香の後ろから申し訳なさそうにやってきて、頭を下げた。

 しかし振り返った恵梨香は、きらきらと輝かんばかりの笑顔であった。


「ううん、いいんだ!できれば私もさわってみたかったけど……でも私、ケサランパサランに会えて……飛んでいくところを見れて、それだけで十分だよ!ほら見て!まだあそこで光ってるのが見えるよ!」

「……ほんとッスね……」

「それにあきらちゃんが見つけてくれたんだもん。ありがとうあきらちゃん」

「い、いや、その……なんか、そんな風に言われるとちょっとバツが悪いッスけど……」


 あきらはまだ少しだけ申し訳なさそうに恵梨香に笑みを返した。

 その時だ。恵梨香の足元に満点の星空が広がった。

 あきらにも、藍にも、佑真にも、ルシールにも、その足元に星空が広がっていく。


「わ……!」


 光はひとつひとつがふわりと浮かび上がり、まるで雪が空にのぼるような不思議な光景を彼らに見せた。

 レイコの周りにもふわりと光が舞っては空に消えてゆく。

 その光はやがて一つにまとまって、大きな光となって空へとさらに浮かんでいく。


「……綺麗……」

「すげえ……」


 レイコと佑真がそれぞれに感想をもらす。

 ふわり、ふわりと白い光は空に消え、やがてそれも見えなくなった。

 残ったのは、ただ今まで通りの山の景色と星空、そして佑真達だけであった。

 全てはまるで夢だったかのように過ぎ去って、しばしの沈黙の後、口を開いたのは藍であった。


「……もしかして、あのケサランパサランがUFOの正体?」

「あ、確かに光ってるし、飛んでるでござるね……!なんにしても、Excellentでござるな……」


 藍の考察にルシールも頷いた。

 佑真は頭をさすりながらレイコと共に恵梨香の隣に行き、その様子を眺める。


「……でも、結局あれって本当になんなんだ?」

「……なんでもいいじゃないですか。ねえ?恵梨香さん」

「そうだよ。本当はなんなのか、なんて大した問題じゃないよ。私たちはあれと出会えた。それだけで十分なんだよ」


 恵梨香は隣にいる佑真とあきらの顔を交互に見て、空に浮かんでいった光に負けないくらいの輝かんばかりの笑顔を見せる。


「でも私は、やっぱりあれはケサランパサランだと思う!ケサランパサランは幸運を呼ぶって言われてるんだよ。すっごく縁起がいいよね!」

「幸運か……確かに、あんなのそう見れるもんじゃないもんな」

「私もそれに賛成します!」

「ウチも!」


 佑真とレイコ、それにあきらは恵梨香の言葉に賛同する。

 それを見ていた藍は、ふと小さく呟いた。


「……写真、撮り忘れちゃったけど……まあ、いいか」


 恵梨香達が楽しそうな事に比べればそれは些細なことだと、そう思ったのであった。


----


「あっ、そういえば!」


 帰り道の途中、ルシールは急に何かを思い出し、恵梨香の頬を指でつついた。


「さっき、何か言いかけてなかったでござるか、恵梨香殿?」

「え?……ああ、そうだったね」

「なんの話だったんでござる?もしかして、ユーマ殿は今一番誰を愛しているかとか!?それ拙者知りたいでござる!」

「そ、そうじゃなくって……!!」

「る、ルシールさん、勘弁してくれよ……!」


 佑真は慌てた様子でルシールの言葉をはぐらかす。

 恵梨香も顔を赤くしてそれを否定した。


「んもー、ユーマ殿ったら、優柔不断にしてると嫌われちゃうでござるぞ?……で、恵梨香殿は結局何を言おうとしてたでござる?」

「んん、あのね……私、この間はじめて佑真くんと二人で、オカルト探索行って……」

「えっ、なにそれ知らないんでござるけど!そんなことしてたの!」

「あ、あわわ……えっと、その、そういうのじゃなくて……!」


 ルシールの疑惑の目線を恵梨香は必死で否定する。

 それに藍が笑いながら補足をする。


「そう、無断で夜遅くに出歩いてたから私が注意したのよ」

「夜遅くにぃ……!?」

「もう!話が進まないから!!」


 恵梨香が顔を真っ赤にして二人にぷりぷりと怒る。

 ルシールと藍は非常に愉快そうに微笑んだ。


「……それより前は、私、ずっと一人だった。オカルトの話なんてして、楽しむことなんて全然できなかったんだ」


 恵梨香は、喜びを噛みしめるように、言葉を紡ぐ。

 次第に茶化されることもなくなり、ただ恵梨香の声だけが伝わる。


「こうやって、みんなとUFOを探しに来て、一緒にお弁当を食べて、喋って、笑って……こんなの、私、はじめての経験だったからね……」


 その声は次第に、少しだけかすれていく。

 しかし、それについては誰も気にしなかった。


「……それに、最後にあんな綺麗な光景を見れて……私……今、すごい幸せなんだって、そう思って……うん……そう思ったって、それだけなんだ」

「……そっか」


 ルシールは微笑んで、恵梨香にハンカチを渡した。

 恵梨香は小さくお礼を言って、そのハンカチを受け取る。


「でも恵梨香殿ー、ケサランパサランに会えたからよかったものの、あの段階で言ってたらそれ、結構負け惜しみっぽいでござるよ?」

「ええっ……!」

「そういった意味でも、やっぱりケサランパサランは幸運を呼んできてくれたのかしら」

「ウチに感謝するッスよ、恵梨香ー!」

「も、もー!みんないじわる!!」


 恵梨香は楽しげに笑いながら、怒ったような声を出す。

 周りもそれに合わせて、楽しそうに微笑んだ。


「……で、佑真さん?実際のところ、ぶっちゃけ今どの女の子が一番好みなんですか?ん?」

「まぜっかえすんじゃねえよ!」

「冗談ですよぉ……ふふ、みんな楽しそうで……いいですね、こういうの」


 レイコはふわりと、幸せを感じているように微笑んだ。

 佑真もそれを見て、少しだけ気恥ずかしそうに微笑む。


「まあ、な」

「……ふふふ!女の子がたくさん!いよいよもって私の理想のハーレムに近づいてきましたよ!ねえねえ皆さん!私ともいちゃつきましょうよー!」


 レイコが女子の輪の中に入っていく。

 ルシールが少しだけびくりと驚いた様子を見せたものの、レイコもそこに馴染み、楽しげに会話をかわす。

 一人、少しだけ離れたところで佑真は、少しだけこのレイコの言葉を反芻する。


「だ、誰が好みって……言われてもな……」


 くりんとした大きな目と愛くるしい表情が魅力的である恵梨香。

 きりっとした表情とスタイルに、面倒見のよさのある藍。

 気安く接してくる性格に、抜群のスタイルを持ち合わせたあきら。

 金髪慧眼のまさしく美少女、さらに積極的にアプローチをかけてくるルシール。

 冷静に考えれば、確かに全員かわいい。

 今まで強く意識していなかった事を急に意識してしまい、佑真は途端に気恥ずかしさを覚えて頭を乱暴に振った。

 その様子を、レイコがまじまじと、にやにやしながら見ていた。


「……じぃー」

「なっ……」

「みなさん!佑真さんがなんかえっちなこと考えてる顔してますよぉー!」

「ち、違っ、そ、そういうんじゃ……!」


 そして、レイコ。

 少し幼い顔立ちをしている為、あまりピンとこなかったが彼女も間違いなく美少女である。


「もー!佑真さんったらむっつりなんだからー!本当はハーレムに興味もあるくせにぃー!」

「や、やめろって!」

「佑真くん?それは本当なのかしら?」


 藍がまた、非常に威圧感のあるその笑みを浮かべる。

 そこにルシールがすっと佑真の隣に陣取って、腕を組んでくる。

 ルシールの胸が、佑真の腕に確かに主張してくる。


「ユーマ殿ぉ、えっちなことってもしかして……拙者のこと考えてたでござるかぁ?」

「いや、だから……!」


 藍の笑顔が一層威圧感を増していく。

 恵梨香はやはり顔を赤くして佑真の方を恥ずかしげに見ていたが、ルシールがにやりと勝ち誇った笑みを浮かべてくるのを見て、やがて意を決したようにもう佑真のもう片方の腕にしがみついてくる。

 といっても、佑真の腕を両手でわしづかみにしているだけであった。


「え、恵梨香、さん……?」

「……!!」


 そこまでが限界だったらしく、恵梨香は恥ずかしさに押しつぶされて、顔を真っ赤にしたまま力なくうずくまってしまった。


「え、恵梨香!大丈夫ッスか!」

「恵梨香さんナイスファイトです!」


 恵梨香の健闘をあきらとレイコが称えている。

 ルシールはそんな恵梨香に近づき、そっと手を差し伸べた。


「流石拙者のライバルのひとりでござるね……恵梨香殿……」

「……ルシールちゃん……」


 二人はしっかりと握手を交わした。

 佑真はただわけもわからず、その様子を見て困惑していた。


「……ふふ、あはは」

「え、恵梨香さん?」

「……ごめんね佑真くん……こういうのが、本当に楽しくて、ふふ……」


 ルシールの手を握りながら、そんな風に笑う恵梨香を見て、佑真は苦笑いしつつ頭をさする。


「……ははは、確かにな。楽しいよ、俺も」


 佑真がそういうと、全員が笑った。

 恵梨香も、藍も、あきらも、ルシールも。

 もちろん、レイコもとても楽しそうに笑っている。

 少なくとも今はまだ、この楽しいという気持ちだけでいいのかもしれないな、と佑真は少しだけ思ったのであった。


----


「どうかな佑真くん!藍ちゃん!」


 学校にて、恵梨香はひとつの壁新聞を指差す。

 オカルト研究会発行の壁新聞、オカルト通信である。

 佑真と恵梨香はそれを見て、苦笑しつつもその壁新聞の出来栄えに改めて感心した。


「ははは、いいんじゃないか。なかなか荒唐無稽な感じで」

「写真があればもうちょっと信憑性があったのかもしれないけどねえ」


 恵梨香はえへへと笑うと、そのポスターを満足げにもう一度眺める。

 そこにふいとレイコがやってきた。


「あー、壁新聞とうとう出来たんですか!なんで私に作成途中を見せてくれないんですかー!もー!」

「それはもちろん、レイコちゃんにも完成品を読んでほしかったからだよ。えへへ、読んで読んで」

「しょうがないですねぇ恵梨香さんはぁ、ふふふ」


 レイコはそういって壁新聞を眺める。

 しばらく眺めた後、あっとレイコはその壁新聞に対して目を丸くして驚いた。

 佑真、恵梨香、藍の三人はまたその様子を見て、楽しげに微笑む。


『オカルト通信 オカルト研究会の大胆予想!UFOの正体はケサランパサラン!?』

 そんな何も知らない人から見ればあまりにも突飛なそのタイトルを、レイコによく似た小さな幽霊の少女のイラストが誇らしげに掲げているのだった。

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