ユーレイの姉御

「で!みなさんは一体どなたでござるか!?」


 ルシールはそう言って佑真に近づいて、微笑みかける。

 佑真は少し困った表情をして、頭をさすった。


「あー、えーと、俺は、萩原佑真だ」

「ユーマ殿!いい名前でござる!」

「あ、えっと、私は三堂恵梨香、オカルト研究会をやってて……」

「……Occult?」


 ルシールは怪訝そうな顔をする。

 恵梨香は少しだけ気圧されながら、説明を続ける。


「えっと、その、例えば、幽霊とか……」

「……!」


 ルシールは一層険しい顔で恵梨香を睨みつけるように眺めた。

 恵梨香は苦笑いを浮かべて、それ以上話しかけるのをやめた。

 その様子を見ていたレイコが佑真にそっと語り掛ける。


「どうやらちょっと変わった子みたいですね……ですが、うむ、素晴らしいかわいらしさですよ佑真さん……」

「レイコ、お前なあ……」

「ひっ!わ、わかってますよ。しばらくレイコチェックは自重します……」

「そこはしばらくじゃなくてずっとにしてほしいんだが……」


 そんな会話もつゆ知らず、しばらくにこにこしていたルシールだったが不意に何かを思い出したらしく、慌てたように藍にすがりついてきた。


「そうでござった藍殿!大変なのでござるよ!」

「大変?」

「そう!……とにかくその、ついてきてほしいでござる!できれば、みんな一緒に!」


 ルシールは助けを求めるように佑真の手を握る。


「ま、まあとにかく……困っているっていうんなら、いくけどさ」

「サンキューユーマ殿!」


 そう言うとルシールは佑真の手を引いてそのまま走って行ってしまう。

 残された藍たちは顔を見合わせて、慌てて追いかけていくのであった。


「……困ってる、んッスよね……よし」


 そして、あきらもその後ろを追いかけていった。


----


 ルシールに連れられた一行は体育館の裏の木へと向かう。


「あそこでござるよ」


 ルシールが指差した先の、10mほどの高さの木からちいさな鳴き声が聞こえてくる。

 どうやら降りられなくなった子猫がいるようであった。


「あの子のために助けを呼びに来ていたのでござるよ」

「……なるほど、困ったわね」

「猫さん……」


 恵梨香が心配そうに猫を見つめる。

 猫は怯えているのかふるふると震えながら、少しずつあとずさりしているようであった。


「よし!事情はわかったッス!このくらいの木、ウチなら余裕で登れるッスよ!」

「ちょっとあきらさん、そんな危ないことを許すわけには……」


 真っ先にそう言い出したあきらの言葉に藍が難色を示し、腕を掴む。

 あきらは真剣な表情でそれに返した。


「藍はちょっと固すぎるッスよ!早く助けないとそれこそ危ないッス!」

「だったら俺が……」

「だいじょーぶ!佑真よりもウチのほうがこういうの得意っしょ?ちょっと登ればすぐッスよ!」

「でも危ないよ……!」

「大丈夫だったら!そこで見てるッス!」


 心配する佑真や恵梨香にも適当に返し、あきらは藍の腕を振り払ってするりと木に登って行ってしまった。

 言うだけあって、あっという間に木を登って行ってしまう。

 恵梨香や藍、ルシールは心配そうな表情でそれを見つめるしかなかった。

 そうして、あっという間にあきらは子猫の元へとたどり着く。


「ほーらほら、怖くないッスよー、一緒に降りましょうねー……」


 子猫はにゃあと怯えた声を出しながらあきらの手から逃げようとする。


「ちょ、ちょっと逃げちゃダメッスよ……そっちは、危ないッス……!」


 あきらは手を必死に子猫へと伸ばす。


「あきらさん!あんまり無理をしないで……!」

「あきらちゃん……!」

「だ、大丈夫……ウチが……助け……」


 その時、子猫があとずさりをしすぎてバランスを崩して落ちかけてしまう。

 それにを見たあきらは、慌てて手を伸ばし……


「あ……っ!」


 自らもバランスを崩して、そのまま落下してしまう。


「ああっ……!!」

「あきらちゃん……!」


 あきらの世界は、まるでスローモーションになったかのようであった。

 そんな中、自らと一緒に落ちる猫の姿を見た。

 あきらは必死に猫に手を伸ばす。そして、掴んだ。

 この子を助けるために登ったんだ。

 大丈夫、自分は頑丈だからこの程度の高さから落ちても平気だ、多分。

 頭から落ちている気がするが、きっと大丈夫だ。多分。

 だからせめて、この子は無事に。


「……ッ」


 その時、佑真が走った。

 あきらの元へと一気に駆ける。そして、呼ぶ。


「レイコ、頼む!」

「お願いします、佑真さん!!」


 レイコは、レイコキネシスによってあきらを一瞬だけ空中に留め、そして少しだけ回転させる。頭ではなく、背中を下へと向ける。

 そしてそのあきらの真下へ、土ぼこりをあげながら佑真は止まり、そして。


「……っ!!」


 無事、受け止めることに成功した。


「……ふぅー……」


 佑真は上手くいったことに安堵した。

 事前にレイコに相談していたとはいえ、本当にこんな無茶をすることになるとは思わなかった。


「……お、あ、え……ゆ、佑真……?ウチ……」

「佑真くん、あきらさん!」


 そこに恵梨香、藍、ルシールが駆け寄る。

 佑真はあきらをゆっくりとおろすと、腰が抜けたようにそのまま座り込んだ。

 あきらの腕のからそっと抜け出した猫は、あきらの頬をぺろりと舐めた。


「あきらさん!!だから、無理をするなって……!!」


 藍は泣きそうな顔であきらに抱きついた。


「……ご、ごめんッス……だって、その……ウチ、その子にぶつかっちゃったから……罪滅ぼししないとって……ごめんッス……」

「……もう……だから決まりはちゃんと……今後はこんなことがないように……もう!」


 藍はあきらを叱ろうとするも上手くいかず、それを誤魔化すようにただ「もう」と何度も言っていた。

 一方で恵梨香は座り込んだ佑真を心配そうに見つめる。

 佑真は頭をさすりながら立ち上がった。


「大丈夫?萩原くん……」

「ああ、なんとか……」

「ほんとに、うまくいってよかったですよ……」

「助かったよ、レイコ……無茶聞いてくれてありがとな……」

「……いいえ、私も、ぶつかった原因の一人でしたから、さすがにここで頑張らないと」


 レイコがぺろりと舌を出す。

 いくらレイコとはいえ、人間を持ち上げて少しだけ回転させるなんて芸当は相当にきつかったに違いない。

 しかしそのことはおくびにも出さないレイコを、佑真は少しだけ見直した。


「かっこいいでござる!」

「んぐっ!?」


 その時、ルシールが佑真の顔に抱きついてくる。

 大きくはないが、なかなか主張してくる胸が佑真の顔に押し付けられた。


「は、はわわ……」

「おお……!」


 恵梨香とレイコはその様子を見て、思い思いの反応をした。

 佑真は突然のことにただじたばたともがくしかなかった。


「一体どうやったでござるか!?空中でぐるっと回転したように見えたでござるよ!あなた、忍者でござるな!超クールだったでござるよ!」

「む、ぐぐぐ……」

「……何をしているのかしら、佑真くんは」

「むぐっ!」


 佑真はなんとか隙間から様子をうかがう。

 笑顔の張り付いた藍の顔が見えた。

 藍はそれ以上は何も言わず、ただただ笑みを浮かべていた。


「いや、その、これは違うっていうか……!」

「ひゃん!」


 佑真はルシールを押しのけようとして、思わずルシールの胸をつかんでしまった。

 彼にその気は一切なかったことを、名誉のために記しておこう。

 当然、そんなことはこの状況では無意味だろうが。


「ユーマ殿ぉ?結構大胆なんでござるなぁ?」


 にやりと笑うルシールと、にこりと微笑む藍の顔が同時に佑真の目に映る。


「佑真くん。いくら人助けをしたからといっても、やっていいことと悪いことは、あるわよね?」

「はわわわわわ……!」

「佑真さんも、いよいよハーレムの主としての自覚が出てきましたね!いい傾向ですよ、むふふ」

「いや、だから誤解……っ!」


 ルシールは佑真をさらにぎゅっと抱きしめてその後の言葉を封殺した。

 そしてその時、ルシールの目が恵梨香と合う。


「……ふふっ」

「……!?」


 不敵に、挑発的に微笑むルシールの顔を見て、恵梨香は完全に固まってしまうのだった。


「おうおう、こいつは楽しくなってきましたよ……!」

「……ゆ、幽霊……!」


 そんな騒ぎをにやにやと眺めていたレイコだったが、不意にあきらに声をかけられる。


「いや、レイコ……いや!レイコの姉御!」

「姉御!?」


 驚くレイコに、ぐっと拳を握ったあきらが答える。


「いや、ウチわかったんッスよ!幽霊の力ってすげーッスよ!ウチ、マジ感動したッス!!姉御と呼ばせてくださいッス!!」


 予想外の言葉だったが、悪い気はしないレイコは少しだけ顔を綻ばせる。

 咳払いをして、嬉しさを隠しきれないようなそぶりを見せつつ、あきらに問う。


「……で、でも、あきらさんを助けたのは佑真さんですけども」

「た、確かに佑真にも助けられたッスけど……!……姉御の力もすごかったですし!というか、姉御がいたからこそじゃないッスか!」


 あきらは真っすぐな目でそう言った。

 その目を見たレイコは、嬉しそうな顔から、少しだけ寂しそうな顔になる。


「なんていうか、あの力で助けられた時……なんていうか、姉御のやさしさみたいなもの、そういうの、なんかウチ感じたんッス!佑真にも、その……か、感謝してるッスけど、ウチ、姉御にマジリスペクトっつーか……!」

「……私は、そんなんじゃ……」

「……姉御?」


 レイコは首を横に振って、いつも通りの笑顔を浮かべる。

 あきらは不思議そうな顔をしたが、レイコは気にせず高らかに宣言する。


「いえ!わかりましたあきらさん!私は佑真さんと共にハーレムを作るつもりです!それに協力してくれますか!」

「ハーレムッスか!?姉御……さすがスケールが違うッス!」


 明らかにおかしいその反応をツッコめるものは今、誰もいない。


「というわけであきらさん……レイコチェックをさせてください!」

「……う、よ、よくわかんねーッスけど!姉御のお願いならやってやりますッス!」

「よっしゃー!!レイコチェーック!!」

「う、ひゃあ、あ、姉御、その、なんつーか、は、恥ず……ひゃあぁーっ!!」


 そうして、佑真の周りにはまた少女が増え、レイコには妹分(?)ができた。

 少しずつ騒がしくなっていく佑真の周り、そしてオカルト研究会。

 さて、そんなオカルト研究会に近く大きな事件が起こることになるのだが……それはまた別のお話。


----


「佑真さん!レイコチェックの結果あきらさんは91/74/84だと思います!」

「やらないって言ってなかったか!!?」

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