ユーレイとプリントシール

「ここで会ったが百年目ッス……風紀委員!」


 あきらという何者かは、びしりと藍を指差した。

 剣呑な雰囲気……は、特になく藍はただ首をかしげる。


「……覚えていないんスね……この間、購買部へ向かっていた時!あんたに呼び止められたせいでウチはカツサンドが買えなかったッスよ!!」

「……ああ、あれは。あなたが廊下をとんでもないスピードで走っていたから」

「純然たる逆恨みだ……!」


 あきらはやや白目勝ちな目で佑真をぎろりと睨む。

 そして改めて藍に向き直り、再びびしりと指を突き付ける。


「風紀委員のくせにゲーセン通いなんて、いいんスか!それで!」

「別に問題ないと思うけど」

「えっ」

「ゲームセンターは公共の場よ。私はちゃんと節度を持っているし、制服で来たことも夜遅くまでいたことも一度もない。校則にも特に寄ってはいけない旨は書いていない。何か問題がある?」


 きっぱりと言い切られたあきらはふらりと体勢を崩した。

 どうやら完全に論破されているらしい。

 しかし、あきらは首を横に振ってなおも藍に食い下がった。


「い、いや、確かに!そうかもしれないっスけど!イメージ的には!どうなんスかね!!」

「別に……私のことを誰がどう思うと勝手よ。私は私なりに風紀委員としての仕事を全うしているだけだもの」

「う、うう……これをネタにして廊下で走ることを許可してもらうウチの作戦が……」

「ち、ちっちぇ……」


 打ちひしがれたあきらに対して思わず佑真が口を滑らせた。

 どうも外見はツッパっているように見えるが、特に悪いことをしなれているわけでもないらしかった。


「佑真さん……私はとんでもないことに気が付いてしまいましたよ」


 レイコはやたら真面目な顔でそう佑真につぶやく。

 佑真はすでにレイコを訝しげに見ていたが、レイコはそれを意にも解せず話を続ける。


「ショートヘアーに覗く八重歯、おしゃれとか考えたことのなさそうな上下ジャージ!しかし見てください佑真さん!!」


 レイコの目線は、一点を鋭く見つめた。

 それはまるで最後の仕上げを残した自信作を前にした職人のような眼光であった。


「意外と!胸が!!大きいです!!!」

「どう!でも!いいッ!!!!」


 佑真は渾身の力でツッコんでしまった。

 その言葉に反応したあきらが、佑真を思い切りにらみつけてくる。


「なんなんスかあんた……さっきっからウチに喧嘩うってるわけ……?」

「い。いや、別にそんなつもりは……」

「そんなつもりはない割には結構口出してましたけどね」


 確かにそうだったかもしれない。

 最近レイコのせいで些細なことにツッコむようになってしまったのはよくない傾向だ。反省しようと佑真は思った。

 だが、それにしてもお前レイコには言われたくねえよ、とも思った。


「あきらさん。用があるのは私でしょう?佑真くんには関係ないわ」

「へえ……なんなんスか、あんたたち結構いい仲だったり?」

「……」

「う、うぅ……」


 もはや視線だけで負けている。このあきらという少女、根本的に駆け引きに向いていないようであった。

 その時、様子を眺めていた恵梨香がおそるおそる間に入ってくる。


「あ、あの、け、喧嘩は、よくないよ。ね?」

「なんスかあんた」

「あ、えっと、私、三堂恵梨香って言います。あの……」

「……三堂……あー、確かオカルト研究会とかそういうのやってるっていう……」


 あきらは恵梨香の顔をにらみつける。

 びくりと体を縮こませる恵梨香を、佑真はかばいにいこうとした。


「一人だけでも諦めずに好きなものを追い続けるって、すごいことッスよね!ウチマジそういうのリスペクトッス!!」

「えっ、あ、は、はい。ありがとうございます……?」


 しかし、その反応は思いのほか好意的なものであった。

 佑真は思わずずっこけそうになりながらも、なんとか踏みとどまって、一応恵梨香の隣に立つ。

 恵梨香もなんとなく戸惑いながら、佑真が隣に来たことにどこか少し安心したようであった。


「あ、でもあの。今は一人じゃないんだ。萩原くんが研究会に入ってくれて……」

「えっ、こいつがっスか!」


 あきらは再び佑真のことを睨みつけてくる。


「なーんだあんた、いいとこあるんじゃないっスか!」


 そう言ってあきらは破顔し、佑真の肩をバンバン叩いてきた。

 そして佑真はなんとなく理解した。

 この子、めちゃくちゃ単純なんだな、と。

 ふと見ると、藍はその様子をとても楽しそうに眺めている。

 あきらはそんな藍の様子に気付き、慌てて彼女に向き直った。


「ふ、風紀委員!なんなんスか!そんな風に笑って!」

「……私、笑ってたかしら?」

「めっちゃ笑ってたっス!ふしゃーっ!!」


 佑真はその様子を見て、ふと思う。

 誤解されやすい態度をとってしまう藍の言動を、あきらはいちいち真に受けてしまっているのではないかと。


「佑真さん、ここはアレですよ!フラグを立てるためにですね……!」

「なあ、藍さんと……ええと、赤来さん?ちょっと提案があるんだけど」

「提案?」

「っスか?」


----


 再びゲームセンターに入った佑真達。

 佑真の先導の元に連れられたのは、ゲームの筐体が並ぶ一角であった。

 特別ゲームに詳しいわけではない佑真だが、先程藍と共に回ったゲームの中に記憶に残るものがあったのだ。


「これって……ハントオブゴースト?」


----


 特別企画:教えて藍さん!~ハントオブゴースト編~


「どうもこんにちは。柚木崎藍です」

「アシスタントゴーストのえりかです!早速ですけどハントオブゴーストってどういうゲームなんですか?」

「ハントオブゴーストとは、ステージに存在する幽霊を捕まえながら進む横ロール型のアクションゲームね」

「幽霊を捕まえちゃうんですか!かわいそう!」

「いえ、逃げ出して迷子になった幽霊たちを元の場所に返してあげるという設定なの。だから安心してね、えりかちゃん」

「安心!」

「幽霊はしばらくすると逃げてしまって捕まえられなくなってしまうの。そしてお邪魔キャラもいるわ。それらを倒したりかわしたりしつつ、幽霊を逃がさないように捕まえながら進んでいく、シンプルなゲーム性が人気なの。そしてもう一つ人気の理由が二人同時プレイね」

「同時プレイ?」

「そう、このゲームは対戦型ではなくて二人で協力するシステムなの。一方がお邪魔キャラを倒しつつ、一方が幽霊を集める。それがオーソドックスな遊び方。もちろん幽霊の数を競うように遊ぶこともできるわ」

「へぇー!おもしろそう!……ん?あっ、違うよー!私は迷子の幽霊さんじゃないよー!ひゃー!」

「あらあら大変。それじゃあ今日はこの辺で。皆さんよいゲームライフを」


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「で、このゲームがなんなんスか?」

「これ、藍さんと赤来さんでやってみてくれない?」

「えぇ!なんで風紀委員と!」


 露骨に嫌そうな顔をするあきら。


「……何を考えているの?佑真くん?」

「なんていうかな……俺もまだそんなに交流があるわけじゃないんだけどさ。多分。赤来さんは少し藍さんのことを誤解してるんじゃないかって思うんだ」

「誤解ぃ?」


 あきらは疑るような声を出す。

 藍はそれを見て、ためいきをついた。


「別に、私は誰に誤解されても……」

「なんていうかな……俺の勝手なんだけどさ。そういうの、苦手なんだ」


 佑真は自分の頭をさすって、少しずつ言葉を選ぶように話し出す。


「藍さんはそれでいいって言うけど……俺には、なんかずっと寂しそうに見えるんだよ。本当はこれでいいなんて、思ってないんじゃないかって。三堂さんもそう思ったから、藍さんのこと誘ったんだよな?」

「う、うん……そう、かも……多分、そうだと思う」


 恵梨香は控えめに頷いた。

 藍は眉間にしわをよせるが、佑真は話を続ける。


「もちろん、なんていうか、そういうの俺が勝手にやるのもなって、思いもするんだ。でもさ……でも、約束なんだ。誰かが喧嘩しているのを放っておくなって」

「約束?」

「……いや、なんでもない。とにかくさ……ちょっとだけでもいいから、やってみてくれないかな」

「私は……」

「いいッスよ!やってやろうじゃないッスか!!」


 藍が何かを言う前に、あきらが割り込んで啖呵を切る。

 言うが早いか、あきらは1P側の筐体の前に座り、硬貨を入れた。


「ほら、何やってるッスか風紀委員!早くやるッスよ!!」

「……わかったわ」


 藍は観念したように2P側の位置に付いて硬貨を入れる。

 ゲームが始まり、少年少女が幽霊を捕まえるために奔走しはじめた。

 正直、佑真にも確固たる勝算があったわけではなかった。

 それでも、佑真はこのゲームを二人にやらせる事に何か意味があると、そう考えていた。


「……あっ!こいつ!ウチの幽霊を!」

「あきらさん。そいつの相手は私がする。あきらさんは幽霊を捕まえるのに専念して」

「む、むう……っ!」


 悪戦苦闘するあきらに対して、藍は涼しい顔で対応していく。

 あきらは藍を睨もうとしたが、現れた幽霊に慌てて対応を始める。


「ねえ、萩原くん。約束ってこないだも言ってたよね」


 ゲームをする二人を眺めながら、恵梨香が佑真に尋ねる。

 佑真は再び頭をさすった。


「あー、あれか……なんていうかさ、昔……両親とだったかな。約束したんだよ、いろいろなこと」

「いろいろ?」

「困ってる人を助けられるようになれ、とか、みんなを仲良くさせられるようになれ、とかさ……不意にそういうのをさ、やらなきゃって気持ちになっちまうんだよな」

「そうなんだ……」

「はは、なんつーか、はた迷惑だよな。お節介っていうか……」


 佑真は苦笑するが、恵梨香はそれに対して首を横に振った。


「ううん、素敵だと思うな。そういうの」

「……そっか、それなら、いいんだけどさ」


 佑真は恥ずかしそうに顔を背けた。

 それを見た恵梨香は思わず微笑んだ。


「あきらさん、左上の足場に向かって、そっちの幽霊は任せたわ」

「おう!任せろ!」


 藍とあきらの方もいつの間にか連携をとってゲームをプレイしている。

 そんな各々の様子を見て、レイコはどこか満足そうに微笑んでいた。


----


「いやほんと、そこでうまいこと藍が幽霊を捕まえて!ついにハイスコアッスよ!ウチマジで感動して!」


 あきらはゲームが終わった今でも興奮冷めやらぬようで、熱心にゲームの様子を恵梨香に話し込んでいた。

 恵梨香も恵梨香でそれを楽しそうに聞いている。意外と聞き上手らしい。


「……佑真くん」


 藍が佑真に声をかけてくる。

 その顔は今まで見慣れた笑顔とは少し違い、どこか清々しい様子だった。


あの子恵梨香もあなたも、私を誘った時からお節介だとは思っていたけど、ここまでだとは思わなかったわ」

「まあ、確かに。俺もそう思う」

「ふふ」


 藍は微笑んだ後、少しだけため息をつく。

 そして佑真に語り掛ける藍はどこか、遠くを見ているように見えた。


「……私ね、風紀を正すってことが、正しい人間関係なんだって思ってた」

「うん?」

「風紀が良くなれば。人と人が決まりを守って助け合っていけば、きっと……人間関係も自然と良くなっていくと思っていたのよ」

「……」

「……風紀が悪いとね、人間関係も自然と悪くなるのよ。それは本当」


 藍はそう呟く。

 その言葉の真意を佑真は深くは問わなかった。


「だから、名ばかりだった風紀委員を立て直そうと頑張っていたつもりだったし、私なりに必死にやっているつもりだった……私がどう思われようと、それが正しいことなんだって思ってた」

「それは……」

「……ええ。それは違うって、私が嫌われることはないって、そう言いたかったんでしょう?」


 くすりと笑う藍に、佑真も微笑んで言葉を返した。


「藍さんは、なんていうかさ……ゲームのプレイ見てても、この間のお説教もさ。本当に相手のことを思ってるんだって、そう感じたんだ。だから、それが嫌われるのって、なんか違うって思ったんだよ」

「……ほんとにお節介」


 藍は恵梨香とあきらの方を見る。

 なおも楽しげに話す二人を見て、藍は目を細めた。


「彼女たちとゲームをして……楽しかった。とっても楽しかったのよ。誰かとするゲームってこんなに楽しかったんだって思い出したわ。昔は父とよくやっていたなって……」


 藍は一瞬だけ俯き、そして前を見る。

 その顔に憂いはなかった。


「佑真くん達のおかげ。ありがとう」

「……どう、いたしまして」


 佑真と藍は、二人して恥ずかしそうに微笑みあった。

 と、そこで佑真と藍を呼ぶ声が聞こえてきた。恵梨香である。


「萩原くん!藍さん!一緒にプリ撮ろうよ!憧れだったんだー!こういうの!」

「え、俺もか……!?」

「いいじゃない。女の子に囲まれて、悪い気分じゃないでしょう?」


 藍は冗談めかしてそう言った。

 レイコがうんうんと頷いているのを忌々し気ににらみつける。


「い、いや、俺はやっぱ遠慮しておくよ。女子だけで撮ったほうがいいって、うん」

「ノリ悪いッスねー」

「そのうちきっと後悔するんじゃない?」

「いきなり息ぴったりすぎるだろお前ら……」


 結託する藍とあきらにツッコミつつ、佑真はプリントシール機の外で待機した。

 恵梨香は少し残念そうに機械を操作していく。


「ウチもこういうの撮ったことあんまないんスけど、藍パイセンはバリバリ撮ってたりするんスよね!」

「何そのパイセンって。私も撮ったことないわよ」

「じゃあ幽霊柄で!」

「今日は幽霊ばっかりね」


 楽しげに笑う三人の声を聞いて、佑真は安堵のためいきをついた。


「佑真さん!!私もプリ撮りたいです!!」

「……はあ?」

「私だって!女の子!というか今日のウィンドウショッピングの発案者は私!!」


 レイコがこのタイミングでぎゃいぎゃいと騒ぎだす。

 佑真が止める間もなく、レイコはプリ機の中の三人の間に入り込む。


「私も一緒に撮らせてくださーい!!」

「えっ、レイコちゃん!?」


 思わず声を出してしまった恵梨香に、藍とあきらが驚いた瞬間に、プリ機のシャッターがおりる。

 その直後に聞こえてきた藍とあきらの驚きに満ちた悲鳴に佑真は頭を抱えてため息をついた。


----


 次の日の学校。

 佑真と恵梨香は突然、藍に呼び出されることとなる。

 一体何事かと思っていた二人だったが、そこで藍の口から飛び出したのは意外な言葉だった。


「私も、オカルト研究会に入るわ」

「ええっ!!?」

「ふふ、だってなんか楽しそうなんだもの。ダメ?」

「そんなこと!ないよね萩原くん!!」


 頭をさする佑真に、藍はくすりと笑った。

 そして改めて恵梨香に向き直り一枚の書類を渡す。

 オカルト研究会の正式な許可証だ。


「オカルト研究会は今日から正式に設立。必要人数が三人だからね」

「正式な……研究会……!!」

「そして五人で部に格上げ。そしたら部室ももらえるはずよ」


 恵梨香は嬉しさが極まってぱたぱたと落ち着きのない動きをする。

 藍はその様子を微笑ましそうに眺めた後、一転して真面目な顔をする。


「とはいっても、私が部にいる以上は規律はしっかり守ってもらいますからね。特に……そこのあなた」


 藍は威圧的な笑顔を一点に向けた。

 その視線の先……天井の隅には、こそこそと隠れるように浮かぶレイコがいる。


「あはは、いや、私はそんな、無害なユーレイですよ、うふふ、規律だーいすきです」

「そう、本当に無害なら、いいのだけれどね?」


 そう言って藍はまた、楽しげにくすりと微笑んだ。


 プリントシールに写っているのは、恵梨香と何故か浮き上がる幽霊のぬいぐるみ、驚く藍とあきら。

 そしてやたらと楽しそうに笑う一人の少女。

 ただし、それが見えるのは……今はまだ、四人だけ。

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