ユーレイと街歩き

「ウィンドウショッピングがしたいんです」


 レイコの突然の発言に、当然佑真は「はあ?」と答えた。

 佑真の部屋の床に寝そべるようにレイコはふわりと降りてくる。


「私だって女の子ですしぃー!たまにはそういうことしたくなるんですぅー!」

「……そうか……行ってくればいいんじゃないか」

「私一人で行って何が楽しいんですかぁー!佑真さんも行きましょうよぉー!できれば恵梨香さんも誘ってぇー!明日お休みでしょー!?いいじゃないですかー!!」

「……」


 佑真は床でじだじだと暴れるレイコに怪訝な目を向ける。

 こいつ、本当に幽霊なのだろうか。あまりに精力的すぎる。


「……まあ、たまには街に出るのもいいかもしれないけど」

「ほんとですか!やったぁー!まあそんなこともあろうかと、恵梨香さんとはさっき遊びにいく約束したんですけどね、恵梨香さんちに先程ひょいっとお邪魔してきまして」

「おい」


 油断も隙もあったもんじゃない幽霊である。

 というか幽霊が急に部屋にやってくるって恐怖以外の何物でもないだろうに。

 まあ、相手が恵梨香なら喜ぶ姿しか想像できないが。


「……本当は、電話したかったんですけど……液晶画面が私に反応しなくてですね……」

「そ、そうか……」

「佑真さーん!私用のガラケー買ってくださいよー!」

「いやだよ!!」


 そのようにしてぐぐいっと佑真に詰め寄ったレイコはある物に気が付いた。


「……佑真さん、それ、なんですか?」

「ん……ああ、別に、ただの折り紙だよ」


 佑真は折り途中の紙をひらりと見せた後、脇に寄せる。

 そして、新品の紙を取り出すとあっという間に鶴を折り上げて見せた。


「……佑真さん、わりと暇があれば折り紙折ってますよね」

「変かよ」

「いいえいいえ!良い趣味ではないかと思いますよ」

「……折ってると落ち着くんだよ」

「……そうですか」


 佑真は中断していた折り紙を折り始める。

 決まったものを作ろうとしているわけではないのか、何度か折りなおしては戻してを繰り返している。


「……別に見てて面白いもんじゃないだろ?」

「だからー、そんなことありませんよ。一枚の紙がいろんなものになるのって素敵じゃないですか」

「……そうか」


 佑真はずっといじっていた紙を、今度は明確な意図をもって織り込んでいく。

 その動きは非常に繊細で、優しかった。

 そしてその一枚の紙は、あっというまにかわいらしい紙のカエルへと生まれ変わった。


「お見事!」

「別にそれほど難しいものでもないって」

「……私も折り紙にさわれれば折れるんでしょうけどねー」

「あの、サイコキネシスでやればいいじゃないか」


 レイコはどことなく寂しそうに言う。

 佑真は特に気にも留めずにあけすけに返した。


「そこまで複雑な動きはできないですよ、せいぜい本を読むくらいならできますけど。あとユーレイ・サイコキネシスです。レイコキネシスでもいいですよ」

「なんだそりゃ」

「……まあまあ、明日はウィンドウショッピングですから、さっさと寝ましょ寝ましょ。明日は振り回しますからねー!」

「今以上にか!?」


 そう言ってレイコは佑真を寝かしつけにかかる。

 鬱陶しくて寝れないから、と言ってレイコを追い払うのが最近の佑真の寝る前の日課となっていた。

 そのようにして、佑真とレイコの一日は終わっていくのだ。


「……おやすみなさい。佑真さん」


----


 次の日、レイコに起こされた佑真は待ち合わせの(レイコが勝手に決めた)場所へと向かい、恵梨香と合流した。


「おはようレイコちゃん!萩原くん!」


 恵梨香はI am a GHOST私は幽霊ですという文字にドクロマークが描かれたよくわからないTシャツを着ていたが今更それにツッコミをいれる気にはならなかった。


「さあ今日は張り切っていきますよ!!」


 元気なレイコとは裏腹に、佑真はまだ寝ぼけた頭をなんとか呼び起こしながらレイコ達についていく形となった。

 最初のレイコの所望は本屋である。

 あれでレイコは文学少女を気取っており、事あるごとに本をねだってくる。


「ねえねえ佑真さん、本買ってくださいよ!小説でも漫画でもいいですから!できればラブコメのハッピーエンド物で!」

「あ、それなら私のオススメはね、スプラッターシェアハウスっていって恋にあこがれる女の子が」

「ちょっと待ってください思いっきり不穏な単語が入ってますから!!」


 今日は恵梨香がいるからかいつもより強気に本をねだられ、結局佑真は小説を数冊買わされる羽目になった。

 次に向かったのはブティックである。


「ねえ佑真さん佑真さん、この服かわいいと思いません?」

「いや、お前着替えとかできるの?」

「そういう問題じゃないんですよ!!」

「そうだよ萩原くん!おしゃれは大事なんだよ!」

「あ、お、おう……」


 女子二人に気圧されて黙るしかなくなった佑真だったが、じゃあやっぱりそのTシャツはおしゃれのつもりなんだな、とも思わされたのであった。

 結局服は買わず、次に向かったのはペットショップである。


「そういえば黒猫ちゃん、名前つけたんですか?」

「うん、猫又のまたたびちゃん!」

「その前説明いるか……?」

「あ!このエサ皿幽霊がいる!かわいい!!」


 いくつかのペット用品は恵梨香がそれを買うためのお金で購入し、幽霊の絵が描かれたエサ皿だけは佑真がお金を出すことになった。

 恵梨香は遠慮していたが、レイコ曰く「私たちからのプレゼントです!お安いですし!」とのこと。

 だが、お前は一銭も出していないだろ、と佑真は心の中で毒づいた。

 一息つくためにベンチに座り、飲み物を買う。

 佑真はコーラ、恵梨香はやたらと甘そうなミックスジュースを飲みはじめた。


「ごめんね萩原くん。なんか結構お金使わせちゃってない?」

「いや、いいよもう……なんとなくこういうことになる予感はしてたし……」

「そうですよ、たまには男らしいとこ見せないとハーレムなんて作れませんからね!」

「お前は反省しろ」


 レイコはてへ、と舌を出す。

 ごくりとコーラを飲み下した佑真がゴミ箱に缶を捨てる。

 その時、一緒についてきたレイコが何かに気付いた。


「あれ、佑真さん。あれ風紀委員さんじゃないですか」

「え」


 レイコが指す方向を見ると、確かにそこには藍がいる。

 藍は確固たる足取りでどこかへ向かっていくようであった。


「……見に行ってみましょうぜ佑真さん!」

「いや、なんでだよ……別に用はないだろ」

「もう、そんなことじゃフラグがいつまでたっても立ちませんよ!!」

「別に立たせたくないから……」

「あーっ!!」


 突然背後にいる恵梨香が叫ぶ。

 そして止める間もなく一直線に駆け出した。

 目を輝かせて、ゲームセンターのUFOキャッチャーの前に立ち止まり大声で叫んだ。


「萩原くん!レイコちゃん!幽霊のぬいぐるみがあるよ!!かわいい!!」

「……萩原?」


 振り向いた藍と佑真の目が合ってしまう。

 やばいと思ってももう遅かった。

 藍は恵梨香の元へつかつかと歩いていく。

 佑真もおそるおそるそちらのほうへ向かった。


「……あ、あれ?藍さん……?」

「こんにちは、恵梨香さん。奇遇ね」

「……ど、どうも、こんにちは……」

「佑真くんもいたの。相変わらず仲がいいみたいね」


 レイコもいますよ、などと幽霊が言っているが当然聞いているものは誰もいない。

 佑真と恵梨香に緊張が走った。

 二人でまたこんなところにいる事を咎められるのではないかと。

 しかし、藍の反応は思ったものとは違っていた。


「……どうかした?遊びに来たんじゃないの?」

「えっ」

「私もここで遊んでいくところなのだけど、違った?」

「えっ、柚木崎さんが、ゲーセン……!?」


 その言葉を聞いた藍はふっと優しく微笑む。

 そして恵梨香がかぶりついていたUFOキャッチャーの前に立つ。


「藍でいいって言っているのに。同い年なんだから畏まらなくてもいいのよ」


 藍はバッグからコインケースを取り出して100円玉を一枚いれる。

 そして幽霊のぬいぐるみに狙いを定め、ボタンから手を放す。


「……よし」


 幽霊のぬいぐるみは、アームにしっかりと掴まれて取り出し口へとスムーズに運ばれていく。

 佑真もレイコも恵梨香もあっけにとられた表情でその様子を見ていた。

 取り出し口から幽霊のぬいぐるみを取り出した藍は、恵梨香にそれを差し出す。


「どうぞ、欲しかったんでしょ?」

「え、い、いえそんな!悪いですよ!」

「いいの、この間怖がらせちゃったお詫び。それに景品自体にはあまり興味がないの」


 恵梨香はそのままぬいぐるみを渡される。

 藍はこの間と何も変わらないように楽し気に微笑んだ。


「……な、なんていうか……意外っていうか……怒られるのかと思って……」

「別にゲーセンに来てはいけないなんて、うちの校則にはないわよ」


 藍はそう言っていたずらっぽく笑う。


「それに、ゲーセン取り上げられたら私、生きていけないもの」

「……」

「……ところで恵梨香さん、さっきもう一人いるみたいなこと言っていなかった?」

「あっ、い、いや、気のせいじゃないですか!?」


 佑真がそこに割って入り誤魔化す。

 藍は不思議そうな顔をして首を傾げた。


「……そう、まあいいわ。邪魔してごめんなさい」


 そう言って、藍はゲームセンターの中に入ろうとする。

 その様子を見たレイコは、佑真に語り掛けてくる。


「佑真さん佑真さん、藍さんをレイコウィンドウショッピングに誘いましょう!」

「はあ?」

「フラグを立てるチャンスですってば!」

「いや、だから別に……」

「あ、あの、藍さん!」


 そんな様子を知ってか知らずか、恵梨香が藍に声をかけた。

 藍は立ち止まり振り返る。


「どうしたの?」

「あの、よかったら一緒に遊んじゃだめですか!」

「……私と?」


 藍は意外そうな顔をする。

 レイコは恵梨香にふわりと寄り添いドヤっとした顔を佑真に向けてくる。

 佑真は意味も分からずただ自分の頭をさすった。


「デートじゃないの?」

「ち、違、そういうんじゃなくて、ただ、一緒に歩いて回ってただけなんです!だから、もしよかったら、どうかなって!」

「……」


 藍は佑真を見つめてくる。

 レイコの謎のドヤ顔、恵梨香の心配そうな顔と共に、三人の少女の視線が佑真に注がれた。


「……もし、藍さんがよければだけど」


 佑真がそういうと藍は不思議そうに、だが楽しそうな顔をした。


「……そうね、少しゲームで遊んでいいなら、付き合ってもいいわ」


 そういわれてレイコは嬉しそうに佑真のまわりをくるくると回った。

 佑真は訝しげにレイコに耳打ちをする。


「なんなんだよ急に、フラグだなんだって」

「だーってぇ!美人風紀委員ですよ!お近づきにならなくてどうするんですか!……それに」


 先程までににやにやしていたレイコが不意に真面目な顔をする。

 その顔はまた、どこか寂し気であった。


「なんだか、ちょっと誘ってほしそうだったじゃないですか。藍さん」

「そうか……?」

「そうです!私にはわかるんです!そういうの!幽霊ですから!」

「はあ」

「何をしているの佑真くん。店の入り口に立っていたら迷惑になるわよ」


 佑真は眉間にしわを寄せて、ゲーセンの店内へ入っていった。

 レイコもそれに追従する。

 恵梨香はあたりをきょろきょろと慣れないように見まわしていたが、藍は慣れ親しんだ場所であるかのようにスムーズに歩く。


「萩原くん!ゾンビシューティングだって!」

「三堂さん、ゾンビもいけるのか……」

「やってみる?恵梨香さん」


 藍はゾンビシューティングの筐体に硬貨を落とす。

 素早い動きで銃を取り出した藍は最初に出てきたゾンビをあっという間に倒してしまった。


「撃てそうなやつだけ撃って、ほかは全部片づけてあげるわ」

「ゆ、佑真さん!このままじゃ男前ポイントが負けてしまいますよ!!」

「別にいいし……」


 恵梨香がよたよたとゾンビを倒していく横で、藍は攻撃してきそうなゾンビのみを片づけていく。

 結果としてゲームはノーミスでクリアされたが、恵梨香の撃ちミスが多くスコアは振るわなかった。


「む、難しい……それにやっぱり相手がゾンビでも撃つって慣れないや」

「ふふ、おつかれさま。佑真くんもやる?」

「いや、俺はいいよ。勝てる気しないし」


 佑真が苦笑いで返した。

 横で聞こえるレイコの文句はいつものように聞き流していき、次のゲームへと向かう。

 このようにしてゲームセンターでのひと時は流れていった。


「いや、なんか……藍さん、すごいな……どのゲームも上手いもんな」

「休日はだいたいゲームしているからね。自然とうまくなってしまっただけよ」

「……」


 一度ゲームセンターを出て、再び三人はベンチに座った。

 恵梨香は幽霊のぬいぐるみを愛おしそうにいじっている。


「……でも、やっぱりなんか、この間の風紀委員!って感じの藍さんとはイメージ違うっていうか。なんか意外だったな」

「……まあ、そうかもね」


 藍はふぅと息をついて足を組み、両手で頬杖をつく。


「私も、こんな風に人とゲーセンで遊ぶのなんて久しぶりだったわ……友達もいないしね」

「……そんな」


 恵梨香が不服そうにつぶやいた。

 幽霊のぬいぐるみの顔を藍に向けて、恵梨香自身も困った顔をする。


「でもそうでしょう?人をいたぶるために風紀委員やってる、なんて噂もあるくらいだし」

「うっ」

「その反応は、噂のこと知ってる反応ね」


 藍は空を見上げて、自嘲気味に微笑みながら口を開く。


「いいのよ別に。私がどう思われても」

「……なんでそこまで?」

「……ふふ、規律を守ってみんなに清々しく過ごしてほしいから、なんて変かしら?」


 佑真の疑問に、藍はこともなげに返す。

 その時、レイコは何かを言おうとした。

 しかし相手に伝わらないからか、それとも言うこと自体をためらったのか、そのまま口をつぐむ。


「さ。私はもうそろそろ行くわ」

「えっ、藍さん、でも……」

「いつまでも二人の邪魔をするのも悪いもの」


 いたずらっぽく笑って、藍は立ち去ろうとする。

 佑真は、特に言うべきことも見当たらずにそのまま見送ろうとした。

 その時だった。


「……ふふふ、見ちゃったッスよ、風紀委員」

「……?」


 声をしたほうを見ると、そこには深々とニット帽を被った何者かがそこに立っていた。


「……こんなとこでゲーセン遊びしてるなんて、風紀委員がいいんスかねぇ!」

「あなたは、確か……赤来あきらさん?」


 あきらと呼ばれたその何者かは、にやりと笑って藍の前に立つ。

 佑真は、また何か面倒なことになってきた嫌な予感だけをひしひしと感じた。

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