ユーレイVS風紀委員

 廃病院探索から一日経って月曜日。

 萩原佑真は平和に安堵していた。

 たった一日、されど一日、昨夜の探索は佑真を思った以上に疲れさせていた。

 教室のいつもの席ですら、なにやら安らぎの空間のように思えていた。

 前の席から例によって栄一が声をかけてくる。


「よう佑真、また悪夢か?」

「あー、いや、違うけど……まあ似たようなものっちゃ似たようなものか」

「そんなにぐったりしてると女の子にモテねえぞ~?」


 その言葉を聞いて佑真はなおさらぐったりとする。

 栄一が訝しそうに首をかしげていると、向こうから恵梨香が歩いてきた。


「おはよう萩原くん!」

「ん、ああ、おはよう三堂さん」

「あのねあのね、猫ちゃん、ちゃんとミルク飲んでくれたんだー!」

「そっか、そりゃよかったな」

「うん!」

「……待て待て!!」


 突然の栄一の静止に佑真は驚く。

 栄一は掴みかからんばかりの勢いで佑真に詰め寄った。


「なんだよ」

「なんだよじゃねえよ、なんか、なんだその仲良さげな感じ!昨日ってなんだ!!」

「あ、あー、いや、まあいろいろと」

「いろいろとォ!?ちゃんと説明しろちゃんと!!」

「レイコちゃんもおはよう!」

「おっはようございます!」


 佑真が説明をさせられている間に恵梨香とレイコが楽し気に挨拶を交わす。

 むしろ仲良くなったのはそっちの方なんだがなあ、と佑真は心の中で愚痴を言った。


「つまり……デートじゃねえか!くそっ、いつのまにそんな仲に……っ!」

「で、デート!!?」

「違う違う」


 栄一の発言に恵梨香は驚くが、佑真は即座に否定する。

 なにやらレイコの抗議のような声が聞こえるが佑真はすべて無視した。

 恵梨香は何やらわたわたとしながら、誤魔化すように佑真に声をかけた。


「あ、は、萩原くん!ところでオカルト研究会に入ってくれるって本当!?」

「……はっ!?」


 突然のことに思わず佑真の声が上擦った。


「おいおい、マジか佑真。とうとう本格的にオカルトに目覚めちまったのか?」

「ま、待って、その話どこから……っ!!」


 佑真ははっと気づいてレイコの方を睨む。

 レイコはまたも鳴らない口笛のようなものをふーふー言わせていた。

 その様子に恵梨香も何かを察したようであった。


「あ、そ、そっか。まあそうだよね!うん、何かの勘違いだよね!気にしないで!」

「う……」


 恵梨香は笑ってごまかすが、佑真からすれば昨日のことを思い出し、放っておくわけにもいかない。

 ついでになんとなく親友の目線も痛い。

 少しの間悩み、佑真は腹をくくることにした。

 そしてレイコはあとで覚えておけよ、とも思った。


「いいよ、オカルト研究会、やるよ」

「え、ほ、本当に?無理してない?」

「……まあ、なんだかんだ昨日も楽しかったしさ」

「は、萩原くん……!!ありがとう!!」


 恵梨香は思わず佑真の手を握った。

 突然のことに思わずどきりとしてしまう。

 それは恵梨香も同様だったのか、それに気付いて慌てて手をひっこめた。


「やっぱり、昨日デート以上に何かあったんじゃないだろうなお前ら……」

「ないってば!デートじゃないし!」

「……その話、私にも是非聞かせてほしいわね?」


 その時、突然見知らぬ声が会話に割り込んできた。

 そちらのほうを見ると、切れ長でツリ気味の目、長い髪を綺麗に切り揃えたきりっとした印象の女性が微笑みながら立っていた。


「ほあーっ!!しゅっとした美人さん!佑真さんったらもう、こんなお知り合いもいたんですか!?」


 などとレイコはテンションをあげているが、佑真には全く見覚えがなかった。

 なによりその女性からはカエルを睨む蛇のような、謎の威圧感のようなものを感じていた。

 佑真はおそるおそる声をかける。


「え、ええと……その、どちら様でしょうか……」

「あらこれは失礼。私、柚木崎ゆぎざきあいと言います。クラスは隣なのだけれど、風紀委員をしているの」

「は、はあ」


 風紀委員?そんなものが一体自分になんのようだ?

 と思った次の瞬間、藍はにやりと笑って話を切り出した。


「萩原佑真くん、三堂恵梨香さん。あなたたち、夜の郊外をうろついていた……って、本当かしら?」

「えっ」

「あっ」

「本当なのよね?さっきまで話していたものね?」


 藍はあくまで威圧的な笑顔を崩さないまま話を進める。


「関心しないわねえ、夜遊びは」

「い、いや、その……」

「それで?男の子と女の子が二人きりで?夜にいったい何をしていたのかしら?」

「ち、違います!萩原くんは、その、そういうのじゃなくて!」

「そういうの?どういうのを想像したのかしら?」


 口を滑らせた恵梨香を容赦なく藍は突いていく。

 恵梨香は顔を赤くしてしおしおと小さくなった。

 藍は心底楽し気にくすくすと笑う。


「二人とも、あとで生徒指導室に来なさい。そこでちゃんと説明してもらうから。いいわね?」

「……はい……」

「ふぁい……」


 それだけ言い終わると、藍は颯爽と去っていった。

 嵐に襲われた稲のような恵梨香と佑真達だけがそこに残された。


「柚木崎藍か……厄介なのに目をつけられたな」

「知っているのか栄一」

「ああ、同じ一年の風紀委員。当然まだ風紀委員になったばかりだってのに、既に何人もあんな感じで生徒を指導していて、上級生だろうが容赦なし。しかもあの性格だろ?噂じゃ難癖つけて人をいたぶるために風紀委員やってるって話もあるくらいだ」

「うへえ……」


 思わず佑真からため息のような声が漏れた。

 先ほどまで赤かった恵梨香の顔は真っ青になっていた。


「は、萩原くん……ごめんね、私のせいで……」

「いや、ちゃんと説明すればわかってくれるって」

「悪い、不安煽っちまったな……すまねえ……」

「ほら、栄一があとで菓子パンおごってくれるってよ」

「なっ……ま、まあ、それで許してもらえるならおごるよ!」


 佑真と栄一のやりとりに救われたように恵梨香はふきだして笑った。


「うん、ありがとう萩原くん、志島くん。ちゃんと話せばわかってくれるよね!」

「ふぅーむ……」


 その横でレイコは顎に手を添えながら何かを考えるそぶりをしていた。

 佑真はその姿になんとも言えない不穏な気配を感じた。


「ドS風紀委員……面白いことになってきましたねぇ……!」


----


 その日の放課後、佑真と恵梨香は生活指導室に通された。

 入るのは初めてだが、普通の教室とさして変わりはない。

 ただし、二人にとっては非常に恐ろしい空間のように感じた。


「よく来てくれたわね、座って」


 向かい合わせにした四つの机、その一つの席に藍が座った。

 佑真と恵梨香もおずおずと席につく。

 そしてもちろん、当然の権利と言わんばかりにレイコもその後ろにくっついてきている。


「あ、あの……柚木崎さんだけですか?」

「藍でいいわ……今回のこれは私の独断だからね。このあとどうするかはあなた達次第」


 そう言って藍はにこりと微笑んだ。

 それがこちらにとって良いことなのか悪いことなのか判断がつかず、佑真達はただだらしなく愛想笑いをするしかなかった。


「ではまず、夜中に出歩いていた。これは事実ね?」

「は、はい……」

「それで、どこで何をしていたのか。嘘を言わずにはっきりとお願いするわ」


 有無を言わさない藍の質問に佑真は答えるしかなくなる。

 恵梨香の証言もあわせて、あったことを正直に(もちろんレイコのことは伏せて)話していく。


「なるほど。つまり肝試しに行っただけでやましいことは何もないと」

「肝試しじゃないです!幽霊探索です!」

「そう。じゃあその幽霊探索をしたということでいいのね」


 佑真はおとなしく頷いておく。

 藍はくすりと笑って両肘を机につけて頬杖をついた。


「やましいことは何もしていないけど、立ち入り禁止の廃病院には入ったと」

「そ、それは……」


 その点は事実だけになんの反論のしようもなかった。

 なおも笑顔のまま、藍は二人に語り掛ける。

 しばしの間、緊張と沈黙がこの空間を支配した。

 そこで動いたのは……動いてしまったのはレイコだった。


「むむむ……ここを打破するが私の役目!ふへへ、美人風紀委員!覚悟!!」

「げっ……!」


 レイコは言うが早いか、くるりと藍に霊体部分を巻き付ける。

 恵梨香の時のように、藍の胸や腰、足にレイコが容赦なくまとわりついていく。


「ふむむ……っ……バスト73!ウエストは59!ヒップ76!すらりとしたモデル体型っ!なおレイコチェックは当社比で正確な数値は全然わかりません!!」

「はわわわわわ……」


 その様子に思わず恵梨香が目を覆って赤面する。

 まるでレイコの体が藍に食い込むようであった。

 レイコは手をわきわきと動かしてあちこちを揉みしだくふりをする。

 本人が全く気付いていないところも含め、官能的な雰囲気を醸し出していく。

 佑真も思わず目をそらした。


(この真面目な時になにをやってるんだ……というか懲りていなかったのかよレイコ……!)

「佑真くん、恵梨香さん。ちゃんと聞いているのかしら?」


「ご、ごめんなさい……」

「困るわねえ、あんまり反省していないようだと」

「も、申し訳ございませんでした……」


 レイコも剣呑な雰囲気に思わず退散する。

 あとで絶対覚えておけ、と佑真は思った。


「あなたたち、オカルト研究会なのよね?今後もこういうことがあるようだと問題なのよ、わかる?……私としては本来ならオカルト研究会の解体を視野にいれたいところなんだけど」

「そ、それは困ります!!」


 今まで言われるがままだった恵梨香が立ち上がって講義した。

 藍は目を丸くして、恵梨香を見る。

 恵梨香は泣きそうな顔で藍に懇願する。


「や、やっと、私以外に、入ってくれる人が、見つかって、私も、もっと、オカルト研究会していきたいって、やっと、思ったところで、それに、その……友達も、できたんです。だから……」

「でも、あなたは決まりを破ったのよね?そんなことを言える身分なのかしら?」

「おい、それは流石に横暴なんじゃ……!」

「横暴はどっちかしら?」


 佑真の抗議に藍は笑顔をやめ、立ち上がった。

 二人はその雰囲気に思わず威圧される。


「決まりを破ったあなた達と、処遇を決めようとしている私。どちらが正しいか、わかるわよね?」

「……それは……」


 そこまで言って、藍は座り直して再び微笑んだ。


「……ふふ、ごめんなさい。少し怖がらせすぎたわね。悪気はなかったみたいだし今回は厳重注意程度で許してあげる」

「ほ、本当ですか?」

「でもきちんと反省するように。いいわね?」

「は、はい!」


 佑真はほっと胸をなでおろした。

 恵梨香も安心したように涙をぬぐう。

 その様子を見て、藍はにこりと笑った。


「オカルト研究会もその研究対象の都合上、危ないところに行きたくなるのだろうと思うけど、そういうのはまず許可を取ってからにしなさいね」

「は、はい」

「それと、男女二人きりというのは危ないし誤解を生むものだから、なるべくなら控えなさい……とはいっても、二人しかいないのでは仕方ないのかもしれないけど……」

「ええと……」

「あとは……こほん、ええと。こんなものでいいわね。では良い学園生活を」


 それだけ言って、藍は生活指導室を出ていった。

 教室に残された二人はようやく気が休まるのを感じた。


「……まったく、生きた心地がしなかったよ……」

「ほんとにね……でもよかった、オカルト研究会、解体するなんて言われなくて」

「いやあ本当によかったですねえ」

「てめえレイコ!!どの面下げて言うか!!」

「あぁんごめんなさぁーい!!」


----


 そうしてその日は二人で大人しく帰路につくこととなった。

 帰り道の途中、恵梨香が話を切り出す。


「……でも、藍さん、噂ほど怖い人じゃなかったみたい」


 それに対しては佑真も同感だった。

 確かに叱られる側としては少々怖かったが、真面目に仕事をやっているように見えた。


「あの人はあれで、風紀のことに関してしっかり考えてるのかもな」

「うん……今回のことは私たちが悪かったんだしね。今度から気を付けないと」


 そういって恵梨香はぐっと拳を握った。


「俺たちも反省しないとな?な、レイコ」

「はい、反省してます……」


 レイコはといえば、佑真と恵梨香の荷物を周りからはわからないようにこっそりとユーレイ・サイコキネシスにより持たせられていた。


「ごめんねレイコちゃん」

「こいつもたまにはしっかり反省させたほうがいいんだよ」

「け、結構しっかり重いです、二人分の荷物……ユーレイなのに……」


 ぐったりとしはじめたレイコを見て、佑真と恵梨香は笑いあう。


「で、でも私は懲りませんからね……目指せ、ハーレム生活……です……!!」


 レイコの絞りだした声は、夕焼けの中に吸い込まれていった……

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