ユーレイとドキドキ怪奇現象大作戦・後編
「三堂さん、待ってくれ」
「……萩原くん?どうしたの?」
帰ろうとする恵梨香を佑真は引き止める。
そして声を潜めて言った。
「静かに……なんか聞こえないか?」
「……え?」
耳を澄ませると、先程までは静かだったはずなのに。
何かが聞こえる。
「この部屋からじゃないか……?三堂さん、入ってみよう」
「え、でも……」
「そのために来たんだろ!いいから!」
「え、あ、萩原くん……!」
佑真は半ば強引に恵梨香の手を引いて、扉を開けた。
扉を開けたその先は、古くなった机や椅子がいくつか置いてある。
どうやらリラクゼーションルームだった場所らしい。
そしてその部屋の中心には、レイコが浮いている。
「……何も、ないけど」
佑真にははっきりと見えているが、恵梨香にはやはり見えないらしい。
「……どこかにいるんじゃないのか……?」
佑真はレイコを睨む。やっぱり見えていないじゃないか、とアイコンタクトをする。
レイコはまあまあ、と言わんばかりに笑顔で指を振る。
そしてその場にあった椅子を指差した。
「これぞレイコの7つの秘儀がひとつ!ユーレイ・サイコキネシス!です!」
レイコがぐっと力を籠めると、椅子がかたりと動いた。
手を触れていないにも関わらず、だ。
こんなことができたのか、と佑真は少し驚いた。
「えっ、萩原君……今、なにか音が……」
「ああ、俺も聞こえた……このあたりじゃないか」
佑真はさも気付いていないかのように、椅子のあたりを懐中電灯で照らす。
佑真が頷くと、レイコはもう一度、今度は大きく椅子をかたりと動かした。
「え、え、え、え!?」
レイコはそのまま椅子を倒す。
静かな部屋に、ガタンと大きな音が響く。
「ひゃっ……!!」
恵梨香は思わず顔を隠して驚いた。
そして、そっと椅子を見る。
「……は、萩原くん!!見た!?椅子、椅子が勝手に倒れた!!」
「……ああ、見た……三堂さん、これ本当にいるんじゃないのか?」
「え……?」
「幽霊だよ、幽霊!」
そういわれた恵梨香はしばらく椅子をじっと見つめていた。
そして今度は佑真の顔を見る。
その顔は、ここに入る前に幽霊のことを語った時のように、きらきらと輝いていた。
「ほ、ほんとだ……ほんとだよ!幽霊だよね!そうじゃないと考えられないよね!」
「なあ、三堂さん。この幽霊、もしかしたら……三堂さんと友達になりにきたんじゃないのか?」
「へっ!?」
恵梨香は突然の佑真の言葉に思わず声をあげた。
佑真は少し強引かもしれないと思いつつ、そのまま話をし続ける。
「きっと、さっきの三堂さんの言葉を聞いてたんだよ。それで会いに来たんじゃないかな」
「……で、でも……」
「このあたりにいるのは間違いないんだ……少し様子を見てみよう」
「……うん」
佑真はあちこちを懐中電灯で照らし、幽霊を探すフリをする。
恵梨香もそれに追従するようにあたりを照らし始めた。
「ふっふっふ、佑真さん、まだまだこの程度じゃ終わらせませんよぉ」
佑真と恵梨香の間にするりとレイコが飛んでくる。
そして佑真に向かってにやりといやらしい笑顔を向けた。
佑真はとても嫌な予感がした。
「そぉーれい!!」
「ひゃっ!?」
レイコは恵梨香のTシャツをぐいっと佑真の方へと引っ張った。
よろけた恵梨香はそのまま佑真のほうへと倒れこんだ。
あまりに突然のことで佑真はしっかり受け止められず、恵梨香と一緒に倒れこんだ。
「うぐっ」
佑真は恵梨香の下敷きになる形となる。
なんとか恵梨香に怪我はないようであった。
「だ、大丈夫か三堂さん……」
「え……う、うん……ごめん、なんか、急によろけちゃって……」
「佑真さんったらちゃんと受け止めてくださいよぉー!でもまあこれはこれで結果オーライ!ひゃっほう!」
佑真はレイコを睨みつけた。
レイコはぴゅうと音がしそうな速度で部屋から逃げていった。
「立てる?三堂さん」
「あ……あ!ごめん萩原くん!私……!!」
「き、気にしないで……どうもいたずら好きな幽霊らしいな……!」
佑真は怒りをこらえながら恵梨香を立ち上がらせる。
あたりを照らしてもレイコの姿が見えない。本当にどこかに行ってしまったらしい。
「……は、萩原くん……私、こんなにすごい怪奇現象見たの初めてだよ!!」
「……ああ、よかったな、三堂さんが諦めなかったからだよ」
「え……」
そう言うと、恵梨香は再び俯いてしまう。
「三堂さん?」
「……ううん、私、さっき幽霊なんていないって思った。幽霊のこと、信じきれなかった」
「……」
「私、やっぱり……だめだよ。幽霊と友達になる資格なんて……」
「それは違う」
佑真ははっきりといった。
恵梨香は顔をあげる。
月明かりが差し込んでうっすらと表情が見てとれた。
「三堂さんは、ひとりぼっちの幽霊と友達になりたいと思うほど、優しいじゃないか」
「え……」
「ひとりぼっちの幽霊と女の子が仲良くなったのを見て、よかったなって、自分も幽霊を見たら仲良くなろうって、そう思ったんだろ?」
「……うん」
「きっと、そんな三堂さんと仲良くなりたいっていう幽霊がいるんだよ。ここにさ」
恵梨香はまた俯いてしまう。
そして胸に手を当てて、嬉しそうな声を出した。
「……そう、かな……そうだったら、いいな……」
今度の声は、装ったものではなかった。
「きっとそうさ。よし、そろそろまた幽霊から何かしてくる頃じゃ……外かな……?」
まだ帰ってこないレイコを探しに、リラクゼーションルームを出て廊下を照らす。
レイコはどこにもいない。全くどこへ行ったのやら。
その時、恵梨香が何かに気付いた。
「……また、何か音が聞こえない?」
「んん……?」
佑真が耳を澄ませると、確かに何かが聞こえる。
まるで獣の唸るような音だ。
(なんだレイコ……こんな音どうやって用意したんだ……?)
そう佑真が思った矢先、何やら獣のような影が廊下の端を横切って、角を曲がっていく。
一瞬ではあったが、それを確かに二人は見た。
恵梨香は角のほうへと少しずつ歩いていく。
「も、もしかして、獣の幽霊なのかな……!」
(おいおいレイコ……こんなこともできたのか、聞いてないぞ……)
そう佑真が考えた直後、レイコが佑真のとなりにふわりと舞い降りてきた。
「あ、佑真さん!次は一体どうしましょうね!」
「え?どうしましょうって、今何かやってるんじゃなかったのか?」
「え?私は二人のお邪魔をしないように少しだけ離れてただけですけど」
「え?」
「え?」
じゃああれは?佑真がそう尋ねる前に、再び影が現れた。
大きな獣の影が、のそりと動く。
「萩原くん!あの子が私と友達になりたいのかな!!ちょっと行ってみてくるね!」
「えっ、ちょ、ちょっと三堂さん!?」
恵梨香が影の元へ一直線に走っていく。
レイコの仕業ではない?
ならば、あれは自分たちの知らないものだ。
まさか、正真正銘本物の……?
佑真の血の気が引いた。
「だめだ三堂さん、戻って!!」
「えっ?」
立ち止まって振り返る恵梨香に、少しずつ影が近づいてくる。
ここから走って間に合うか……?
だが、行かないわけにはいかない。佑真は駆け出そうとした。
「佑真さんお待ちを!私に任せてください!!」
「レイコ!」
レイコはふわりと素早く恵梨香の元へと飛んでいく。
獣はもうすでにすぐ後ろにまで迫っていた。
「ユーレイ・サイコキネシスで……てい、やぁああッ!!!」
「え、きゃ、ひゃあっ!?」
レイコが力を籠めると恵梨香はふわりと浮き上がった。
恵梨香は何が起こったのか全く理解できずにただおろおろしている。
「ゆぅっしゃぁいッ!!!」
妙な掛け声と共に恵梨香が一気に佑真の元へ戻ってくる。
というより、半ば投げられたような形であった。
「うわ、ったっ!!」
「え、え、何が起こったの!?」
佑真は恵梨香を受け止めきれず倒れこむ。
はずみで懐中電灯が手を離れ、遠くへと滑っていった。
恵梨香は混乱したままきょろきょろとせわしなくあたりを見ていた。
「なにやってるんですか佑真さん!ちゃんと受け止めてくださいよ!」
「無茶言うな!!」
「は、萩原くん?」
「あ、いや、その……」
思わずレイコに飛ばした怒号を咳払いでごまかした。
ふと、恵梨香ごしに廊下の先を見る。
黒い影は思いのほか素早く、もうすぐ近くまで来ていた。
「三堂さん、俺の後ろに」
「え、でも……」
「いざという時、誰かを守れる男になる……約束なんだ……」
佑真は、うわ言のように呟く。
恵梨香は、その言葉を聞いて少しだけ悩んだ。
そして、にこりと笑って首を横に振った。
「大丈夫だよ三堂くん。私、もう迷わないから」
「三堂さん?」
「ねえ、おいで。友達になろう」
恵梨香は立ち上がって、獣の影に向かって話しかける。
立ち上がりに一歩出遅れた佑真は、その様子を後ろから眺める形になった。
「三堂さん……」
「私、私は、ずっとあなたみたいな友達が欲しかったんだ。ひとりぼっちだからとか、そういうんじゃない。あなたみたいな、幽霊とか、そういう、不思議なお友達がいたら、ずっと楽しそうだなって」
佑真からは恵梨香の顔は見えなかった。
しかし、わかった。
いつものような、あのきらきらした笑顔で語り掛けているのだろうということが。
「萩原くんに、優しいって言われて、ちょっとだけ自信ついたんだよ?」
「……」
「……君、怖いんだよね?……私もちょっとだけ怖い。でも、それでいいんだ……最初は、怖がったっていいんだよ……でも、そこから……仲良くなれるよ、きっと。私たち」
恵梨香はきっとその時、にこりと微笑んだのだろう。佑真はそう感じた。
……唸り声が、次第に消えていく。
影が暗い廊下を抜けて、月明かりの中に足を踏み入れていく。
そこに映し出されたのは。
「……猫だ」
小さな黒猫が、そこに一匹いた。
黒猫は、があとかすれた妙な声を出して鳴いた。
「……ね、猫が影で大きく見えたのか……」
「萩原くん、この子怪我してるみたい。それで気が立ってたんだねー。そっかぁ、幽霊じゃなかったのかー……でも、まあいっか」
恵梨香は黒猫を呼び寄せると前足の怪我にハンカチを撒いてあげた。
黒猫のほうも、恵梨香の行動の意味がわかっているのかずっと大人しくしている。
そんな折、レイコがふわりと佑真の横に降りてきた。
「いやはやびっくりしましたねぇ」
「レイコ……?そういやお前なにしてたんだ……?」
「いやー、私は恵梨香さんを移動させたあと、正体が猫だってすぐ気が付いたんで、あとは若いお二人にお任せしようかなって思って見てたんですよ」
「……お前……ッ!!」
佑真はレイコに掴みかかろうとするが、するりとすり抜けてしまった。
レイコはべーっと舌を出して佑真を挑発する。
「もう萩原くん、さっきから誰と話してるの?」
「あ、いや、その。これは……」
ふわりと、恵梨香の前をレイコが横切る。
その姿を恵梨香は目で追った。
「……え?」
「え?」
「え?」
一瞬の静寂の後、恵梨香の驚きと喜びの叫び声が廃病院内に響き渡った。
----
その後、三人は廃病院を出て帰路へとついていた。
いや、正確には……恵梨香の腕の中に小さな黒猫が一匹すやすやと眠っていた。
おそらく野良であろうこの黒猫を恵梨香は飼うことにしたらしい。
黒猫のほうも恵梨香のほうを気に入っているらしく、ごろごろとかすれた声で鳴いていた。
せっかく友達になったんだから、と恵梨香は言っていた。
おそらくだが病院の呻き声というのもこの猫の声だったのだろうと、二人は結論付けた。
……そんな、彼らが去った廃病院の中。
「本当に……面白い子たちだなあ……」
かさりと、虫の音がする。
「……友達……かあ」
その少女は闇をまとったまま、静かに呟く。
虫の蠢く音がする。
「……羨ましいな……」
その声を最後に、虫の音は聞こえなくなった。
----
「ねえねえレイコちゃんってずっと萩原くんと一緒にいたの?」
「いやあ、まあ、まだここ数日くらいなんですけどね」
「それじゃあ、萩原くんに悪夢を見せてたっていうのはレイコちゃん?」
「えーっと、それはその、心当たりないんですよねえ」
「あっ!あの時退治しようとしちゃったけどあれ痛くなかった!?」
「えっ、あ、えーっと、それは、それはですねぇ……」
道すがら、レイコは恵梨香からの質問責めにあう羽目になっていた。
レイコは困ったように佑真に助けを求めるが、佑真はすべて無視した。
そして佑真は思案する。
何故、恵梨香に急にレイコが見えるようになったのだろうか、と。
「あ、あとね……レイコちゃん。えっと、その、も、もしよかったら、なんだけど……」
「……恵梨香さん、お友達になりましょう!」
「……うん!」
だが、恵梨香の喜びようを見るとそんなことは些細なことのように思えた。
「えっへへー、今日は友達が二人もできちゃいましたよー……あれ、二人とも人間じゃないから、二人っていうのは変かな……」
「恵梨香さん恵梨香さん、佑真さんも仲間に入れてあげましょう?そうしないといじけちゃいますよ」
「あっ!!ご、ごめんね萩原くん!!べ、別に忘れてたとかそういうのじゃなくって!!」
「い、いや、別にいいけどさ……」
「ほら、いじけちゃいましたよ!」
レイコがそういうと、恵梨香と一緒にくすくすと笑いあった。
佑真は複雑そうな表情で自分の頭をさすった。
「……でも萩原くん。本当にありがとう。萩原くんが私のこと励ましてくれたから、レイコちゃんのことも見えるようになったんだと思うんだ」
「そう……なのかな、まあ、いいかそういうことで」
そう言って佑真は笑う。
恵梨香もその顔を見て、少しだけはにかみながら笑った。
「うん……あ、あはは!なんだろう!今になって急に怖くなってきちゃったかも!はやくいこう!」
恵梨香はそう言って先に駆け出していく。
暗い道は月明かりで照らされて、なんとなく輝いて見えていた。
「なんだか、急にドキドキしてきちゃったや……」
そして今度こそ、その後ろを追いかけてくる佑真とレイコにも聞こえない声で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます