ユーレイ、学校に行く
「間に合った……」
なんとか遅刻を免れた佑真は机に突っ伏して呟く。
遅刻の原因は言うまでもなく昨夜の出来事のせいだ。
突如として現れた幽霊らしき変な少女、レイコ。
彼女に安眠を妨害され、遅刻寸前まで眠りこけてしまったのだ。
しかも朝は彼女に起こされ、夢だったと安堵する瞬間さえ与えられなかった。
「ここが祐真さんの学校ですか~!へ~!ほ〜!」
しかもレイコは、学校にまで付いてきて今、祐真の隣でふよふよとしながらあたりをきょろきょろ見回している。
祐真は苦虫を噛み潰したような顔でレイコを睨み、小声で語りかける。
「……なんでいるんだよ……」
「当たり前じゃないですか!ハーレム作りに来てるんですよこちとら!!学校に来ないで何がハーレムですか!!」
「いや、意味わかんねえよ……」
レイコは空中でくりんと回転し逆向きのまま佑真の顔を覗き込む。
逆さになっているにも関わらず髪が殆ど乱れないその姿は、彼女が重力とはまるで無縁の存在なのだと感じさせられた。
そんなことに驚いている佑真を尻目にレイコはにっかりと笑いかける。
「やはり学生のハーレムは学校で作らなければ!同級生!上級生!下級生……は、1年だからまだいませんね。来年に期待しつつまずはそこから攻めていきましょう!」
「なんだよ攻めるって……大体にして、俺はそんなもの作る気は……」
「なにぶつぶつ言ってんだ?」
ふよりとレイコが移動すると、その後ろから栄一の顔が覗く。
やはり栄一にはレイコの存在はまるで見えていないらしい。
もちろん今までも誰にも何も言われなかったのだからそうなのだろうとは思ってはいたが、実際に見えるのが自分だけだと思うと少し不思議なのと同時に自分が本当に現実を見ているのかやや不安にもなる。
「別になんでも。間に合ってよかったって、それだけ」
「そうか?俺はまたお前が変な夢でも見てんのかと思ったよ」
間違ってはいないが、と言いそうになるのをこらえ、佑真は微妙にひきつった笑顔を返す。
「ほんとに大丈夫ならいいんだけどよ。もしほんとに悩んでんだったらなんでも相談しろよな」
「なんだよ急に」
「いやほら、なんか昨日よりも深刻そうな顔してる気がしたからさぁ、気のせいならいいんだよ」
佑真が言葉を返そうとした瞬間、チャイムが鳴る。
「おっと、今日は言われる前に前向いてやるもんね!」
そういって栄一はさっと前を向き、授業前の会話の時間は終わった。
レイコはまたふわりと佑真の横に舞い降りるように寄る。
「お友達ですか?」
「ん、中学の時に一緒になって、それからは腐れ縁」
「なるほど……いやあ私もね、できることなら男として生まれたかったーなんて思うときもありまして」
レイコは不思議と感慨深そうに、そして納得したように腕を組むと、聞いてもいないのに語り始める。
「やっぱりこう、女の子に囲まれて!いちゃいちゃ学園生活!!男の夢でしょう!!」
「はあ」
「いやほら、女の子同士というのも悪くはないんですが、結局のところ私は生前に果たせなかったわけですしぃ。私の無念を晴らしてほしいわけですよ佑真さん!」
「話がループするけどさ」
レイコのやたら熱の入った語りを聞き流した佑真は改めて疑問を口にする。
「なんで俺なんだよ?ハーレムって言うんだったら俺よりも栄一のほうが乗ってくれる気がするけど」
「ははぁん、まあ、確かに佑真さんより女の子受けしそうな見た目してますしねぇ」
「ほっとけよ」
確かに佑真と比べて栄一は背も高めで、見た目にも気を使っている。
それでも彼女ができないのは、一見して遊んでいそうなところと意外と奥手なところがかみ合っていないのではないかと佑真は考えている。
「言っても、どう考えても佑真さんも奥手でしょ。人のこと言えない感じでしょ」
「だからほっとけってんだよ!そして話題をそらすんじゃない、なんで俺が……」
「は、萩原くーん……」
佑真が言いかけた時、おずおずと遮ってくる声が聞こえた。
そちらを見ると、もさりとした癖のある長い髪が顔とメガネにかかった女性がそこに心配するような顔で立っていた。
「あ……先生……」
「あ、あのう……もう、ホームルーム……始まってるんだけど……その……もしかして、その私に不満が……?」
「えっ」
非常に申し訳なさそうな顔をして、大真面目にそう聞いてくる先生の言葉を佑真は慌てて否定する。
先生はなおも食い下がるように佑真のことを心配してくる。
「じゃ、じゃあその、何か悩みでもあるの?大丈夫?保健室に行く?」
「いや、ほんと、大丈夫です!すみませんでした!」
「そ、そう?本当に、何かあったら気にしないで言ってね?」
立ち上がって頭まで下げた佑真を見て、ようやく先生はおずおずと教壇に戻っていった。
佑真は思わずため息をついて改めて座る。
そしてそっと後ろを向いてこちらを見る栄一に手で追い払うようなジェスチャーを向けた。
佑真はやりきれない怒りと情けなさを噛み締めながらレイコを睨みつけた。
「……」
レイコは、先ほどまでの騒がしさはどこへ行ったのか、何も言わずにただぼんやりと漂っていた。
一点を見ているような、何も見ていないような、それを外から推し量ることはできなかった。
佑真がその様子を訝しげに眺めているとハッと我に返ったらしいレイコが急に捲し立ててくる。
「あーっ!ごめんなさい怒られちゃいましたね!これからは授業中とかはなるべく話しかけないようにしますね!」
佑真は声は出さず、軽く頷いた。
それを見たレイコはふわりとどこかへ飛んで行ってしまい、そのまま授業の時間には戻ってこなかった。
「……萩原くん……やっぱり……」
そして、そんな自分をじっと見つめる一人の少女の存在に佑真はこの時まだ気付いていなかった。
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結局レイコが再び戻ってきたのは放課後になった頃である。
レイコが「私がいなくて寂しかったんじゃないですか?もう戻ってこないんじゃないかと思いませんでした?いいんですよもっと私を求めてくださっても!あっ求めるってそういう意味じゃないですからねんもうえっち!!」などとまくし立てるのを佑真は半ば受け流しながら帰り支度をする。
レイコを待っていた為、教室にはすでに誰もいなかった。
いろいろな意味で、レイコを待っていたことを後悔していると、レイコが少しだけ、妙にかしこまりながら聞いてくる。
「ところで佑真さん。あの先生とはどういった関係で……?ずいぶんと心配されていませんでしたか……?」
「あー?ああ違う違う、先生は誰にでもあんな感じなんだよ」
佑真たちの担任である
どうも何かがあるとすぐに自分のせいではないかと考えてしまうらしい。
そのため教師に向いてないのではと言われることもあるが授業自体は非常に丁寧でわかりやすい。
そして悩みには非常に親身になってくれる為、彼女に頼る生徒も少なくないらしい。
また、少々野暮ったい部分もあるが美人でもあるので男性人気があるようであった。
「はーん……まあでも、教師と生徒はちょっと禁断の愛ですから。あの人はとりあえずパスしときましょう」
「なんでそんなとこだけ妙に道徳的なんだよ……?」
「こういうのは順序が大事なのですよ順序が、たぶん」
佑真は最後の一言でなんとなく、そして無意味に心配な気持ちにさせられた。
そしてやはりそれをまるで気にしないようにレイコは再び佑真に詰め寄ってくる。
「で、佑真さんにもいるんでしょ?」
「……何が」
「そりゃあ佑真さんにひそかに想いを寄せているかわいい幼馴染ですよ!!」
「はあ?」
「鉄板でしょ!?幼いころから一緒にいて、だからこそ今ちょっと疎遠になって、でも気になってるそういう幼馴染ですよ!!」
「いねーよ!!」
「なんでいないんですか!!!」
レイコはまたくるりと逆さ向きになる。
そして顔をしかめて佑真の顔を指差しながら、さらに質問を続けてくる。
「じゃあひそかに想いを寄せている腹違いの妹さんは」
「完全なる一人っ子だ」
「住んでいるアパートの未亡人さんとかは!」
「残念ながら非常に仲の良いご夫婦ですねぇ!」
「なんなんですか!!全然いないじゃないですか!!」
何故か逆ギレをするレイコに頭を抱える佑真。
そんな存在がいると思っているのか?
いや、まったくいないとは言い切れないが、少なくとも自分にいるように見えるか?
大体にして生徒と先生はアウトではなかったのか?
未亡人はOKなのかよ?
いろいろと
「困りましたね……これじゃあハーレム作りは予想以上に難航しますよ」
「俺はもうすでに今後に難航の予感しかしないんだけどな……」
事実、この幽霊はいつまで自分にまとわりつく気なのかということをを考えるだけで佑真は今後が不安で仕方がなかった。
対応にはだいぶ慣れてきてしまったが、いつまでもこれを相手にしていたらそれこそ周囲から完全に変人扱いされてしまうだろう。
そうなればもはやハーレムどころではないと思うのだが、そのあたりこの幽霊はわかっているのだろうか。
「佑真さん、律義に私に反応してくれるんですもん、てへっ」
「てへじゃねえよ……」
佑真がため息をつきながら鞄を持ち、もう帰ろうとしたその時だった。
教室の扉ががらりと開き、そこに一人の少女が立っていた。
「な、なんだ、三堂さんか」
そう、そこに居たのはオカルトマニアの三堂恵梨香であった。
彼女であれば特に教室に用があって戻ってきても特に不思議ではない。
佑真は今までの会話が聞かれていないことを願いながら、軽く挨拶をしてそのまま帰ろうとした。
「お、俺もう帰るから、それじゃあまた……」
「萩原くん……!」
恵梨香は嫌に真剣なトーンで佑真を見つめ、そして言った。
「つかれてるね……!?」
「え゛」
佑真は思わずドキリとした。ギクリと言った方が適切かもしれない。
そう、正しく今の佑真は、昨日とは違って本当に憑かれているのだ。
まさか彼女は本当に幽霊が見えるのだろうか。
「だめだよ!!変な夢見ちゃうからって!しっかり寝ないと!!」
「え」
「だってずっと変なこと言ってたし、寝不足で変な夢見てたんでしょ!」
佑真は完全に拍子抜けした。
今の言葉の意味はただの疲れてるだったのだ。
佑真は安心して恵梨香に向き直った。
「あ、ああ、そうだな。ちょっと寝不足だったかも……わざわざ心配してくれたのか」
「もちろんだよ!!大事なオカルト研究会のメンバー候補だもん!」
いつの間にか彼女の中ではすっかり有力なオカルトメンバー候補にされてしまっていたらしい。
まあ、そう思ってくれている方が逆に安心かもしれないと佑真は思った。
なにしろ本当に幽霊に憑かれているなんて知ったら彼女は興奮のあまり倒れてしまうのではないだろうか、それぐらいの熱量をすでに感じていたからだ。
(……あれ?そういえばレイコは……?)
「ふっふっふ……佑真さんったらもう、人が悪い……いるんじゃないですかこんなかわいい子が……!うけけけけ……!!」
(な……っ!)
レイコはいつのまにか恵梨香の後ろをふよりと、不敵な笑みをしながら浮かんでいた。
そしてひょろりと伸びた下半身を、まるで蛇のように恵梨香に巻き付け、這わせる。
(な、なにする気だあいつ……!)
「どうしたの萩原くん?」
きょとんとした表情で恵梨香は佑真にたずねてくる。
佑真は恵梨香に生返事を返しながら、レイコの動きに注視した。
「……うーん、なるほどなるほど……」
「萩原くん?」
レイコは恵梨香の胸に手を這わせ、わきわきと揉むような動きをする。
下半身はくねりと恵梨香の全身に巻き付き、ふよふよとうごめく。
恵梨香は自分に何が起こっているかなど知らず、首をかしげながら佑真のことをじっと見つめながら呼びかけ続けていた。
「ほむほむ……バストは79……ウエストは……63……ヒップ82……くらいではないでしょうか!勘ですが!!」
「萩原くーん?」
「うけけけけ……!」
合っている確証はないらしいスリーサイズを勝手に公表してなお、レイコは恵梨香に絡みついている。
物理的な接触をしていないためか、動いたりはしないもののレイコの体はまるで恵梨香の体に食い込んでいるようであった。
佑真は何度か咳払いをしてレイコを止めようとするもののまったく聞く耳を持たない。
「萩原くーん!だいじょうぶー!?」
「あ!?あ、ああ!大丈夫だよ!」
「やっぱりちょっと疲れてるみたいだね。何度か咳もしてたみたいだし……でも大丈夫だよ萩原くん!こんなこともあろうかと私ちょっと用意してきたから!」
「え?用意?」
そういうと恵梨香はちょっと待っててと言って鞄の中を漁り始める。
気付くとレイコはいつの間にか恵梨香から離れて佑真の横で漂っていた。
「いやー、いい仕事しましたー」
「おい、なにやってんだよお前……!」
「そりゃもちろんハーレム候補のボディチェックですとも!そして佑真さんへのサービスも兼ねております!」
「なにが……!!」
佑真が否定しようとすると、レイコはにやりといやらしい笑みを浮かべながら覗き込んでくる。
「おやおや?ずっと佑真さんの熱ーい視線を感じましたが?」
「そ……それはお前が変なことをしないようにだな……!!」
「ま、そういうことにしておいてあげますよ!」
「いや……!!」
「ぱっぱぱーん!!」
佑真の弁解は恵梨香の間の抜けたファンファーレで打ち消される。
恵梨香が取り出したのは謎の水晶玉とお札のようなものであった。
「……な、なにそれ?」
「もちろん除霊グッズだよ!これで萩原くんにとりつく悪霊を退治しちゃうからね!!」
恵梨香は自信満々に目を輝かせながら有無を言わさずに佑真に札を持たせた。
「本当は私、幽霊とは仲良くなりたいんだけど……萩原くんを苦しめてるなら私だって覚悟を決めるよ!!」
いや、むしろ今さっき辱められてたのは三堂さんのほうで……
とはもちろん言えず、佑真はなんとも微妙な苦笑いを浮かべた。
「え、ど、どうしましょう。私除霊されちゃいます?ま、まだハーレムの夢が」
「なむなむなむなむなむ……!」
レイコがうろたえるより先に、恵梨香は何やらお経のような謎の言葉をぶつぶつとつぶやき始める。
非常に真剣な表情でつぶやいている。ちなみに何も読んではいない。
まさか暗記してきたのだろうか。
そして、その状態のまま数分が経過した。
「……全然、なんともないですね」
レイコはほっと胸をなでおろす。
佑真もなんとなく残念なようなほっとしたような、複雑な心境であった。
「どう!?効果あったかな!?」
そうこうしているうちにお経は唱え終わったらしく、きらきらとした目で恵梨香は聞いてくる。
その期待に満ちた表情に佑真はなんともありませんでした、とは言えず。
「あ、ああ、たぶん、効いたんじゃないかな……?今夜はよく眠れそうな気がするよ……」
「そっか!よかったー!」
恵梨香は満面の笑みでそう答えた。
その笑顔に佑真もレイコも成仏させられそうな気持ちになった。主に罪悪感で。
「うん!それじゃあ私、帰るね!また明日!」
「え……」
そういって恵梨香は帰ろうとする。
その様子を見たレイコはこっそりと(その必要もないのに)佑真に耳打ちした。
「ね、ねえ佑真さん、ここは一つ、何かお礼とか考えるべきじゃないですか?」
「んん……」
確かに、自分の事を心配してくれてここまでしてくれたのをただ黙っているというものよくない気がする。
レイコもなんとなくいたたまれないようだし、何かできることをしたほうがいいのではないだろうか。
「ま、待ってくれ三堂さん……何かこう、俺に手伝えることとか、ないかな?」
「え?手伝えること?」
「ほ……ほら、オカルト研究とか、そういったことをさ、今のお礼に……」
「いいの!!?手伝ってくれるの!?」
しまった、と佑真は思った。
レイコを横目で見るが、ただ首を横に振るだけである。
「で、でもそんなつもりでやったんじゃないからなー、そんなお礼なんてなー……」
そういいながらも恵梨香は期待に満ちた目で佑真のことを見てくる。
もちろん、そんな表情の前に今更後に引けるはずもなく。
「それじゃあ萩原くん!!今度の日曜!心霊スポット探検!!よろしくね!!」
輝かんばかりの満面の笑顔で嬉しそうに恵梨香は教室から去っていく。
「……やりましたね佑真さん!これはフラグが立ちましたよ!ハーレム第一歩です!!」
「お前なあ……!!」
嬉しそうなレイコを前に佑真はただ、また頭を抱える羽目になるのであった。
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