ユーレイVSオカルト
日曜日の夕方前。
心霊スポットへ行くという約束をしてしまった佑真、そして当然のことと言わんばかりにくっついてきたレイコは少し早く待ち合わせの校門の前に来ていた。
「で……ほんとにこんな服着てくる必要あるのかよ」
「あったりまえでしょうが!事実上のデートですよ!デ・エ・ト!!オシャレせんでどうするんですか!!」
佑真はレイコプロデュースにより強制的にお洒落な服装に着替えさせられている。
レイコは存外に服のセンスはよく、少ない予算でおしゃれに詳しくない佑真でも多少わかる程度には外見は整っていた。
「いや、デートじゃないし……」
「んなこといってもう、女の子と二人っきりですよ?いいんですよ素直にそういう期待しても!!」
「ていうかお前いるせいで二人きりじゃないし……」
「佑真さん!私はいないものと思って!!」
「じゃあ最初から来なければいいんじゃ……?」
「それじゃあデートの様子が見れないじゃないですかー!!」
「た、タチの悪い幽霊……!」
佑真はぐったりしながらも、女の子のクラスメイトと二人きりよりはいいかもしれないと少し安心もしていた。
しかしこのレイコという幽霊、一応女性でそれなりに美人なのにも関わらず、あまりそうは思えないのはやはり言動のせいなのか、それとも幽霊だからなのか。
「萩原くん!」
そんなことを考えているうちに後ろから恵梨香が呼ぶ声が聞こえてくる。
デートと言われたせいかほんの少しだけ意識しながらもそちらのほうを振り向く。
「ごめんね!待った?」
「……いや……」
佑真は思わず恵梨香の胸元にくぎ付けになった。
恵梨香の身に着けたそのティーシャツは橙色で、ゴリラのような顔と大きな足跡のプリントの下にでかでかと「BIG FOOT」と書いてあるデザインだったからだ。
((だっさ!!))
佑真とレイコは同じことを考えた。
そんなこととはつゆ知らず、恵梨香は非常に楽しそうな様子で佑真に詰め寄ってくる。
「えっへへへ、今日はもう、楽しみで眠れなかったよー!なんたって本物の心霊スポットだよ!もう怪奇現象ばりばりっていう噂!!」
「ああ、うん……」
佑真にわずかに芽生えていたデート気分は雲散霧消し、なにかめんどくさいことが起こりそうな、そんな悪い予感だけがもやもやと残った。
「大丈夫です佑真さん!」
「ここからいくらでも挽回できます!」
「怪奇現象もラブ度上昇のエッセンス!」
「どんとこいの精神でいきましょう!!」
レイコは佑真の頭上でそのようなポジティブなフォローを次々としていったが、ついに恵梨香の洋服のセンスについてだけは一度もフォローすることはなかった。
ついでに怪奇現象はお前だけどな、と佑真は心の中で突っ込んだ。
「というか、心霊スポットってこんな昼間から行くものなんだ?夜とかからだと思ってたんだけど」
「さすが萩原くん!するどいね!」
目を輝かせる恵梨香に、藪をつついてしまったかもしれないと佑真は思った。
恵梨香は鞄から地図を取り出して目的地を指さした。
「今日行く場所はね、神社が近くにあるからそこでお参りをしてから行こうと思うんだよ。ほらここ……きっとなんかしらのパワーもあると思うんだ」
「なんかしらって……なんの?」
「ん?…………行ったことないからわかんないけど、なにかあるよ!!」
なぜか自信満々のその笑顔に、佑真の不安が深まったのは言うまでもない。
その不安をよそにレイコはふわりと空を舞った。
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「あ、ここだよ。虫九神社だって」
「なんか、変わった名前の神社だな」
変わった名前とは裏腹に、特に変わったところもないごく普通の神社だというのが佑真の感想だった。
階段、鳥居、神社の前に賽銭箱、脇には林。
神社というものを想像したときに思い浮かぶ光景をそのままそこに置いたような、そんな神社だった。
「ねえねえねえねえ萩原くん!!この神社すごくない!?もういかにもご利益ありそうな感じだと思わない!?ねえ!!」
一方で恵梨香は佑真にはわからない何かを感じ取ったらしく、やたらと元気に神社の柱をすりすりとなでていた。
佑真はその様子をぼんやり眺めていたが、ふとレイコが周りにいないことに気が付いた。
「レイコのやつ、やっぱり神社とかそういうの苦手なのかね」
佑真がぽそりと独り言を呟くと途端に不機嫌そうな顔をしたレイコがずいと佑真の前に現れた。
「失礼な、別にそんなことありませんよ」
「なんだいたのか」
「この私をなめないでください!私悪霊とかじゃないんで神社とか全然平気なんですよ!ほんとにちょっとどうなるか怖かったから恐る恐る近づいてたとか別にそんなことは一切ないんですからね!」
「あー、そう」
佑真はレイコの言うことを聞き流す。
そしていつのまにかすっかりレイコとの会話に慣れている事実に少しだけため息をついた。
それにしても、出会ってまだそれほど経っていないにも関わらずここまで遠慮なしに会話できる関係になっているのは佑真にとって少し不思議ではあった。
レイコの性格の問題なのか、もしくは相手が自分にしか見えていないからなのかもしれないと佑真は思った。
その時だった。佑真は自分の背後に不意に人の気配を感じた。
そして振り向く間もなく、それは佑真の耳元で囁いた。
「参拝ですか?お客様」
「う、うえあっ!?」
佑真は思わず前方に飛び退き、耳を押さえて振り返った。
そこには巫女服を着た、全体的にやや色素が薄めな少女が微笑みながら立っていた。
「ふふふ、ごめんなさい。同い年くらいの参拝者が来るの、珍しかったので」
いたずらっぽく、しかし上品に目を細めるその少女は確かに高校生ほどである印象を受けた。
しかし物腰のせいか、それとも本当は年上なのか、一緒に来ているその同級生と比べて幾分か大人っぽく見えた。
「萩原くんどうしたのー!……はっ!巫女さんだ!!」
その同級生はというと、巫女である少女の存在に気付くやいなや、近寄って目を輝かせていた。
その様子に微笑む少女と並んだ姿を見ると、やはり外見は同い年程度であるものの、ずいぶんと差があるように見えた。
「ええと、ここの神社の人、なんですよね。俺たちはなんていうか……」
「私たち、この近くでオカルトを探しに来たんですけど!なんかこう、神社ならご利益とかないかなーと思いまして!」
佑真の発言を半ば乗っ取り、恵梨香が説明をする。
佑真が言いたかったのはそういうことではなく、別に大した用事で来ているわけではないということだったのだが、時既に遅しである。
「まあ、オカルトですか……わたくし、そういうのはあまり詳しくなくて……」
「そうなんですか?巫女さんだから詳しいのかと思いました」
「いや、それどういう認識さ……?」
思わず佑真がツッコむと恵梨香も巫女の少女も愉快そうに笑いあった。
その笑い方には若干の違いがあったがそれは些細な問題だろう。
ひと段落ついた後、巫女の少女は恭しく頭を下げた。
「わたくし、
「私は三堂恵梨香です!えへへ!本物の巫女さんが祈ってくれたよ萩原くん!これでもう今回は大丈夫だよ!生きて帰れる!」
「生きて帰れないようなものを調べにいくつもりだったの!?」
佑真が再びツッコむと、やはり二人はとても楽しげに笑いあう。
佑真はただ首を捻ったが、なにか二人は妙に気が合うらしかった。
「……佑真さん佑真さん」
「……」
「佑真さーん、ちょっと反応してくださいよー!」
佑真はため息をついて、百花が恵梨香と楽し気に話しているのを確認し、少し離れてレイコと会話する隙を作った。
「ところで……萩原さん、でいいんですよね?あの方は、もしかして三堂さんの……?」
「? あ、萩原くんは今日の心霊スポット探索に付き添ってもらってて……」
そんな会話がうっすらと聞こえる中、レイコはニマニマといやらしい笑みを浮かべながら佑真の周りをふよふよと浮かび、肘で佑真を小突くしぐさなどをしていた。
「佑真さんったらやるじゃないですか、こんなところにまでハーレム候補ですようへへへへ」
「あのなあ……」
「ちょうどいいですし、早速レイコチェックをすると致しましょうかぁ!あ、これ恒例行事にするつもりなんでよろしくお願いします!」
「おい、いくら見えないからってな……!」
レイコチェックとはおそらく先日、恵梨香にもやったアレのことだろう。
さすがに佑真は止めに入るがレイコは聞く耳を持たない。
「では豊藤百花さん!そのボディをチェックしまーす!!」
レイコがとびかかるように百花へと一直線に向かっていく。
百花は当然気付くこともなく……と、思ったその時、不意に百花が振り向いた。
そして、レイコと目が合った。少なくともレイコはその時、確かにそう感じた。
故にレイコは急ブレーキをかけ、百花に触れる前に空中で静止していた。
「あれ、萩原さん、今わたくしのことを呼びましたか?」
「えっ!?い、いや……」
「そうですか?申し訳ありません。わたくししょっちゅうこういう勘違いをして……」
百花はぺろりと舌を出したはにかんだ。
佑真はそれに対して中途半端な微笑みを返し、そしてレイコはすごすごと佑真のところに戻ってきた。
「……い、今、なにか、その、百花さんと、ものすごい、目が、あった、ような……!」
「偶然だろ?……ああ、でも巫女さんだからな。もしかしたら神様とかが見守ってるのかもしれないぞ」
「あ、あはははは、そ、そんなわけないですよ、あはは、ははは」
そうは言うが、レイコはぎこちない笑みを浮かべるのみでそれ以上百花に向かっていこうとはしなかった。
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「それじゃあ百花ちゃん、またね!」
「はい、恵梨香さんも、また」
そう言って二人は手を振りあう。
いつのまにかすっかり名前で呼び合う仲になっていたようだ。
「萩原さんも、またいつでもいらしてくださいね」
「あ、ああ、どうも、お邪魔しました」
丁寧にお辞儀をする百花に佑真も軽く会釈する。
そしてレイコはといえば、ずっと佑真の後ろに隠れるように百花を見ていた。
「……」
「脅かしすぎたのは悪かったけど、ほんと偶然だって」
「そ、そうですね……き、きっと気のせいですよ、うん……」
何故かすっかり怯え切っているレイコがさすがに哀れに見えてきた佑真が軽く慰めめると、ようやくレイコも落ち着いてきたようであった。
そんなことはおそらく知らない百花は、佑真と恵梨香に手を振って見送っていた。
「!!……ゆ、佑真さん!百花さん、明らかに今私に手を振りましたよ!!絶対!!」
「いや、だから偶然だって……」
レイコは百花から隠れるように、佑真の胸元にすがる。
そんなレイコの様子に、佑真は本日何度目になるかわからないため息をついた。
「えへへ、思いがけず友達ができちゃった!」
「あ、ああ、よかったね三堂さん」
一方、とても幸せそうな恵梨香を見ると、この神社に寄ったのも間違いではなかったのかもしれないと、少しだけ佑真は思った。
百花の姿が見えなくなり、階段を完全に降りきった頃にはようやくレイコも落ち着きを取り戻し、次第にいつもの調子に戻っていった。
「さあ、萩原くん!神社にも寄ったし、とうとう心霊スポットだよ!!」
「あ、ああ……」
佑真は内心ちょっと忘れかけていた本日の目的を思い出し、苦笑いを浮かべた。
そしてせっかく神社にお参りまでしたのだから、せめて今日が何事もなく終わってくれればいいな、とだけ思った。
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虫九神社の客を、百花は見送る。
目線の先には同年代の男女、三堂恵梨香と萩原佑真。
そしてもう一人、おびえたようにこちらを見るその少女に向かって、微笑みかけて手を振る。
百花は、佑真の胸元に隠れるその少女を愛おしそうに眺めた。
「……ふふふ、久々に面白いお客さんたちで、とっても楽しかったです」
上品にそう笑ったあと、少しだけ寂しげに手をおろす。
かさかさと、音がする。
それは葉のかすれる音ではなく、生き物が、虫が、蠢く音だった。
「……もっとなかよく、なってもいいのかな」
そう呟いて、百花は神社の中へと消える。
あたりには、虫の一匹もいなかった。
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