ハーレムはユーレイから!?
氷泉白夢
ユーレイ、現る
暗く、深い闇の中。
そんなところに、佑真はいた。
目を開けても何も見えず、どこを探っても触れない。
いや、触るも何も体を動かすこと自体がまるで出来ないでいた。
ただただ暗い世界に落ちていくような感覚があった。
もがいても仕方がないと思い佑真が力を抜いていると、ふと声が聞こえた。
「…………」
よく聞こえないが、女性の声のような気がした。
その声が、少しずつ大きくなる、近づいてきているかのように。
「……るのだ……」
暗い空間にぎょろりと何かが光った。
それは大きな二つの目であり、それがぎらりとを自分を見つめたのを佑真は感じた。
ぞくりとしたのも束の間、今までとは比べ物にならないほど、大きな声があたりに響く。
「ハーレムを作るのだぁあああ!!」
「うわあああああああっ!!!」
佑真は思わず飛び起きる。
大量の汗をかきながら佑真はあたりを見回し、少し後に安堵のため息をついた。
「……夢かよ……意味わかんねえ」
冷静に考えれば何が怖かったのかもよくわからない夢である。
なんだハーレムって、夢の中で何故そんなことを要求されなければならないのだ。
佑真はふと時計を見る。
「やっべ……もうこんな時間じゃねえか」
佑真は慌ててハンガーにかけてある制服に着替え、食パンをかじり家を飛び出した。
高校進学を機に、一人暮らしを始めることにした佑真が借りたマンションは決して広くはないが家賃は非常に安いものであった。
なんでも、この部屋には「出る」との噂があり、それが安値の理由であったようだが、とにかく安く借りられる部屋を探していた佑真は誰かに借りられないうちに素早くこの部屋を借りて住み始めた。
その後、特におかしなこともなく数日を過ごしたわけだが、最近どうにも変な夢を見る回数が増えた気はしていた。
とはいえ佑真はこれを環境が変わったせいであると考え、特に深く考えずいずれ見なくなるだろう、くらいの気持ちでいた。
「ふー、なんとか間に合った……」
「よお佑真、まーた遅刻ギリギリか?」
「うるせえなあ」
中学からの縁である友人、
佑真が窓際の席に着くと栄一はその前の席に座り、にやにやしながら佑真の机に肘をついた。
「一人暮らしはじめてから、ちょっと多くなってるんじゃないですか~?」
「うるさいっての、ちゃんと間に合ってるんだからセーフなんだよ」
「ま、いいけどよ。で、今日もまた変な夢でも見たのか?」
「まあ、そんなとこ」
「やっぱあれじゃねえの?本格的に"いる"んじゃねえの?」
栄一はそういって、胸の前あたりで手をぶらりと下げた、いわゆる幽霊のようなポーズをとる。
佑真は軽く片手で頭を抱えてうんざりした様子で返す。
「だから、そういうんじゃないって」
そうは言うが、佑真は別にそこまで幽霊を信じていないというわけでもない。
自室にそういった存在が住んでいると考えるのが少し嫌なだけである。
ただ、この場で頑なに幽霊の存在を否定するのには別の訳があった。
「萩原くん!やっぱり幽霊だったの!?」
「お、ファンが来たぞ」
佑真の机にやってきたのは、
長い黒髪とくりんとした瞳が一見おとなしそうな印象を与える少女であり、実際佑真も同じクラスになってしばらくはそうだと考えていた。
「違うって、ただの夢」
「でもでも、もう何日も見てるんでしょ?今日はどういう夢だったの!?」
しかし彼女は日に日にその馬脚を顕していった。
休み時間には人目もはばからずオカルト雑誌を読み始め、オカルト研究会を立ち上げ、そしてオカルト的なものにどんどんと首を突っ込み始めた。
そう、もはや言うまでもないことだが彼女は無類のオカルトマニアだったのである。
そして今はうっかり口を滑らせた佑真の夢と訳アリ物件に対して興味津々というわけである。
「別に何も起きてないし、ただちょっと変な夢見てるだけだから。たぶん疲れてるんだよ」
「憑かれてるの!?」
「違うって!」
「やっぱり萩原くん、オカルト研究会に入ろうよ!入って!ね!」
なだめる佑真をまるで気にせず恵梨香は目を輝かせながら話を続ける。
オカルトのこととなるとつい熱くなって突っ走ってしまうのが恵梨香の悪い癖である。
さらにオカルト研究会とは言うが彼女以外には誰も会員はおらず、未だ研究会にすらなれていなかったりする。
そのための勧誘活動にも彼女は熱心であった。
「とりあえず2人いれば研究会にはなるんだよ!ね、どう!?どう!?」
「お、俺はいいよそういうのは……どうだ栄一、栄一が入ってやればいいだろ」
「俺?いやー、俺幽霊とかはちょっと苦手で……」
「幽霊以外にもいるよ!UMAとか、UFOとか……あと」
恵梨香の熱が入ってきたところでチャイムが鳴る。
佑真と栄一は内心でほっとしながら恵梨香を席に戻るように促した。
「じゃあ萩原くん、続報あったらお願いね!よろしく!」
恵梨香はにこやかに手を振りながら自分の席に戻っていく。
そして彼女が完全に席に着いた頃、栄一がぽつりとつぶやいた。
「いやあ惜しいよなあ」
「何が」
「オカルト絡まなきゃあ優しいしいい子だし美少女なんだけどなぁ~」
「ああ、そういう……」
「でもやっぱナシってわけじゃあねえよなあ……ただオカルトかぁ……」
栄一は悩むようなポーズをとりながらうんうんと唸る。
中学の頃から栄一は彼女を求めているが、今のところ出来た試しはない。
「ほら、お前もそろそろ前向けよ、先生来るぞ」
「でも実際のところ、今オカルト研究会に入れば恵梨香ちゃんと二人きり……ううむそれは捨てがたい……」
「いいから、前」
「もう、ノリ悪いんだからぁ、せっかくの高校生活なんだぜー?もっと楽しもうとは思わねえのか!」
栄一はなおも食い下がるように佑真に話しかけ続けるため、佑真もしぶしぶ対応しはじめる。
「お前の楽しむって女の子と二人きりになることなわけか?」
「もちろんそれもあるけどよー、もっとこう……せっかくの高校生活なんだぜー?」
「それはさっき聞いたって」
栄一のごり押しに佑真も思わず笑いだしてしまう。
それを見た栄一は活気づき、のさらに演説を続けた。
「もっとこう……隣にはかわいい女の子!めくるめく冒険活劇!みるみる成績が上がる俺!みたいな」
「夢見がちなんだか現実的なんだか……あっ、おい、本当に先生来るぞ、前前」
「やっべっ!!」
栄一は慌てて前を向いた。
授業が始まり、平和な高校生活が続いていく。
そんな中、佑真は先ほど二度も挙げられたワードを反芻していた。
「せっかくの高校生活、か……」
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そして何事もなく、その日が終わる。
一人暮らしは気楽なもので、高校生活も特に問題はない。
「あーあ、明日は遅刻ギリギリにならないように早めに寝ておくか……」
高校生といってもこんなものだ。
思っていたほどの刺激はない。
特別何かが変わるわけでもない。
明日もきっと何事もなく終わるのだろう。
それに不満があるわけではないが、確かに少し物足りなくもあるかもしれない。
「……ハーレムねえ」
佑真はふと今朝の夢のことを思い出した。
なんともツッコミどころの多い夢であった。
何故謎の存在にハーレムを作れなどと言われなくてはならないのだろうか。
「……ははは、幽霊がハーレム作れなんて言うわけねえよな」
そう一人で笑いながら佑真は布団の中にもぐりこんだ。
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「……もしもーし」
声が聞こえる。
女性の声のような気がする。
また夢か。佑真は無理矢理それを振り払おうと考える。
「もしもーし、起きてますかー」
やけにはっきりと聞こえてくるし、まだ布団に入っている感覚すらある。
これが明晰夢というやつか、ならばさっさと普通の夢を見させてくれ、佑真はそう思った。
「うーん、そろそろ見えるようになる頃だと思うんですけどね……」
見たくない見たくない。これ以上変な夢を見せないでくれ。
佑真は寝返りを打った。
「……佑真さーん、朝ですよー、朝ー。遅刻しちゃいますよー!」
朝、という言葉に佑真は思わず目を開いた。
そこはまだ暗い、夢の中ではなく自分の部屋の布団の中であった。
しかし佑真の目の前には白くぼんやりと、しかし暗闇の中でもいやにはっきりと見える少女の姿があった。
混乱する佑真をよそに、少女はにっかりと笑顔を見せた。
「おはようございます佑真さん!はじめまして、ですかね!」
「あ……?は……?」
「ああ、いいんですよ、大丈夫大丈夫。その混乱はよくわかります!目の前にいきなり私みたいな幽霊ちゃんが現れてしまってしかもなぜか自分の名前を知っている!いいんですよ。存分に驚いてください!じゃーん!!」
夢か。いや夢だろう。
目を開けたら自分の部屋で胡乱な少女がやたらハイテンションによくわからないことを言っているのだ。
これが夢でなかったらなんなのだろうか。
佑真は二度寝するべく目を閉じようとした。それは現実逃避とも言える行為であった。
「そんな私としても大変心苦しくもあるのですが、佑真さん!」
変な少女はびしりと佑真を指差した。
そして佑真が狸寝入りを決め込んでいるのも無視して高らかに宣言する。
「私と一緒にハーレムを作らなければ、あなたは、えーと、そうですね!死にます!」
「……はあ!?」
あまりの発言に佑真は思わず飛び起きた。
少女はその様子を見ると嬉しそうにふわりと宙を舞った。
「な、なんだって?!」
「あっと、そうだ申し遅れました!私、幽霊です」
「いや、いやいやいや……!」
「あ、そうじゃない?……ええと、そうですね、気軽にレイコちゃんと呼んでください!」
佑真はもう何が何だかわからなかった。
一縷の望みをかけて膝を思い切りつねってみたが、残酷なことに佑真の希望は痛みをもって打ち砕かれた。
レイコと名乗る幽霊はなおもにこやかに笑っていた。
「いや、いや、お前がなんなのかとかどうでもいい!いやどうでもよくはないけど!!その前に……死ぬってなんだ死ぬって!!」
「え、ああー!そっちですか!ハーレムを作らなければ、死にます!」
「いや、意味わかんねえよ!」
「そのまんまの意味ですよ、私と一緒に、ハーレムを作りましょう!あ、もしかしてハーレムがわからない?それはつまり酒池肉林であり一夫多妻でありオールハッピーであり」
「そういうこと聞いてるんでもなくてだな!!」
思わず佑真は声を張り上げそうになるが、夜遅いことを思い出して声を絞る。
ついでに何度か呼吸を繰り返し、少し頭を冷やした。
その際にレイコのことは一切見ないように努めた。
「……な、なんで俺が、ハーレムなんて作らなきゃ死ぬんだよ……?……ハーレムと俺の命にどういう関係があるんだよ?」
「え?あー、えーと、それは、ですねー、えーっと、そう!運命です!運命!」
しどろもどろに答えるレイコに佑真は不信感を覚えた。
怪しい。もともと怪しさの塊のような存在だがなお怪しい。
そう感じると佑真はみるみる冷静になっていくのを感じた。
「……嘘だろ?」
「ナ、ナンノコトデショウ?」
「少なくとも死ぬってのは嘘だろ」
レイコは目をそらして口笛を吹くような素振りをしている。
しかも吹けておらずふーふー言っているだけである。
佑真はなんだか先ほどまで自分が焦っていたことが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「……はあ、結局お前なんなんだよ」
「……幽霊です。それは本当です」
「まあ、俺の夢じゃなけりゃあ、他に説明つかないけど……じゃあなんで俺の名前知ってるんだよ」
「いや、まあそれはいろいろと覗き見て……」
「おい」
冷静になった佑真は、ようやくレイコがどういう存在かじっくりと見ることができた。
髪の毛は白く、背中のあたりで二つに結んでいる。
服は着物ではなく、ごく普通の黒いワンピースのようであった。
そして足はなく、ふわふわと浮かんでいる姿が暗いはずの部屋でも不思議なほどはっきりと見える。
いろいろ妙な存在ではあるが、現実だとすれば幽霊というほかないビジュアルであった。
「いやん、恥ずかしいです」
「うるさい、それでさっきはなんで俺にわけのわからないことを言い出したんだよ」
「……聞いてくれますか、私の未練」
「すげえ聞きたくなくなってきたな……」
急によよよとばかりに地面にひざまずくようなポーズをとるレイコに、佑真はすでにだいぶ慣れてきている。
一旦冷静になってしまったせいか妙にこの状況を受け入れてしまっているようだった。
「私……ハーレムを作りたかったんです!」
「えぇ……」
「かわいい女の子が私を囲んで!キャッキャウフフの生活!!素晴らしいじゃないですか!!」
「おやすみ」
佑真はそのまま布団にもぐりこもうとする。
「あーん!ちゃんと聞いてくださいよぉー!!」
「もういいよ、十分だよ」
「お願いしますよー!私の夢に協力してくださいよぉー!!」
食い下がるレイコに佑真はしぶしぶと起き上がる。
レイコは佑真に触れることはできないようだったが周りでふわふわとしゃべり続けられると非常に鬱陶しかった。
「なんで俺なんだよ?もっと協力してくれそうなやつにしろよ……」
「それはまあ、ほら、いろいろ波長とか、ねえ?そういうのがあるんですよ」
「ねえって言われてもな……」
「でも、ほら、佑真さん、あれでしょ?」
レイコがふわりと隣に寄り添い、くすくすと笑いながら詰め寄ってくる。
佑真は思わずたじろいだ。
「……ハーレム、佑真さんも作りたいでしょ?」
「いや……」
「作りたくないんですか……?」
「俺は……」
「ここだけの話興味が……?」
「……少し」
「はい言質とりましたー!!」
「卑怯な!!」
レイコは再び宙を舞い、佑真の周りをくるりと回ると自信ありげに胸に手を当てる。
「そこで私です!私と佑真さんならきっとハーレムが作れます!作りましょう!一緒に!ハーレム!」
「いや、でもなあ……」
「安心してください!ハーレムの"ーレ"はユーレイの"ーレ"!ハーレムはユーレイにお任せですよ!!」
「……いや似てねえよ!母音違うし!!」
「あらまあボインがお好きですか?意外とむっつりさんですねぇ佑真さんはウフフ」
「ちげえ!!」
こうして突如現れた幽霊、レイコによって佑真の高校生活は一変することとなる。
果たして佑真は本当にハーレムを作る事になるのか、レイコの夢は叶うのか。
「というわけでこれからハーレム作り、よろしくお願いしますね!佑真さん!」
「いや、承諾した覚えはねえー!!」
ちなみに佑真の睡眠時間はこのやりとりによって奪われ、結局次の日に遅刻しかけたのであった……
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