第十三話『囚われたユキナ』
「うわ~……」
魔物が出没したと報告があった場所に出向いたユキナは開口一番、苦言を漏らしていた。
視界を埋め尽くす魔物の数々。その数は二十近く。しかも、集まった魔物が互いに敵意をむき出しに、凶暴性が上がっている。
血の臭いがするのは、魔物同士で争ったからだろう。
景観も最悪の一言に尽きる。
「早く片づけてしまうに限るわね……」
ユキナはナイフを構えると、魔物の群れに飛び込んだ。
統率のない魔物の隙に潜り込み、まずは【ブラックウルフ】の喉を掻き斬った。
一瞬で絶命する魔物。ユキナは返り血を避けながら後退。同時にユキナの存在を知った【ロックコング】にナイフを突き立てる。
ガキンッという金属音と火花が散り、ユキナのナイフが弾かれる。
【ロックコング】の皮膚は刃を通さない鋼の肉体だ。その肉体から繰り出される拳の威力は人の体をペシャンコにするほどだ。
ユキナは【ロックコング】の拳を避け、体に手を押し当てる。
いかに、肉体が硬かろうと、内部はそうではない。
「《衝撃よ、穿て》【インパクトショット】」
衝撃波を放つD級魔術【インパクトショット】が炸裂。直接、内臓に衝撃を受けた【ロックコング】は苦悶の声を上げ、膝をつく。
その隙に距離をとったユキナの前にまた別の【ブラックウルフ】が飛びかかってくる。
牙をむき出しに、顎を開けた【ブラックウルフ】。
ユキナは咄嗟にE級魔術【エンチャント】を発動。反射神経を瞬間的に強化し、【ブラックウルフ】の顎を躱す。
すれ違い様に回し蹴りを放ち、【ブラックウルフ】を吹き飛ばすと、突進してきた【ボアファング】の角を跳んで躱す。
「――ッ!」
だが、空中には肉を溶かす酸をまき散らした【インセクトウイング】が。
ユキナはナイフを突き出し、【インセクトウイング】の瞳に突き立てる。
黄色い液体が傷口から溢れ出し、異臭が漂う。
ナイフから手を放したユキナは墜落してくる【インセクトウイング】を避け、そのまま群れの中央で孤立した。
群がる魔物は一斉にユキナを睨む。この中で、一番の強者はユキナだ。同じ敵を前に、争い合っていた魔物が手を組んだ。
知性が低いとはいえ、手を組む知能はあるらしい。
「けど、だからって!」
ユキナが手心を加える事はない。
彼らは、カルーソの人達に手を上げた。
あれほど、優しい人達に牙を剥いたのだ。
ユキナが戦う理由は、それだけで十分だった。
拳に【エンチャント】を纏い、迫り来る魔物を吹き飛ばす。
拳を振るってきた【ロックコング】にはF級魔術【ショット】で目くらましをしながら、魔物を一点に集める。
戦いが十分と経過し、ユキナは全身を返り血で真っ赤にしながら、息を整えていた。
倒した魔物の数は十にも満たない。
【ロックコング】の硬質な皮膚が予想以上に厄介で、その影に隠れ、牙を剥く【ブッラクウルフ】の対処に遅れ、【ボアファング】の角に制服を引き裂かれた。
空中から酸をとばす【インセクトウイング】には手が届かない。
八方ふさがりだが、それでもなんとか、魔物を一箇所に集める事には成功していた。
ユキナは息を整え、魔力を高める。
これから行う魔術は、制御が難しく、敵が一箇所にいないと使えない。
しかも、魔力と体力のほとんどを一度に使う大魔術だ。討ちもらしがあると厄介だ。
ユキナは詠唱を初め、両手を魔物にかざす。
ユキナの手の前に、幾重にも重ねられた法陣が展開される。詠唱に合わせ、回転する法陣は三属性の法陣が融合されたものだ。
炎、水、雷の三属性複合型魔術。
C級魔術に分類され、あらゆるものを吹き飛ばす殲滅魔術――
詠唱が完成し、ユキナの口から、その魔術の名が紡がれる。
「【オールドライブインパクト】おおおおおッ!」
魔術名の発動に伴い、法陣の回転が加速する。三つの法陣が一つに重なった瞬間、赤と青と黄色に束ねられた三色の魔術光が法陣から発射。目の前にいた有象無象を跡形もなく吹き飛ばすのだった。
◆
「はぁ! はぁ! ……」
C級魔術を放った反動で、マナが枯渇しかけ、意識が朦朧とする。
ユキナは魔力量こそ、桁違いだが、その全てを満足に扱えるわけではない。
潜在的にはSSクラスの魔力量を誇ろうとも、実際に使えるのはその半分もない。
全力の魔力を使うには、ユキナの実力はまだ拙く、幼いのだ。
マナが枯渇しかけ、マナ回復の為に本能的に魔力回路を閉じる。
しばらくの間、魔力が生成出来なくなるが、魔物は一掃出来たようだ。なら、問題ないだろう。
疲れ切った体を動かし、村へ戻ろうと踵を返す。
その直後――
「え……?」
体から力が抜け、ガクンと膝を折る。
顔から地面に倒れたユキナは混乱の極みにあった。
体に力が入らない。
指先が震え、口が痙攣し、満足に声すら出ない。
今まで、テイルの訓練で魔力枯渇を経験した事はあるが、こんな症状は初めてだ。
唯一動く視線で周囲を見渡す。
「な……」
(なに……これ……?)
ユキナは転がっていた一本の針を見つける。先端が血に濡れたそれは、ユキナの目の前に転がっていた。
魔物のものじゃない。もっと人工的なものだ。鋼鉄製の針には糸が通され、ユキナはその糸を辿る。
そこには人がいた。
真っ黒なローブを纏った連中だ。体格からして、男性だが、その中には女性もいた。
その中の一人。その女性がユキナに近づく。針の糸を持っていた女性だ。
彼女は糸を回収し、ユキナを見下す。
彼女の冷え切った瞳を見た瞬間、ユキナは全身から汗を噴きだしていた。
コワイ――
本能が、理性が、この黒く服の連中に全力で警鐘を鳴らしていた。
彼らのユキナを見る目が、狂気に満ちていたからか、それとも、ユキナのことを、獲物の以外の何者もと捉えていないからか――少なくとも、人に向ける瞳ではない視線にユキナの心が凍り付く。
(動いて! 動いて! 動けええええええええええええええええええええ!)
動かない体を必死に動かすユキナ。
だが、非情にも、ピクリとも体が動かない。
「おい、運びな」
目の前の女性が男どもに指示をとばす。
一人の男がユキナの体を担ぎ上げた。
その瞬間、ユキナの恐怖が限界を迎える。
「うわっ! くっせ……」
「ん? 魔物の返り血のことかい?」
「違いますよ。このガキ、漏らしやがった」
魔物の返り血に混ざり、漂う異臭に周囲の連中が嗤う。
だが、女性の一喝で、ピタリと嗤いが止まった。
「失禁程度で嗤うんじゃないよ、みっともない」
「す、すいません……」
「これから、もっともいいものが見られるんだ。失禁程度で嗤ってるようじゃ、持たないよ」
「は、はい! そうですね!」
連中の会話に含まれる不穏な内容。初めて向けられる純粋な殺意にユキナはポロポロと涙を流した。
(お願いします。助けて、下さい……)
そう口に出したいが、麻痺した体はその願いすら一蹴する。
女性は、涙を流し、嗚咽を上げるユキナにあざ笑うように鼻を鳴らした。
「アンタも運がなかったね。こんな世界に召喚されて、アタシらみたいな外道に捕まるんだ。簡単に死ねるなんて思わないことだね。女としての尊厳、人としての権利――何もかも蹂躙される恐怖をその身に刻みながら死んでいきな――クソ召喚者さま?」
女性は高々に嗤いながら、ユキナが連れ去れるその光景を不敵な笑みを浮かべ、見続けるのだった。
後には、魔物の残骸と血の海だけが残され、そこに人がいたという痕跡は一切なく、現場を見た村人は何事かと、首を傾げるのだった。
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