第十四話『リアクター【ヴァイスリヒト】』
「これは、ひどい……」
村はずれに位置する農村区。
一人の住人からの報告を受け、カルーソの村人のほとんどが集まっていた。
中には、今朝方、二人の騎士学生を見送ったアンネ。そして、彼らの仲間であるアリシアが現場に居合わせた。
元々、この場所は魔物に荒らされ、見るに堪えない凄惨な場所となっていた。
だが、今、この現場を見た全員は誰もが、顔を青白くし、中には、口元を押さえ、胃からこみ上げてくる吐瀉物に耐える村人もいた。
アンネが呻く。
「いったい、何が……」
誰もが二の足を踏む中、アリシアは、尻込みすることなく、現場へと近づく。
真新しい制服が血で赤く染まる事を気にした素振りも見せず、彼女は血の海の中を行軍する。
そして、その場で倒れ伏す『彼ら』の容態を確認して、アリシアは悲痛の表情を浮かべた。
(もう……)
死んでる――
この血の海の中に沈む、十人以上の人間。その誰もが既に息絶えていた。
既に、治癒の施しようがない。死んだ人を生き返らせる術は、異世界の技術を多分に取り込んだアーチスといえど、不可能なのだ。
駆けつけたアンネが、アリシアに尋ねる。アリシアは無言で首を横にふる。
アンネとアリシアは彼らに黙祷を捧げた後、周囲をゆっくりと見渡した。
以前、この近辺には魔物が現れた事がある。彼らも、魔物の被害に遭ったという希望的観測に縋ったのだ。
だが、現実はいつも残酷で――
人の死体以外、何かが荒らされた様子がない。
まだ実っていた作物も無事だ。踏み荒らされた作物も、以前と同じまま。魔物が襲撃したとは考えにくい。
なら、この黒服の彼らを殺したのは、アリシアと同じ人だ。
付け加えるなら、恐ろしく強い誰か――という事になる。
なにせ、彼らの傷口は人体の急所を的確に突いていたからだ。
たったの一撃。喉を、胸を、頭を掻き斬った斬撃はどれも一度で致命傷を負わせていた。
そこに躊躇も迷いもない。あるのは純粋な殺意だけ。
当然、村人の誰にもこんな事は出来ない。そもそも、死んでいる黒服達がどこの誰かも知らないのだ。
まったく知らない誰かが、殺されている。
その現実に、村人はパニックに陥る。
「皆さん、落ち着いて下さい」
アリシアの凛とした声音が響く。
彼女の言葉には脅えも迷いもなかった。村人を安心させるような声音。そして、彼らを導く聖母のようなカリスマ性が垣間見える。
堂々とした彼女の振る舞いに、村人は一斉にアリシアを見つめた。
皆を見渡す今のアリシアには『治癒の姫君』という称号は似つかわしくない。
もっと別の――まるで、一国の姫のような威厳があった。
「落ちつて。今は村に戻って、一箇所に集まっていて下さい」
「けど、この近くに殺人鬼が……それに魔物だって」
「大丈夫です。私達は、この村を助ける為にここに来ました。私達には騎士様がついています。きっと、この村を救ってくれる筈です」
アリシアはここにはいない二人の仲間の顔を思い浮かべる。
学院でも一番の実力を誇る親友に、その親友の師である少年の顔を。
あの二人なら大丈夫。
なら、アリシアのすべきことは一つだ。
ただの一介の学生じゃない。
一国の姫として。一度は捨てた肩書きだけど、体に染みついた姫としての本来の自分で、彼らの不安を抑えることだ。
「そうだ。アリアの言う通りだ。ここでパニクっててもなにも変わらない。なら、私達が信じた騎士様を信じようじゃないか」
アンネの言葉に、不安と恐怖に囚われていた村人が、一人ひとりと村に戻っていく。
その後ろ姿を見ながら、アリシアはアンネに頭を下げた。
「ありがとうございます、アンネさん。私一人じゃ、皆を説得する事が出来ませんでした」
「いや、そんな事ないよ。思わず私も魅入った。噂どおりの立派な姫さんじゃないか」
「アンネさん……?」
「ん? いや、昔見たお姫様に似てると思っただけだよ。今のアリアは騎士だ。私はそれで構わないと思っているよ」
「……ありがとうございます」
アリシアはもう一度、深々と頭を下げた。
アンネの気遣いに思わず漏らしかけた嗚咽を呑み込み、今一度、この惨状を目に焼き付ける。
死体の傷は全て鋭利な刃物で斬られた傷。
そして、アリシアの知る限り、この近辺で剣やナイフが使える人は二人しか知らない。
言い様のない不安を募らせながら、アリシアは今にも降り出しそうな曇天を見上げるのだった――
◆
「連れてきたよ」
ドサッと、投げ捨てられたユキナは、受け身もとる事が出来ず、体を強かに打ちつけられた。
痛みに喘ぐユキナを無視して、ユキナを連れ去った一味は、座して待つ男性へと近づく。
場所は洞窟を利用したアジトだ。
部屋には幾つもの松明があり、暗い洞窟を仄かに照らしている。
ユキナは周囲を見渡し、「ひっ」と脅えた声をもらした。
松明に照らされて目に映った拷問器具の数々。知識はないが、あれが、苦痛を与える為の道具である事は容易に想像が出来た。
血で真っ黒に変色したそれらは、これまで何人もの人――いや、召喚者を拷問にかけてきたのだろう。
これから、自分が彼らと同じ目にあう――想像しただけで、枯れたと思った涙が止めどなく溢れてくる。
「コイツが、そうか?」
リーダー格と思われる男が不躾にユキナを睨んだ。
身を竦めるユキナにリーダー格の男は、ため息を漏らす。
「召喚者とは思えんな。今まで殺してヤツらは違いすぎる」
「そりゃあ、アタシも同じさ。ダニの話を聞いて、実際に戦ってる姿を見ても半信半疑。動きが素人過ぎる。まあ、魔力は多そうだけどね」
「それだけじゃ、判断材料にならんな。ダニ!」
「キヒ?」
ダニと呼ばれた黒服の男。
以前、シドウに殴り飛ばされたダニは首を傾げ、リーダー格の男に近づく。
「なに? ボス……」
「コイツは本当に召喚者か? お前の勘はよく外れるからな。必要のない殺しはゴメンだぞ?」
まるで、以前にも関係のない人間を手にかけたような物言いに、ユキナは体を震えさせた。
恐怖が限界を超え、カタカタと歯が鳴る。
逃げなきゃと思っているのに、体が麻痺していうことが効かない。
どうにかして、麻痺を解かないと――
魔力は少しばかり回復した。
けど、肝心の詠唱が出来ない。麻痺した体では詠唱に必要な音階や音程を正確に発音する事は困難だ。
必死になって打開策を考えている間に、ダニがユキナに近づいてきた。
「大丈夫。今回は、自信ある」
ユキナの横で膝をつくダニ。
返り血で赤く染まった制服に手をかけると、魔物との戦いで既にボロボロだった制服を破り捨てた。
「い……や……」
震える声で空しい抵抗に出る。
服を脱がされたことで、余計にパニックに陥り、ユキナは錯乱状態に陥る。
パニックになったユキナを無視して、ダニはユキナの服の中へと手を忍ばせる。
おぞましい感覚に涙が溢れ、言葉にならない嗚咽が漏れる。
これまで、異性に体を直に触られた事なんてなかった。
肌を見られる事も、触れられる事も――好きな人がいい。
女性なら誰もが思う願いを、一方的に蹂躙され、ユキナの心が音をたてて、折れていく。
ダニの体が、ユキナのへそを、お腹を這いずる。下着に包まれた胸に手を押し当てられ、下着の隙間から、まだ誰の手も触れた事がない、女性の象徴にダニの指が届く直前――
「あ、あった、あった――」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ユキナが叫んだ。
麻痺すら超越する絶叫。
叫ぶ事しか許されない体で、ユキナ泣き叫ぶ。
そして、無意識に、ただ我武者羅に出来ることに手を伸ばした。
そう。強引な魔力放出だ。
洞窟を埋め尽くすほどの膨大な魔力が吹き荒れ、服の中に手を忍ばせていたダニが思わず後退る。
そして、ユキナの強引な魔力放出を『キルルド』のメンバーは誰一人として、想定していなかった。
大量の魔物と戦い、魔力は枯渇していた筈。魔力を生み出せる筈がないと高をくくっていたのだ。
そして、その判断ミスは彼らに一つの誤算を与える。
ナイフに仕込まれた麻痺毒は、マナを汚染させたもの。汚染させたマナを魔力として放出させたら、当然、麻痺は薄れる。
魔力を放出させながら、ゆっくりと立ち上がったユキナ。
ダニが強引に手を引いたせいか、黒いシャツのボタンが弾け、ミルクのように白い肌。慎ましやかな谷間。そして、胸を覆い隠す純白の下着が外気に晒される。
だが、一同が目にしたのは、胸元ではない。
その上。ダニがユキナの体に手を忍ばせて盗ろうとしていた物に全員の目が奪われた。
ユキナの首にぶら下がった球形状の宝石。
それはかつて、カルーソでアリシアを助けた時、偶然手に入れた物だ。
捨てる気にもなれず、ペンダントして首にぶら下げていた宝石。
それは、『リアクター』
魔導兵装と呼ばれる、召喚者がアーチスと戦う為に生みだした決戦兵器。
これまでは、ただのペンダントとしてユキナの首にかけられていた『リアクター』はユキナの放出した膨大な魔力と、そして、なにより、ユキナの極限の恐怖から生まれた『生きたい』という願いに呼応して、永き眠りから目を覚ました。
『リアクター』から放出された光の繭がユキナの体を覆う。
光に包まれたユキナは頭の中に浮かび上がった言葉を、躊躇わず口にした。
「《セット》――【ヴァイスリヒト】!」
直後、光の繭が弾け飛び、白銀の鎧を身に纏ったユキナが彼らの前に降臨した――
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