第十二話『調査開始』

 早朝。宿屋の酒場がオープンするのと同時に、活気に満ち溢れた声で部屋が満たされる。

 喧騒に負けて目を覚ましたシドウは目を擦りながら、一階の酒場へ。


 目にした光景に愕然とした。


「あ、お早う、シドウ!」


 なぜか、制服の上にエプロンを身につけたユキナが、笑顔を浮かべシドウを出迎える。

 満足に働かない頭で状況を整理している間に、席へと案内され、注文を勝手にオーダーされる。

 頼んだオムレツやパン、スープといった朝食メニューが運ばれてきたところで、シドウのツッコミが入った。


「いや、なにしてんの?」


 金がなかった時は仕方ないとしても、今のシドウたちは騎士学院の生徒だ。学院から支給されたお金もある。今さらバイトをしなくてもいいはずだ。


 頬を引き攣らせるシドウに対して、ユキナは朗らかな笑みを浮かべたままだ。


「なにって、お手伝いに決まってるじゃない?」


 さも当然であるかのように言ってのけるユキナ。シドウは脂汗を浮かべる。

 手伝い――シドウの嫌いな言葉だ。

 なにせ、手伝いとつく作業には報酬が発生しない。要するにただ働きだ。

 これがシドウが起きている間に取り交わされた約束なら、シドウは労働に対する賃金をアンネに要求していた筈だ。

 だが、シドウはこの話を知らない。大方早起きでもしたユキナが、一人で宿の仕事、酒場の準備をするアンネを見て、自主的に申し出たのだろう。


 そして、猫の手も借りたいアンネは快くユキナの発言を承諾。今に至る――と言うわけだ。


 アンネも昨日、アリシアの治癒に対して、シドウが埒外な金額をふっかけたのを覚えている。

 シドウが寝ている間に、借金の自覚がないユキナをただ働きで雇用した。鬼の居ぬ間に――というヤツだ。


 金を巻き上げる機会を逃していた事にシドウは項垂れる。

 見かねたユキナが、ポケットから数千ユールを取り出すと、テーブルの上に置いた。


「シドウがそんな顔するのわかってたから、一応、ただ働きじゃないわよ」


 そう言ってユキナが見せたのは五千ユール。日雇いでの仕事の相場くらいだ。

 足りない――圧倒的に、足りない。もし、シドウなら、もっとふっかけていただろう。

 自分は働きたくないが、仲間を働かせるなら、膨大な報酬をふっかける――そんな男の漏らすため息は誰の気にもとめられなかった。



 ◆



「で? これからどうするの?」


 朝食を終え、酒場の閑散としてきたところで、仕事を終えたユキナがシドウの座るテーブルに着く。

 二人とも朝食は終えているので、後はもう一人の仲間が起きてくるのを待っている状態だ。


「どうするもなにも、アリシアが起きるのを待つしかないだろう」

「起きてくるのかしら?」

「……」


 昨夜は日付が変わるまで治癒作業が続いてしまい、その後に、課題をしていたアリシアはつい先ほど眠りについたばかりだ。

 起きてくるのを待っていたら昼過ぎになりかねない。

 待つのは得策じゃない。


「ねえ、なら、私達だけでクエストを進めない?」

「ふむ……」


 クエストの内容は、魔物の討伐だ。

 出没する魔物は黒い毛並みをした狼のような魔物【ブラックウルフ】に角のように突き出た牙を持つイノシシ型の魔物【ボアファング】。

 さらには、巨大な体躯に皮膚が硬質化した猿型の魔物【ロックコング】に巨大な羽を持つ肉食昆虫【インセクトウイング】など、種類は多種多様だ。


 シドウは、昨夜アンネに教えて貰った出没する魔物の種類を見ながら眉を顰める。


(おかしい……)


 魔物そのものは、この辺りでも見かける種類だ。

 知能も大した事は無く、駆けだし冒険者でもそれなりに訓練を積めば倒せる程度の魔物。

 それもあってか、冒険者にとって狩りやすい魔物というのは警戒心がとにかく強い。人里の近くに現れ、人に牙を剥くなどほとんどないのだ。

 だが、今回の魔物は、実際に人里に現れ、人に牙を剥いた。怪我そのものは大した事はないが、農作物の被害がとにかくひどいので、早く対処して欲しい。

 アンネはそう愚痴っていた。


 だが、シドウが気になるのはそこではない。

 魔物の数も問題だが、それよりも、この統率に欠いた魔物の種類が問題だ。

 魔物同士は縄張り争いも多く、複数の魔物が同じ場所に集まるのは滅多に起こらない。

 知性があり、意思疎通がとれる魔物同士なら話は別だが……


(なにかある……と考えるのが普通だな)


 複数の魔物が集まってしまった何かがこの村にある。

 その原因を探さないと、また同じような状況になってしまうだろう。


(魔物の相手はユキナ一人でも問題ない……なら、俺は――)


 シドウは考えを纏めると、ユキナに作戦の概要を話始めるのだった。



 ◆



 宿を出たシドウは、一人、村外れにある農村区へと訪れていた。

 魔物の被害があってから、誰も立ち寄っていないのか、道ばたに転がった農具などはその時の慌ただしさを物々しく語る。

 畑は魔物に踏み荒らされた痕跡があり、掘り返された苗に、食べかけの作物など。もはや、今年の収穫は絶望的だろう。


「さて……」


 シドウは腰のホルスターに格納されたレギンレイヴの存在を確認した後、魔物が出没した農地をくまなく歩き回る。

 いつ魔物が現れてもいいように、ナイフの柄に手を触れながら、魔物の足跡を辿っていくと、鼻が異臭を捉えた。

 

 甘味のようでいて、鼻につく刺激臭。地面を見れば、そこかしこに赤い粉状の粉末があった。

 それを見たシドウの表情が強張る。

 当然だ。

 これがあるということは、この村に現れた魔物は人為的なもの――ということになるのだから。


「【魔物寄せ】ッ……」


 人為的に魔物をおびき寄せる赤い粉末。

 魔物が好む臭いを発しており、その臭いで魔物をおびき寄せる代物だ。

 冒険者が魔物の討伐で使用する事があるが、当然、町や村での使用は禁止されている劇物。

 それが、ここにあると言うことは――魔物はおびき寄せられた。何かを目的とする人間の手によって――


「けど、村の人がこんな馬鹿な真似を……?」


 それは考えられない。

 冒険者なら勝てるとはいえ、訓練を受けていない人には、当然、魔物の存在は脅威だ。


 なら、これは、その冒険者をおびき寄せる為の――


「待てよ……なら……」


 カルーソという田舎村。冒険者などほとんど訪れない。しかも、報酬はそれ程高くない上に、学院に開示されるようなクエストだ。

 当然、受けるのは学院。しかも、高確率でこのクエストを受ける生徒は、カルーソに思い入れのある生徒になる。


 その生徒に該当するのは――


「嵌められたって事か!?」

「その通り」


 シドウがその事実に気付いた直後。

 シドウの周りを囲むように黒い影が現れた。


 咄嗟に腰のナイフを引き抜き、黒い影と対峙するシドウ。

 顔の半分を隠した黒い外套。

 抜き身のナイフに刻まれた魔術式。

 さらには、彼らの腕に刻まれたエンブレムを見て、シドウの顔が強張る。


「あ、暗殺ギルドか!?」

「よく知っているな」


 抑揚のない言葉にシドウは歯をかみしめる。

 暗殺ギルド。それも、帝国から認可を受けたギルドだ。

 シドウは古い記憶をたぐり寄せ、暗殺ギルドの名を思い出す。


「……そのエンブレム、確か、帝国公認暗殺ギルド『キルルド』だったよな?」

「ッ――」


 暗殺者の一人が息を呑んだ。

 だが、これで彼らの狙いが判明した。


 このギルドの暗殺対象は――召喚者。


(狙いはユキナか……?)


「くそ……ッ!」


 コイツらの相手はまだ、ユキナには早すぎる!


 シドウはすかさず詠唱を口にする。

 だが、シドウが魔術を放つ直前、周囲の影が蠢いた。


「悪いが、貴様にはここで退場してもらう」


 視界が黒で覆い隠され、彼らの手にした凶刃がシドウに迫る。


 シドウの放つ魔術よりも、彼らのナイフの方が圧倒的に早い。

 一瞬の判断ミスを突かれ、全身から冷や汗が一気に噴き出る。


(や、やべえ――!?)

 

 数々の召喚者を屠ってきた必殺を誇るナイフの数々がシドウに牙を剥いた――


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